木曜日。
カウンシルの最後の英語教室へ。
都合で途中で早退したけど、最後は一緒に勉強をしたパキスタン人の皆からハグの嵐。
サッキーナ、スーの両先生からも、励ましの言葉と熱ーいハグ。
この教室のおかげで、英語をもっと勉強したいなと思うようになれました。
ありがとうです。
午後には、ロンドン在住の魚夫妻がお別れの挨拶件、PCなどなどの引き取りに来てくれましたが、
ここでアクシデント。
お昼ごはんに用意した味噌汁を息子がひっかけて、自分の腕にこぼしてしまいました。。。
999(救急のtel番号)して、救急車を呼び自宅で異常がないか、メディカルチェックをしてもらいました。
救急隊が到着するまで、流水に息子の腕を浸していたことも幸いして、大事にならずに済みました。
魚夫妻とゆっくりと話すことができなかったけど、(ごめんね〜)息子が難ともなくて良かったです。
そんな騒ぎがあったけれども、夜は仲良しの台湾人夫婦と一緒にチャイニーズレストランへ。
彼らが随分前から計画してくれていたこともあり、最後の最後まで出かけるか迷ったものの、
息子の機嫌も普段とかわらなかったので、思い切って外出しました。
食事中、息子はわりと行儀良く(大泣きしなかった!)、友達夫婦と楽しい時間を過ごすことができました。
金曜日。
航空便、船便の荷物を回収してもらいました。
合計、21箱(だったよね?確か。。。)
N社のトラックがやって来たとき、半分以上の箱が未だガムテープで閉じられていなかった(汗)
ドライバーさんが荷物をトラックへ運んでいる横で、旦那と二人テープでペタペタしていましたが、
なんとか、待たせることなく無事に出し終えました。
慌しくて、感傷にに浸ることも無く、写真に収める間もなく、あっけく荷物を見送りました。
何度も何度も、訪れた旦那の大学のキャンパス。
こうして来るのも最後かなぁと思いつつ、抱えている息子が重くてヒイヒイしながら、
キャンパスを歩き、旦那の指導教官へお別れの挨拶をしてきました。
そして、その足でI.C.C.へ。
IDカード、ロッカーの鍵、ユニフォームを返却。
「なんで、もっと早く言わないの〜!」
「帰る前に一緒に働けると思ってたのに。。。」
と同僚に言われると、寂しいやら、嬉しいやら、とっても複雑。
もう、カウンターの向こう側に立つことも、SDRで休憩することもないんだなと思うと、
名残惜しくなりました。
土曜日。
6年間お世話になった補習校で離任式に出席。
めっちゃ、上がり症の上にスピーチの内容もまとまらないまま当日のその場を迎えたのですが、
息子も一緒に舞台へ上がったおかげで、緊張せず、涙することなく、お祝いとお別れのめーっセージを
生徒、同僚先生、保護者の皆さんへ伝えることができました。
でも、一学期間担任させてもらった子ども達から花束を受け取ったときは、
さすがに、ウルウルしてしまいました。
日曜日。
自称イギリスのパパ・ママのフィージー家にお別れの挨拶に出かけました。
渡英した翌日、旦那に連れられて、ケンとリズ宅へやってきて早7年。
毎年クリスマスを一緒に祝い、
ホリデーのこと、チャリティーのこと、ロータリーのこと、困ったときのことなどなど、
本当にフィージー家との思い出はたくさんあります。
そんな思い出話に花を咲かせ、一杯飲みつつ午後の遅い時間を過ごしました。
そうそう、大家さんが引渡し前のチェックにやって来たっけ。
大きな問題もなかったので、気前よく敷金を返却してくれました。
夜遅くには、近所に住む台湾人の夫婦が家具を引き取りに来てくれました。
月曜日。
最後のヨガクラス。
ヨガ仲間から「出発の前日まで(ヨガクラス)に来るなんて!!」と驚かれましたが、
最後だから、行きたかったのです。
クラスの後には、旦那も息子も交えて、お仲間達とお茶もできたしね。
満足です。
さー、ヨガの後が大変!
仲良しママ友の二人に手伝ってもらい、重量オーバーした荷物をポストオフィスへ持ち込み、
家に残った私物の数々を引き取ってもらい、家の中はかなりすっきりしました。
家を離れる最後の最後の数時間は、またまた近所の台湾人の友達に来てもらい、思い出話をしつつ、
皆で記念撮影。
友達も、この家の壁紙をわたしと同じように愛してくれてました。
さー出発。
Cさんが空港横のホテルまで送ってくれましたが、
その前に彼女のお宅で、腹ごしらえまでさせてもらって、至れり尽くせり。
バーミンガムでは、本当にいい縁、友人に恵まれました。
旦那しか知っている人がいない街へやって来た頃とは大違い。
帰国する間際の間際まで、たくさんの友達、知人に囲まれて悲しい思いをせずに
英国のラストを迎えることができました。
イギリス生活、いい思い出満載です♪
イギリス生活が何倍も充実したものになりました。