今日はこどもの日。
外は晴天、五月晴れ。
bukiママは児童福祉の仕事をしているので、いろんな子どもに出会う。
抜けるような青空の下、家族と子どもの日を過ごす子もいれば
親から分離されて過ごす子もいるのが現実。
bukiママが出会う子はどの子も明るく元気で素直。
大人との関係の中で深く傷ついているはずなのに屈託ない笑顔を向ける。
目に見える傷なら痛々しく見えるのだろうけど
心の傷は見た目ではわからない。
だから、「この子は大丈夫」って思ってしまうんだろうと思う。
心に受けてしまった傷は実はとても厄介で
周りの人に気付かれず、自分でも認めることが出来ず、そのままでいると
ある日突然不適合が起こってしまうことがある。
「性虐待の父に育てられた少女」 川平那木 著
を読んだ。
那木さんは既に結婚、離婚を経験し、子どももいる女性で
美術の先生や、個展を開いたり、同じ悩みを持つ仲間とのグループを主宰されている方です。
那木さんは幼児期から中学生までの
心と体が育つ大切な時期に、父親から性的虐待を受けて育ちました。
結婚し、出産、離婚を経験する中で
自分を深く見つめることになり、
それまで忘れようとし、蓋をしていた事実に向き合わざるを得ないことになりました。
子どもの虐待には
体罰などで体を傷つける身体的虐待
他の兄弟と差別したり、言葉や態度で傷つける心理的虐待
生命維持に必要な飯を与えなかったり、必要な医療や教育を受けさせないなどのネグレクト
そして
大人から性的行為を強要される性的虐待があります。
性的虐待の被害者は圧倒的に女の子。
しかも実の父親からというのが一番多いそうです。
4つの虐待からみて、性的虐待の割合はほんの数パーセントで「少ないじゃないの」と思われがちですが
表面に出てこないだけで実数はその何倍ともいわれている虐待です。
子どもにとって大好きなお父さん、お母さん、家族。
虐待者に「皆には黙っていてね。言うと家族が一緒に暮らせないからね」
などと脅されると
子どもは誰にも言えず、意に沿わない事を受け入れざるを得ない状態になってしまいます。
一番信頼するお母さんにも言えなくなってしまって
一人、心の中に事実を閉じ込めてしまいます。
性的虐待を受けた子どもには解離性障害になる子が多いと聞きます。
多重人格にも通じることですが
受け入れられない自己の経験を、他の人格が受けた事とすり替えて
心の平衡を守ろうとしているうち、いくつかの人格が一人の体の中に出来上がっていくらしいのです。
そして、思春期を過ぎ、大人として生きようとする時に
多くの性的虐待を受けた子ども達は必ず、といっても良いほど人生に躓いてしまいます。
那木さんもやはりそうで
蓋をしてきた事実を家族にぶつけていきます。
その過程で、母は虐待を知っていたのに子どもを守らなかったことを知ります。
親は子どもを守るもの。
誰もがそう思うと思うし、子どももそう思っているはず。
けれど、性虐待の現場では子どもを守ってくれない母が多いのも事実。
まず、「自分の伴侶がそんな事をするはずが無いとの思い」
「夫と離れて(離婚)したら生活できなくなるとの不安」
「被害児も悪かったのではないかとの思い」
などがあり、それを知った被害児は益々傷を深めて、さらに閉じこもってしまうことがあるそうです。
本来味方であるはずの親が守ってくれるどころかさらに傷つけてしまう。
「性的虐待は魂の殺人」という言葉があります。
那木さんを虐待した父は
事実を認めたものの、「自分も苦しんだ」と言う。
那木さんにとっては思ってもみない言葉だったと思うけれど
認められなくて当然。
「父のやってきた事を世間に告発する」と言う那木さんに
定年までやり残したものがあるから待って欲しいと父。
この期に及んでまだ世間体を大事にするのかと絶望する那木さん。
虐待者である父は世間では地位のある立場にいる人なのでした。
子どもを育成する立場の父。
何十年も素性に仮面を被せて子ども達を指導してきた人物だったのです。
人は、見た目や社会的地位で判断できないと改めて思いました。
今も那木さんは虐待者である父に事実を突きつけ続けています。
そして、同じ思いを持つ仲間を支える活動をされているようです。
一つ、bukiママの心が救われたかなと思えたのは
那木さんを支え続けてくれる伴侶にめぐり合えたこと。
人は一人では生きていけない。
支え、支えられる人が必要って思いました。
心の傷は、一人では癒せない。
信頼でき、安心できる人に打ち明けて欲しいと思います。
性虐待の被害児は学校の先生に打ち明けることが多いようです。
親ではなく・・・。