研究者ポスト

December 30 [Wed], 2009, 16:09
とある大学教授から、とある学会のメーリングリストあてにそこの大学院生募集のメールがまわってきた。
一緒にくっついていたコメントには、
大学院なんぞにきて、暮らし向きが楽になるってことは決してないよ
とあった。ご丁寧に。

私は来年修士を卒業する予定で、さらに進学を考えている。
このご時世で、修士から先は、就職も進学もどちらも厳しいのは明らかだ。
進学ならとりあえずはできるだろうけど、その先がかなり暗いのだ。

世のため人のために研究をしたいと考えている者に対して、需要が少ない。
お金にならないものはいりません、と切り捨てられる。
それを全く否定するわけではないけれど、やっぱりお金にはならなくても大切なことはあるでしょー。

子どもたちのことを、あるいは弱者と呼ばれるような人たちのことをどう考えていけばいいのか、というときに、マネーベースで考えていたら、とっても世知辛いことになるのは目に見えている。
むしろ、長い目で見れば自分で自分の首を絞めることになるだろう。

子どもたちは大人になる、だれしもが、いつ生活に困窮するか分からない。
そういう「弱い」とされている者たちに厳しい社会では、今は満足な生活を送れていても、往々にして、いつかめぐりめぐって自分が苦しむ番になる。


さて、研究者にポストがないという話が普及すればするほど、少ないポストを得るために、不正がはびこりやすくなるように思う。
教授たちはこんな厳しい現実でも、自分の教え子だけはせめてどこかのポストに就かせてやりたいと思うだろう。
そうすれば、早い者勝ち、強い者勝ちでどんどんポストは力づくでの奪い合いになるだろう。
ポストを得るという現実的な競争に、アカデミックで公平な競争を期待しても無駄である。
誰が何のために公平な競争を必要とするのだろうか。

研究者だって、ほとんどが一組織人であり、一家庭人である。
世のためと思っていたって、自分たちの生活を大切にすることも重要だ。

この少ない研究者ポストを獲得するために、大学という「最高学府」は、ますますアカデミックから離れたドロドロした世界と化していくように思える。

さて、この現状を誰が何のために止めるというんだろうか。
P R
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