ちっぽけな自分 

2006年07月24日(月) 5時33分
何をもって友達と呼ぶのか。


それが最近分かりませんでした。


それは自分勝手であり、それを貫く自分が原因だということもうすうす感ずいていました。



戦友 

2006年07月09日(日) 3時16分

例えば予備校時代には壷屋という、ライ麦時代には中島と村上という、はるかさかのぼって幼年期には茂木さんという、いわば一緒に何かを成し遂げた人を一般に指します。


ついさっき、ぺんぺんさんからお電話がありました。

どうやら明日は一休での定例会になりそうです。


この定例会も仕事をしている内では今回が最期です。


特にここ半年間、避けて避けて敵ばかりをつくってきました。


小湊、杉渕、村野、斉藤、日野原、そして社員・・・。思えば僕の周りは敵だらけです。


生理的にも、思想的にも、何よりあの企業への献身的態度が気持ち悪いからとは今まで何度も何度も書いてきました。




そんな敵の中で尊敬すべきcherry大先輩とたっくんだけが、唯一できた味方かもしれません。


松本人志は著書『遺書』のなかで、属に松本ファミリーと言われている今田、東野、板尾などは自分と友達ではない。笑いの中において常に敵同士であり、お互いの笑いのモチベーションを高めるために一緒に行動しているのだ、と何やらカッコつけた発言をしていました。


一緒にいる時間が長ければ、どこかで一線を超え『友人』となっていることは現実にはよくあることです。


上に挙げた僕の戦友達はいずれも21年間生きてきた自分にとっての親友です(まぁ、向こうがどう思っているかは知りませんが)。


ある共通の目標を共有すればおのずと仲間意識は高まり、一緒にいる時間も話す時間も増えるので、そうなるのは必然です。


つまり、自分の場合、馬鹿に真面目であるが故に、「何か」という共通の目標の共有、そして達成を通じてしか、もしかしたら真の友人は出来ないのかもしれません。


だから
自分にとって、親友はおのずと戦友なのです。



そこに隠し事は何一つありません。同姓ですし。


何より隠し事をしたり、表面で繕ったりする奴は一生その程度の友人しかできないでしょう。


その次元においてはいつまでも子供でいて、自分の境界を常にどんな場所でもつくっていきたいです。



もし明日の定例会で姉が来た場合、説教と絶縁は免れないでしょう。
P R
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