さよならスモーキンブルー 

2009年02月11日(水) 2時47分
某月某日
 デアゴスティーニから発刊される雑誌の誌名からは、いつも何かしら喚起される「気分」のようなものがある。その気分をいったいなんと表わしたらいいのかは、時間が経ってからでないと言葉にしにくいのだが、誌名だけを見てもなんだかすごいことになってることは誰にでもわかるだろう。例えば今CMをやってるのは「週刊 安土城をつくる」である。毎週々々「安土城をつくる」ことだけをテーマに絞って作られる雑誌である。
「週刊」と「安土城をつくる」という言葉の組み合わせの違和感を誰も指摘しないのは何故だろうか。このままでは、そうですか毎週作ってくださいとしか言いようがないのだ。
 「週刊 歴史のミステリー」あたりはまぁいいだろう。だが「週刊 戦艦大和を作る」「週刊 地球の鉱物コレクション」くらいになるといよいよスケールの広がりに歯止めがかからない。かと思えば「週刊 土井善晴の わが家で和食」って誰なんだよお前は。挙句の果ては「週刊 そーなんだ 社会編・科学編」と来た。やぶから棒に”そーなんだ”とは何だ。大人をばかにしなさんなよって話である。


某月某日
 休日は家から一歩も出ない冬。胎内回帰願望のあらわれだとかエセ分析して巣篭りする冬。台所の換気扇の下で背中を丸めて体育座り、タバコの煙が吸い込まれていくのを茫然とながめている。失くしたものはみんな煙の形さ。

某月某日
 二日働いて一日休み。だけどなんだか一週間が終わったような脱力感だ。えぇいいあぁ。食事も終わってないのに梅酒も飲んでないのに気分は「とろりんちょ」としている。あのCMの「♪とろりんちょ〜♪」の部分で人物の映像がうにゃうにゃと歪むのを見る度に、車酔いみたいなむかつきがこみ上げるのでいつも目をそらす。しかしいくらCMだからと言っても、いい大人が「とろりんちょ」と発音するのはどうなんだろう。特に「ちょ」の部分がよくないのだと思う。

毎日がエブリデイ 

2009年02月01日(日) 13時02分
某月某日 
 漫画なんかで、よくわからず人間界にやって来た天使は絶対ダメな男に惚れる設定になっているけれど、高校時代デブでメガネで劣等生、もちろん彼女いない歴イコール童貞歴で、女の子なんかとロクにおしゃべりできなかったT君に、ひょんなことからできた生まれて初めての彼女は、ドジな天使でも涼宮ハルヒみたいな強引で突拍子のない美少女でもなく、ただのヤリマン娘だった。

某月某日 
 バンドをやめて田舎に帰った友人から「お前も疲れたろう。うちの実家に遊びに来なよ、癒されるぜ」と動画付きのメール。動画にはアブやイナゴやスズメバチの大群が鈍い羽音を立てて畑をびゅんびゅん飛んでいる。「大丈夫、痛いのは最初のうちだけ、慣れちゃえば全然平気平気」

某月某日
 旅先のホテルの朝食はおかわり自由の味噌カツ定食。ビール飲み放題。ホテルのいたるところに「私が支配人です」と書かれたハゲたおっさんのポスター。みやげ店で二頭身でキャラクター化されたおっさんのキーホルダーを買うべきか迷っている。キャラクター化された支配人の名前は「ハゲくん」

某月某日
 天井に大きなカマキリが出現して腰を抜かす。両手のカマを振り上げてこちらを威嚇している。ふえぁ!などと奇声をあげて床にへたりこむとフローリングの床には真っ赤なアメリカザリガニがはさみを開いたり閉じたりしている。再度ふえぁと叫んでとりあえず殺虫剤をザリガニに噴霧すると、だんご虫のようにゆっくり丸くなった。大きなカマキリはメスらしく泡のような卵を産みつけて どこかに飛ん行ってしまう。そのうちテキヤのおっさんがやってきて、その泡の卵を祭りなんかで売る綿菓子の袋につめて持って帰ってくれたのだがその綿菓子の袋のデザインが、イラストはミッキーマウスなのに名前が「チュー太郎」と書かれていて、それはまずいんじゃないか、パクリなんじゃないか、止めるべきなんじゃないかと悩む。イカ焼きの匂いが漂ってきて、祭り囃子の音が聞こえてくる。祭りの季節だったのだ。

某月某日
 ごめんごめん、絶望してて着信に気がつかなかった。

「にっちもさっちもいかないねぇ」そう言って君は今日も舞い踊る 

2009年01月14日(水) 0時39分
三度の飯より愛してる
嘘つきでもいいさ
銀河の果てまで連れてくよ
絶対あんた迷子になるね

The next! 『ちょっと変な僕の恋人』


「付き合う男なんてさぁ、誰だっていいのよ。嘘さえつかなければね。美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れるって言うじゃない。男もいっしょよ。服のセンスがダサければプレゼントしてあげればいいのよ。嘘さえつかない男だったら私は誰だっていいわ。」
以前、女友達が言っていて、以来、僕も似た考えを持つようになっていた。
…でも、心のもちようさ、とは思ってもやっぱりアイだとかコイだとかに嘘や打算や裏切りはつきものですよ。
少なくとも僕にはついて回った。ハイ、僕、嘘ついたこと何度かあります。嘘つかれたこともあるけどな。ごめんなさい女の子。
でもね、嘘つきでもいいさ、こう思える瞬間はある。もしも君が嘘つきだっていいよ、愛してるんだよ。東京中でいちばんかわいい君!
 どんな言葉の詰め合わせより、君が生きているこの瞬間から感じとれる世界はこんなに愛おしい!時にいかがわしい!何てリアル!
 嘘つきな君の存在が僕の人生を狂わせますように!

プチ天変地異 

2009年01月04日(日) 20時00分
某月某日
 年末、痛恨のごみ出し忘れミス。
 生ごみ、プラスチックごみ、びん・カン・リサイクルごみ、不燃ごみと共にゆく年来る年。
 私も貝になりたい。貝塚は大昔のごみ捨て場。

某月某日
 鎌倉の実家に帰省。
 甥っ子達にお年玉をやって、叔父としての威厳を保ったつもり。
 上の子はあと2、3年で僕の身長を超える予感。
 威厳は金で買えと知れ。

某月某日
 新井薬師にて初詣。
 引いたおみくじは大吉。
 曰く「数多いみくじの中にも、此のみくじに逢ふ人は、最も貴い立派な運勢である。それだけに普通の人は位負けがして『大吉かえって凶になる』のを用心せねばならぬ。」
 正月から全く気が抜けないことをさらっとおっしゃる神様よ。だったら可もなく不可もなく末吉あたりでよかった気もする。

某月某日
 買おうかどうか去年から迷っている品物がある。
 ユニクロの「ヒートテックインナー」だ。テレビCMで松田龍平が彼女役の女の子に無理やりはかされそうになって「ありえねえよ!ありえねえよ!」って言ってたアレである。
 いや、正直に言えば僕も気持はいまだにありえねえよ、である。ヒートテックなんとかとか言ったところであれはまさしく「ズボン下」であり、想像するのは白いズボン下をだらしなくはいて家をうろうろしていた父親である。
 あぁでも暖かいんだろうなぁあれ。とマッチ売りの少女が見る夢のようにヒートテックインナーに思いをめぐらす。でもあれをはいた瞬間、自分が「おっさんシフト」してしまうようで怖い。あれをはいた瞬間に魔法が解けて俺の青春が終わってしまう!あー!うー!
 初詣の帰り道、ユニクロ中野店にて冷えに震えながらヒートテックインナー売り場を目指すも「こちらの商品は、ご好評につき在庫が少なくなっております」と品切れの案内。
 くやしいような、ホッとしたような。
 俺の青春はとりあえずまだ続く。うー!あー!キェェェェ!

諦念プシガンガ 

2008年12月23日(火) 4時08分
一つ人より絶望
二つ深めに絶望
三つ四つは飛ばして
五つ何時でも絶望
一つ独りで絶望
二つ普段も絶望
三つ四つは無いけど
五つ一生絶望だ

人生80年 
人は頑張っても報われず 頑張っても報われず
歩いていかないといけないのです
絶望さん絶望さん 
もし私の願いがかなうなら
すべての人に絶望を届けてください

     メトロノーム『絶望さん』

■ゴミクズみたいな日々が99%で残りの1%が喜び、くらいなバランスが幸せなんだろう、と以前に書いたけれど、「ゴミクズみたいな日々」の部分を絶望という言葉に置き換えてもいい。
 そもそもが絶望スタートなのなら、幸福とか自己実現とか、なんならこの病的な希死念慮について考えることになんて意味なんかない、ということなんだろう。
 頭ではわかってはきたけれども。まだだ、もうちょっとだ、もうちょっとなのに、と思ってしまうのも正直なところなのだ。

ニューウェーブ禅問答 

2008年12月16日(火) 2時15分
某月某日
 Perfumeのプロデューサーは「ザ・マッド・カプセル・マーケッツ」の方だと思っていた。「カプセル」とはその略称なのだと思っていた。色んな音の引出しを持ってらっしゃる方なのだなぁと感心していた。どこかで得意げに言わなくてよかった。本当によかった。

某月某日
 小学校低学年の頃だと思うが童話「ごんぎつね」のあらすじ(数行)だけで涙が止まらなくなったことがある。
 ところがいざ本編を通して読んでみたら、何の感慨もなく読み終えてしまった。
 映画を観て、予告編の方が面白かったと思うことがたまにあるのは、これが発端なのだろうか。

某月某日
 ひとり幼稚園の帰り道、猛烈にうんこがしたくなり「早くしないとうんちが出ちゃう…早くしないとうんちが出ちゃう…」とひとり小声で、お経を唱えるようにループさせながら早歩き、長い坂の上にある我が家へ急いでいた。 (結局、玄関まであと数メートルというところでもらした。)
 20数年後、僕はヘヴィメタルバンドを結成し、激しいビートに乗せて「♪早くしないとうんちが出ちゃう!早くしないとうんちが出ちゃうんだーー!♪」という絶望的な歌詞をマイクに通しながらステージで歌っていた。入場料は2000円(ドリンク代別)であった。

某月某日
 おまえにとって最も恐ろしいことは何かと問われたら、「んー仏教でいうなら生老病死・愛別離苦あたりみたいな感じで…」と答えるのだろうが、相手が「じゃそれ以外では?」と言ったら迷わず「便意」と答えるだろう。
 クイズ番組やニュース番組、お昼のワイドショー番組の出演者が座っている席は、実は便座になっていて出演者は全員下半身は丸裸なのである。収録時間が長いから仕方がないのである。国会議員のはいているズボンはちょうど肛門のところに穴があいていて、もちろん議会の椅子も実はああ見えて立派な便座である。選挙期間中の遊説や「牛歩戦術」を用いる時だけまともなスーツを着る。
 もしも僕が芸能人だったり、議員だったりしたら、そのようなシステムになっていないと絶対にいやだなぁと思っている。

僕たちのデリケートゾーン 

2008年12月11日(木) 3時21分
またまたヤプログ様に「不適切な内容が含まれてるため」との理由で作文が削除されてしまいました。
 こちらで再UPしましたので、読んでいただけるとうれしいです。

「キイロい地獄の幽霊」
http://ameblo.jp/fuckyaplog/

スキー!スノボー!幼女監禁!とかそういう内容は含んでいません。

ひびけ電気釜!輝けなっとうよ!燃えろふしあわせよ! 

2008年12月04日(木) 18時20分
 ハロー!永遠の精神的童貞&処女たち!
 失われた思春期への復讐を果てしなく試みる必敗の勇者、オキトマト先生です。
 最近わかったことは、静かな夜道を独り歩いていて、たまにブッ!とおならを響かせると、なんだかこの街の王様になったような気分になることですね。で、その直後に自転車で誰かに追い越されると、なんだか野良犬になってしまいたくなるってことです。
 そう、その時僕は静かにつぶやく。Bone to be 絶望。
 生きる勇気も、死ぬ勇気もなかった。思春期の頃から掲げていたスローガン、「DON`T TRUST OVER 30!(30歳以上の連中を信じるな!)」は数字の部分が40に書き換えられた。メッソリと絶望だの死にたいだのボヤいている僕こそ生きるだろう。そしてそんな君たちも生きるだろう。生きてしまうだろう。それもかなりの長生きだ。Bone to be 老人とでも言おうか。終末を意識することが、知らず知らずのうちに、かえって日常に強度をもたらしていたのだ。なんたる皮肉!不条理!
 しかし長生きするにしても、いつか死ぬことには変わりないワケで。森繁久弥ほど長生きしないまでも、僕たちは「生まれながらにして死刑を宣告されている」ってことには変わりはないわけで。やっぱり70歳過ぎたあたりからは、正月に食うモチには注意しなきゃならないわけで。ハルンケアのCMもいつかは他人事ではないわけで。
 「死」という身体の宿命には、本能的に恐れるところはあるにしても、時に安心させてくれることもある。
 「どうせ死んじゃうんだし」と思うと全宇宙の希望と諦念がごちゃまぜのチャンプルーになって、もうどうでもいいやと投げやり半分、余計な執着から解放される。そして調子のよい時は、清々しいほど何も映らない自分の目に、どん底の底からの視線で、はるか遠くにぼんやりと希望の星が見える気がするのだ。そしてその星めがけて願いを飛ばすのである。翌朝目が覚めたら、部屋のすみに丸めて落ちていることもあるが。
 私事で何なんだが、昨年、高校時代の友人が人を殺して埋めて逮捕された。「妊娠した浮気相手に結婚を迫られたから・・・」と新聞には書いてあった。さらにヘヴィで申し訳ないがここ1年で数人の知人が自殺を図った。「死」というのは日常の隣り合わせのすぐ後ろで口を開けて待っている。「戦争はしない」と憲法に書かれた国に生まれ、食べ残すほどの食糧に埋もれ、銃弾が飛び交わない時代に生まれ育った僕たちは、リアルな「死」を身近で見聞きした時くらいしか自分の「生」を実感できないんじゃないのか。
 僕は「何となく生きた心地がしないから」という理由でバンドのライブ中、わざと額を割って血をだらだらと流したことがあるが、ぼんやりとした怠惰な日常の中に飛び込んでくる暴力!死!血!その時初めて、僕たちはおぎゃぁと生まれた瞬間から死のベクトルに向かって猛ダッシュしてるんだ、と思い出す。そして心も体も傷つけ合う連続が「生きる」ってことの一部なんだとも知る。
 さぁ!乙女のパンツを引きずりおろそう!さぁ!ロマンチストのちんこをちょんぎってしまおう!最高を最低にさぁさぁ変えよう!人生という悲しいパーティーはまだまだ続くし、続くことにメソメソうっとりするのも、もう飽きてしまったよ。
 問題を押さえ込むのではなく、別々に分けて問題を小さくして、それぞれで解決する。数学の解法と同じ。困難は分割せよ。どん底の底から空を見上げたら、光はまだまるで見えない。ならば想像してみる。僕らにしかみえないいちばんキレイなものだ。もしもわがままが許されるなら、その美しさをだれかと共有できたら素敵だ。
 でも期待などするべきじゃないんだ。僕らは悲しみと諦めという衣装だけをまとっている。

テレビになったヒト 

2008年12月01日(月) 0時42分
テレビのマネして コトバ集めよう
テレビのマネして アタマを回転
ぐるぐる回して チャンネル飛び出せ!
テレビのマネして テレビになっていく…

テレビ…ビテレ

テレビのマネして 電波集めよう
テレビのマネして 「あなたが大好き!」
ビリビリ シビれて アンテナ飛び出せ!
テレビの真似して テレビになっていく

テレビ…ビテレ

テレビテレポーテーション!
テレビテレポーテーション!

ベニヤのママ 

2008年11月28日(金) 0時29分
はしゃぐダウン症 森の小人たち
お鼻引っぱれ赤ちゃん 唄うロンパース

おくち ごはんぎっしり 何にもしゃべくれない
ベニヤのママが笑う つらいロードムービー

僕らはカタツムリ 雨のプラモデル
シンナーが冷たく あふれるセメダイン

イモリは黒いおなか 黒い水にもぐる
三角形の花は 夏に冬の香り

さぁ今のうちに おトイレをすませて
さぁ今のうちに 甘いお乳飲んで
さぁ今のうちに あんこ玉舐めて
さぁ今のうちに ストレッチだ!さぁみんな!
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