ライフワークとしての「考え事」の、途中経過。

December 29 [Thu], 2011, 18:35
子供の頃、年末の、今くらいから大晦日まで、何だか意味もなく神聖な感じがしていた。
魔法のような時間、密度の濃い日々。
31日が近付くと、時間がもったいないような感じ。
31日の12時になって、除夜の鐘が鳴り出すととたんに、魔法は終わるのだった。
中学生ぐらいまで毎年、そんな感じを味わっていた。
あれは何だったんだろうと思う。
一年の終わりというのを妙に、厳粛に受け止めていたフシがある。
始まりは、どうでもよかったみたいだ。
むむむ深層心理的にちょっと、思い当たるフシもある。
と言うのは、俺は、万事において、終わりが好きというか、妙に気になるのだ。
終末願望と言うと言いすぎなのだが、そんな傾向を俺は、確かに持っている。
始まりと終わりは恋人づくり、似ているようで、でもやっぱり、全然違う。
終わったらもう始まらない終わりだってある。
終わりは始まりなんて簡単に言って欲しくないのだ。
こういうのはきっと、観念的の対極の、唯物論的な感じ方だと思うのだがどうだろうすべての物事は円環を描いているのだとしても、エントロピーの増大ということを考えれば、それは負の螺旋スパイラルでしかない。
と、ここまで言っておいて、それでもやっぱり、宇宙の中で、我々生物だけがきっと、終わりから始まりを創造出来る、という特権を持っている。
生きることは、エントロピーの増大に対抗することなのだ。
それでしかないだろう。
ありていに言えば、何かを創造する、世界の新しい意味を、見い出す。
来年は、俺も頑張ろう。
実はただ、それだけのことだったりするのだけれど。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:ffb4g2t3ek
読者になる
2011年12月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/ffb4g2t3ek/index1_0.rdf