無口な販売員 

2004年09月28日(火) 20時15分
ある年、新卒で女の子が入ってきた。
小柄で線が細く、芯のしっかりした感じではあるが、おとなしい。
眉の形もあってか、心なしかちょっと頼りなげにさえ見える。

この業界で"花形販売員"、ま、今で言えば"カリスマ販売員"というのは、どうしても見るからに華やかさがあり、身振り手振りも口数も多く、声も大きい印象がある。

実際入社時に、話し方、立ち居振舞いはもちろん、メイクもある程度チェックされ"華やかさ"を演出するよう求められる。
化粧嫌いで、ファンデーションと口紅だけだった私は、
「**先輩のように、エメラルドグリーンのアイシャドウを入れてはどうか?」
という教官の一声で、長い間目尻にエメラルドグリーンが入っていた。
茶色を入れて狸になるよりはましか・・・

声を出す
というのは、実は想像以上に難しい。
始めの1ヶ月くらいは、どの声で「いらっしゃいませ」と言えば良いのか?
声が裏返ったり、低かったり、なかなか安定しない。
人が居ない所で、いろんな声を出してみたものだ。
落着いた声、若くてかわいい声、少し明るめの声・・・
しかも、その声で何分間か、時には2時間も3時間も話し続けなければいけない。

接客中の言葉使いや声使いも、自分なりのパターンができるまでには、
結構時間がかかる。
相手が年上と年下の場合でも、多少変るし、倍以上年上のお客様だからといって、
ある程度こちらがリードできないと、振り回されてしまうこともあれば、
頼りないと感じられ、相手にされない場合もある。
かといって、偉そうに聞こえるのもまずい。

人が育つとき 

2004年09月28日(火) 2時17分
人を教育するという課題は、20代半ばの私にはとても興味深く、大きかった。

縁故で、いわゆる"元ヤンキー"(すでに死語?)の女の子が配属されてきた。
髪は所々茶髪、マナーもほとんど身についていない。
それまでの仕事も3ヶ月ともっていない。
なんとか、少し敬語は話せる。
本部からは、"計算問題は規定に満たなかった"と報告!?を受けた。
採用は本部で、店は配属された人材を育てるしかない。
幸いだったことは、本人にやる気があったこと。

店に居ても、食事をしていても、とにかく、言葉遣いと立ち居振舞いを徹底的にしつける。
こういう時に、ただ叱ってばかりだと本人のやる気は一気に萎える。
が、叱られながらでも数字が取れると"やりがい"に変る。

数字が取れそうな接客に、彼女を巻き込む。
つまり手伝わせる。
店長の接客を手伝うのだから、本人、緊張もすればがんばりもする。
でも、気が強い分、本人も接客に参加したいと思うし、それを許す。
時々おかしなことを言ってしまっても、一緒その場に私も居ればフォローのしようもある。

だめなときは、接客中でも、お客様の前でだめという。
もちろん"言い方"はある。
こういう時に、関西弁は逆にもしやすくて便利だ。
接客しながら、お客様には笑っていただきながら、"しつけ"をするのだ。
お客様だって、見るからに新人教育だとわかれば目くじらを立てることも無い。
時には、一緒になって教育してくれたりもする。
新人のうちだからこそできる教育方法でもある。

本当は叱られてばかりなのだが、明るく笑いながら叱られるし、
お客様には楽しんでいただけるし、たくさん売れる販売に参加するのは楽しい。
そうやって、いいお客様ばかり接客しているうちに、
なんだか、いつもたくさん売れながら、彼女は接客方法を学んだ。


第一印象では、正直なところ3ヶ月かなぁと思っていたが、
何が面白かったか本人一生懸命になり、なんと、上品なお金持ちのお客様への接客が得意になってしまった。
どうしてあんな上品なお客様が彼女につくのだろう?
と、こちらが逆分析したいくらいに、見事に育った。

仕入れと社内政治 

2004年09月26日(日) 11時42分
 2年目だったか、3年目だったか、まだマネジャーではなかった頃、マネジャーが商品の発注に同行させてくれた。

 "発注"といっても、子会社(販売会社)が親会社(メーカー)の商品だけで商売しているわけで、「今回、お宅の商品は気に入らないので、よそから仕入れる」なんてことはありえない。
取り扱いブランドも決められているわけで、要は展示会に出てきた商品から、自分の店のターゲットに合わせたものをセレクトするだけ。
それも、基幹ブランドとなると、ほとんど選択の余地は無いといってもいい。

 その日は、10坪ほどで展開していた、サブの2ブランドの展示会。
大きなブランドでないだけに、展示会ごとに内容が大きくぶれたりもする。
そのたびに店も振り回される。
ファッション界は、やっぱり秋冬物が楽しい。
夏物の楽しさには限界もある。
その秋物立ち上がりの展示会。
一方のブランドAはなかなか良いできだったが、困ったのはブランドB。
いったい何をどう売れと・・・?といいたくなるような、ばっらばらな展開。

 どひゃ〜、これ、どう発注するんだろう?
と思っていたら、実はマネジャー、私とくる前にも一度見ていたらしく、心を決めていたようだ。
「このスカート1型だけで行こうと思うんやけど、どやろ?」
「え?これだけ?」
基本的には10坪の半分を埋めるブランドである。
「他にとるもんないんや」
「ん〜、それは言えてますね。私もこれで数字を取る自身はありませんね。」
「そやろ。しゃーないな」
どうやら、確証が欲しかったようだ。
政治的判断はともかく、現場としてこの判断は正しいと私も思った。
あとは、メーカーとうちの上をどうするか?だった。

 結局、その場は本当にその一型、2色、4サイズだけに数字が入った発注書を作って出した。
帰ろうとするところへ、担当者が飛んできた。
担「ちょっと、どういうことー!」
M「そういうこと」
担「こんなん、許されると思てんの?」
M「そんなこというても、しゃーないやん」
担「立ち上がり、数字取られへんよ」
M「他のブランドでがんばるわ」

逃げろ!
である(^◇^)

ひまな時間のつぶし方/マーケティングの原点 

2004年09月25日(土) 11時31分
店には、お客の波がある。
インショップ(百貨店に入っているショップ)だろうが、アウトショップ(ファッションビルに入っていたり、路面店)だろうが、たいていいつもお客様が少ないか誰も居ない時間と言うのが、ほぼ決まってある。

その時間をどう使うか?

入社したての頃は、とにかくこの時間がつらかった。
じっと立っていてはいけない。
おしゃべりしているわけにもいかない。
店内整理にも限界がある。
顧客カルテなど、書類作業も、店内でおおっぴらにはやれない。

ある時からいいことを思いついた♪
よその店を見に行くのである。
とはいえ、制服。
買い物をするわけにもかず、怪しく覗いているのもなんだし・・・

だいたい近所のお店は、似たような時間帯でお客様が動くので、
うちがひまなときは相手もひま。
「どうぉ〜」とお話できる相手が居ればいいのである。

販売員が7人も8人も居る店。
下っ端の私が居なくても問題は無い。
最初はトイレへ行くふりで見て回っていたけれど、
そのうち店の人も気づきだしたので、
「ちょっとお散歩」
といって出かけるようになった。

最初はとにかく物見胡散でしかないが、
定期的に同じ店を何度も見ていると、いろいろ見えてくることがある。

"女性"マネジャー 

2004年09月24日(金) 8時45分
当時、売上の大きい関西のショップでは、"女性マネジャー"はいなかった。
男性社員は、入社後ほとんど販売をすることなく、3年目には、ほぼ誰でも!?マネジャーになれたというのに・・・

が、時代の波。
関西でも女性マネジャーをということで、私と、同期の女性が関西発女性マネジャーに。
入社5年目。

当時所属は百貨店。
上司が、百貨店の役職に「彼女が*月*日より同店のマネジャーになります」
と報告に行った。
普通なら、私を同行させて挨拶すると思うんだけど・・・

上司が帰ってすぐ、百貨店の事務所から呼び出しの電話がかかった。
「ちょっと来て」
事務所へ行くと、普段姿も見えないような部長が奥からこちらを見据え、手前に居た課長が私に言った。

「今、聞いたんやけど、君とこ、メーカー営業おらへんからなぁ。女では困るんや。」

この頃、多くのメーカーは、商品や数字の話はメーカーの男性営業が担当、店頭の"店長"の仕事は販売スタッフの管理と売上をとることがメインだった。
ところがうちの場合、マネジャーは商品発注、数字作り、デベロッパーとの交渉、店内管理と、人材採用以外のほとんどが仕事であった。
しかも、数字もまぁまぁ大きい。
で、上の発言となった。

"総合職"さえない時代。相手の言わんとする心もわからんでもない。
で、咄嗟に出た言葉。

「わかりました。すみませんが、この件は本部の人事へおっしゃっていただけないでしょうか?私も自分で"やりたいー"と言って決めたわけではありませんので。会社から"降りろ"といわれれば、すぐにでも変ります。」

相手も大したものである。

「そやな。わかった」

話は終わった。
このときのせりふ、実は数年後に、似たようなせりふとなって同じ相手から帰ってくることになる。

さてその後、どういうことになるのか、ちょっと楽しみでもあった。
果たして百貨店側は本当に本部に交渉するか?
その場合、本部はどう対応するのか?
個人的には興味津々で双方の沙汰を待った。
この話、正式な辞令が出る1週間ほど前だったので、いざとなれば"取消し"は簡単なのだ。
私としても、初の女性マネジャーは、それはそれで興味深いが、無理を押してまでがんばってやる気は無かった。
いや、心の奥ふか〜くでは、何の根拠もなく、"何の問題もない"とノーテンキに思っていた。

返品 

2004年09月12日(日) 20時25分
返品を恐れて販売はできない。
が、大昔はずいぶんと強引な販売も多く、先輩の返品をこっそり受け取ったことも何度かあった。
返品は、よほど悪意のあるものでない限り、返品するほうもそれなりに勇気も必要だし、
人間気が変ったり、持ち帰ってみると家族や恋人に反対されたり、それはそれで仕方のないことだと思う。
それでも、少しでもそうならないよう、じっくりと時間をかけて、丁寧に接客することは、言うまでもなく大切である。

どうしても忘れられない返品がある。
百貨店で店長をしていたときの出来事。

朝開店と同時に、自社の紙袋を下げて来店されるお客様は返品・交換のケースが多い。
この方もそうだった。
とてもかわいらしい方で、昨日の夕方、閉店ぎりぎりに「どうしても今晩必要だから」と
ニットのワンピースを買って帰られた。

「穴があいていたんです」とおっしゃる。
まぁ、確率としてゼロではない。
昨日、結構時間をかけてお買い上げいただいていたようなので、
同じものがあればいいなぁと、目が店内を泳ぐ。

「すみませんでした。どこですか?」
と、紙袋の中の商品を見て一瞬絶句した。

通常、お買い上げ時に、ニットの商品は薄紙に包み、手提げの紙袋に入れてお渡しする。
紙袋は昨日のままだったが、その中にビニール袋に入った、昨日お買い上げになったニットのワンピースが丸まって入っていた。
それは、人差し指と親指でつまんでも水が出るくらいびしょびしょにぬれ、洗剤の泡もついていた。
お買い上げからまだ18時間経っていない。

愛らしいその女性は、にこりともせず、だまって紙袋を差し出した。

即座に私は、何も言わずに現金返品を決めた。
お客様も、代わりの品が欲しいとは言わなかった。

ルールを言えば、本来ドライクリーニング推奨のニットを洗濯機にかけて、穴があいていたといわれても、ぐしょぐしょの泡だらけのワンピースを交換する理由はない。
どこで穴があいたのか、不明だからだ。

万引き 

2004年08月22日(日) 12時53分
百貨店のインショップに入って驚いたことは"万引き"の多さだ。
これは、構造上?法律上?の問題もあって、1店舗が独立しているファッションビルでは、その店からお金を払わずに商品を持って出ると注意することが出来る。
が、百貨店の場合は、百貨店のビルそのものから出ないと"万引き"に該当しない。

ショックだったのは、見ている目の前で、トルソー(顔なし)に着せてある服を脱がせて持ち去られた時。
そんなばかな!と思うかもしれないが、ほんの5mほどのところで、私の顔を見ながら、トルソーからセーターをスポっと抜いて走ったのだ。もちろん追っかけるが、"敵"は慣れている。当然脱出経路も確認済み。しかも、相手がビルを出ない限り大声で叫ぶわけにもいかず、結局まかれてしまった。

隣の宝石売り場で、ダイヤモンドをケースから出してもらい、隙を見て2個奪って逃げた人がいて、騒然となったこともあった。
1個は館内の吹き抜けから投げ捨てられたのだが、見つからず。
もう1個も結局見つからずじまい。大胆な事件だった。

私の同期に物事に動じないタイプの女性が居た。
彼女もまた、目の前で年配の女性がハンガーごと商品を紙袋に入れるところを、たまたま後ろから目撃してしまった。
相手は、見られていることに気づいていない。

さて、ここでちょっと考えてみて欲しい。
あなたなら、どう対応するだろうか?
ちなみに、商品は高級ニットの上下15万円ほどであった。

ほどなく彼女は、年配のその女性に対し「いらっしゃいませ」と普通に接客し始めた。
ここで、急に走って逃げ出さなかったお客も肝が据わっていたが、彼女はお客から出口を塞ぐ位置に立ってから声をかけたのだった。商品は紙袋に綺麗に収まっているので、普通には見えない。

「今日はどのようなものをお探しですか?」
答える女性に彼女は、女性が紙袋に入れた物と同じニットの上下を、ラックから取り出して勧めた。
「そうですか。それでしたらこちらなんかいかがでしょうか?」
・・・・・・・
「実は私もさっき見ていたのですが・・・」
と、その女性、手元の紙袋からさっき入れた商品を取り出した。
「よろしかったら、ご試着してみられますか?」

女性は、試着したものの、「考えます」と帰っていった。

自分流のとおしかた 

2004年08月18日(水) 14時57分
私は、決められたことを決められたとおりにするだけという仕事が嫌いだ。
それなら、他の人でも・・という理由もあるが、なにより、それをやりつづけることが自分に対して出来ない。

会社に入った最初の頃は、まさにその状態だった。
"習・破・離"
という言葉!?がある。
習:まずは、見たとおり、教えられたとおりやってみる。
破:その決められたパターンを破ってみる。
  つまり、自分なりの考えや個性を付加してゆく。
離:師匠から離れる。
  自分のやり方を確立する。

である。
日本は、この"習"の期間が長く、とにかく師匠なり先輩のやり方を完全にマスターして、"**さんの代わり"になるまで叩き込もうとする。お陰で、見に染み付きすぎて、そのやり方を破ることがとても難しくなる。で、"**さんのミニチュア"に終わる場合が多いし、師匠や上司も密かにそれを望み、自分を超えていかれることを怖がる。

私の最初の上司もそうだった。
とことん、自分の考え方とやり方を押し付けるだけ。
生まれて初めてする仕事の先輩(といっても、10年先輩)として学ぶべきことも多かった。
しかし同時に、反面教師として「(ときに人間として)これだけはやりたくない」と思うことも多々あった。
まぁ、それを"生意気"と呼ぶわけなんだが、その"生意気"を押し通すには実績を作るしかないのである。
なので、実績にはとことんこだわった。

人にはそれぞれやり方があるということなんだと。
ただし、どんなに偉そうな理屈をこねてみても、人間tのしてこちらの方が偉いとわめいてみても、企業の中では実績を作れない方法論は不要でしかない。
だから、実績は重要だった。

転勤 -転機- 

2004年07月24日(土) 10時25分
それまでの常識ではあり得ない"1週間"の休暇。
却下されたら即座に「辞めます」の言葉を胸に用意していた。
私としては、何気に言ったつもりだったが、多分上司はわかっていたんだろう。
「いつや?」
という返事で1週間の休暇が成立した。

青森のねぶたを見て、夜中にジープで八甲田山を越え、
その後函館まで足を伸ばして、1週間を満喫した。
まぁ、ちょっと気分も変り、乗り継ぎの羽田から店に電話を入れてみた。

「帰りにちょっと寄ってくれる?」

閉店後30分。
伊丹から駆けつけるとシャッターの前にマネジャーと同期の女の子が座っていた。

「ちょっと話があんねん」

と3人で喫茶店へ。

「実は移動になったんや。」

行き先は百貨店。
店を一人で支えていたベテランが出産退社、場所も1階のメインから2階へ移動してしまうので、建て直しをするためにうちのマネジャーが行くことになったらしい。が、一人ではどうにもできないということで、私を連れて行くことにしたと。
おまけとして、2段階昇格。
このとき、大阪エリアだけで移動または昇格者が10名を越え、私が居ない間に一堂に会してのミーティングがあったらしい。

「おまえは充電中ということで皆には伝えてある。」と。

まぁ、それまで居た店については、何をどうしたら良いか分かってきて飽きてきたところだし、今度は百貨店。
"気分転換にいいかも" と思った。

「わかりました」

と言った時、マネジャーの顔がほっとしたのをみて「ふぅん」と思った。
何年も後から聞いた話で、この時マネジャーは

"こいつは辞めるかも知れない"

と思っていたらしい。
さらに、百貨店は開店時間がそれまでの店より1時間早い。
すんなり移動したとしても、

"朝は来ないかもしれない"

と覚悟はしていたらしい。

結果としては、この移動が無かったら、辞めていたかもしれないと思う。

とらばーゆ・・・? 

2004年07月19日(月) 20時33分
確かに、結構自由にやらせてもらってはいたのだが・・・
2年目の終り頃からは、それにも飽きてきた。

平日が休みなのをいいことに、仕事をしながら、いろんな会社の中途面接受けに行っていた。

なにか、もっと違うことがやってみたいんだけれど、
何がやりたいか?といわれると"これ"とは言えない。
ただなんとなく"もっとやりがいのあること"。

当時数少ない女子中途採用のなかから、さらに数少ない"面白そうな仕事"を探しては訪ね歩いていた。
女性の中途採用のほとんどは25歳まで。
今ならまだ間に合うかも!
"とらばーゆ"が出始めた頃だったかもしれない。

長く働きたいと思っていたので、仕事になりそうな資格も色々考えた。
高い有名な占いにも行って聞いてみた。
「何に向いているでしょうか?」
「何がしたいの?」
「私に向いていることがしたいんです。」
「やれば何でも向いてくるわよ」
「そういうんじゃなくて・・・」

「お嬢さんね、早く結婚して、子供を産むのが女性の仕事ですよ」書かせた生年月日を見て、そう諭した占いのおじさんもいた。
まだ20代前半だ。
「それは占いじゃないでしょー」

同じ会社ではない、いろんな人と話もした。
もちろん、親以外。
とにかく、じたばたじたばたした。


ある日、マネジャーが店の中ですれ違い様に私に言った。
「リクルートに学生時代の友達がおんねん」
ただ、それだけだった。
私は全てを察した。
前日、リクルートの面接に行ったところだったのだ(>_<)

この件について、その後居間に至るまで、一言もマネジャーと話したことはない。
が、彼も、店ではそれなりにやっている私の気持ちに気づいた。

当時、販売職の休日なんて、週に1日有ればいい方だった。
"夏休み"は2連休のこと。
"お正月休み"は元旦のみ。

限界にきた私は、マネジャーに言った。
「1週間休みたいんですけれど」
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