梅原 猛『戦争と仏教』 (続き) 

2006年03月05日(日) 17時00分
確かに、日本人はグループで行動することはいまでも多いと思います。ただ、日本人は最近変わってきていると思うのです。自我というか、主張をすることが多くなった。すぐに会社をやめてしまう。そこまではいかなくても、仕事は適当、後は趣味の生活。インターネットの普及がそれを加速させた観はかなりあります。
自律してきた日本人が、グローバル化に巻き込まれたときに見たものの一つが、「主張できない自分」だったと思います。それで、高度経済成長、そしてそれより少し後の世代の大人たちは子供に主張することを勧めた。
それは必ずしも悪いことじゃない、私はそう思います。ただ、そのとき、大人は主張することを勧めはしたのだけれど、主張の方法を教えなかったのがいけなかったのではないか、と思うのです。主張と自律は相容れないものではない。ただ、その兼ね合いの仕方をまったく示されなかった子供たちが大人になって、ニート世代の親になっているのではないか。

こういう状況で、あえて仏教的『自律』に戻れるのか、と考えると、かなり私は難しいと思うのです。
だから、氏の主張する『不殺生戒』も、どこまで受け入れられるかというと、疑問に思えるのです。

いやな話、世の中にはいろいろな方法、事象にもいろいろな面があって、それを矛盾無く受け入れ、あるいは日々の出来事としてこなしていくには、『本音と建前』が必要になる場合もあるわけで。
『自律』を教えるのも大切だけれども、実存主義的な哲学を教えることもまた、日本人にとって重要なのではないか。
そして、その両面を肯定するのに出てくる矛盾、それをできるだけ縮めるいい意味での『本音と建前』を教えるのもまた、重要なんじゃないのか。

この本を読んで、そう思いました。

梅原 猛 『戦争と仏教』 

2006年03月05日(日) 16時28分
近くの図書館で借りたのですが。

梅原猛著 『戦争と仏教』 文藝春秋刊 2005年

この本あたりで、梅原氏の主張がわかってきたような気がします。
彼は、『自律』ということを主張したいのではないか、と思いました。
昔の日本人にあって、今の日本人に無いもの、それが『自律』。
日本人が失いつつある物、といってもいいかもしれない。
ただ、それを梅原氏は仏教哲学に求めているわけですが、私の感想としては、どこかしらあまいというか、理想に聞こえてしまうところを感じます。

梅原氏の考えは『はじめに自分ありき』の実存主義哲学を否定するものだそうです。そこで目をつけたのが仏教哲学だったそうです。
しかし、現実問題として、多くの人に受け入れられる思想というのは、もっと形のはっきりしたものでないと理解してもらえないという問題があると思うのです。仏教とは、先の日記でも書いたとおり、かなり形而上的な宗教ですから、理解しにくい。国教の一つとしてあげられるのに、理解しにくい宗教、それが日本人にとっての仏教なのではないか。
『一神教徒ではない日本人は孤独に弱い』というようなことを氏は著書の中で述べておられました。どんなにひどい孤独に陥っても、一神教徒の神は常に自分についていると信じようと思えば信じやすい。なぜならば絶対神は万能で、まげて解釈すれば最後まで自分の味方だと思うことができる。しかし、多神教というのはかもし出す全体の世界はあでやかだが、絶対的な何かには欠ける。

続く。

小話。 

2006年03月05日(日) 14時58分
なんだか笑い話を書きたくなったので。

近所の公立図書館に、1週間ほど前にいって、本を探していました。
雨の日であることもあって、寒いわじめじめするわで、私あんまりご機嫌はよろしいほうではございませんでした。
で、心理学の本でも借りていこうかと思って、鬱々としながらそのあたりの本棚の前で、しげしげと背表紙を見ていたところ。

ぶーッ!!

という、なんとも形容のしがたい怪音が聞こえてきました。
音のするほうを見ると、すぐ近くの書棚を物色するこちらに背を向けたおじさんが一人。

・・・・。

このおっさん、人にケツ向けて屁こきやがった!?

もう、怒るを通り越してあきれたというか、なんというか。
「平和だなぁ・・・」と内心でつぶやいてその場を去りました。

その時点ではなんとも無かったのですが、あとで家族に話したところ大笑いになったお話。
確かに良く考えてみればかなり笑えるわな。

立花氏の最近の活動沈静化について。 

2006年03月05日(日) 13時23分
ちょっとウィキペディアで読んだことから。

立花隆氏の本は結構好きで、前から時折読んでいたのですが、最近新刊を見ないなあと思っていました。
どうやら浅く広い知識ということで、特に科学分野から反発を食らって、活動を」自粛なさっているとのこと。
とても残念に思います。

エドワード・サイードも言っていることですが、あらゆる分野の専門化が進むと、各専門家たちはその分野の知識・技術が特殊化しすぎてしまい、他の面からものを多角的に見る力が失われてしまう。
そりゃそうですよね。その分野の都合だけでしか、物事を判断しなくなるわけですから。

端的な例として、軍事が挙げられるとおもう。
戦術・戦略専門家からすれば、どの武器を使えば効率的に作戦を進めることができるか、それにはどの程度の人員を投入すればよいかを考えるのが仕事。
しかし、人権思想の専門家であれば、そもそも人を殺す行為をする軍事自体を否定的に見るのは彼らの当たり前な営みとなるわけで。
戦術・戦略専門家が悪いというわけではなく、人権思想家が正しいというわけではないと思います。ま、戦争が無いに越したことはないけれど、双方に双方の言い分がある。これは当たり前。
しかし、双方とも、自分の立場から意見を主張するわけですから、どうしても妥協点を見つけにくくなる。

そこで、よりいろいろな視点からものを見る、立花氏のような人は必要になって来ると思うのです。
・・・専門家ではないだけに、知識が浅いといわれるのは仕方ないのかもしれません。しかし、それで沈黙してほしくは無い、というのがマイ意見。
専門家の方々も、多少の知識の間違いをあげつらいすぎに思えます。すなわち、最近ちょっと行儀が悪すぎる。自分たちは確かに知識を持っているのでしょうけれど、一般の人たちを知識が無いからといって見下げすぎていると思う。
専門家は人々をリードする義務はあると思いますが、人々の意見を無視していい訳ではないと思うのです。

もうちょっと、立花氏にはがんばってほしいところ。

『脳死』シリーズはとっても分かりやすかった。

"Shine" 

2006年03月04日(土) 21時50分
日本を発つ前最後の日記になりそうです。
そして、最後の作品。

太陽ルチルクォーツのペンダント。
・・・ビーズを入れすぎてくどくなったかなあとも作っている最中は思ったのですが。

全体はこんなかんじ。



石自体がくどいぐらいの金色なので、かえってこれぐらいのほうがよかったかも。
・・・・でも、ごてごてしすぎたかなあ。

トップ部分はこんな石。



きれいに六方にルチルが出ています。
12500円は割安だったかな?

紐部分はこんな具合。



段染めの黄色のアジア紐に、ロイヤルビーズを通して編み上げてみました。
本金加工なので、かなり自然な発色の金色なのがいいです。
・・・高かったけど。

ついでにトップと紐のジョイント部分。



ビーズ、かなり大粒のものを使用したのですが、時折穴が狭いものが混じっていて、紐に通らずにかなり苦心した部分もあり。

ルチルクォーツをもう2ピースばかり入れたかったけど、ま、これはこれでよし、かな?

"Danse Macabre" 

2006年03月03日(金) 11時14分
頭にあった題はこれなのに、目指したのはチベット風。
きのうようやっと待っていたパーツが来たので、早速ペンダントにしてみました。
チベット風を目指していたのに、なんだかチベット・中国・ウエスタン混合のような・・・。



うん、まあ見えなくはないかな?という感じですねえ・・・なんていっても、トルコ石髑髏のウエスタン風な感じが微妙・・・。しかも、先についている透かし彫りトルコ石はいかにも中国産のグリーントルコなのに、髑髏はアメリカ産っぽい明るいターコイズブルーだから、なんだかとてもちぐはぐにも感じる・・・。

ちなみに、髑髏はこんな感じ。



かなり味のある表情なので、つい惹かれて買ってしまったんだよね・・・。
はげかかっている蝋をちょっとはがしたり、穴を広げたりしましたが(中古で買った)。
トルコ石の髑髏って珍しいから・・・ね・・・。
でも2900円とそんなに高くはなかった。

透かし彫りのアップはこんな感じ。



分かりにくいけれど、龍みたいな模様が彫ってある。
縦方向に使うのを想定していたらしい彫りです。
でも、この大玉を縦で使いこなすこと自体かなり大変だと思うんだけどな・・・。

透かし彫りは一つ2100円。ヤクボーンビーズ(髑髏)20個で500円。天珠8つで2400円、瑪瑙と水晶のビーズで合計32個、大きさは違いますが一個概算100円なので3200円、髑髏2900円で、だいたい材料費は計13200円(紐代は入っていない)ぐらい。
・・・でも、しつこいようだけど、トルコ石髑髏、普通はこんな値段じゃ買えないと思うので、実際はもっとかかった可能性は否定できないと思う。

日本を説明するとき。 

2006年03月02日(木) 10時57分
以外に困るのが、仏教を説明するときだと思います。
だから、梅原氏の本を読み漁ったわけなのですが・・・。

実は、ご飯を食べているときに思ったのですが、
「日本人が生活で実感できるのは神道の思想で、仏教思想ではないのではないか」
というのがきっかけでした。
八百万の神様がいて、糧を海幸・山幸から頂きありがとうございます、といったかんじで、日本人は「いただきます」といって膳に手を合わせる。それに歴史的に後に入ってきた仏教思想が重なり、「命をいただきましてありがとうございます」となったわけで。
すべてのものに感謝する、という曖昧模糊とした思想。
私が考える神道とは、もっと土着信仰に近いものなのですが(だから、天皇制とは基本的に切り離して私は考えています)、それがその形のまま形而上に引き上げられたのが陰陽道なのではないか。
その土着信仰的神道と習合したのがより高度に形而上的な思想となった仏教なわけで。
私も専門家ではないので良く分からないのですが、日本人が生活習慣として実感するのは神道なのに、自分たちの宗教としてとして掲げるのは仏教というのは、そういうことなんじゃないか、と思ったのです。

その仏教を説明しにくいというのは、日本の場合神仏習合という特殊な宗教形態のために、どこまでが神道で、どこまでが仏教かの境目が一般人には区別がつきにくい、ということなんじゃないか。
日本人が生活のなかで感じるのは神道であって、仏教でないのだからなおさらなわけで。

まだまだ、仏教で学ばねばならないことは多いようです。

それほど日本人すら、日本人を論理的に説明できないんだからなあ・・・・。

ニュースを見て思ったこと。(続き) 

2006年03月02日(木) 10時22分
考えてみれば、つい数年前までは私も人との関係を没交渉で過ごしていたような時期もあったわけで。
そういった不安定な時期に書いたものはそれなりの価値はあるのでしょうが、出会った人間が少ないだけに、どうしても人間不在になるのは致し方ない。
しかも人が分からないから、書いた物自体はハチャメチャになる傾向がありました。言葉を研鑽している、文学賞受賞者になるような人ならばそこまでにはならないにしても、ぐらぐらとした不安定さを読む人間に与えるであろうことは想像するのに難しくないわけで。

年をとった人間だから書いたものに価値がある、というわけではないと思います。
いつまでたっても私のような愚鈍なやつはいるわけですし、逆に10歳で老成して精神科に自分で駆け込むような少年もいる世の中ですから。
ただ、商業主義にかまけて、やたらに年齢の低い作家を量産するのはどうかと思うのです。
かえってその人の才能をつぶすことになりはしないか、と思います。
年少の作家に対する賛辞「みずみずしい感性」とは、人にあまり触れていないことによって保たれているのを、世に作家・作品を押し出す人たちは分かっているのでしょうか・・・。

もっとも、最近のネットが発達した世界では、他者不在に等しいような状態も往々にしてありますから、「世界がそうなっているから、文学も他者不在になるのは当たり前」といわれればそれまでなんですけどねえ・・・・。

ニュースを読んで思ったこと。 

2006年03月02日(木) 10時20分
ところで。
朝にYahoo!ニュースを見たところ、12歳の文学賞なるものが創設されたということが書いてありました。
・・・学生の懸賞みたいに考えればいいのでしょうけれど、本にまでされるとな・・・という気分になりました。人に読んでもらう様な作品は、めったに学生時代には書けないんじゃないだろうか、というのが最近の私の持論になっています。
かつてかなり若い芥川賞受賞者の作品を読んだことがありますが、なにかしら欠けているものがあるように感じ、それが気になって仕方ありませんでした。
鬼気迫るものはあります。その迫力はおそらく言葉を良く磨いていたことから来ているのでしょう。言葉の切れの鋭さが心に突き刺さるような力はすごいと思いました。
ただ、人が不在な作品に思えた記憶があります。自分を表面に出したい、それは驚くほど強い言葉の力で表現されている。でも、世界は自分以外の人間によっても構成されているということが伝わってこない。

続く。

"A Tropical Drop" 

2006年03月02日(木) 9時49分
今朝になって、ようやっと頼んであった石がつきましたよ・・・。
いい出来です。
Hさんにもらったアンモライトを台にして、カッパーインミントグリーンジェムシリカを貼り付けてペンダントにしてみましたよ。
かなり色的にマッチしたんでびっくり。
ルチルサンクレストは今日明日じゅうに紐に編みこめるかしらん?
町田に昼になっていくので、またユザ○ヤで材料買い込みます。


P R
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