ポコアポコ(ゆっくりとゆっくりと) 

2006年10月31日(火) 10時54分
田園調布5丁目の丸子川畔にある
小さな喫茶店「ポコアポコ」



ここは友人の妹さんが自宅新築の際に
1階部分半分に開店した喫茶店
まもなく1年になる

明るい雰囲気の室内外には
骨董的品々が目に留まる

テラスに置かれている
イタリア製の古い青銅のテーブルセット

出窓にはイギリス製のティ-セットなどの小物

微かに流れているクラシック音楽
収められているCDの棚は
なんとアメリカ製のスポークスマンデスク
(日本でもテレビで見かけるが)

壁に掲げられている一幅の絵
藤田継冶氏の「カフェにて」



傷があるもののネーミングと女性の憂い顔に
惹かれ骨董屋さんで購入されたとか
この小さな喫茶店にはよくマッチしている

「ポコ」とはスペイン語で「ゆっくりと」と
いう意味だそうだ

「お客様には『どうぞごゆっくりして
いってくださいませ』
自分自身には『これからの人生
もっとゆっくりとした気持ちで過ごしたい』
という願いをこめました」

「ついでがあったら立ち寄ってね!」
と友人たちに薦めたいような喫茶店である

馬頭琴オーケストラを聴く 

2006年10月15日(日) 14時19分
来日中のモンゴル国立馬頭琴交響楽団を聴いた

初めて聴く2弧の馬頭琴の音色の豊かさ
民族衣装に身を包んだ団員の美しさ
3オクターブの音域の圧倒的な歌声
すべてに聴衆は酔いしれた


オーケストラの中心である馬頭琴は
棹の先端に施された馬の彫刻からわかるように
かつては楽器の殆どが馬の皮、骨で作られたが
現在は胴は木に、弦はナイロンにかわり
弓のみまだ馬の尻尾の毛が使われているという

正面に向いて胴を両膝に挟み弓で弾く
その音色は2弦とは思えないほど深く豊かで
「草原のチェロ」と呼ばれているそうだ

休憩中に置かれたままの珍しい楽器を見ようと
観客が舞台下に鈴なりになった

2部のはじめに司会者の言葉
「舞台裏で団員が皆さんの様子を見て感激し
演奏会終了後に会場のホールでよく見てもらおう
ということになりました」に観客は大喜び






ソロとしてまた挿入歌として歌われた男性の喉歌
(ホーミーと呼ばれる)は驚くべきものだった

声帯を振動させながら器官や口腔で共鳴させ
同時に2つ3つの音声を発する技巧だそうだが
地から這い上がるような
お腹の中に響き渡るようなその低音に
「世界はひろ〜い!人間はすごーい!」と
感動をしていたのは私だけではなかったろう



これって犬命救助? 

2006年09月02日(土) 13時00分
29日の東海道歩きで起きた
ハプニングの話

さしもの日射しも午後も4時を過ぎると
少しづつおさまり三島宿まであと5キロほど

旧道と合流してゆるやかに下っている
この道は県道のようだが
車がけっこう流れている
人家はあるものの人はまるで見かけない

1車線づつの歩道のない道を
白線内を身を寄せるように歩いていた
私達の目に下から走り上ってくる
小さな犬が飛び込んで来た

「あ、あぶない、車が来る〜」
駆け寄ると「あなた、どうしたの?
車に轢かれちゃうでしょ〜!」と
思わず抱き上げていた


(ネットで見つけたソックリワンちゃん)

「きっとこの近所の犬よ、どうしよう〜」
「危なくてほっとくわけにはいかないわね」
「ともかく飼い主を探さないと〜」

とりあえず通りすがりの家に声をかけようと
玄関先の呼鈴を鳴らすのだが誰も出てこない
次々と鳴らしてみるがどこの家も応答がない

反対側の通りに工場らしき家がある
あそこならきっと誰か人がいる
通りを横切り広い土間に声をかけた

幸い3人の男女が仕事をしていた
男性が1人出て来てくれた
抱いているワンちゃんを見せながら
事情を話すが、「いや〜、見たことないね」
他の2人も出てきてくれ
「首輪がないから室内犬だね
近所の犬ならわかるけど見たことないな〜」

「旅の者ですがどうしたらいいでしょうね〜」
「うーん、知らない犬を
預かるわけにもいかないしね」
「この辺りに交番はありませんか?」
「ないな〜、三島まで行かないと」

その時反対側にバイクの新聞配達の青年が!
彼なら知っているかもしれない!
すみません〜、と大きな声で呼び止め
「この犬の飼い主を知りませんか?」

「この辺のではないよ
さっき下でこの犬が上ってくるのを見たよ
でもずっと下の方だよ」

「役に立てなくて悪いね」
工場の男性の声に送られて
ワンちゃんを抱いたまま
再び坂道を下るしかなかった

しばらく歩くと人家が途絶えた角に
ネットで囲われた原っぱが!
窮屈なのか腕の中で暴れるワンちゃんを
この中に入れてしばらく遊ばせよう

隙間から入れると嬉しげに駆け回る
でも「置いていかれては大変」とばかりに
慌てて戻ってきては私たちを見上げ
安心したようにまた走りまわる

このまま私たちも逃げられたら!
ワンちゃんを連れたまま旅を続けるわけにはいかない
でもほってもおけない、しばし途方にくれる 
「どうしよう〜 何とかしなければ!」

「まずはこのあたりの家に声をかけてみよう」
私は隙間から出ないようにワンちゃんを見張り
相棒は道を横切って家を探す

少し玄関の引っ込んだ家を見つけ呼鈴を鳴らす
幸い小学生の男の子とお母さんが出てきてくれた
事情を話している相棒と首を振る家の人
離れているので声は聞こえないが
手振り身振りの必死の相棒の姿

下から1台の車がゆっくりと上ってきた
身振り手振りの3人の姿を見て
助手席の若い女性が窓から身を乗り出すように

「小さな犬を見かけなかったでしょうか・・・」

そのかすかな声に私は思わず
「こっち、こっち・・・」と大声で手を振り回していた

角の横道に誘導した車から
飛び降りてきた女性はネットに駆けより
「ア、うちの子です、よかった!!」と
隙間からワンちゃんを抱き上げ
振り返ったその顔は涙に濡れていた

夫らしき若い男性も車を降りてうれしそうだ
無事な愛犬をしっかり抱いて
「有難うございました」と何度もの御礼の言葉を後に
女弥次喜多は「旅の途中なので」と言葉少なに
三度笠(帽子)をかぶり直し背の振り分け荷物(バッグ)を
ゆすって三島に向かって歩き出した

東海道53次箱根西坂 

2006年08月29日(火) 10時16分
今年こそ京都3条大橋に
到着して4年がかりの東海道53次
歩きを完成させたい 
それには抜けている箱根の後半を
つなげねばならない

一昨年昨年と2度にわたり
台風にたたられ引き返さざるを
えなかった箱根元町から三島宿
まで歩こうと残暑の中を出発した



10時20分元箱根でバスを降り
車の激しい国1から杉並木に

静かで涼しく幽玄そのものである
時おり聞こえる鳥の高くさえずる声
イーゼルを立てて油絵に熱中
している年配の男性ただひとり

旧街道は幾度となく国道と交差
合流しながら進んで行く



旧道の石畳の坂には
夫々に名前が付けられている
向坂、赤石坂、風越坂
挟石坂、・・・・

青苔に覆われた小ぶりの丸い
石畳はしっとりと濡れて滑り
やすいので一昨年の東坂で
滑って転んだことが頭をよぎり
どの坂も緩やかな上りだが
慎重に歩く

1時間ほどの標高849Mの箱根峠
の頂上はまさに「空が直ぐそこにある」 
右手に大きく望める芦ノ湖が
青空に映えて美しい



峠からはしばらくは国道歩きだが
旧道の入る地点を見逃し大周り
の国道をずっと歩いてしまった
山中城祉跡の標識から旧道に
入り山道の端に座り込んで
お待ちかねのランチタイム

先ほど見た秀吉が甲を置いた
という甲石の大きさに驚き「小柄
な秀吉氏が甲を置くのに苦労
しただろうね〜」などと
馬鹿な話をしながら

国道と旧道の出入りに気を付け
ながら山中城跡を目指す

戦国末期の後北条氏の山城で
秀吉軍に半日で落城させられた
という山中城祉はこれまでの
城祉とはかなり異なっていた

広大な敷地には芝が植えられ
美しい公園のようになっているが
起伏にとんだ自然地形を利用
して巧みに城が築かれたことが
残っている土塁や掘り、掛け橋
などでよくわかる

再び国道と旧道を交差、合流
しながら笹原新田に入って行く
立派に保存されている一里塚を
見て集落を過ぎると「強米
(こわめし)坂」と呼ばれる急坂を
下るが背中の米ならぬバッグが
汗と熱で煮立つようだ

さしもの日差しも次第に弱くなり
三島まであと5Kほどの国道で
ハプニングが起き(後述)
予定が大幅に遅れる

暮れなずむ町をひたすら歩いて
いると「どこに行くの?」と
声をかけてくれた男性から
「近道があるよ」と教えられる
(実は解説書にも出ていたが)
今日も何人かの地元の人たちから
声をかけてもらったが
疲れた身体にはホンとに嬉しい



初音ヶ原の1kも続く国1沿いの
みごとな松並木を過ぎ
石畳風に作られた愛宕坂を下り
新町橋を渡り三島宿に入る

すでに三島大社にはお参りして
いるので(200年5月)ネオン輝く
駅前に出て美味しいお刺身で
31、200歩にかんぱ〜い!
ビールの美味しいこと!

AEDを用いた応急手当を習う 

2006年07月11日(火) 21時48分
近辺で倒れた人がいても
なすすべもなくただオロオロ
するばかりであろうと危惧
していたが応急手当を学ぶ
チャンスが与えられた


あわせてAEDも学ぶことが出来た
この機器は自動体外式除細動器
といい電気ショックの機能を
持っている

最近ではこの機器は殆どの公的
施設や人の多く集まる場所など
には置かれるようになったという

講習を受け認証されれば
一般人も緊急時に使用できる
ことが平成16年に認可された



20名ほどの各分野のボランティア
が数名ずつのグループに分かれ
地元消防署員の指導を受けた


   @倒れている人を発見
 A肩をたたき意識の有無を確認
 B意識がないと判断
 C廻りに人がいたら救急車と
   AEDの手配を依頼
 D気道を確保して呼吸の有無を確認
 E呼吸が無ければ人工呼吸を開始
 F口に耳を近づけて身体を見ながら
   循環のサインの有無を10秒ほどで見る
    ●呼吸をしているか
    ●咳をしているか
    ●身体に何らかの動きがあるか
 Gサインが無ければ心臓
   マッサージを開始
 H人工呼吸と心臓マッサージを
   4サイクル行い
 I循環サインを見ながら
   AEDや救急隊員が来るまで
   繰り返し行なう


救急隊員が来る前にAEDが
届いたらバッグを開いて電源を
入れ音声指示に従う

この機器は確実に操作できるよう
音声と字幕で全ての指示が
出されるように設計されている

一人ひとりの受講生が
倒れている人を発見してからの
応急手当とAEDの使用を確実に
実践するテストを受けて
3時間に渡る講習会は終了した

心臓停止後3分
呼吸停止後10分
で50パーセントが死亡するそうだ
いかに素早い処置が
求められているか

「今日学んだことを勇気をもって
役立ててください」
と言われた消防署員の言葉を
忘れてはいけないと心に
誓ったが・・・・・!

数日後受講生全員が承認証を
受け取ることができた

春の名残の休日 

2006年04月23日(日) 10時27分
トーク・コンサートのチケットが
手に入ったのでいつもの7人衆で
楽しい休日を過ごすことになった

会場が新宿の3つ手前小田急線
代々木八幡駅近く 
私の育った地元である
北海道在住の神経内科医であり
ピアニストである若き上杉春雄氏
自ら曲を解説しながらの
素晴らしい演奏に音響効果抜群
の300席の小さなホールいっぱい
の聴衆はモーツアルトとショパンに
酔いしれる


3列目という好位置の席で
時にゆったりと時に激しく
鍵盤に舞う美しい指にまで
魅了される

余韻を胸に会場を後にして
めったに来ることのないこの地域
を楽しみたいとの申し出に
案内を引き受ける

先ずは代々木八幡駅から
10分足らずの代々木八幡神社に

この神社は作家平岩弓枝さんの
生家としても多くの人たちに
知られている

近隣の町々からお神輿が集まり
参道にはいろいろな屋台が出て
子供の頃は9月の秋祭りを
どんなに楽しみにしていたことか


階段を上り境内に入るところに
隣り合って福泉寺があり 寺内に
興味深い顕彰碑とお墓がある

千葉周作、桃井春蔵とともに
幕末期の3大剣豪、3大道場主
として名をはせた斎藤弥九郎氏
のものである(越中の郷士の
生まれだが1871年代々木の
山荘で亡くなった)

この道場から桂小五郎(木戸
孝允)、高杉晋作、井上馨
伊藤俊輔(博文)など明治
維新で活躍した多くの人材が
排出された

多くのファンを持ち何度となく
テレビ化されている「御宿
かわせみ」の主人公神林
東吾の剣術の師として登場
するのは作者の平岩弓枝さん
がこのお墓を見ての
ことだろうか

神社を出て代々木上原にある
古賀政男音楽博物館まで
歩いて20分足らずである

氏の没後この地にあった邸宅が
そのまま博物館になっていたが
平成9年に現在の館に建て直された

館内をボランティアガイドの
男性が案内してくださる


懐かしいたくさんの歌や歌手
作曲家の記録のほか贅を凝らした
いくつもの部屋や使われていた
品々、音楽ホール、30分200円で
使うことのできるカラオケスタジオ
などもある楽しめる館である

上原駅近くの和食処で美味しい
食事をして盛りだくさんな休日は
「大満足!」の言葉とともに
かくして暮れた

ある視覚障害者の旅立ち@ 

2006年03月14日(火) 21時38分
小田急線相武台前南口の階段を
下りるとかすかにコーヒーの香り
が漂ってくる

階段下すぐの南口商店会の入口
に大理石の長いすと男女の
ブロンズ像と
美しい花々が咲いているいくつも
のプランターに囲まれた憩いの
コーナーにある「パラソルカフェ」
からの香りである

「いらっしゃい、美味しいコーヒー
や紅茶、中国茶をいれますよ」と
濃いサングラスをかけたスラリと
背の高いマスターがにこやかに
迎えてくれる
視覚障害者のI・H氏42歳である

4年前の38歳の時
「脚や心臓がしびれるなど
体調が悪いな〜と思いながらも
忙しい自営業生活にかまけて
油断していたんですよ

相模生協病院で糖尿病の
合併症で網膜突発性緑内障
(眼の癌)と病名を告げられ
そのまま入院し半年間に8回
にわたる手術を受けましたが
両眼失明から逃れることは
出来ませんでした」

「当初のこれからどうしようという
絶望感が死ななかっただけでも
よかった、あぁ生きていてよかった
と入院中の半年の間に 
次第に気持ちが変わってきました」

担当の医師から神奈川県の
七沢ライトホームを紹介され
半年間待って入所されて
歩行から細々とした日常生活に
必要なこと、電車やバスの乗降
など 1年5ヶ月間の訓練を
受けられた


神奈川県総合リハビリテーション
センター



七沢ライトホーム
(センター内にある)


「視覚障害者になって初めて
接したボランティアさんが
誘導グループの方たちで
病院やホームへの送迎
などを援助してもらいました」

しかし退所後早い時期から
自力で動く努力をされ
私たち誘導メンバーは
白杖を持って背筋を伸ばし
しっかりとした足どりで歩かれ
ている彼をよく見かけ
喜び合ったものだ

「ホームで1日の訓練が終わって
ホッとするひと時好きなコーヒーを
いれているとその香リにひかれる
ように入所仲間が集まってきて
よく交流会をしたものです
美味しいな〜と喜んでくれました」

ある視覚障害者の旅立ちA 

2006年03月14日(火) 16時15分

「妻が仕事をして生活を支えて
くれますが、退所してからの
自らの生活をどうしたらいいか
と考え好きなコーヒーを改めて
勉強し商うことから始めました。
幸い生協の店の一角でコーヒー
豆を売らせてもらうことも
できました」

「失明してからも精神的に支えて
くれていたのが子供の時から
共に遊び共に育った相武台前駅
南口商店街の仲間達でした」

かつては放置自転車とゴミで
汚れきっていた南口の階段下の
この場所は、平成11年にアメリカ
スマーナ市と姉妹商店会を結んだ
モニュメントとして整備され
生まれ変わり憩いの場に
なっていた

「仲間たちがここでオープン
カフェのような店を開いたら
と勧めてくれました」

準備期間を経て昨年11月に
オープン,200円でサービスされる
数種類のコーヒーの味が気に入って
その場で豆を挽いてもらい
買っていく人もいる


パラソルの下の4人ほど座れる
丸テーブルと大理石の長いす
だけなので雨や風の強い日は
開くことができないが
木曜日以外は10時半頃から
夕方の4時半頃まで開店し
電車から降りた人や買物に来た
人達が立ち寄りコーヒーや紅茶
などを楽しんでいる


「1日に平均12,3名ほど
寄ってくれます
ライトホームで一緒だった仲間や
川崎や小田原からも来てくれる
友人もいて嬉しいですね」

「担当の先生も驚いて
いますが、このカフェを開いてから
視野が少し広がって
ほんとにぼんやりですが
かすかに見えるように
なったんですよ
まだよい方に進む可能性は
捨ててはいません
いつか屋根のある喫茶店を
開くのが夢です」

小田急小田原線本厚木から
新宿方面へ3駅
相模大野から小田原方面へ2駅
相武台前駅南口階段を下りると
すぐ横にある「パラソルカフェ」
にぜひお立ち寄りください
美味しいコーヒーが
いただけますよ

あぁ〜それから
まわりからの声で
4月から300円になりますので
悪しからず

等々力渓谷探訪記 

2006年02月15日(水) 10時09分
東京都内にこんな渓谷があるとは

中央林間から田園都市線で二子玉川
大井線に乗り換えて等々力駅
商店街を歩いて5分である


渓谷の案内図がある
この日の気温に注目!



この渓谷は武蔵野台地の南端に
位置するそうで全長1キロ
ケヤキやコナラ、ミズキなどが
繁茂する木漏れ日のなか
川のせせらぎを聞きながら
鴨が仲良く泳いでいる谷沢川
の遊歩道をのんびりと歩く

小さな木橋を渡ると古墳の案内が!
階段を上がり住宅街に出て迂回して
野毛大塚古墳を見る


南武蔵地方の有力な首長の墓

5世紀に築かれた帆立貝古墳で
その規模は周濠を含めると
全長104M 高さ10Mもある
全国でも最大級の大形である
内の4つの埋葬施設には
多くの武具や玉類が副葬品として
納められていたそうだ

再び住宅街に出て
昨年に開園された芝生公園に入る

芝生では
数組の母子が敷物や乳母車で
また外国の男性が寝転んで
温かな日ざしの下で
日向ぼっこを楽しんでいる

周りの樹木の中に今年初の梅の花
紅梅は満開だが白梅はまだ3分咲き


公園内には書院建物があり
出入りも自由でお茶もセルフサービス
でいただけるおおらかさ!

庭園から下りて再び渓谷に

小さな稲荷堂の脇に「不動の滝」


2条の細い滝が竜口から流れている

今ではこんなに細くなってしまったが
かつては滝の音が響き渡り
「轟いた」ところからこの渓谷の名が
付いたと言われている

平安時代にはこの滝に打たれて行を
する修行僧が各地から訪れたという
その僧らが修行したのが
「等々力不動尊」である

お参りしていたら若いお坊さんに
護摩炊き供養に誘われ本堂に上がり
4人のお坊さんたちの護摩を
焚く行事を拝見!

護摩を焚く間に大太鼓ほかの鳴り物と
お経が相まって迫力あるものだったが
その間40分ほどの足の痺れの
辛かったこと!
(これが私の修行かしら?)

その日から1ヵ月間公開されるという
平安時代作の「お釈迦様入寂」の
巨大な絵の解説も興味深い
ものがあった

2005年は・・・ 

2006年01月21日(土) 10時43分
雪のため予定が中止されたので
徒然なるままに昨年1年間(2005)を
まとめてみた


   映画          30本
   音楽会         4回
   舞台(歌舞伎等)   4回
   寄席           2回
   見学会(老人施設等)4回
   ハイク・ウォーク   12回
   国内旅行(宿泊)    6回
   国外(ホノルルマラソン) 1回

まとめてみるとなかなか面白い
前年1年間の行動がよくわかる

旅もよくしているな〜
温泉でのんびりするのもいいものだし
知らない土地を歴史とからめながら
旅するのも本当に楽しいものだ

映画は3倍の楽しみ方ができる
映画館で観るほかに
オリジナルを読む 
ビデオで再度確認する
映画を観てからオリジナルを読むか
オリジナルを読んで映画を観るか
ここが難しいところだ

殆どの作品は充分満足したが
それでも期待はずれ(ただ好みに
合わなかったのだろうが)で
つい寝てしまった作品も1本あるが

また30本の半分が日本映画
だったことは我ながら驚きだった
これまではアメリカなど外国映画が
殆どを占めていたのに!
見応えのある日本映画が多くなった
映画好きにとってうれしい限りだ
学生時代によく一緒に映画を観た
友人とは未だに「ハシゴ」をしている

歌舞伎や落語などを何回か鑑賞し
日本の伝統芸術(能)の面白さ
素晴らしさをあらためて知った
これからは能や狂言、浄瑠璃
などにも幅を広げてみたい

また老人施設を2ヶ所見学させもらい
自身の老後を漠然とながらも考える
チャンスも与えられた
決して先の遠くない大事な問題なのだ

新しいこと、厳しいことにも挑戦したし
花粉症で顔に湿疹が出たほかは
お医者さまにかかることもなく・・・・
あぁ〜いい1年だった!

さて今年はどんな年になるのだろう 
楽しみだなぁ!
2006年10月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
アイコン画像url
» ポコアポコ(ゆっくりとゆっくりと) (2012年07月15日)
アイコン画像こけし
» ポコアポコ(ゆっくりとゆっくりと) (2008年10月18日)
アイコン画像じゃぶ
» ポコアポコ(ゆっくりとゆっくりと) (2008年10月04日)
アイコン画像まさる
» ポコアポコ(ゆっくりとゆっくりと) (2008年09月30日)
アイコン画像酢だこ
» ポコアポコ(ゆっくりとゆっくりと) (2008年09月26日)
アイコン画像ちちち
» ポコアポコ(ゆっくりとゆっくりと) (2008年09月25日)
アイコン画像双子座
» これって犬命救助? (2006年09月15日)
アイコン画像つくし
» これって犬命救助? (2006年09月14日)
アイコン画像双子座
» 春の名残の休日 (2006年05月07日)
アイコン画像つくし
» 春の名残の休日 (2006年05月03日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:futagoza
読者になる
Yapme!一覧
読者になる