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いいわけ / 2004年07月14日(水)
とりあえず終わらせた-Favorite Times-
ログをのこしたいようなのこしたくないような
そんな微妙なオトメ心なんですが(謎)
卑怯にも自分が残したいログだけここに移動することにしました。

はーい、卑怯でーす!卑怯上等!
まずはここからはじめましょう。
 
   
Posted at 11:09 / 今のマサコ / この記事のURL
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ないもの / 2001年06月20日(水)
小さな肩。はかなげなふるまい。ぬけるような白い肌。

ワタシにないものオンパレード。


きっと心は誰よりも小さくはかないのに。


ないものねだりはいいかげんイヤなので、

とりあえず本格的ダイエット再開。


とりあえず禁コーラ


 
   
Posted at 23:23 / まったりと / この記事のURL
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コーラ / 2001年06月19日(火)
今朝カミナリで目が覚めたマサコです。

ヲトメなことを言って申し訳ないんですけど、ワタシカミナリきらいです。

ふるえあがります。歩けなくなります。小刻みに震えます。


山口は1秒でずぶぬれになるぐらいの雨なのにどうやらヤツは

今から本格的に振り出すそうです。今までのは前哨戦みたいな。


ワタシのいる情報処理室は狭い上に人口密度激高で湿度むんむん。

部屋に入るとき間違いなく「むわん」とします。ううう。酸素が足りん。


ぶしつけですが、ワタシコーラ中毒なんですよ。

ワタシとごく身近に付き合った事のある人なら知ってると思うんですけど、

たまーにコーラが飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて
飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて
ふんがーっ!って状態になるんですわ。


今それがとってもひどいんです。

前はどんなに飲みたくても一口飲めばおさまってたのが、もうとまらないんですよ。

がぶがぶごぶごぶ飲んで、もうオナカいっぱいなのに「まだ足りねぇ・・」みたいな。

エンゲル係数よりコーラ係数の方が高いかもしれません(マジ)


あ、でもワタシのほかにもコーラ中毒の人がいたんです。

高校の時の数学の先生で、前に秋田先生ってお題で書いた先生なんですけどね

あの先生がある時授業で「コカコーラには絶対●ヤクが入ってるに違いない」と豪語してました。

元々「コカ」とはそういう意味があるし、絶対そうだ!じゃなきゃあんな中毒になるはずが無い!とか。

聞いた所ではワタシと似たような症状でしたね。あ、ちなみにペプシじゃなくてコカコーラです。

コカコーラとペプシなら断然コカコーラ派のワタシです。

ちなみに本日のコーラ係数は「カップ自販機90円×2杯=180円・ペットボトル130円×1本=130円」

計:310円。ちなみにエンゲル係数は朝握った自家製オニギリのみで0円。


あら?今日コーラとしろご飯しか食べてない・・・(汗)

 
   
Posted at 17:36 / 日々徒然 / この記事のURL
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どうして? / 2001年06月15日(金)
ワタシちゃんと笑えるんです。たわいもないことで自然に。

どんなに自分に失望してて、なにもかも投げ出して逃げ出したくなっても

ちゃんと笑える自分。


嬉しくもあるけどむなしくもあるこの感情はどこからくるのでしょう?

雨が降ってるからかな。

空気がジメジメしてるからかな。


ちゃんと歩いてないからかな。


 
   
Posted at 01:38 / 頑張れ自分 / この記事のURL
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休息 / 2001年06月09日(土)
忘れるためにならなんでもしたかった。

あの人を思うたび離れない罪悪感と後悔を忘れたかった。


ワタシは考えるのをやめた。

連絡も取らないようにした。


それでも色んなスイッチであなたのことを思い出してしまう自分を

否定して否定して、押しこめるだけ押しこんだときもあった。


あなたのことを恋愛の目をとおしてみないようにしてます。

もうあれほどせつない気持ちはありません。


それでもだれかあなたのことを話してると妙に高ぶる自分がいるのはなぜなんでしょうね。


未来永劫誓ってもうあなたに恋はしません。




なんてことは口が裂けても言えません。


でも今ワタシはとてもおだやかです。


今はこれが心地よいんです。

 
   
Posted at 23:27 / Tの兄貴 / この記事のURL
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ほっとした知らせ / 2001年06月05日(火)
毎度のマサコです。

昨日山口に帰って以来連絡してなかった実家に電話しました。

父によると肺にまだ水があるものの肺炎は徐々に快方に向かってるそうです。

呼吸が苦しくてよく眠れなかったのも、眠れるようになってきたそうです。


とりあえず、一番のネックになっていた肺炎が快方に向かってるということで一安心しました。


当初の目的である透析がまだちゃんとうまくは行ってないですし、

まだまだ難しいこといっぱいなんですけど、

焦らず時間をかけて徐々に元気になればいいなと思ってます。


この件でたくさんの方に励ましのメールや電話、BBSへのカキコミなど頂いて

涙が出るほど嬉しかったです。

とっても励まされました。


母の病気は完治ということはありえない病気です。(現代医学ではね)

それでも通院しながらでも家で生活できるようになること、これが目標です。


長いことかかると思うし、これからも今回のようなことがないとは言えませんが、

母と父と家族と、ワタシの出来る限りで頑張りますんで

これからも見守ってていただけたら嬉しいです。


これをみてくれてる全ての人にありがとう。


 
   
Posted at 12:21 / おかあさん / この記事のURL
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誇り / 2001年05月29日(火)
父はワタシが大分から帰る間際に、「また電話するから」と言った。

ワタシが山口に帰ってから一度も父から連絡はない。

だからワタシは母が今どういう状態なのかがわからない。


父は毎日朝7:30には家を出て仕事場である整骨院に向かう。

整骨院を19:00に閉めてから母の入院している病院へ向かう。


高速を使っても1時間強かかる道のりだ。何度も眠りそうになるらしい。

それから母の病室に行き、遅いときで1.2時、早くても11時頃までは母といる。

ワタシが大分にいたときもそれは変わらなかった。


母は父が来てくれるのがなにより嬉しいといっていた。


父は変わった。

人はいくつになっても変われるものだと父をみてると思う。


母の病院から帰ってきた父とビールを飲みながら話したときに父はこういった。


「おまえにしてはいけないことをおしえようとしたんだけど、

おまえは聞かなかったなぁ。あれはお父さんの言い方が悪かったんやな。

純子にしてもそうや。意見を押し付けるんじゃなくて、良いほうにいけるように

導いてあげればよかったのにな。お父さんはそれがわからんかったんや。」


顔には出さなかったが心のそこから驚いた。

10年前の父からは想像もつかない父がそこにいた。


ワタシが父と別々に暮らし出して6年になる。

ワタシは父から離れたくて仕方なかった。


今なら父と共に暮らせるだろうか?


 
 続きを読む…  
Posted at 00:24 / おかあさん / この記事のURL
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祈りの手段 / 2001年05月27日(日)
母の病気が重くなって、ワタシにはなにができるか考えた。


手紙を書いたり、できるだけ顔を出したり、励ましたりする以外に

ワタシにできることはないんだろうか。


母の周りのお医者さんは母を治す手立てをたくさん持ってて治療にあたってる、

父は父で父独自の方法で母の治療をしている。


ワタシにはそんな力はない。母の病気を治すために出来ることはないのである。


ただ母が治るように祈ることぐらいしか出来ない。


そういえば昔お母さんの病気の話しをしたら「一緒に祈りましょう!」と

激しく某宗教団体に勧誘されたなぁ・・あれはこわかった。。。



などと色々考えてるうちにふと思い出した


ワタシが大学受験の頃、母はワタシの受験がうまく行くように願をかけて、

死ぬほど好きなコーヒーを一切飲まなかった。


ワタシも死ぬほど好きなものを絶つことにしよう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




ダメだ。肉と酒しか思いつかない(泣)



こんな自分が情けなくって違う意味で泣けてきた。


ばかばかしいと思われるかもしれないがとりあえず「断酒」します。

 
   
Posted at 01:32 / おかあさん / この記事のURL
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5/20の日記 / 2001年05月25日(金)
ワタシは母に会う前に出来るだけ悪い想像をしていた。

どんな状態の母を見ても平気でいるために。


母はナースステーション近くの集中治療室に入っていた。

看護婦さんにきいて部屋に入ると二つのベットに二人の患者。


片方はワタシの想像にたがわず極めて症状の重い女性が寝ていた。

ワタシは一瞬血の気がひいた。


もう一人は扉に背を向け横になっていた。

足のウラをみてそっちが母だとわかった。

不謹慎なことだが内心安心した。


母に顔をみせると激しく驚いていた。

「なんで?あんた?ここに?仕事は?あれ?なんで?」

しゃーべるしゃべる。ほんまに五分五分なのだろうか。


しかし、母の症状は重い。酸素マスクをつけていないといきぐるしくなってしまう

聞けば肺に針を刺して肺の水を取ったのだそうな。

「あんた昨日お母さん死にかけたんやが!」ととんでもないことを自慢気に話す母。


やはりワタシは母に似たのだと思う。


やがて弟がやってきた。同じ大分にいながら弟はやはり忙しくなかなか会いにこれなかったらしい。

父も一緒だ。母の夕食の鯖を食べているワタシをみて笑う。


夕食を食べるために一階に下りたところで父に話しがあるから座れと言われる。



「おまえ達には酷やけどお母さんはもう長生きはせんかもしれん

先生に退院できるか五分五分と言われたんや。

だからかぎられた時間なるべくお母さんといてあげなさい。

思い出・・・といっても病院の中じゃ作り様ないかもしれんけどな。」


一字一句忘れず覚えている。父がかわいそうだった


 
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Posted at 01:04 / おかあさん / この記事のURL
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強さと優しさ / 2001年05月09日(水)
一応プロフィールにも書いてますが、

わたくしめの今現在の座右の銘は


強くなくちゃ

生きられない

優しくなくちゃ

生きてる意味がない


なんですね。

自分の弱さで人を傷つけないぐらい強くなりたいんです。

ワタシは本当に弱くて自分勝手な人間で、

人様の役にたてるほどの余裕もなかなか持てません



本当は大切にしたい、優しくしたいと思ってても

弱いワタシはたやすく人を傷つけてしまいます。


生きるということは生きることをやめることよりとってもつらいです。


だからといって生きることをやめるつもりはないですけど

そのつらさに押しつぶされそうな自分も確かに存在するんです。



強くなりたいんです。自分の弱さでたやすく人を傷つけないですむぐらい。


それが一番難しいことだったとしても。


 
   
Posted at 00:06 / 頑張れ自分 / この記事のURL
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