御朱印巡り その10 鎌倉編2

November 06 [Tue], 2012, 16:17
今日は有休の日。
なので再び鎌倉に参陣。
南武線⇒横須賀線で行けるから案外近いんだよね。
覚園寺最初に向かったのは覚園寺。
鎌倉駅から大塔宮行きのバスに乗り、終唐フ大塔宮鎌倉宮で降りる。
昨今、大塔宮はおおとうのみやと読むようになったが、バス停はだいとうのみやだったな。
まぁこういうものはホイホイと副業 ネット変えられないのだとは思うが。
鎌倉宮から谷戸の奥へとずんずん進むと覚園寺の門が見えてくる。
境内の中央にある本堂が愛染堂で、愛染明王が祀られている。
奥の伽藍を見るにはお寺が10時3時まで1時間毎に実施している拝観案内に参加しないといけない。
自分が寺についたのは9時前。
庫裏の方にいって用を告げる合図の鈴を鳴らすも反応なし。
うーん、早すぎたか。
仕方がないので一次退散。
瑞泉寺覚園寺とは鎌倉宮を挟んで反対側。
また別の谷戸を奥まで進む。
ここかなと思って入り口の竹柵が開くの待ってたら、寺っぽいだけの普通の家だったりして、少し時間をロス。
それでも何とかついて、拝観料を払って中に入る。
細い階段を進んで行くと、途中で道が二手に分かれる。
左の苔生して急なのが男坂、右の緩いのが女坂。
当然男坂を登る。
その先にあるのは吉田松陰の碑。
なんでと思ったが、後から調べたところ、松陰の母方の伯父がこの寺の住職を勤めていたそうだ。
その縁で、松陰も何度かこの寺を訪れているらしい。
碑を過ぎた先にあるのが山門。
その奥には本堂が。
このお寺は静かでいいね。
谷戸の最奥にあるだけあって、余計な音が何も聞こえない。
本堂の裏手には、開山である夢窓疎石が作ったという石庭がある。
立ち入り禁止なので行けないけれど、橋を渡って崖を登る道も。
道の先には何があるんだろうねこういうのは気になるな。
鎌倉三十三観音第六番鎌倉二十四地蔵第七番どこもく地蔵というのは、貧しさを苦にどこかに移り住もうとしていた男の夢枕にこの地蔵が立ち、どこも苦辛いと逃げても苦労は付いて回ると諭したのが由来とか。
明王院次は明王院に行くのだが、ここで問題が。
普通に道を辿って瑞泉寺から明王院に行くは、地図に記した赤のルートになる。
グルリと大回りになるのは、谷戸と呼ばれる谷間に沿って街が形成されている鎌倉特有の事情だな。
しかし、実は青いルートで明王院に抜けられるハイキングコースがあるという情報を入手。
このルートならかなり距離を短縮できると踏んでチャレンジすることにした。
そしてこれがそのハイキングコースの入り口。
普通にわからねーよ民家の脇のほっそい道とか勘弁してくれ。
しばらく階段が続き、やがて尾根沿いの道へ。
ここ、雨降ったら絶対に通れないな。
眼下に谷戸の住宅街を眺めながらしばらく進むと分岐唐到達。
標識には手書きで行き先が。
ブラジル明王院ではなくて、左が天園ハイキングコース。
こっちに進むと北鎌倉の建長寺にまで行けるはず。
ただ、今回の目的は明王院のなので右だ。
進むにつれ、ますます道が酷くなる。
蜘蛛の巣だらけなので、途中でウェブバスターという名の枝切れを入手。
振りまわしながら歩くことに。
崖の際を進むのに手すりも何もないとか、地図に載らないわけだよ。
そんな道を歩くことしばし、石塔に出会う。
噂では、これが鎌倉幕府の初代政所大江広元戦国大名毛利氏の祖先の墓らしい。
この辺りの山の麓に大江邸があったという話なので、あながち嘘じゃないかもしれない。
頼朝の法華堂の近くにある広元の墓は、幕末に長州藩が作ったものというから、尚更こっちの方が信憑性高いかも。
そこからさらに進むと古びた社が。
何が祀られているのか全然わからん笑しかもここで道がまた二手に分かれている。
一つは社の正面から下へ、もう一つは裏手から下へと続いている。
どっちが正解か分からんけれど、もしこの社が参拝の対象なら、参道は社の正面に作るだろうという予想の元、正面の道を進む。
ウム、ちゃんと降りれた。
で、降りた場所がここ。
写真左手の階段の先の山道が降りてきた場所。
うん、今度からハイキングコースだからって軽々しくチャレンジするのはやめよう。
で、そこから先に進むと辿りつくのが明王院。
ここは境内での写真撮影が禁止なので遠景で。
鎌倉三十三観音第八番鎌倉十三仏第一番はい、また新しく鎌倉十三仏を始めてしまいました笑専用の御朱印帳もゲット。
表紙に13という数字がデザインされた、リングートっぽいのもあったのだけれど、使われている和紙の質があまり良くなく書き手に不評と聞いたので、普通の蛇腹式のものに。
一番目の札所からスタートということで、ちゃんと発願印も押して貰った。
ちなみに、十三仏というのは十王信仰が江戸時代に日本で発展したもの。
不動明王秦広王、地蔵菩薩閻魔王という風に、冥府で裁きをするという王と仏を結びつけたものだな。
まぁこっちも適当に回ってみるべし。
光触寺明王院から東に少しいったところにあるのが光触寺。
時宗のお寺だそうで、境内には一遍の像があった。
そして本堂。
本堂の脇には、二十四地蔵の札所本尊である塩嘗地蔵が。
インターホンで御朱印をお願いすると、住職が出てきて対応してくれた。
しかし。
間違って地蔵の方にも観音の御朱印書いちゃったえ書きなおすからもう少し待っててはいなんて一幕も挟みつつ御朱印を頂く。
鎌倉三十三観音第七番鎌倉二十四地蔵第五番でも自分1人のために御朱印を仏前に捧げて住職自ら読経してくれたり、今まで御朱印を頂いたお寺の中では一番対応が丁寧で、凄く印象に残った。
良いお寺だね。
浄妙寺やる夫は鎌倉幕府の成立を見るようですの主人公、足利義兼が建立した寺。
義兼は鎌倉幕府においては数少ない河内源氏の一族として頼朝に重用された人物。
その子孫に、室町幕府を開いた足利尊氏がいる。
山門を入ってすぐのところで御朱印を受け付けていたので、御朱印帳を預けて中を散策。
微妙な膨らみが特徴的な屋根を持つ本堂。
裏手の墓地には、尊氏の父である貞氏の墓があったのでお参り。
大河ドラマ太平記で緒形拳が演じてた人やね。
再び山門に戻って御朱印帳を受け取る。
鎌倉三十三観音第九番鎌倉十三仏第二番報国寺浄妙寺とは道路を挟んで反対側。
とかく庭が綺麗で、みんな写真を撮っていた。
本堂前には修学旅行で来たのかJKの姿も。
ここのお寺は竹林の庭が有名なんだけれど、そのエリアは有料。
でも一度は見たかったので行ってみた。
抹茶を頂きながら竹林を眺める。
うわー、落ち着く暖かい抹茶の入った茶碗を両手で持って啜りながら、庭をぼーっと眺めるってのは至福だな。
他にもやぐらのある風景など、見どころは一杯。
鎌倉三十三観音第十番気合の入った御朱印でした。
杉本寺鎌倉三十三観音の一番札所だった杉本寺再び。
今度は二十四地蔵の御朱印をお願いに。
境内に入ると、あちこちからカカカカカッと何かを打ち鳴らすような音が聞こえる。
何だろうと音のする方を見上げたら、その正体はリスだった。
しかも何匹も。
敏捷に動き回るその姿をフレームに捉える腕は自分にないので、残念ながら写真はなし。
鎌倉二十四地蔵第四番鎌倉二十四地蔵第六番同じ寺なのに札所の番号が飛んでるのは何でだろうね。
覚園寺再び覚園寺を再訪する前に、途中の鎌倉宮にある休憩所で軽く食事。
シラス入りの焼きオニギリなり。
やっぱり焼き立ては美味いのう。
その後、朝と同じ道を覚園寺へ。
視界に端に白いものが映ったので、何だと思ったら、道の脇を流れる細い川の中を白鷺が闊歩してた。
しかも人に慣れてるのか、この距離で撮影しても逃げやしねえ笑そんな出会いもあいつつ、覚園寺に入る。
鈴を鳴らすと今度は出てきてくれた。
鎌倉二十四地蔵第三番御朱印を頂いたところで13時になり、拝観案内開始の連絡が。
これも何かの縁だと思うので、参加することにする。
その場にいた他のグループも併せ、参加者は総勢8名に。
最初に本堂の扉を開け放ち、中に祀られている愛染明王等について説明があった。
その後、拝観料を支払って普段は鍵の掛けられている柵の奥へと進む。
ここから先は撮影禁止なのでカメラも封印。
残念だけどルールなら仕方ないね。
入ってすぐのところで案内の人が青い花を指し示す。
これが何かわかりますかナニアレサアシラナイデモキレイネトリカブトです野生のトリカブトを見たのはこれが初めてかもしれん。
山菜として知られるニリンソウと葉の形が酷似しているため、間違って摘んでしまい、それを食べて毒に当たる人がいるそうで、注意してください、とのこと。
まぁ俺自身は山菜摘んで食べる趣味はないから大丈夫だとは思うけれど、ニリンソウを勧められたら注意することにしよう笑その後、本尊のある薬師堂へ。
現在の覚園寺は真言宗だが、薬師堂は禅宗様式とのこと。
中には薬師三尊と十二随ォの他、川端康成がその死の前日まで拝んでいたという阿弥陀如来などが安置されている。
この阿弥陀如来は廃寺理智光寺の旧本尊だったというが、理智光寺といえば殺された大塔宮護良親王の首を供養した僧の寺。
こういう風に繋がるのが面白いところだな。
この寺は鎌倉幕府の滅亡の際に焼けてしまうが、後醍醐天皇が足利尊氏に命じて再建。
その後、足利氏の祈願寺となり、尊氏の直筆願門が本堂の天井の梁に残っていて、案内の人がライトを使って場所を教えてくれた。
いわれた場所を見てみると征夷大将軍正二位源朝臣足利尊氏の銘がくっきりと見える。
へー、これが尊氏の字なんだ。
生で見たのは初めてってなんか今日は初めてが多いな。
ちなみに、この尊氏の銘が原因で戦中は軍部と揉めたらしい。
尊氏逆賊だった時代なので、尊氏の銘を消すように軍部から圧力がかかり、国賊の寺呼ばわりもされたとか。
それを考えると、今日、自分が尊氏の銘を見ることが出来たのは、当時の覚園寺の人が圧力に屈することなく寺の歴史を守り通してくれたお陰なんだよな。
有難い事だ。
続いて十三仏信仰の説明を受け、十三仏の祀られたやぐらを見学。
最後は地蔵堂の黒地蔵。
どんなに彩色しても、すぐ黒くなってしまうのでこの名前がついたという話。
8月10日の0時12時は無料で見れるそう。
以上約50分ほどで拝観案内は終了。
境内の草花のごろの説明もあってなかなか充実した内容だったよ。
紅葉が目当てなら12月の頭に来ると良い、とかね。
延命寺ここからは鎌倉三十三観音を三連発。
全部小さな寺なので、お宅訪問という感じだった。
最初は延命寺。
鎌倉三十三観音第十一番教恩寺続いて教恩寺。
鎌倉三十三観音第十二番別願寺そして別願寺。
鎌倉三十三観音第十三番ここは御朱印願いにインターフォンを押したら、横合いから犬が出てきてビックリしたわ。
ここの本尊の魚藍観音は三十三観音でもここだけのレアな観音なのだが、残念ながら近くで見ることは出来ず。
本堂でフラスやってたからね。
本覚寺本日最後に行ったのが本覚寺。
以前行った妙本寺の対面だったよなー、と行ってみたら、改築工事中とやらでいきなり山門がなかった笑この本堂は大正時代のもの。
身延山から日蓮の骨を分骨した日蓮御分骨堂。
身延山まで行くのが難しい老人や女性のために、身延山を中興した僧日朝が分骨したそう。
東身延という名前はそれに由来とのこと。
夷堂は昭和の再建。
鎌倉十三仏第三番以上で本日の御朱印巡りは終了。
次の鎌倉はどの霊場を中心に回るかで行き先が変わりそう。
三十三観音なら材木座、二十四地蔵or十三仏なら山内、ってところだな。
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