大桃美代子さん、40代で白内障手術「当たり前の生活、大切だと気づいた」

October 15 [Sun], 2017, 13:27




(産経新聞)



 タレントの大桃美代子さん(49)は昨年2月、白内障と正常眼圧緑内障の診断を受けた。その後、右目の白内障が急速に進行し、今年6月に手術を受け、人工レンズを入れた。高齢者に多い病気に若くして罹患(りかん)したが、「年齢を重ねた自分が想像できるようになり、普段の生活を見直せた」と振り返る。(文?油原聡子)

 目に違和感を覚えたのは昨年2月です。「アレルギーかな」と思っていました。花粉の飛散時期で、(微小粒子状物質の)PM2?5も話題になっていたので。でも、目をこすっていたら右目の粘膜がのびてしまった。慌てて知り合いの眼科医に相談しました。すぐ受診するように言われ、検査を受けました。「いろいろな目の病気が見つかりました。若年性の白内障と緑内障」と告げられました。

 〈白内障は目の水晶体が白く濁り、視力が低下する病気。加齢や紫外線の影響などで進行し、高年齢の人ほど多く発症する。緑内障は視神経に障害が起こり、視野が狭くなっていく病気。失明する原因となることもある〉

 家族に緑内障や白内障はいなかったので、「何で?」という気持ちでいっぱいでした。痛みもかゆみもなく、病気の実感はなかった。経過観察となり、3カ月に1度、通院することになりました。

 でも、白内障の進行は早かった。右目が真ん中から白く濁っていき、だんだん見えにくくなってきた。光の当たる所に行くと、乱反射して見えなくなる。まぶしくてつらいので、晴れハイパーヴェノム3-アンダーアーマー バッシュ日が苦手に。自宅の廊下でドアにぶつかることもありました。

 診断を受けてから1年後の今年2月には医師から手術を勧められました。鏡で右目を見ると、白い曇りが見えた。本を読むのにも時間がかかる。生活に支障が出てきていたので手術を決断しました。白内障手術の経験が豊富な都内のクリニックで受診し、6月に手術を受けました。手術では濁った水晶体を超音波で取り出し、人工のレンズを入れます。

 意識がある状態で手術をしました。顔に白い布がかぶせられ、右目の部分が開いていました。瞳孔が開いた状態です。視界に白くて丸い光が3つ見えていましたが、先生が何をしているか分からなかった。でも、「レーザーで水晶体を取ります」と言われた後、感じたことのない痛みがきました。そして、いきなり視界が真っ暗になった。不安で、看護師さんが握ってくれていた手を握り返しました。先生の「レンズを入れます」との声が聞こえると、また、視界に白い光が見えるようになりました。手術は5分程度で終わりましたが、もっと長い時間に感じました。

 大変だったのは手術後です。洗顔は1週間禁止▽アイメークは3週間禁止▽5日間は自分で髪の毛は洗えない−など制限が多かった。目の鈍痛が続いたり、家事をするために少しうつむくだけで目が痛くなったりして、しばらく苦労しました。3週間くらいたって、やっと痛みも取れ、生活も元に戻ってきました。働きながら手術を受けるのは大変だと思います。

 でも、手術の結果、右目は濁りがなく、クリアに見えるようになりました。ただ、左目も白内障で緑内障もあるため、通院は続けています。

 高齢になってかかることの多い白内障を40代で発症しました。診断を受けると、すぐにブログで病気を公表しました。心境や体験談をつづったのは同じ悩みを持つ方のためです。自分で病気を調べたとき、症状や病気の情報はあっても体験談は少なかったんです。反響は大きく、自分と同じ若年性で30、40代の方で診断を受け、手術を待っている方からもコメントをいただきました。

 年を取ると、みんな病気を経験する。人より早く病気を経験したことで、当たり前の生活のありがたさも分かったし、自分が年齢を重ねたときの気持ちが想像できるようになりました。

 目が見えないと、QOL(生活の質)が下がってしまう。眼科は症状が出たときしか行かないと思うけれど、自分が思っていた病気と実際の病気は違うこともある。定期健診が大事なんです。目は起きている間はいつも働いてくれている。目の見える、当たり前の生活が大切だって失って気づきました。病気の経験を、これからも伝えていきたいと思います。

 【プロフィル】大桃美代子(おおもも?みよこ) 昭和40年、新潟県生まれ。事業創造大学院大学修了。銀行勤務を経て、芸能界デビュー。ニュース番組やクイズ、バラエティー、情報番組など幅広い分野で活躍。食育や農業に関心があり、新潟県中越地震からの復興に向け、平成19年から地元の魚沼市で古代米作りを始める。著書に『ちょっと農業してきます』『日本一おいしいお米の食べ方』など。