大学はティーンには早い 

2004年08月31日(火) 17時03分
東大へ。

勉強ばっかりしてました、みたいな、外見がイケてない連中がやっぱり多い。
高校の頃から、バンドやったり、染髪してパーマしたり、変形の制服着たり、かわいい女と寝たりしていた自分は、なんとなく優越感である。
高校時代だって楽しくやってきたけど、運動会のリーダーとか、学校祭の運営委員とか、バンドの練習とか、ここ一番で勉強を言い訳に手を抜いてきたことへの後悔があった。
好きなことを気兼ねなくやろう、と、サークル回りを頑張った。

肝心の学問だが、入った途端に上級生から刷り込まれたことは、シケプリ集めろ、だった。
つまり、授業サボって、他人の試験プリントを集めろ、だった。
最高学府にあって、何という神経、と軽蔑した。

ところが、授業がとんでもなくつまらない。
高校や予備校の教師のそれとはえらい違いである。
進むの早いし、教師の声が小さくて全然聞こえない。
受けたいのに座席がなくて入れない。
フランス語の授業は、何だかどんどん進んでいく。
中高6年間でやった英語を2年間で一気にやるような感じだ。
しかも授業時間は格段に短い。
こうなると、いよいよ下品な男たちはシケプリ、シケプリと騒いで、教授陣の陰口をたたき出し、真面目に勉強なんてやってられるかー、とアッピール。

ところが日が経ってくると、異様に勉強ができるヤツというのがわかってくる。
ハナから勉強など眼中にない、単位取れりゃ良いや、みたいな顔をしてるにもかかわらず、キレイなシケプリを配りだすやつがいる。
フランス語をべらべらしゃべりだすやつがいる。
成績表で「優」縛りをしだすヤツがいる。

大学での勉強というのは高校までのそれとは全く違う。
共通した道がなく、目指すべきゴールがほぼ無限大の可能性を持っているのである。
したがって、人と人を比較する手段、偏差値のようなものがない。
教養課程は特に、である。
自由に勉強すればよい、と。

こうなってくると、困る。
授業はつまらない、教科書は難しい、目的は与えられず自由にやれ、と。
早速行き詰る。
とりあえず、中の中の成績をとりながら、単位は揃え、経済学部へ進学。

いざ東大へ 

2004年08月31日(火) 16時06分
いざ受験。
偏差値はうなぎのぼりで模試の判定も上々。
センター試験では学年で確か6位。
東大5〜10人/年という進学校だったから、こりゃもう十分。
しかし、実はこの段階でも学部を絞っていない。
文1、法律か。
なんか条文とか覚えたりすんのかな、つまんなそうだな。
弁護士やって、せこせこ人の弁護して生きてもしょうがないしな。
それに、文1、ちょっとリスク高いな。
よし、数学好きだし、文1よりはすこーしハードル低いし、文2、経済にしよう。
あっさり決めた。
周りも、「ああ、君は数学的なセンスがあるから経済学はいいだろう」と太鼓判。
そして受験、合格。
家族は泣く。
受験の友たちは皆不合格。
受かったヤツは、博士みたいな風貌の輩ばかり。
秀才現る!
周りの友人からは尊敬のまなざし。
女だってほっときはしない。

こうして東京へ。
さあ、貧困なくすぞ、勉強するぞ、と。

十字架を背負わせた神を呪う 

2004年08月31日(火) 16時05分
でも、国際公務員かー、なりたくないなー、というのが正直だった。
映画が好きだったし、映画監督、なりたかった。
絵も上手かった。
文学もわりと好きだった。
社長とかなって金稼いで、女かこってってのもいいなあ。
あらゆる行き方が羨ましかった。
それに比べて、貧困問題に人生を捧ぐ、何とストイックで面白くなさそうなんだろう。
華やかさのかけらもない。
華やかに生きたい、才能も興味もある。
何で俺が貧困問題なんかにかかわらにゃならんのか、と何度も思った。
けど、貧困という厳然たる事実がそこにはある。
一度注目してしまった以上、目を背ける訳には行かない。
本当に神を呪った。

そんな中、同級生たちは思い思いに進路を決めていく。
自分よりも映画を観てないやつが映画監督を志し、
自分より絵の下手なやつらが美大を目指す。
文学なんか好きでもないのにとりあえず文学部、なんて言ってるやつもいる。
親が医者だからって医学部と言うパターンはやっぱり多い。
こいつらにとっての医学は、医療ではなく金とステータスと安定した生活である。
間違いない。
くそう、腹立たしい。
医学部?
お前、金が欲しいだけだろ?
お前が受かったら、よりふさわしいやつが落ちるかもしれないんだぞ?
その自覚あるのか?
文学部?美大?
世の中じゃあ日々食うにも困ってる連中がいるのに、お前は大学行ってまでのんきに読書か?お絵かきか?
あんなもん遊びなんだよ。
能力を社会に還元しろよ。
散々言ったりもした。

貧困問題解決を志す 

2004年08月31日(火) 15時09分
高校生のとき貧困問題を解決したいと思った。
きっかけは忘れたが、公共広告機構の「XXX円でワクチンが買えます」みたいな新聞広告を切り抜いて大事にしてたのは覚えてる。

勉強はすごく出来た。
頑張っていた、という自覚はないが、ある程度、勉強に時間を割いていたことは確かである。
人と比べてどうかはしらんけど。
でも、自覚的に勉強をしていたかどうかは怪しい。
もともとあの手のモンについては素質があった、というのはあるだろうが、勉強が出来ることで周りから一目置かれるのでやめられなかった、勉強しろ、勉強しろ、と追いたてる個人塾に通っていて、背くわけにはいかなかった、いろいろ追い風となる状況は十分にあった。

文系理系の選択では文系を選んだ。
建て前としては、社会構造を変えなければ、技術や草の根の努力では何も変わらないという理由からであったが、実は、ナンバーワンの大学に行きたいから、というのがあったのかも知れないと思う。
文系ならば東大文1、十分に届く。
しかし、理系となると東大理3、正直現役では間に合いそうになかった。
医学部というのは魅力的だったが、東大文1の偏差値でも、医学部を狙うとなると、東北大とか名古屋大とか、地方帝大クラスに落ちる。
上がいるとは癪である。
医者には目の前の一人を救えても、世界中の数億人を救うことは出来ないさ、という良い訳のもと、堂々と文系に。

コース選択の際には、教師たちも友人も、「え、お前、君、文系かい?」と驚いておりました。
理系のほうが選択肢を広くとっておけるのだ。
でも、数Vを勉強したり、物理を勉強したりするのが邪魔くさかった。
文系を選んだら、あとは基本的に復習。
楽に偏差値を上げられそうだった。
で、周りの疑問の声に耳を貸さずに文系コースへ。

将来は世銀、国連などの国際公務員、と思っていた。
途上国にがっつり援助するぞ、と。
とすると、学部はまあどこでもよい。
法学部とか経済学部とか国際関係学部とか言われても中身知らんし。
とりあえず東大と思っておいた。

記録宣言 

2004年08月31日(火) 15時05分
とにかく何か書きますわ。
忍耐力が最近極度になくて、複雑な文章読んだり、何かを整理して理解したりすることが、すっかり出来なくなってしまっているので、ブログに色を持たせようとすると頓挫してしまう。
ということで、読んだ記事と論文のまとめサイトはやめて、しばらく育児日記みたいなもんにします。

華氏911謀略説 

2004年07月22日(木) 18時14分
華氏911とイスラエル

華氏911の監督であるマイケルムーアは、反米の庶民派、人道派の映画監督として、一般には認識されているようである。
だが、華氏911は、サウジとブッシュ家ばかりを強く非難し、911を端緒とした中東問題に隠されているもう一つの側面、イスラエルとネオコンについては全く触れられておらず、これに対し、政治的謀略が裏にあるのではないか、との指摘が一部メディアによってなされている。
つまり、911とサウジアラビアのつながりを強調する一方で、イスラエルやネオコンの影響力について全く語っていない「華氏911」は、タカ派やイスラエルが有利になるような配慮を持って制作された可能性が大きい、と言う主張である。
911事件にサウジが関わっていたという説によって、サウジとアメリカとの関係は崩れ、親イスラエル派、ネオコンが立場を強めたと言われている。
これによると、ネオコンはブッシュを見捨てたこととなるが、その兆候は、ブッシュが国連やEUとの接近を表明したり、反イスラエルとして知られていた、ケリーが親イスラエルの方針を見せ、親イスラエルとして有名なエドワーズをパートナーとして選んだことなどから伺える。

続く

ぼくがイラクに行った理由・続き 

2004年07月21日(水) 13時28分
だが、あの事件を受けて私たちが注目すべきだったことは、事件の責任の所在はどこにあるのか、なんてことではなくて、まさに「ぼくがイラクに行った理由」だったのではなかったか。
自分の意志で危険地域に行ったのだから、死んでも自分のせいだ、と、そんなことくらい、本人たちが一番承知しているはずである。
当人たちは、自らの生命、それに付随する、家族や知人の愛情を賭しているのである。
しかし、蚊帳の外にいる連中が責任の所在についてここで議論しなきゃならんのか。
命の責任か、金の責任か。
飛行機代6000ドルがどうのとか、総額で1億円かかったとか、そんなことは本質ではない。
そんなもの、財務担当者と本人たちとの間で後からちょこちょことやったらいい。

彼らがなぜ行動に出たのか、なぜ自分は行動に出ないのか、行動に出る、行動に出ない、ということの裏に、どういう価値判断が働いているのか。
平和、平和と、呪文のように唱えるならば、これを考える機会にしなければならなかった。
協調というのは、遺伝子の保存の観点からすれば、大変複雑な概念であり、競争に比べて、遺伝子に対し長期的でかつ広範をカバーする視点を求めることになる。
イエス・キリスト、釈迦、私たちが暗黙的に尊敬する彼らの教えの究極は協調であり、その教えを実践する人間の姿を、あの事件では見るべきだったのだ。

ぼくがイラクに行った理由 

2004年07月21日(水) 12時31分
今井紀明、「ぼくがイラクに行った理由」。

邦人3名拘束事件の報道を聞いた次の日、僕は、水天宮にある事業所で研修を受けていた。
その帰り際、一緒に研修を受けていた某氏と偶然この事件について話した。
自分たちは一体、こんなときにこんなところで何をしてるのか、のんびり研修なんて受けて何を考えているのか、と。
彼らのような純度の高い連中が、僕らにとってどれだけの財産か、殺されてしまうとしたら、日本にとって、世界にとって、どれだけの痛手か、と。
ところが、それを立ち聞きした仲間の一人が、「自分で好んで行ったのだから仕方がないじゃん」的なことを言い残して去っていった。
僕と某氏は、しばらく言葉を失ったが、少し経って状況を整理すると、そのとき僕らが事件から感じた衝動、思っていたこと、話していたことは、誰のせいだとか、そんなことではそもそもなかったのだ。

それからしばらくすると「自己責任」という言葉が世を賑わした。
政治家たちが、なんてけしからん奴らだ、と3人を罵ったが、自衛隊派兵の直後にお前らこんな面倒起こしやがって、野党には批判のネタを与えちゃったし、あわや進退問題を問われるところだったじゃないか、と、まあ、こういう根性である。
それに乗じてか、特にクソ週刊誌やクソワードショーの畜生連中は、こぞって拘束された3名を叩いた。

ソ連・スターリンとドイツ・ヒトラー・続き 

2004年07月16日(金) 17時22分
田中氏について

田中述正、エジプト・カイロ育ち、東大卒の防衛庁出身、初めて聞いた名前である。
かなり分量のある文章を毎日コラムとして更新、しかも、ほぼ全てがエッセイではなく、小論文に近い内容で、そのカバーしている範囲は相当広い。
コラムについては全てを読んだわけではないではないので、彼の世界観についてはわからないが、かなり勤勉で思考力の高い人であることは間違いなく、政治家本来の役割である、法律、政策を作る能力という点については信用してよいのではなかろうか。

コラムについて

スターリンとレーニンが、共に国民の過半の支持を得ていた(少なくとも一時は)ことは、民主主義の危うさ、不完全さを示すものとして最も重要な証拠となろう。
独裁制と議会制という違いは確かにあるが、民衆のほとんどはやはりどこまでも無責任で、プロパガンダによって、その無責任な投票行為はいかようにも操り得るということについては変わりはない。

ソ連・スターリンとドイツ・ヒトラー 

2004年07月16日(金) 17時16分
田中述正コラムより

共通点
・国民の支持があったこと(民主主義独裁)
>第1次大戦後に国際社会から阻害されたことを受け、国民の危機意識をあおり、法や道徳を超越した革命に奉仕せよ、という大義の元支配した
・大義に人生を捧げた革命家だったこと
・資本主義と共産主義とが融合した経済システムを持ったこと
>ソ連では私的部門が認められ、ドイツでは国家統制と国営企業優位のシステムが築かれた

相違点
・ソ連はマルクスレーニン主義という平等と繁栄のユートピアを目指す普遍主義的大義を掲げていたのに対し、ドイツは人種主義的大義を掲げていたこと
>ドイツでは無法が横行したのに対し、ソ連では法治国家の概観は維持された。
>ドイツは硬直的で資源の動員を円滑に行えなくなったのに対し、ソ連は機能的かつ柔軟であり続け、最終的には内部からゴルバチョフを生み出し、ゴルバチョフの手で体制の存続に自ら平和裏に終止符をうった
>収容者死亡率は、ソ連が14%、ナチスは40%。ソ連では、ユートピアの実現に資する生産活動に従事させることがねらいだったので、生命や健康の維持への最低限の配慮はなされたのに対し、ナチスドイツでは収容者は計画的殺戮の対象となった

ソ連がナチスを敗ることができた理由
・アングロサクソンから戦略物資の支援を受けていたこと
・ナチスドイツ軍(Wehrmacht)より戦略、戦術面で上回っていたこと
・経済の統制面で効果的であったこと
・戦争が進展するにつれてスターリンは次第に軍人の判断を尊重するようになったのに対し、ヒットラーは自分が軍事の天才だと思い込んだまま、戦争末期には殆どあらゆる軍事的意志決定に介入するようになったこと
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