はなしたこと 

2008年11月27日(木) 21時13分
 友人に散々相談した挙句、彼女さんに話してみることにしました。全部。
 それで、友人宅にて話してきました。普通に、僕の下宿で話そうとしていたはずなのに何故か家主もほかに一緒にいた子も寝静まった他人のアパートでした。事の顛末は以下。

世代間連鎖 

2008年11月25日(火) 0時56分
 親からされていたことは、もしかしたら虐待に入ったのかもしれない。少なくとも、僕の反応は虐待されていた子供とそっくりでした。

 高校時代までのことを思い返してみて、言われたこと。うちの家族はおかしい。母がおかしい。大学で知り合った友人に話をして、指摘されて、初めて知った。うちの家族はどこかがおかしかったらしいのです。
 すぐに感情的になって怒鳴る母。言い返すことができない僕。家族に知られることなく自傷行為を繰り返した僕。気づかなかった、あるいは指摘しなかった両親。まともなコミュニケーションが成り立たない家族。母親の被害妄想めいた思い込み。「自分が悪者扱いされている」「娘が自分を憎んでいる」って。
 誰が悪い、わけではないと思うのです。だって母も自分の親にひどい扱いをされていると思わせるようなエピソードが母と祖母の間に見え隠れしますし、祖母だって曾祖母との嫁姑関係が本当にひどい泥沼だったらしい。まだ若かったころは嫁を種豚とののしり、年老いてからは幼い曾孫に早く死にたいと言っていた曾祖母。子供に時におかしなくらい厳しい態度で接し、実の娘の意見を聴こうとしない祖母。感情的に怒鳴りつけて、話を聞いてくれない被害妄想の母。誰にも言い返せなくなった僕。
 誰も悪いとは思わない。誰が悪いとか、僕には言えない。けれどもうちの家族はどうしようもなくおかしくて、それがずっと続いている。

よのなかはなんてややこしい 

2008年11月20日(木) 21時40分
なんだか流石に切なくなる。


 僕は、大学に入って早々二つの恋愛沙汰を起こしている。ひとつは自分が惚れたせい、もうひとつは他人に惚れられたせいだ。
 四月、サークルに入ったばかりの僕が惚れたのはひとつ年上の綺麗な先輩だった。綺麗、で、不思議に扇情的な雰囲気の人だった。同性愛者を公言している僕は、親睦会でキス魔である三回のお姉さまとキスをした。一人暮らしをはじめたばかりで人恋しかったのと、こんな僕にもキスしてくれる人がいるんだというのが嬉しかったせいもある。雰囲気に酔って、一滴も飲んでいないくせににこにこと笑いながら話しかけた僕に、彼女は少し笑った。
「じゃあ、私と間接キスだね」
「あは、直接してみますか?」
 酔っていた、んだと思う。ふざけて女性とキスできる人なら、させてもらえばいいと思ったから。
「私は高いよ?」
 にこりと笑みを浮かべて言われた一言に、僕は落ちた。

 結論から言うならば、僕は彼女に振られた。運が悪かったのだ。彼女は女性に好かれやすい性質で、そういうのにちょっとしたトラウマがあった。対する僕は、同時期に同じサークルの男性から告白されて、パニックに陥っていた。だから上手に自分の感情がコントロールできず、彼女につらい思いをさせてしまった。そのこと自体は素直に悪いと思っていて、ただ、直接話をする場を設けて、真摯に断りの言葉をくれた彼女にはとても感謝している。
「しばらくは、やさしくできないかもしれない…ごめん」
 そんな風に言われたけれど、別に構わなかった。やさしくしてくれなくたって。だって傷つけたのは僕なんだから、傷が癒えるまではいくらだって避ければいい。
 別れてから、もう一度謝るためにメールを送ろうかと思った。自己満足だ。そう思ったから、やめた。

 さて、片思いをするのとと平行して、僕は片思いをされていた。相手は同じサークル、同回生の男の子で、一度きちんとお断りした。同性愛者を公言していた僕は、はっきりと、「好みの性別でないのでお付き合いできません」と言った。
 けれどその晩、彼からメールが送られてきた。
『本気の思いなんてね、そう簡単には諦められない。僕が男の魅力を教えてあげる』
 謹んで辞退します。と本気で言いたかった。
 パニックを起こした僕は、混乱して泣きながら頼りにしていた先輩に電話をした。本当に本当に怖かった。僕が自分の片思いに熱中して、相手に想いを押し付けてしまったのはこの混乱も少なからず影響している、と思う。
 そのあとも、専攻が同じだから講義の被る彼とは授業でよく会った。あからさまに避けるのもどうかと思って接しているうちにつらくなった。自分の片思いまで否定された。当時惚れていた彼女は背が高く、雰囲気が大人びていて、そういう人に、どちらかといえば男寄りの気質がある僕が惚れるのはよくわからないというような内容だった、と思う。ニュアンスの違いを恐れずに平たく言えば、彼女は僕と並ぶと立場が上に見えるから、違和感がある。相手が僕より小さく、かわいらしいタイプなら納得がいく、という内容だったと思う。彼の真意は知る由もないが、心底不快だった。
 向こうが望むなら、友人付き合いは続けようと思っていた。それでもそのうち破綻する。
 色々と重なって、話し合いをしようとして、本当に堪りかねて、もう嫌だと言った。それでもまだ納得が行かないようで話がしたいと言われた。結局、友人(男。僕に対して恋愛感情はなく、いい友人である)に同伴を頼み、話をした。

 こちらも結論から言うならば、僕が切れた。本当に友達付き合いももうできない、つらい、と訴えた僕に、言い訳をした後彼が言った一言。
「食わず嫌いじゃなくて、またちゃんと接してほしい」
「もう食べたよ…!」
 言ったら、止まらなくなっていまだかつてないほどの勢いで泣き出した。声を上げて泣いたのは何年振りだっただろう。止めようだとかそんな気も起こらず、わあわあと子供のように泣いた。
 その途中で、彼は逃げるように部屋を出て行った。僕はしばらく、別のサークルにばかり出ていた。

 それがトラウマになって、僕は男の人と仲良くすることができなくなった。男が怖い、というのとは少し違う。自分が男に好かれる性別だというのが怖かった。異性愛者の男が憎いと呟き、少女めいた格好をやめた。できなかった。男に好かれるような格好を、男が好きでもないのにするなんて。

 後期になって、紆余曲折の上、両想いではないとはいえ彼女ができた。性癖を受け入れてもらって、ご飯を作ってあげて、作ってもらって、一緒に眠った。女らしいとか男らしいとか言うのをやめて、気に入っていたスカートを穿いてみようという気にもなった。一緒に買い物に行って、可愛いと思うものを可愛いと言って、赤い手袋を買った。少しずつ平気になったのは、彼女さんのいてくれるおかげだった。
 そんなとき、彼からメールが来た。
『サークルでどう接したらいいのかな。色々あったから話しかけづらいし、目が合ったりすると戸惑う。あの件はマジで反省してる ごめん』
 返事をしなきゃ、と思った。手が震えて、体が震えて、呼吸ができなくなって、久しぶりにひどい発作を起こした。落ち着くまで彼女さんに抱きしめてもらいながら、泣いた。
 いまだに平気とは言えない。サークルで合ったときに微笑んで会釈はできる。それでも人の口から名前を聞くたびにあー!と叫びだしたくなる。平静が保てなくなる。

 間に入って、先に僕の状態を話してくれた友人の報告メールにあった単語。『厨二』『つっつかないほうがいい』『プチ破裂』
 僕が何をした。被害者ぶるつもりはない。けれどここまでされるほどのことはしただろうか。ねぇ僕が何をしたというの。これ以上構わないで。



 振り回されるのに堪りかねた。いつもと違う文体で書いてみました。小説風?
 さてはて、どうなることでしょうかね。

なんか書いてみようと思って。 

2008年11月18日(火) 15時25分
お久しぶりです。深夜です。ずっと残しておいたこのブログ、なんとなく書いてみようかなと思いました。今も見てくださっている方っているのかな?わかりませんが。

一番頻繁に書き込んでいたころからかなりの時間がたっているように思うのですが、実際には二年と前のことではないんですね。数えてみて驚きました。
自殺志願の女子高生だった僕は、とりあえず京都の大学生になりました。鬱々としたり、悲しくなったり、は、しますけれど、積極的に死にたいと思うことはなくなって、自傷行為もすっぱりしなくなって、とりあえずそれなりに、幸せにすごしてます。

今、どんな生活をしているかちょっと書こうと思います。
まず、一人暮らしをしています。母親と離れることができて、ストレスがずっと減りました。どうやら僕は自分の母を信頼していないらしく、時々疑心暗鬼に陥っては落ち込んでいますが、ノイローゼ状態だったころよりはずっとまし。
それから、アルバイトをしています。週に一回か二回くらい。下宿の近くのお好み焼き屋さんです。元々対人関係は苦手だけれど、克服しようと思って頑張ってます。
サークルは二つ掛け持ち。漫画研究会と英会話サークルです。基本的に文字書き専門でしたが、漫画研究会に入ってからちょっとずつ、絵や漫画を描くようになりました。それはそれで楽しいです。コマ割したりとか。英会話では、しゃべってます。色々と。こっちは趣味とかが一般よりの人が多くて、それはそれでとても楽しい。
あと、彼女がいるのです。元々女性が好きではあったのですが、バイセクシュアルではないな、僕は女性が好きなのだなと大学に入ってから気づいて、レズビアンを公言しています。彼女さんとの関係はちょっと複雑というか、厳密に好きあってお付き合いを始めたわけではないのでまたの機会に。でも、自分の性癖を受け入れてくれて、話を聞いてくれて、隣にいてくれて、とても救われています。だいすきで、たいせつにしたい。


近況、というとこんな感じです。
時々のそのそ呟きにきます。のそのそ。

とおいせかい 

2007年11月30日(金) 0時56分
こんばんは、深夜です。ご無沙汰しておりました。
センター試験まで後少し。受験勉強はとてもせつないです。わあっと泣きたくなります。そしてとっても眠たいのです。なのに寝付けないので短期型の睡眠薬がいただきたいと思ってしまう今日この頃。誰か僕にハルシオンを寄越せー。

比較的禁欲生活を送っていると演劇が恋しいです。見る方でないの。やる方が。
演劇をするのはとてもしんどい。でもやらないでいるのはもっとつらい。
そう思うとき、僕は演劇をするために生まれてきたのだなぁと思います。
本当は他にもできることはあるのかもしれません。でも、選んじゃった。ひとつだけ。

きばかり、あせってしまいます。だってすぐに何が出来るわけではないから。
未来が待ち切れない

あたまがぐるぐる 

2007年09月17日(月) 21時40分
今日は新潟市におでかけに行きました。
トゥリトネスという水中パフォーマンス集団の公演があったので家族で見てきたのです。厳密に言えば妹は前座のシンクロに出演、母はスタッフだけど。
父と弟と一緒だったのですが、帰りに伊勢丹に寄ったのです。僕はお洋服やお化粧品を見るのも好きなので、男二人をつき合わせるのも酷かなと思い別行動を取ったのですが完全に裏目に出ました。
『一時間後におもちゃ売り場に集合』と言ったのですが、集合時間に父からメール。『紀伊国屋に居ます』
隣接しているビルの紀伊国屋に二人は行っていました。伊勢丹の後に行く予定ではあったけれど。
今から行きます〜と向かったのですが、途中で発作。というか体調不良…と言っていいのか。とにかく具合が悪くなりました。
僕悪いことしてないよねとかなんで約束守ってくれないのとか、そういうことしか考えられなくなって頭の中がいっぱいで。だんだん眩暈がしてきて足元がふらついて、胃も痛くなって、結局ろくに本を見て回れませんでした。欲しかった物はちゃっかり買ってもらったけれど。
最終的に、駅で動けなくなりました。『一時間後・待ち合わせ・おもちゃ屋・6階・紀伊国屋・隣のビル・伊勢丹』しか言えなくなって、同じ言葉を何度も何度も繰り返して、呼吸もまともにできなくて手が痺れて意識が遠のく。どうしようかと思った。
原因は不明なのですが、たぶん自閉症の症状?そういう症状もあった気がする。
とにかくパニック状態。

そういうときの思考回路って特殊。
一応頭はフル回転しているのだけれど、身体が言うことを聞かないのです。命令が伝達されないと言うか。完全に頭と身体が分離してしまっている感じ。考える内容もめちゃくちゃで、妙に冷静に状況分析をしていたり、身体を宥めようと自律神経の訓練法を思い浮かべたり、ひたすら文句を並べ立てたり。最終的には『約束を破る前提で約束したんだ』と言う結論にたどり着いたり。
とても疲れた。頭がぐるぐるする。
今も、集合場所のおもちゃ屋が頭から離れない。

とうとう。 

2007年08月15日(水) 21時35分
古本屋に行きたくてふらふら〜っと出掛けて、帰り掛けにギターを購入しました。
ボディが小さめの黒い子。
今まで弟のギターを借りて弾いていたのですが、ちまっとしていて可愛いです。
紺色のエレアコとどちらにしようか迷ったのですがスタンダードに。普通のアコギ。
くろこさんとかナイトとか適当に呼んでます。くろこのアクセントは『く』で。
これで自由にギターが弾けます。嬉しい。



ここ数日何故か細切れでしか睡眠が取れないのですが、昨夜とうとう堪りかねてデパスを飲んだらラリりました……最近は安定剤を飲んでいなかったのでデパスでも眠れると思ったのに。
今夜こそは眠れますように。

睡眠時間三時間。 

2007年08月09日(木) 22時09分
昨夜は日付が変わって午前二時に眠ったのですよ。
多分明日はお昼頃に目覚めるのだろうなぁと思いつつ。

何故か朝五時に目覚めました。

どうしてだろう。
凄いよ睡眠時間三時間ですよ。八時から十時まで二度寝しましたが。
吃驚だ。


今日は一日お家で勉強していたのですが、珍しく電話を受けました。
基本的に家の電話は勧誘くらいしかこないので一人で居るときは大抵無視しているのです。
やってみたかったことがあったのです。
声色を使ってちびっ子の振りをすること。
「はいもしもしぃ」「おかーさんいません〜」とか。やりました。
電話の相手は騙されておりました…「高校生のお姉ちゃん居ますか?」と聞かれました。
本人でしたが、「いません〜」と答えておきました。
たまに電話に出たと思ったらこんなことしかしません。
ろくな人間でない。あはは。

自転車旅行 

2007年08月08日(水) 21時29分
何故か他の家族と自宅に居ると、苦しくて悲しくてしょうがなくなります。どうしてだろうね。弟君は平気なのに。
悲しいなぁ痛いなぁ。なにもやりたくないなぁ。
淡々と思う。そんな感じ。


現実逃避に大学進学後の生活を描いています。
この間、京都まで大学見学に行って来たので、自分の住みたい町のイメージが明確。
ついでに不動産屋さんの配っていたアパートの情報誌を貰ってきたので、一人暮らしの部屋ってこんな感じなのかとイメージイメージ。


大学に行ったら、自転車でひたすら旅行をしたいです。
日本一周は流石に無理かな。でも北海道とか行きたいな。京都から北海道ならほぼ日本半周だよね。
とかそんなことを考えています。
家族には「暗梨には無理だ」と言われましたが。うん。確かに体力なしです。
一昨日昨日と青春18きっぷで鈍行の旅に行って来たばかりの弟には、実行するなら髪を切るべきだと言われました。
でも切りたくないのですよね。今大体腰の辺りまであって、痛んだところを切りつつ大学在学中くらいは伸ばしていようかなぁと。座って椅子につくくらいよりも伸ばすのは流石に無理そうなので、今の目標はまぁ尾てい骨の上くらい。椅子より10cmくらい上。
メランコリィモードだったので髪を切らなければ自転車旅行は無理かしらと無駄に凹んでいたのですが、発想転換。
無理かどうかじゃなくてやればいいのでは、と。
最年少何とかとか最年長何とかとか良くありますし、何々だから駄目、無理、ではなく、とりあえずやってみる。そういうのもありかなと。
(個人的に、新記録とかって限がないから非生産的だよなぁとか思わないこともないけどね)
まぁいいやと。
『女だからできない』ではなく、『やった者勝ち』で行こう。
死ななければいいんだ。うん。

ネタ。 

2007年08月04日(土) 1時32分
『恋愛成績表』というものをやってみました。
結果の一部が面白かったので公開。

『男性を弄んで捨てることができる素質があります。可能だとしてもやめてください』

あっはっはっはっは。だって僕女の子が好きなんだもの。
基本的に、男の子はおちょくって遊んだり馬鹿にしたりする対象です。結構本気。
理由はひねくれから親愛の情まで様々ですが。
うん。中学時代はよくちょっとした演技で人を動かして楽したものです。今は一歩引いた感じで接していますが。
面白かったです。

http://hanihoh.com/love2/result/index.cgi?k=070804-84-1004

霧谷って言うのは部活動で使っているペンネーム。
こうこく
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◆深夜について◆

HN:深夜暗梨(ふかや・あんり)
   通常『深夜』のみ。
mail:fukaya.com★hotmail.co.jp
    ★をあっとまーくに変えてください。

大学生になりました。
高校時代に書いたこのブログを読み返して、心底怖くなるくらいにはおとなになりました。
また、何か書いてみようかと思います。

日々の生活っていうのは楽しくて、でもやっぱりつらいこともたくさんあって。
それでも原因がわかっただけ、よくなってるのかな。

自分を責めてばかりいた高校生の僕に、もうちょっとひとのせいにしてもいいよ。大丈夫だよっていってあげたいです。


やさしい彼女がいます。大好きです。



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