下腹部痛 

2006年10月02日(月) 18時26分
今日は雨。
テンションも低い。
朝ご飯を食べて寝る。
起きて昼ご飯を食べて寝る。
15:00ごろ、シャワーを浴びるため、仕方なしに起きる。
起きると同時に下腹部やや左側に縦にピリッと走るような痛みあり。
そのまま、キリッと、あるいはチクッとした感じのこの痛みが
じーっとしていても、ずっと続く。
左の卵巣?あるいは子宮内だろうか?
昨日の夕方にはほとんどなくなっていた出血も再開。
少し不安。

落ち着いてきた 

2006年10月01日(日) 18時32分
午後以降は、ほとんど出血がとまる。
掃除機をかけたりアイロンかけをしたり料理をしたり。
少し疲れやすいが、普通に動ける。
気分もそれほど落ち込まず、落ち着いている。
一日中ごろごろしているせいかもしれないが、
吐き気、むかつきは続いており、空腹感というものを長らく感じない。

原チャリに乗る 

2006年09月30日(土) 17時05分
朝、起きてMを送り出した後、再びベッドへ。
Mが、土日も仕事へ出かけていってしまうことが
ショックで怒りをぶつけた。
普段は腹痛を感じなくなってきていたけど、
神経がいらだつとチクチクと痛い。
ベッドで読書をしようと思ったけど、横になるとすぐ寝てしまった。
起きたら13:00。
どうしてここまで寝られるものか不思議に思う。
『パリの女は産んでいる』読了。
シャワーを浴びた後、シーツを全部取り替えて洗濯する。
流産や、再度の妊娠に関する書籍を図書館予約しようと思ったが、
すでに予約していたものが図書館にたまっているため、
まずそれを借りないと予約できない。16:30。
図書館が閉館するのは17:00。Mは明日も仕事。
少しでも早くそういう本が読みたかったから、中央図書館へ行くことにした。
ファンデーションを軽く塗り、ヘルメットを被って、シャツワンピースを羽織り、原付で。
バイクに乗るとピリピリと下腹部が痛かった。
なんとなくふらふらして運転するのが怖かった。
他の車やバイクがこわかった。
眼がかわいて痛かった。

夜、Mが帰ってきてからは、つまらないことに
お金を使ってつまらないことで時間をつぶしたいと思った。
つまらなくないこと、は、けっこう体力や精神的エネルギーを
必要とするから…もう、1年以上も買っていない、
ファッション誌を買ってみようと思った。
Mのバイクの後ろに乗って、O書店で「ELLE」を買った。
帰りにスーパーでピザや揚げ物の惣菜を買って、帰って食べた。
帰ってから、また少しMにいらだちをぶつけてしまった。
けど、お互いにとって一番大事なこと、それは
お互いがお互いにとってかけがえのない存在で、
お互いがお互いを誰よりも愛していると言うこと、それを確認した。

頭が痛い 

2006年09月29日(金) 17時23分
午前中は寝っぱなし。
朝方4:00頃まで泣いたり怒ったりしていたため、
昼過ぎまで起きられなかった。
昨晩は夕方から泣き続けていたため、Mが帰ってきてから
2Fの床の上で3:00ごろまで寝てしまっていたのだ。
その間、Mはずっと手を握っていてくれたらしいが、
ちゃんと話がしたかった私は、怒りと悲しみでいっぱいだった。

そうやって、深夜から朝方にかけて、さらに猛烈に
体力を消費したので、今日は気づいたらもう午後に入っていて、
せっかくひとりきりで過ごせる時間を無駄にしてしまったようで
また口惜しく、悲しく、どうしようもなかった。
泣きすぎたからか、頭が痛くて、眼もはれて痛い。
出血は少ないものの、赤い鮮血。
腹痛は、ときおりある程度。
調子がよければ仰向けに寝転がっても大丈夫。
Mが帰ってきてからは、今回のことに関して、Mが感じた
正直な気持ちを話してもらう。
そして生まれて来れなかった赤ちゃんのことを話すことで
乗り越えていきたいということを確かめ合った。

母、来る 

2006年09月28日(木) 17時27分
昨夜のうちに、実母には「ひとりでじっとしていたいから」来ないでほしいと
伝えていたが、すでに準備をしていてくれたらしく、申し訳なく思い、来てもらうことにした。
シャワーを浴びて、フローリングのほこりを軽くはらった。
ようやく自宅でひとりになれたばかりだったため、少し情緒不安定になっているのは
よくわかった。もうすぐ母が来ると思うと、うまく話せるかどうか、不安が襲いかかり
形容しがたい不快感で涙が出てくる。
とにかく誰ともしゃべりたくなかったし、誰にも会いたくなかったし、
何もしたくなかったし、何かを見たり読んだりするのもいやだった。
そういった心境であることは昨夜のうちにMにも伝えたし、今朝も、
いろいろ話しかけてくれるMに対して、ほとんど何も言えないまま彼を送り出した。

実母が来たのは11:00ごろ。
ソファにもたれかかったまま、会話をしたり、お茶を出したりした。
昼には持ってきてくれた鯖寿司とヒジキを食べた。
午後は、実母がケーキを買いに行くと出かけていったのに、
店を見つけられずに帰ってきたり、やはり何か買いに行くとローソンへ
出かけていったりするのを、やはりソファの上から見ていた。
母がパウンドケーキやカップケーキを買ってくると、
それを少し食べながら、実母が帰る予定の16:00までDVD「チェブラーシカ」を観た。

母が帰宅後、しばらくはじっとしていた。
特に何もしていなかったように思う。
19:00ごろ、母が自宅に帰ったとの連絡があり、電話をすると、
猛烈に涙があふれてきた。とにかくひとりになりたい。
人としゃべるエネルギーがない。人と会うと寝て休むこともできない。
とにかくじっとしていたい。元気になるまでは、しばらく放って置いてほしい。

電話を切った後、数年ぶりに慟哭した。
20:30ごろ、Mが帰ってくるまで大声で泣き続けた。
身体の中はからっぽになってしまった。
わたしはひとりになってしまった。
赤ちゃんがいなくなってしまった。
いくら泣いても止まらなかった。

退院 

2006年09月27日(水) 17時08分
朝は何度も目覚めた。
6時台になると部屋の中も明るくて、薄ピンク色のカーテンに
囲まれた部屋の様子をじーっと見ていた。
血圧は3回も測り直された。上が84ぐらいしかなくて。
たぶん、いつも、そのくらいだと思うんだけど。
7:30を過ぎると、朝食も運ばれた。
小さなパンが3種(メロンパン、黒ごまパン、ロールパンサンド)と、
ツナサラダ、ミルク、ヨーグルト、果物はブドウとパイナップルと
ピンクグレープフルーツ。メロンパンから食べ始めた。
おいしかった。昨夜23:00頃にはひどい空腹感を感じていたのに、
でも、そんなにたくさんはたべられない感じだった。
8:30頃から退院診察が2Fであった。
昨日着てきたスカートと、Mが持ってきてくれたシャツに着替えた。
2Fにはもう一般外来の妊婦さんたちが集まっていた。
診察を待っている間、トイレに行くとあの巨大なパッドを落としてしまった。
自分のナプキンに付け替えたけど、立ち上がるとじわっと出血するのがわかった。

しばらく待って、内診から。院長先生だった。
「まだけっこう出血してるなあ」
しんどかったらもう一日いてもいいということだったが、大丈夫ですと言って
「じゃあ帰ろうか」ということになる。
診察室で退院後の生活について説明を受ける。
退室する直前、「次またがんばろうな」この院長先生の言葉がじわっとしみた。
ゆっくり、階段を使って3Fに行くと、新生児室にいっぱいの赤ちゃん。
そこを通り過ぎると、義母が待ってくれていた。
会計が終わるまでの間けっこう待たされたが、ベッドに座ったまま、
義母と会話して待っていた。昨夜のうちに処方されていた薬を飲む。
痛み止めの頓服が2回分。
セフスパン(100mg)とパルタンM錠(0.125mg)が5日分。
会計後、タクシーで義母のマンションへ帰る。

義妹の部屋とベッドを貸してもらった。
まだ下腹部に違和感、そして痛みがあり、起きあがるのがしんどい。
とにかく横になっていたかった。トイレはまだ頻繁に行く必要があった。
排尿がつらかった。
13:45ごろ、義母が出かけていき、14:15ごろ、Mが帰ってきた。
義母が準備してくれた昼食を食べる。Mは自分でレトルトのカレーと
カップ麺を準備した。
食後、久しぶりに顔を洗い、歯を磨いていると義妹が帰ってきた。
Mは買い物に行き、一旦自宅に帰ってからバスでまた来ることになり、
再度私はベッドへ。長い時間だったが、まどろむように、痛々しい、眠りについていた。
Mが帰ってきて、それからそんなに長くないうちに義父も帰ってきた。
義妹は出かけていた。4人で食事をしてテレビを見た。
夕食は、わりと、しっかり食べられた。会話も、普通にできた。
20:00頃には、車で送ってもらって自宅に帰った。

ようやく自宅に帰ると、やっと、いろいろな感情や身体自体が解放された気がした。
明日には実母が来るということだったが、ひとりでじっとしていたかった。
じっと、ベッドで。ひとりで。ひとりになりたかった。
誰かが、たとえそれが実母であろうとも、会いに来ると思うと、重荷に感じた。

さようならの日 

2006年09月26日(火) 23時14分
午前中は寝て過ごす。
もう、あとは流れてくるのを待つだけだから、
いまさら思い悩むこともあまりない。
できるだけ、痛いのはいやだから、静かにしていようと思った。
真っ昼間なのに猫が必死で私を起こす。
うるさいなあと思って振り払うと、わざと私の顔を踏みつけたりして
なんとしてでも私を起こす気みたい。
仕方なしに起きると、どこかへ行ってしまった。

なんだったんだ、起きてトイレに行く。
なんとなく下腹部がキューッとなるような、
変な違和感があって、トイレの中をのぞき込む。
赤い、血のかたまりが3つ。
ああ、流れてしまった。

とりあえずMに知らせる。
出血量は多くなる。
昨日シャワーを浴びていないから、
病院に行く前に少し髪を洗いたい。
服を脱ぐと、直径1cm強の大きなかたまり。
なんなんだろう。
シャワーを浴びていると、どんどん血が流れる。
体中きれいに洗って、次は何を着ていくか考えた。
この前はいていったスカートはもう季節はずれだから
ウールのプリーツスカートを出してくる。
スチームアイロンをかけてシワをのばし、折り目をつける。
よく見たら裾がほつれている。
なんとなく心許ない指使いで繕う。
MからのTelでは、外は雨が降っているという。

19:15病院にTel。
担当の看護士さんからドクターに確認、けっこう待たされる。
19:50頃、Mが帰ってくる。
外で義母と義妹が車に乗って待っている。雨。
痛みとは言えないかもしれない程度だが、
下腹部が収縮する感じが続く。身体をおりまげて病院へ。

いつもと違う、不妊治療センターの方に通される。
内診台も、分娩台のようで、いつもと少し違う。
義母が外で待っている。Mと内診室へ。
「ああ、流れていますね。卵ももう見えなくなってます。
このままだとだいぶ出血すると思うので、
このまま全部出してしまった方がいいと思います。」
ラミナリアを挿入される。あまりに唐突で、
その痛みに猛烈なショックを受ける。
そのほか、色々な処置がされている。
金属の触れ合うガチャガチャという音がする。
あそこにいくつかの金属の器具がまとわりつく。
ペンチで針金を切るような、バチン、バチンという音がする。
何をどうしているのか説明を受けていない。
あまりの痛みに全身から汗が噴き出し、Mが握る右手は
ブルブルと震えている。
こんなこと、考えてはいけないと思いつつも、
妊娠すること自体が恐怖に思えてきた。
二度と流産はいやだ。この痛みはもう二度といや。
出産だって、私なんかには耐えられないかもしれない。痛い、痛い。

気が遠くなるような時間が過ぎ、
「では(20時)45分からにしようか」というのが聞こえる。
これで流産の処置はすべて終わったものだと思っていた。
まだこれから何があるというのか。
股の間に痛みと麻痺したような感覚があり、震えながら
服を着替え、外に出て、義母に「びっくりした!」と笑顔を見せる。
エレベーターを待っている間、何か飲みたい、と思ったが、
同時に吐き気がこみ上げてきた。
エレベーターを下り、安静室のベッドまで歩いていく途中、
視界が灰色になり、消えかかる。人の声や音も遠くなる。
Mの手にしがみつき、「まっくらになる!」とか言ってるうちに
意識を取り戻した。

安静室に横になり、病院から用意された羽織るだけの寝間着を着る。
このまま一泊入院とのこと。
落ち着きを取り戻し、Mにパジャマや歯ブラシなどを
取りに行ってもらうためメモ書きをする。
Mが部屋を出るとまもなく、手術の準備をするとのことで
手術室に連れて行かれる。

まず右腕に筋肉注射。看護士の腕がいいのか、全然痛くなかった。
そして採血、点滴。左手には血圧測定器、心音が機械音をとおして聞こえる。
リラックスBGMみたいな音楽が流される。ドクターが来る。
ガーゼの目隠しをされる。
麻酔が入るとき少し痛いそうだ、だがまだわからない。
「眠くなってきたでしょ?」ドクターの問いかけにも、「…よくわかりません」。
点滴の針が刺さっている部分がじーんとしてきた。
「眠くなってきたでしょ?」…このまま私は眠らされるというのか。「…わかりません」。
開かれた足の間に冷たい機械が触れる。

しばらくして、パンツをはかされ、手術台から台車へ自分で移動した。
台車に乗ってすぐ隣の部屋に戻ると、Mと義母が。
あとで聞くと、満面の笑みで運ばれてきたそうだ。
Mに聞かれて、「麻酔、聞かなかったみたい」
「あの看護士さん上手で、筋肉注射って痛いって言うけど、全然痛くなかった」
「眠いでしょ、眠いでしょ、って聞かれたけど、わからんって応えてた」
…など、一生懸命しゃべり続けた。眼が半分閉じかかっているので
Mや義母が「眠たいやろ」と聞いてきたが、「全然眠たくない!」と答え続けた。
だが、Mたちは出ていった。

看護士が来てくれて、上階の病室に移動しようと思っていたのだけど、
旦那さんはもう帰ってこない?と聞かれた。
帰ってしまったのはわかっていたけど、「たぶん、戻ってこないと思います」と応えた。
そのまま眠ってしまったらしい。

23:00過ぎ、ふと目を開くと点滴が空っぽになっていた。
トイレに行きたい。ナースコールを押して、点滴をはずしてもらった後、
巨大なナプキンパッドをもらってトイレへ。排尿時、痛みともいえない違和感がある。

その後は、1〜2時間置きに目覚めた。
トイレにも頻繁に行った。
新生児室の赤ちゃんの元気な泣き声が夜通し聞こえた。
頭が半分ぼうっとしていた、赤ちゃんはいま、すぐ近くの部屋で生まれたんだ、
あれは産声だ、聞こえてくる声は助産師とかお母さんの声だ、と思った。
手術前の処置ではあんなに痛かったのに、怖かったのに、
私も赤ちゃんがほしい、と思った。

6w5d(仮) 

2006年09月25日(月) 17時07分
安静4日目。
今日は朝からつわり。
ずっとムカムカして食欲が出ない。
簡単な料理をしたいという気持ちもあるが、
安静にしなければならないという意識があるためか
身体が動いてくれる気がしない。
ずっと横になっていて肩が凝り、頭が痛いので
座って映画「魅惑の巴里」を観るが、お尻が痛くなった。

仕事はじめ 

2005年01月06日(木) 14時16分
◎朝食◎
おいしい牛乳
プルーンのシロップ漬け(2個)とヨーグルト
パイ1袋(2枚入り)
煙草1本

◎昼食◎Tラウンジにて
ジャスミン緑茶
スープ春雨(かきたま)
ジャムとマーガリンのサンド

待たれよ。 

2005年01月05日(水) 14時21分
「ハウルの動く城」
Mと京極東宝にて16:10より
2006年10月
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