JAM 

2005年05月22日(日) 12時47分
昨日はESLの課外授業で、
San JoseにあるJapanese American Museumに行ってきました。

日本に関わりのある所に行くということで、
結構ワクワクしていたのですが、
実際行ってみると、想像していた重厚な博物館というものはなく、
住宅街に潜むただの民家といった感じでした。

まあそんな外観とは対照的に、
中には、
主に第二次世界大戦下の,
日系アメリカ人(12万人以上)が強制収容所に送還されたときの、
資料や写真が所狭しと展示されていました。

収容所と言っても、
アウシュビッツのユダヤ人大量殺戮のような残酷なものではなく、
大きな敷地に日系人だけ集まった集落のようなものだったようです。

大人は畑を耕し、生活に必要な家具を作り、
子供は学校へ行き、十分とは言えずとも教育を受けた。

そこを一通り案内してくれたのも、
日系2世のおじいさんでした。
彼もまた収容所で9〜10歳まで過ごした一人でした。

私と同じ血を受け継ぎ、
名字も日本の名前だったけど、
日本語は話せないし、
アメリカで暮らしている。

日本とは独立した新しい文化がそこにはあって、
ひとつひとつ築き上げてきた社会もある。

う〜ん、またアメリカについてひとつ知りました。

アメリカの小学校 

2005年05月21日(土) 12時44分
昨日、授業(Child Development)の課題のため、
生まれて初めてアメリカの小学校へ行き、
4年生のクラスを観察してきたのですが、
ただただビックリ。

例えば、生徒が9人しかいなかったり、
教室に2台もマックが設置されてたり、
挙手をしてから意見を言うことが徹底されてたり、
算数の時間は『できる子』と『できない子』に分かれてたり。。。

特にその算数の時間は、
先生が最初に『できない子』グループ(5人)に10問の問題を与え、解法を説明し、
その後『できる子』グループ(4人)に新しいことを教えるというもの。

当然のことながら、その間子供たちは、
先生の目が疎かになると、ひそひそ話を始めたり、
新しいことが気になって仕方がないらしく、自分の問題そっちの気で『できる子』用レクチャーに聞き入ったり。。。

彼らにとって酷な時間だったと思います。
そして先生にとっても。

まあ、
たまたま行った小学校が、
『ミッション系の私立学校』
というユニークな環境ゆえだったからなのかもしれませんが。

私の小学校時代なんて、
ただ浮かれて騒ぎ回ってるだけだったなぁ。。。
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