絵画教室その12ぐらい?忘れた!。

September 04 [Sun], 2011, 3:04
最近描いた絵はこれ。大相撲宇宙場所グミのNewメール山の取組。これを二科展に出せば工藤静香も裸足で逃げ出す。もしくは微動だにしない。または唾を吐きかけてビリビリに破かれる。そのいずれかだ。とにかく、今回はわりと満足のいく作品に仕上がってよかった。満足ポイントがわからない美的センス皆無な人たちに解説しよう。、目の前にないものを描写した他の人間はどうだか知らないが、私はそこにあるものをそのまま描写することに意味はないと思ってる。現実へ自分の意志を介在させ、その結果をキャンバスに表現するのが絵画だ。だから果物とか置物とか、そういうものを上手に描くことに価値を感じない。完璧に描写するなら写真撮影を極めたらいいじゃないか。現実を自分のフィルターに通して、異なる仕方で表現することに価値がある。それが無意味なものでも。無意味かどうかは私が決める。、醜いものをリアルに描写した力士のケツこれを美しいと感じる人間はまずいまい。しかし私はこの力士のケツを上手に描くため、丹念に細部を調整した。かっこいいものや美しいものを描けば、そりゃあ簡単に美しくなる。だって元々すばらしいのだから。そこをグッとこらえて、力士のケツを描く。力士のケツをじっくり描く。絵画教室は周りが女性ばかりで、なんか古代ギリシャの彫刻とか美しい風景画を描いている。そんな中、力士のケツを描く私はダントツで気持ち悪い。だが、もしだよ、もしこの力士のケツを美しいと思わNewメールせたら、誰にも到達できない程の境地に達していると思わないかい。まあ現在のところそうはなっていないが汚いものを美しく見せることが出来たなら、それはもう価値が私を中心に逆転するということだ。私が価値の中心となる。これぞ芸術の醍醐味だよ。意味のあるなしは私が決めるが、ポジティブな印象に限って、他者も決めていい。褒めるのはいいが、けなすのは許さんということだな。話がずれたが、いもはねこというこの世の奇跡を描いてるから、どうやって描いても傑作になってしまう。あえて力士のケツを描いた自分の意欲に乾杯だ。、滅茶苦茶な題材でもとりあえず絵になった目の前にあるものをきれいに描いたとして、それはそれで終わりだ。だが今回、目の前にないものを一応は絵の形にしたことで、次も目の前にないものを描く意欲が生まれた。既存のものを組み合わせてずらせば、そこには創造性が生まれる。また、美しいものを引き立たせるためには醜いものが必要だ。美しいものを美しく描くだけでなく、醜いものを醜く描けば、美しいものの美しさはより際立。そのためには力士のケツも必要だったってこと。まり結論を言えば、まあ力士のケツに学べということだな。老いNewメールも若きも、力士のケツに学びましょう。
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