おいしい昼食のあと、物産館でお買い物をしたら、知覧武家屋敷群にやってきました。江戸時代中期に形作られたという武家集落です。背の低い石造りの壁、手入れのされた庭園と、見所はたくさん。ただ、時間がありませんので、足早に見て回ろうとしたのですが、結局、公開している全部の庭園を見てしまいました。
名勝指定の庭園に入って見ることができるのですが、いずれもこじんまりとしたもの。広さも同じくらいでした。何でも、1つの家に富(権力)を集中させないため、決められた広さでしか屋敷を造れなかったそうです。7つの庭園は、すべて異なった趣で、一見の価値はあると思います。写真の庭園は、山並みを表現したような庭木と、本当の山並みの借景とが調和して、何とも言えない落ち着きがありました。
知覧型二ツ家の土産物店では、こんな面白い形をした提灯がぶら下がっていました。ほかでも見れるかなと思っていたら、ここだけのもの。
武家屋敷の一部は、今でも人が住んでいました。建物も、庭も手入れが行き届いていました。この、とても太い竹で作られた雨樋も昔ながらのものだと思いますが、定期的に交換してやらないといけないのでしょう。
知覧特攻平和会館には入りませんでしたが、それ以上に行きたいと思っていたところがありました。
去年、劇団前進座の公演「今日われ生きてあり」(神坂次郎原作)を見て、知覧の飛行場から特攻として飛び立ってゆく若者たちの姿を見て涙を流し、原作者が三角兵舎の跡地に建てられた石碑にビールをかける、というシーンがとても印象的で、知覧に行ったら、あの兵舎跡地に行ってみようと決めていたのでした。
町中には、無数の灯籠が建てられ、この町が、特攻と共に敗戦を迎え、二度とたくさんの若者の命を奪わないで欲しいと訴えかけられているように思いました。
途中、広大な茶畑が広がっていました。昔の、飛行場跡地だそうです。観光案内所で地図をもらい場所を教えてもらっていたので、分かりにくい場所でしたが何とかたどり着きました。茶畑を抜けて、奥深い杉林の中に、石碑は建っていました。
今は鬱蒼と生い茂る杉林の中。三角兵舎は、半分地下に埋められるような形でたくさん建っていましたが、今となっては、どこにあったのか、見当もつきません。ここまできて、ビールを持っていないことに気がつきました。碑の前には、誰が、いつ、来たのでしょうか。古くなったビールの空き缶が1つ、置かれていました。
目的を遂げ、いよいよ、指宿に向かいました。茶畑の広がる南国の農村は、平和そのものです。茶畑の向こうに、開聞岳が迎えてくれました。指宿は、あの開聞岳の向こう側なんです。だいぶ近づいてきました。
さ、海岸まで来ました。指宿は、あの開聞岳の向こう、もうすぐです。広大なサツマイモ畑を抜け、夕方5時頃前に、無事、指宿の宿、「旅館月見荘」に到着しました。リニューアルしたばかりのきれいで広くて至れり尽くせりのお宿。宿泊客数が限られていて、食事は料亭の個室のようなお部屋でいただくことができて、ともかく、また行きたい。それはおいといて、道路を挟んで目の前が、砂むし会館「砂楽」です。チェックインしたら直ちに、砂風呂に向かいました。
男性も女性も、素っ裸の上に1枚の浴衣だけを来て、砂浜まで「ぶーら、ぶーら」歩いて、屋根のついたブースで頭にタオルをかぶって横になると、係のおじさんやおばさんが、丁寧にシャベルで砂を載せてくれます。この砂が、重いこと。聞くと、30kgは載っているとか。生き埋めになると、手も足も出ないということを実感したのでした。そして、砂に蒸されること20分。ぐっしょり汗をかいて、なんとも爽快な気分でした。「砂楽」に戻って、360度シャワーで砂を洗い落とし、温泉に入って宿に戻ると、いよいよ、楽しみにしていた夕食の始まりです。
知覧型二ツ家の土産物店では、こんな面白い形をした提灯がぶら下がっていました。ほかでも見れるかなと思っていたら、ここだけのもの。
武家屋敷の一部は、今でも人が住んでいました。建物も、庭も手入れが行き届いていました。この、とても太い竹で作られた雨樋も昔ながらのものだと思いますが、定期的に交換してやらないといけないのでしょう。知覧特攻平和会館には入りませんでしたが、それ以上に行きたいと思っていたところがありました。
去年、劇団前進座の公演「今日われ生きてあり」(神坂次郎原作)を見て、知覧の飛行場から特攻として飛び立ってゆく若者たちの姿を見て涙を流し、原作者が三角兵舎の跡地に建てられた石碑にビールをかける、というシーンがとても印象的で、知覧に行ったら、あの兵舎跡地に行ってみようと決めていたのでした。
町中には、無数の灯籠が建てられ、この町が、特攻と共に敗戦を迎え、二度とたくさんの若者の命を奪わないで欲しいと訴えかけられているように思いました。
途中、広大な茶畑が広がっていました。昔の、飛行場跡地だそうです。観光案内所で地図をもらい場所を教えてもらっていたので、分かりにくい場所でしたが何とかたどり着きました。茶畑を抜けて、奥深い杉林の中に、石碑は建っていました。
今は鬱蒼と生い茂る杉林の中。三角兵舎は、半分地下に埋められるような形でたくさん建っていましたが、今となっては、どこにあったのか、見当もつきません。ここまできて、ビールを持っていないことに気がつきました。碑の前には、誰が、いつ、来たのでしょうか。古くなったビールの空き缶が1つ、置かれていました。目的を遂げ、いよいよ、指宿に向かいました。茶畑の広がる南国の農村は、平和そのものです。茶畑の向こうに、開聞岳が迎えてくれました。指宿は、あの開聞岳の向こう側なんです。だいぶ近づいてきました。
さ、海岸まで来ました。指宿は、あの開聞岳の向こう、もうすぐです。広大なサツマイモ畑を抜け、夕方5時頃前に、無事、指宿の宿、「旅館月見荘」に到着しました。リニューアルしたばかりのきれいで広くて至れり尽くせりのお宿。宿泊客数が限られていて、食事は料亭の個室のようなお部屋でいただくことができて、ともかく、また行きたい。それはおいといて、道路を挟んで目の前が、砂むし会館「砂楽」です。チェックインしたら直ちに、砂風呂に向かいました。男性も女性も、素っ裸の上に1枚の浴衣だけを来て、砂浜まで「ぶーら、ぶーら」歩いて、屋根のついたブースで頭にタオルをかぶって横になると、係のおじさんやおばさんが、丁寧にシャベルで砂を載せてくれます。この砂が、重いこと。聞くと、30kgは載っているとか。生き埋めになると、手も足も出ないということを実感したのでした。そして、砂に蒸されること20分。ぐっしょり汗をかいて、なんとも爽快な気分でした。「砂楽」に戻って、360度シャワーで砂を洗い落とし、温泉に入って宿に戻ると、いよいよ、楽しみにしていた夕食の始まりです。
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