0810 

August 10 [Sun], 2014, 22:18
誰かのツイッターで、「人に本をすすめるのは劇薬を処方するようなものだと思う、無責任だ」というような発言があり、確かになあと思う一方、少なくとも自分は、まあ年齢もあるとは思うのですがただの水よりは毒の方がいいぜ! そういう人こそもってこーい!! という心境なのはともかく、わたしこそここぞというときに本をすすめる人間です。

というか、人に本をすすめるのと何か言いたくなるのは同じ方向性だと思うのですが、

おせっかいでもいい、忘れられてもいい、ムカつかれてもいい、もし自分の関わりが、極端にいえば誰かが命を失ったり、悲しみや恨みの中に閉じ込められた一生を過ごすことを多少でも避けることができるのなら、

少しだけ、そういう人生の中にいた自分が伝えてもいいことがあるんじゃないか、その怖さから逃げずにいたいと思っています。


年をとるごとにふしぎと人と関わることが苦手になってきました。でも、勇気があるうちは、そこからも逃げずにいたい。

0706 

July 06 [Sun], 2014, 2:16
母が外食でドギーバッグを使いたがり、わたしはそのたび反対しています。
というのも、母の持ち帰り方ではみっともないと思うからです。

わたしの母は60代で、わたしが結婚して家を出てから一人暮らしをしています。
幼少期の親との関係とか離婚とか職場のストレスとかで何かと不安定で極端な人ですが、一人娘のわたしのことは娘の幸せだからと送り出してくれました。(ちなみに今のわたしの住まいと実家は、約400キロ離れています。こちらの都合もありますが、2か月に1~2度の頻度で帰っています)

母もわたしも、もともと食の細い方なのですが、母と外食に行くたび「もう食べきれないから持って帰る。ドギーバッグ持ち歩いているの」と、さも当然のように言われて困っています。
なぜ困るかというと、母が持ち歩いているのは、100円ショップで買ったジップロックみたいな袋だからです。
これに肉やごはんなど残り物を入れて持ち帰り、全てが混ざったようなまさに残飯を食事にしてる・・・ 娘としては母がそんな食事を摂っているという図を想像するだけで恐ろしいです。

最初はドギーバッグの存在をよくわかっておらず、「犬の餌を人間が食べるなんて!」と思っていましたが、この記事を書くにあたり少し調べたら「犬の餌という名目で自己責任で外食先から持ち帰って食べる、エコ運動のひとつ」があることが理解できました。ただ「ドギーバッグ」で画像検索するとそこそこちゃんとした箱が出てきて、うちの母みたいにジップロックに詰めるのはやはりちょっとかな・・・ というのが現時点での理解。本文検索や予測変換ではドギーバッグに肯定的なリンク先やキーワードしか表示されず、それも驚きだったのですが、箱タイプならまだ抵抗は少ないのかもしれないですね・・・

わたしはどうしても「ドギー」という名称がついている以上、冠婚葬祭(この時の持ち帰りはほぼ慣習という意識があり抵抗がない)以外の持ち帰りには否定的な見方をしてしまいます。ただ、食べ残し問題も重大なことはわたしなりにわかるので、持ち帰り運動自体を否定することはないと思います。
わたしは「母が外食先から「残飯」を持ち帰って食べている」、その図が耐えられない。しかしわたしが「ちゃんとした」ドギーバッグを買って母にあげればこのもやもやは解消するのか・・・ それはまだ微妙です。わたしは確かに食は太くないですが、よほどのことがなければ残さないという意識があります。つまり「残す」ということがそもそも前提にない。

結局、根源は、母が自炊を放棄していることにあるのです。聞けば母の今の食生活は、ほぼ惣菜か外食。けれど料理を「自分だけのためだけ」に作れる人は、存外少ないのではないか。わたしも都会で一人暮らしをしていたときは、食事は2年で3~5回しか作らなかった。実家に帰るたび、「何か作ってやろうか」と一応提案してはみるのですが、「残っても食べられないし、冷凍があると思うだけでも嫌だし、外食がストレス解消になる」というようなことを返されて引っこんでしまっていました。

夫もわたしの母の現状を知って、「二人で帰ったときくらいごはんを作ってやろう」と言ってくれました。
実は夫にこう言われるまで、わたしは母の食生活の異常さを認識できていませんでした。
次回帰るのは8月のお盆、われわれがそう提案しても偏屈になってしまった母にどう届くかは正直わからないのですが、やはり家族にはそこそこでいいからちゃんとしたご飯を食べていてもらいたい。その上の持ち帰りだったら収まりがつくように思うのです。ただ、ドギーバッグという言い方は変えていただきたいと思うのですが・・・

0413 

April 13 [Sun], 2014, 1:31
父親の名前を検索したら画像が1枚ひっかかりました。
さみしそうな目でした。関わってくれるひとがいないんだな。
わたしは気づいたよ。見てるよ。

0722 

July 22 [Mon], 2013, 18:37
ati・・・

昨日の金属姫はとてもかわいかったです。
ぽこたてのまとめ見ましたが、冷静になればなるほどすごいオンエアですね。

おともだちにすすめていただき、先日思い切って進撃の巨人を見ました。
前評判だけですっかり怖じ気づき、すすめられてからまるまる3話録画溜めした上で覚悟を決めて1つ見たらうっかり13話でした。つらい。

まさに高い壁に囲まれた町で静かに暮らして一生を終えたいという、世界の終り(村上春樹のあれ)的願望をひそかにあたためていたのに、そこに富樫的な狂った人を送り込んで壁壊してくれて悲鳴上げながら捕食されるとかもうせつない。わたしの心の安らぎがこわされた! あの壁すらATフィールドだというのですか! そんなあほなー

0720 

July 20 [Sat], 2013, 22:45
去年、何度目かの引っ越しをしました。夫の転職で散々もめて結局辞めた上の引っ越しだったので、いろいろドタバタしたことを覚えています。とりあえず新居のボロアパートに荷物を押し込んでやっと一息つけて、初めて入るファミレスでごはんを食べている真っ最中に、親戚の18歳の女の子が自分の部屋で首を吊っていました。風呂上がりの看護師のお母さんが必死に蘇生術したけどだめだった。次の日の昼、すき家で牛丼食べているときに、母が電話で「○○が死んじゃった〜〜〜〜!!!」と大声で泣いた。8月23日。それまで何の意味ももたなかった日付が、頭の中に焼き鏝で刻印され、折に触れよみがえってくる。もうすぐ2回目の8月23日が来る。

親戚の子といっても、会ったのはほんの数回、最後に顔を見たのも4,5年前。親戚のお姉さんの婚礼で、自分も着付けをするために控室に行くと、全然知らない中学生の子が先にセットをしてもらっていた。その前に会ったのは彼女が小学生くらいだったので、挨拶の言葉が全然出てきませんでした。
しかし彼女は、披露宴中ずっと、わたしのあとをくっついてきました。彼女は無口な子でしたが、信じられないくらい警戒心とか人見しりみたいなものがありませんでした。顔も覚えているかどうかあやしい、12も年上のわたしなのに。面食らった反面、ずっと前からこんな妹がいるたみたいでした(わたしは一人っ子です)。血のつながりというのはこういうものなのでしょうか。


彼女の家庭は複雑でした。自殺のあと進路のこととか、実父のこととかいろいろ耳に入ったのですが、思うに、この地球には「先天的に居場所のないひと」が確実に存在する。彼女の新しい家庭も決して仲の悪いものではなかったと察しますが、彼女はどこかで「自分がいなくても、いや自分がいなければこの家庭は“完全”になる」と思っていたかもしれない。新しい家庭は彼女の居場所になりきれなかったとしたら、それはたぶん、相当つらい。「わたしは誰々である」とストレートに言えないのは、不治の病の苦しみに等しいのではないでしょうか。二重国籍とか無国籍とか親は誰とか・・・



彼女の行った先は彼女の居場所になったでしょうか。彼女の自殺でたくさんの人が消えない悲しみを負った、そこまでしなければ彼女は居場所を見つけられなかったのでしょうか。彼女の葬儀をしたお寺さんも、即身成仏とか、当人にしか当人の苦しみはわからない、だから彼女を責めないでほしいと、いろいろ教えていただきましたが、わたしが生まれた時から知っているそのお寺さんがいつになく小さく、心細く見えたのを覚えています。
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