累ヶ淵 

January 31 [Thu], 2008, 4:32
最近とても気になるモノがある。

「真景累ヶ淵」というものをご存知か?



古典落語なんだけど最近じゃめっきりやらなくなったそうな。

そもそも落語って言うのは今でこそ面白い話をするイメージではあるが、昔は翌日も寄席に足を運ばせるような続きが気になるようなモノもあったという。

で、この話

もともと「累ヶ淵」という実話が元になっている。


あらすじはというと


累(かさね)の物語は江戸時代初期の慶長17年(1612年)から寛文12年(1672年)までの60年にわたって繰り広げられた実話に基づいていると言われる。

下総国岡田郡羽生村の百姓、与右衛門(よえもん)とその後妻お杉の間には助(すけ)という娘があった。
しかし、連れ子であった助は生まれつき顔が醜く足が不自由であったため、与右衛門は助を嫌っていた。

そして助が邪魔になった与右衛門は、助を川に投げ捨てて殺してしまう。

あくる年に与右衛門とお杉は女児をもうけ、累(るい)と名づけるが、累は助に生き写しであったことから助の祟りと村人は噂し、「助がかさねて生まれてきたのだ」と「るい」ではなく「かさね」と呼ばれた。


両親が相次いで亡くなり独りになった累は、病気で苦しんでいた流れ者の谷五郎(やごろう)を看病し二代目与右衛門として婿に迎える。

しかし谷五郎は容姿の醜い累を疎ましく思うようになり、累を殺して別の女と一緒になる計画を立てる。

正保4年8月11日 (旧暦)(1647年)、谷五郎は家路を急ぐ累の背後に忍び寄ると川に突き落とし残忍な方法で殺害した。


その後、谷五郎は幾人もの後妻を娶ったが尽く死んでしまうという怪現象が続く。

ようやく6人目の後妻きよとの間に菊(きく)という娘が生まれた。寛文12年1月 (旧暦)(1672年)、菊に累の霊がとり憑き、菊の口を借りて谷五郎の非道を語って供養を求めて菊の体を苦しめる。

近くの弘経寺に所化として滞在していた祐天上人はこのことを聞きつけ、菊の解脱に成功するが、再び菊に何者かがとり憑いた。

祐天上人が問いただしたところ、助という子供の霊であった。

古老の話から累と助の経緯が明らかになり、祐天上人は助にも十念を授け戒名を与えて成仏させた。


法蔵寺には累(るい)の一族を弔った墓があり、常総市の指定文化財に指定されている


というお話。


これだけでもすごい話だけれどもこれをベースに「近代落語の祖」と呼ばれた三遊亭円朝
が作り上げた作品が「真景累ヶ淵」

えらーく長い話なんで落語も「豊志賀の死」までで、現在の噺家もその先を演る人は少ない
そうです。

あらすじのせるにも長すぎるため参考にこちらを↓PCのみ閲覧可能

http://www.edo.net/hyakunen/neta/kasane.html

まーあらすじだけ見てもかなり魅力的な作品。

ただ恨めしいだとか怖いだとかそういうのだけじゃなく因果というものの深みがよく分かります。

これは現在でも十分ベースにして作品が出せるような題材だと思います。

最近じゃ、「怪談」として映画化もされており、黒木瞳が豊志賀を演じているらしく↓



漫画でも「累」というタイトルで販売されておりこれまた話題になっているそうです。↓



とにかく魅力的な過去の作品。


ちなみに「真景」は「神経」をもじったものであり、

「今日(こんにち)より怪談のお話を申し上げまするが、怪談ばなしと申すは近来大きに廃(すた)りまして、あまり寄席(せき)でいたす者もございません。と申すものは、幽霊というものはない、まったく神経病だということになりましたから、怪談は開化先生がたはおきらいなさることでございます」(本文)

なんて感じで幽霊の存在は人の心の病みがもたらしているということを伝えているそうです。


是非漫画でも映画でも文庫でも触れてみてください。

blog開始に伴う注意事項 

January 27 [Sun], 2008, 6:38
ずーいぶん前にブログやってたのですがなんだかんだいろいろ忙しいまま放置して閉鎖してましたorz


今回新たに開始したいと思います。


アフィリエイト狙いだとか



とりあえずなにをテーマにしてやってくとかあんまり考えておりませんw


暗中模索しつつもいつもどおり支離滅裂なことを書いていきたいと思いますので




どうぞよろしく


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