不動産融資 ゲストハウス 勝利6人組的家族

回顧録93 飴飴飴と鞭と飴と…

November 23 [Sat], 2013, 22:39
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「あ、……!」

昌行が振り返ると、

今まさに、准一が、ベランダに続く窓の鍵を締めたところだった。

「こらっ、准っ」
慌てて窓に両手をつけて准一を呼んで、
「これっ、この鍵、あけろっ」
と叫ぶ。


ところがお下がりの大きめのトレーナーと、
こいつのサイズが小さすぎて新しく買ってやった裏地付のピッタリサイズのあったかいパンツを身に着けた准一は、
ポカンとして、見上げているだけ。



まさか……
「お前っ……わかんないのにやったのか!?」

剛と健だったら、いたずらで済んだだろう。
始めからそのつもりでやっただろうから。



でも、目の前の准一は……




鍵を開けるどころか、
必死に窓を開けようと横に引いて、

「まーくんっ、きてぇっ」
と呼んでいる声が、締め出された部屋の中からこもって聞こえる。


「だから、開けろって、鍵っ、これだよっ」
昌行が指をさしても、

一応見てはいるけれども、伝わらない。


だって、「まーくぅんっ……」と勝手に寂しくなって
もう聞いてもいないだろう。

ゆるゆるで長い袖がかかっているその手を
胸の前にグーにしてうるうるされても……。





鍵がゆるくかかっていたら、
無理やり引っ張ったら開かないかな……と思い、

昌行は窓の淵に指をかけて全力で引いてみた。


「…っっだめだ……」


当然。鍵がかかっているのだから。











ひとまず諦めた昌行が、後ろを向いて、
再び、残りの洗濯物を干し始めると、

「…っっまーくぅぅぅんっっ……まーくぅぅぅぅぅんっっっ」

と大きな声で泣き出した声が後ろから聞こえる。



昌行が振り向くと、
准一は、バンッバンッと小さな両手で窓ガラスを叩く。

「お前が閉めたんだろっ」

「わぁぁぁぁんっっまーくぅぅんっっ」


勝手にパニックになった准一が勝手に大泣きしている。




「怒ってねえよ、怒ってないからっ」
焦って、宥めようとしても、
この窓1枚が邪魔だ。

「わぁぁぁぁぁんっっ」

泣きながら准一は、ベランダに続く窓の前を右往左往。
うろちょろしている。

「まーくんに行けない〜〜〜っっ」

「……だから、お前が鍵かけたからだって…」
ため息が出る。

「あぁぁぁぁぁぁんっっ」
准一は、大泣きのまま、ベランダから見える範囲を遠ざかっていく。

「あ、おいっどこ行くんだよ、准っ」

勝手にパニックになった准一が
どこか見えないところで何かやらかすのが怖い。

「どうすんだよ、これ……」

さすがにどうしようもなくて、
冷えたベランダでしゃがみ込む。











「准〜、准、戻って来いよー」

近所迷惑にならないようにとは思いつつも、
そうも言ってられず部屋の中に呼びかける。




そうしていたら、案外早く、
准一が両手で何かを持って、よたよたしながら歩いてきて、


……目の前で転んだ。


「…っっうぇぇぇぇぇんっまーくぅんっっいたいーーっ」

訴えながらも、
自ら起き上がって、両手で持ってきた。



。。。。。。。糸電話。




「…お前、なんでそれ持ってきた?」

「…っっまーくんとっもしもしするーっ……っ…」
勝手に泣いて、勝手に持ってきて、
そして、紙コップを窓にあてて、
「もしもし、まーくん、聞こえますかーっ」
と叫んでいる。


……むしろ、ないほうが聞こえやすいが。
准一が紙コップを耳にあてたのを見て、
「聞こえますよー。」と返事をする。


涙顔の准一が笑った。


それで落ち着いてここにいてくれるんだったら、もうそれでいい。
「今日の昼ご飯、何食べたいですかー?」

「……んーと、んーと、……オムライス!」

「はい、わかりましたー。」

「まーくん、さむくないですかー?」

「寒いよ」言いながら笑ってしまう。

「はやく、こっちきて」

「わかった。洗濯物干したらな」

昌行がそう言うと、
糸電話に耳をあてて聞いた准一はうんうん、と頷いて満足したらしく、

糸電話を置いた。


昌行も、仕方ないのでかじかんだ手で残りの洗濯物を干す。
















全部干し終わって振り返ると、

准一が、絨毯の上で、猫のように丸くなって寝ている。




ひとりでパニックになって危ないことをされるよりは、
マシだけれど、




「やりたい放題だな」
優しい顔で呟いてしまう。

勝手に鍵をかけて勝手に寂しくなって泣いて、
勝手に糸電話で満足して、
いつのまにか眠くなって眠ってしまっている。








「寒っ」
安心して我に返ると途端に寒さを感じ、
手を交差させて両腕をさする。


その目の前で、准一はすやすや。


「寒みーな……」
呟いて、くしゃみを1つしても、状況は変わらない。



































それから20分ほど経つと、
准一が目を覚ました。

「まーくん……」

目を擦って起き上がった准一は、

「まーくんまだこないぃぃっっ」
とまたぐずぐず泣き出した。



ベランダの窓枠に腰掛けていた昌行は、

「もうちょっと待ってろ」

と先の見えないことを言いつつ、

「それ、開けてくれてもいいんだぞ」とダメ元で鍵を指さしてみるも、

准一はわからなくて、ぐずぐず泣いているばかり。











またベランダから遠ざかって准一が走って行ったから
「おいっ准っっどこ行くんだよっ」
と止めようとしたが、今度はまっしぐらに走って行く。


「准っっどこ行ったんだよっ准!!」


窓を軽く叩いて呼んでも戻って来ない。
向かって行ったのは玄関のほうだ。
さすがに真っ青になって何度も呼ぶ。









しかし、顔が見えたとき、納得した。

だって、長野が准一を抱っこして入ってきたのだから。

「まーくんがこない」というわけのわからない説明を聞いただけであろう長野は、

「……何してるの?」
とベランダの窓に張り付いた昌行を見て、

すぐに状況を察しただろうに、少し笑いながら尋ねてくる。


昌行は、鼻水を啜りながらこたえる。
「准が鍵かけたんだよっ、開けらんないくせに。早く開けろよっ」

「え?何?」

「お前、わかってんだろ、俺、締め出されてんだよっ」

「そうなんだ」
言いながら准一を下ろした長野を見て、

「早く開けろよっ」と言う。

「わかってるよ」
長野は、焦り気味な昌行に苦笑して、

鍵を開けて、ガラス戸を引いた。
「ほら、まーくんにまた会えたねー」
准一に言うと、

「まーくぅぅんっ…」とめそめそ泣きながら准一が抱き付いてきた。

「お前、開け方知らないなら鍵締めるなよ……」
苦笑して言いながらも受け止める。



「どのくらい外にいたの?」
部屋で過ごすための薄着で、
くしゃみを2回して頬を寒そうに染めている昌行を見て、

長野が尋ねた。

「わっかんねー、寒みー……」
耳まで寒そうに赤くして、
うろうろしたかと思うと、
部屋に着るものを取りに行った。






その間に准一が、

「こうしたらあくんか〜」

と興味深く見ていて、博に訴えてきた。




フリースを着てきた昌行は、
「いいよ、鍵のかけ方まだ教えなくて」
と言っている。



「でも、もうできちゃったよ?」

長野が笑って言うとおり、

准一が、鍵を上げ下げして満足している。



「だったら、まあ、……いいけど……」
勝手に鍵をいじられて締め出された昌行は不満そうだ。
でも気を取り直して、
「准、これ、ひとりでやるなよ?
ベランダは、俺と一緒のときに出ような」と言い聞かせる。

「おんっ」
満足そうに頷いているが、聞いているのかいないのか。




























その夜。


剛を寝かせ終わって、

しばらくリビングで舞台の台詞を書き写していたら、








カチャ、と音がして振り向くと、
井ノ原の部屋のドアが開いた。


「…っ…まーくぅんっ…っ…」
えぐえぐ泣きながら、
よたよたとパジャマ姿の准一が出てきた。

「何?」
優しく問い返す。


そっと椅子を立って准一のほうを向いた。



「おねしょぉ…っっ…っ…」
小さな手で涙を拭っている准一の、
パジャマのズボンの真ん中は、すっかり色が変わっている。


「はいはい、泣かなくていいだろ?」
優しく頭をぽんぽんとやって、
小さな手をとって風呂場に向かう。

「…っ…ふぇっ……ぇっ……」




准一がしくしく泣き出してしまっても、
同室の井ノ原は疲れて寝ているとなかなか起きないので気づかないこともある。
そうなると、迷わず准一が部屋を出てくる。
もうそれはいつものこと。






泣いてぐずぐずの准一のパジャマを脱ぐのを手伝って

浴室で温かいお湯で、小さなお尻をちゃぷちゃぷと洗ってあげていると、


ようやく准一は泣き止んで、
温かい手で流してもらって、ほーっと安心しているのが見てわかる。




と、昌行が、油断して大きな音でくしゃみを2回した。




びっくりして、眠そうだった目をパチッと開けた准一が、
「まーくん、おかぜなん?」
と、前にしゃがんでいる昌行の頭をよしよしと撫でる。


そりゃ、寒いところに締め出されてたからな、とは言えずに苦笑して、
ずるっと鼻をすすって、
「大丈夫」
と言ってシャワーを止めた。




タオルで拭いてやると、
准一が「おきがえ♪おきがえ♪」とご機嫌で歌い出したので、

ヒーローもののプリントされたパンツを渡すと、ペタンと座って穿き始めた。


パンツだけ自分で穿くと満足したらしく、
「まーくん、やってぇ…」
と甘えて、こちらに来たので、

「いいよ」と
昌行はしゃがんで、
准一の前にズボンを広げてやった。

「はい、バンザイして」
パジャマの上も頭からかぶらせて着せてやると、
「よし。寝ような〜」
と准一を抱っこした。




もうすっかり目がパッチリしていたけれど、

抱っこすると、
「…まーくぅん…」と甘えてペタンと胸に頬をつけて寄り掛かって、
ふにゃ、と表情をゆるめてすぐにうとうとし始めた。


「おやすみ」

「…おやすみぃ…」

とん、とん、と優しく背中をたたいていると、
ようやく眠った。


そのまま自分の部屋に連れていって、寝かせた。
































翌朝になると、起きたときから鼻がつまっていて、
ベッドから起き上がるとふらふらする。

自分で額に手をあててみると、熱い。
すぐにわかるほど熱い。






隣のベッドの剛、同じベッドで寝かせた准一は、
まだ寝ている。








部屋を出て行くと、
もう長野が起きていた。

「長野、俺、熱…」

「ありそうだね」
長野が苦笑する。
二重が濃くなったというか、
どう見ても具合が悪そうだ。

「健のこと送ってってくれるか?水泳」

「いいよ」

「あと、准持ってって…」

「持ってってって何」
長野が笑っている。

「俺の部屋で寝てるから。
起こさなくていいからお前の部屋連れてって」

「ああ、そっちで寝たんだ」
状況を把握して、部屋に入ろうとして、振り返った。
「准も連れてこうか?健のこと送ってくとき」

「いいよ。絶対大変だからな」

健と准一をひとりで連れていくと、
2人ともあっちこっちに行くので大変だ。

「そう?」






長野が、准一をそっと抱き上げて出てきたのを確認して、

昌行は部屋に戻って、

「剛、剛、起きろ」

と背中をとんとん、とやった。

「ん……」

「今日サッカー行くんだろ」

眠そうに顔を上げた剛は、
「…うんっ」
とすぐに目をパッと開いて、
ピョンッと飛び起きた。








剛はサッカー。健は水泳。井ノ原は仕事。
あとは准一だけ。



長野が健を送っていく間だけ、
准一がおとなしくしてくれていればいいから、
寝込むにはまずまずの日だ。













結局、長野が、ベッドに准一をおろしたら、

准一は目をこすり始めて、

目を開けた。
「…ひろしぃ…?おはよぉ…」

「准、おはよう」

昨日、昌行の部屋で寝たのに昌行が隣にいないことは、
長野がすぐそばにいるから寝起きでは気にならなかったようで、
ひと安心。

「ほいくえん、おやすみ…?」

「そうだね、今日はお休みだね」

「おん…」
ゆっくりと体を起こしてベッドにぺたんと座った。

「今日は、まーくん風邪だから、そっとしてね」

「おん、わかった…」
寝起きだし、素直。












昌行は、すぐにベッドに倒れこみ、
気づかないうちに眠っていた。




























目を覚ますと、
家の中に物音が少ない。


もう井ノ原も仕事に行っただろうし、
剛はサッカー、健は水泳で、長野は送って行ってくれているところか。











と、少しずつ目が覚めてくると、

バーンッ!!

バーンッ!!

と何かがぶつかる音がリビングから聞こえてくる。





なんだ?と嫌な予感がして、

ふらふらと部屋を出た。


















音のする窓際に行くと、


二度寝中と思って置いて行かれたであろう准一がすぐに起きたのだろう、
パジャマ姿で、


ベランダに続く扉を、
端から端に、勢いよく押してバーンッ!!とぶつけて跳ね返るのを楽しんでいる。








「准っ」

ふらっとよろけながら、すぐに止めようと准一の体を抱きすくめた。

「危ないだろっ、やめろよ」

もう全然力が入らない。








力が入らないせいで、准一の体は捕まえたものの、
腕まで押さえられなかった。

「いやや〜」と
楽しくなった准一は、
自由が利く手で、

バーンッッ!!

ともう一度、引き戸を押した。



「こら、准っ、やめろっ、手ぇ危ないっ」

准一の左手をかろうじて掴んでも、

右手でまだバーンッ!!とぶつけている。

「こら、准」

力が入らないながらも、
窓から遠ざけた。

自分の腕が自分じゃないみたいに力が入らない。
力が入らないのに止めるのは自分しかいない。
准も長野に連れてってもらっとけば…なんて思っている暇もない。

「やめろって言ったの、聞こえてるだろ」

「いややっ」
准一は、ベーッと舌を出している。
全く素直に甘えてくるときとの差が激しい。


ふーっと息をついた。
「危ないのにやめなかったから、お尻ぺんぺんな」

「いややっっっ」
素早く逃げようとした准一だったが、

そこは熱のある昌行でもあっという間にひょいっと准一の体を持ち上げて、
正座した膝の上にうつ伏せに乗せた。
もうこれは体が勝手に。。。

「ぺんいやっっいややぁぁぁぁぁっ」
暴れる准一のパジャマのズボンもパンツも膝まで下ろして、
小さなお尻が簡単に出された。これもあっという間。



もう、熱があるのに俺は何をやっているんだと一瞬だけよぎりながらも、

大きな手は小さなお尻にヒュンッと飛んでいった。


パチンッパァンッッ!!パンッッッ!!
「…いっっ……っっっ………っっわぁぁぁぁぁんっっ」

パァンッ!パチンッパチンッパンッッッ!!パァンッ!!
「…いたいぃぃぃっ!…っっ…っっっうわぁぁぁぁぁぁんっっ!!」


准一はすぐに身を捩ってわんわん泣いた。

既に薄桃色の小っちゃなお尻を叩く手の力加減が、上手く一定にできない。
上手く力が入らなかったり、絶妙にスナップが効いてしまったり。。。


「准、危ないことはしない。怪我したら大変だろ?」
パチンッパチンッパチンッパァンッッ!!パァンッッ!!パァンッッ!!


准一は、っっびえーーーーーーーーっっ!!と小さな足をバタバタさせて
顔を真っ赤にして泣き出した。
力の入らないぺんが来る分、その後のぺんでお尻が一層痛くて痛くて堪え切れなくて、

効果テキメン過ぎるお仕置き。


大きな手が、的確にパチン、パチン、パチン、と
やわらかい小さなお尻の下部を包み込むように下りてくるだけで、もう我慢できない。


パチン、パチン、パチン、パチン、パァンッッ!!パンッ!パチンッ!
「っ〜〜〜〜〜〜!!いたいぃぃっっ…っっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!」

両足をバタバタ暴れさせて、

パチンッパチンッパンッッッ!!パチンッパァンッッ!!パァンッ!
「ごぇんなさいっっっ…っわぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!ごぇんなさいっっっ」

と必死。


「もうしないな?」

「しな゛い゛ぃぃぃぃっっっ」

手を止めて、小さなお尻を見やると、
ほんのりピンク色に染まって、ひりひりでもぞもぞしている。

「よし。お尻ぺんは終わり」

そっとズボンを引き上げてやると、
「ぺんいたかったぁぁぁ…っっ…」
と膝に伏せてぐずぐず泣いている准一が、
小さな手でそっとお尻をさすった。


意図せず、准一にとって堪えきれないお仕置きになってしまって、
「今度からは、危ないって言ったら?」

「すぐやめるぅぅ…っ…」とぐずぐず。

「よし、いい子だな」





そこへ、長野が「ただいまー」と帰ってきた。






長野がリビングに入ってきても、
准一は膝の上に伏せてぐずぐずしていて動かない。



「どうしたの?何やってんの、寒いでしょ」
引き戸が両側開きっぱなしの部屋と、
それから、熱で青い顔をした昌行の膝の上に伏せてべそをかいている准一を見て、
どちらの意味でも何やってんの、だった。



長野がガラス戸を閉めてくれると、



准一が、顔をあげて「まーくんがいっぱいおしりぺんしたぁぁぁ…っ…」
と訴える。



「風邪のまーくんにいっぱいぺんさせないの、准」
長野が苦笑している。

「おん…っ…まーくんごめんなさいぃ…っっ…」

「いいよ。今日は長野と遊んでろ。いい子にしてろよ」

ぽんぽんと頭を撫でて、

長野が昌行の膝の上から抱き上げて離すと、


「いややぁぁぁ…っ!!まーくんがいい〜〜〜っっ!!」


と准一は大泣き。



さっきは、ベーッとか舌を出して反抗していたくせに。

「准、まーくんは風邪だから、今日は休んでもらおう」

「いややぁぁぁぁっじゅん、だっこぉぉぉっっ!!」



あまりに泣くので、
もう一度昌行が受け取って膝の上に抱っこした。
「お前なぁ、ほんとに…」
呆れながら笑ってしまう。



「まーくんがいい…っっ…」だっこされると、
今度は離れないようにギュッとしがみつく。
「まーくん、じゅんがよしよしする…」

「はいはい、ありがとな」









しばらくして、さすがに休ませようと長野が抱き上げても、
「まーくぅぅんっ」とぐずぐず。

「准、おやつ食べる?」

「…いらないっっ…」

「はい、まーくんおやすみ〜」
長野が准一に手を振らせる。

「おやついらんっっ」

「じゃあブロックやらない?飛行機できたって言ってたよね?見せて?」

「…おん…ええよ…っっ」

ようやく機嫌を直しかけた准一に付き合う。
そんな日常。

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回顧録92 まんてん

November 22 [Fri], 2013, 22:33
「准、このミニカー片付けろよ」


エプロン姿の昌行が声を掛けても、
准一は「いやや。」とこちらに来ない。



何をしているかと思えば、
健と剛のテレビゲームを
周りをちょこまか動きながら見ているだけ。


「准。もうすぐご飯。
片付けろよ」

「まだ。」



昌行が困っていると、


横から長野が「准〜、
このミニカー片付けて〜」
と呼んだ。


准一は「は〜い!」
と右手を挙げて返事をして、

ご機嫌ですぐにこちらに駆け寄ってくる。




口をぽかんと開けているのは昌行だ。
「えっ?何…?え…なんで?」

せっかく片付けに来た准一に問うわけにはいかず、

長野のほうを見る。


長野は笑っている。



ミニカーをおもちゃ箱に入れてきた准一は、

「ひろし!行こ行こ!」

と長野の手をひいて、
部屋に入っていく。







部屋の中で、

長野がビンゴカードのような大きさの
黄色い紙を准一に手渡した。


カードには、きらきらのゴールドの星形シールが
5個、すでに貼ってある。


「ぽいんと!ぽいんと!」

目を輝かせて准一が見上げている。

長野がシールを一枚、
黄色いカードに貼ってやった。
「はい、片付けできたから
1ポイントね」

「やったー!」

両手を挙げて大喜びの准一。


「まーくんの言うこと聞いたときも
あげるよ。まーくんが言ったときも
聞いてね」

苦笑しながら長野が言う。

准一は目を輝かせて「おん!」
と頷いて、黄色いカードをまた
長野に預けた。















夕食のテーブルにつくと、
もう用意は整っていて、

向かい側に座っている健が
「はんばーぐっはんばーぐっ」
と嬉しそうにしている。

長野は、准一を抱き上げて椅子に座らせた。
「わーい!はんばーぐ…!」
と両手を挙げて喜んでいる。

向かい側では、昌行の隣で剛と健が、
「こっちのほうが大きい!ずるい!」

「あげないよ〜」

「昌兄〜…健のほうが大きい〜…」

「もっと食べたかったらおかわりあるから!」

「やったー!」

「「いただきまーす!!」」

と騒がしい。




准一も喜んで食べ始めて、

どんどん食べ進めても、

小さなにんじんのかけらだけが、
皿の端に追いやられている。





「准、にんじんも食べろよ、
少しでいいから」
昌行が向かい側から言うと、

本当はにんじん嫌だなぁ〜…
というのが表情に出ていて
小動物のような目で准一が
見上げたのは、長野。


「ぽいんと…なる…?」


「うん、にんじん食べたらあげるよ」
そう言って長野は、
准一の皿にあるにんじんを
箸でふたつに割って
小さい方を真ん中に置いた。
「これだけ食べたらあげる」

長野が言い終わるやいなや、
准一が珍しく素早い動きでフォークで口に入れた。

一生懸命飲み込むと、
「たべた!」
ときらきらした目で見上げた。

「偉いね〜!」

向かい側から昌行も
「食べれたな〜偉いな〜」
と手を伸ばして頭を撫でている。

にこにこと
嬉しそうにしている准一が、
思い出して長野を見上げた。
「ぽいんとっ…ぽいんと!」


長野がポケットから黄色いカードを出して、
准一に渡した。



昌行が顔を上げた。
「何だそれ」

「ポイントカード」
言いながら長野も笑っている。

「ひろしぽいんと。」

「ポイントってそのことか」
どーりで、さっきも長野の言うことは
聞いたはずだと昌行も納得。



続けて長野は星形のシールを出して、
准一が持っているカードに貼った。

「やったー!」

准一は大喜び。

「ねえ!ぼくもたべたよ!」
健が向かい側からアピールしている。

「うん、健も1ポイント〜」

「健も持ってるのか?」

「健は、何回渡してもなくしちゃうんだよ、カード」

「なんポイントかおぼえててよ、なぁのくん」

「はいはい」

「おれもたべた!」
剛が、隣の昌行の腕を引っ張った。

「もう全部食ったのか!?すごいな」

昌行に褒められて、ひゃはっと照れ笑いの剛。



昌行がふと長野を見た。
「…剛もポイント…?」

「剛のは元々カードないよ」
長野が笑っている。
「ほしかった?」

「ううん、いい!おれはさいしょから100ポイントだから!」

「えっ…!」
ガーンとショックを受けながらも、
准一が羨望の眼差しを向ける。
「ごおくんすごい…!」




准一の5歳の反抗期が始まって、
昌行がときどきイライラしているのが
見てわかっていたから、

ポイントカードを渡したら
准一が物凄くハマってしまって。

長野からシールをもらえるのが
とてつもなく嬉しいようだ。それで長野も嬉しくて。

















ある日。保育園から帰ってきた健と准一が
ブロックで一緒に遊んでいたかと思うと、

「どぅんっ!」

「びゅんっ」

と口での効果音付で、ブロックを投げ合い始めた。



当たっても痛くもない
軽い1ピースを投げ合って、

きゃっきゃっ

と楽しそうに笑い合っていたのだが、


次第に、ブロックで作った車やら
何やら塊を投げ合い始めて、



投げたブロックが床に落ちる度に、
ガシャンと大きな音が鳴っている。




「こら。やめろ」
昌行が気づいて、エプロンの裾で手を拭きながら
台所から出てきた。

ふざけ合いにしても、
大きめのブロックを投げ合うのは危ない。
「投げんのはやめろよ。危ないだろ」

健は、「はぁ〜い」とがっかりな声を出しながらも、
すぐにやめた。


兄弟の真ん中だけあって、
よく見ているから昌行が「危ない」と
言ったときにやめないとどうなるか
感覚でわかっている。

健は
「ごおー!それやりたい!」
すぐに、視界の端に入った剛のところに
気が散ったようで走っていく。



一方、准一は、
もう向かい側に健はいないのに、
意地になって床に向かって
ガシャン、ガシャン、とブロックを
投げている。


「准。やめなさい」
腕組みした昌行がこちらを見ていても、

准一は、
「いやや!まーくんうるさい!」
と言い返して、拾ったブロックを床に投げつけた。



昌行は、来た…まただ…。
と心の中でつぶやく。

「まーく〜ん♪」と素直に
付いて回っていた准一はどこへやら。

最近は、何を言っても「いやや」
「うるさい」なんて全否定。




昌行は、准一の前に行って膝を着いて目線を合わせて、
准一の両手を軽く掴んでやめさせた。
「准。ブロックで遊ぶの はいいけど、
投げるのはダメ。危ないだろ?」
言われている途中で
急に瞳にうるうると涙を溜めたかと思うと、

「あぁぁぁぁぁぁんっっ」

准一は大きな声で泣き出した。

急に泣き出すのも最近ではいつものこと。

「いややぁぁぁっ」

かと思えば、両手が昌行の手に包まれていて塞がってるから
いきなり小さな足で3回も、昌行の足を思いっきりキック。
「痛てっ…痛てっ」


ブロック遊びがやんちゃにエスカレートしてしまったくらいならいいけれど、
ひとを蹴るのはダメというのはいつも教えている。

大目に見られる一線を超えたので、
「キックはダメ」
とあっという間に、
准一を 抱き上げて、正座した膝の上にうつ伏せに乗せた。



一瞬の出来事に、准一がハッとして泣き止んだその隙に、
ズボンもパンツもするりと下りて、
小さなお尻が顔を出した。


「やっ……」
大きな手が小さなお尻を包み込むように、
パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!…
と叩いた。

途端に准一は、
びえーーーーっっっ!!
と泣き出した。

パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!
「…っっいたいっっ…わぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!」
小さな足をジタバタさせても大きな手は止まらない。

「准?俺のこと蹴っていいんだっけ?」
パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!パンッ ッ!!
「…っだめ…っっいたいよぉぉっっあぁぁぁぁぁんっっ」

「ダメだよな?人のこと蹴ったらダメって、わかるだろ?」
パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!
パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!
お尻の痛さに身を捩りながらも、
「あぁぁぁぁぁぁんっっ!!わかるぅ…っっいたいよぉぉっっ
…っっめんなしゃいっっ…ごぇんなしゃいぃぃぃっっ」
とわんわん泣きながらも素直だ。

昌行はすぐに手を止めて、
ほんのり赤くなった小さなお尻をそっとしまってやった。



准一は、昌行の膝に両手を着いて起き上がると、
すぐに自分から、向かい合わせに膝の上に座って、
ぎゅっと抱き付くと「まーくぅん…っ… 」と甘えてえぐえぐ泣いている。



そっと抱きしめて、大きな手で小さな小さな背中を撫でる。



保育園では、こんな風に暴れん坊じゃないし
癇癪を起して急に泣き出したりしないらしい。

保育園では頑張っていて、お家にいるときだけ。




「よしよし」
顔をこすりつけて甘えている准一の
頭の後ろをそっと撫でる。
膝の上で准一が安心して身をゆだねているのがわかる。





「昌兄、ごはんまだ?」

「あ!じゅん、ずるい!!」

お腹をすかせてしびれを切らした2人が、
こちらに来ると、

「じゅんだけずるい」

「おれもっ」

と2人で背中に乗っかってくる。





下りろとは言わずに昌行が
「今日の夕飯、カレーだけど」
と言った。


「カレー!?」

「早くたべたい!」

昌行の一言で、背中の二人は
大喜び。

「おれ、ごはんよそう!」
剛が真っ先に背中から離れて台所に行った。

「ぼく、スプーン出す!」
健も食器棚へ走っていった。



昌行は、准一をだっこして、
台所が見える位置に移動した。

剛が、青い踏み台に上がって
炊飯器の中の米を混ぜている。




井ノ原がちょうど、いい香りにつられて
部屋から出てきた。

「お腹すいたー!カレー!?カレーなの!?」

目を輝かせて昌行を見上げる。

「ああ」
昌行が頷くと、

「やったー!」
と大喜び。


「よしにい、カレーやってよ!」
ご飯をよそっている剛が、

大きな声で呼ぶ。
カレーを盛りつける人が必要。

「はいはーい」
歌い出しそうに軽やかな足取りで
井ノ原も台所に入っていく。



「じゅんもカレーたべるんでしょ?
おりればいいじゃん」
健がいつの間にか真下に来て、
准一と自分を見上げている。

准一は「じゅんはカレーたべたくない…!」
と言い出して、プイッと顔を背ける。



出た、あまのじゃく。



「えー!たべたくないの!?」
健が目を丸くしてびっくり。
「じゃあ准のぶんもたべちゃお〜」

うきうきしながら健が
自分の席に着く。


准一は「いやや〜…」と拗ねながら
昌行の胸に顔を伏せる。


「本当はカレー食べたいだろ?」

「たべたないっ」

「じゃあ、今はやめとくか」

昌行はあっさりと引き下がって、
准一を抱っこしたまま、テーブルに着いた。






テーブルの上には、5人分のカレーライスが
並んでいる。

「「「いただきまーす!!!」」」

と待ちきれない3人が、言い終わるや否や
スプーンを口に運ぶ。

「おいしい…!」

「うまい!」

「俺、おかわりする〜!」

「まだ一口しか食ってないだろ」
昌行が笑っている。



口をもごもごしたまんまの剛が、
向かい側の席から、
准一の分のカレー皿を

昌行の前もとい准一の前に無言で引き寄せて、

また自分の分を食べ続ける。



准一が昌行の腕の中でちらちらと3人の様子を見ている。

「じゅんもたべる〜…」

昌行の胸に顔を伏せたまま言う。


昌行が「はい、どうぞ」
と准一を抱き上げて、向きを変えさせて
テーブルを向かせて膝の上に座らせた。





いつものあまのじゃくに加えて、
だっこをやめてほしくないのに
素直に言えなかったのなんてわかっている。






「剛、ありがとな」

昌行が、剛にだけ聞こえるように言って、
剛の頭を撫でると、

剛は昌行のほうを見てニッと笑って、
またカレーを頬張った。





小さなスプーンで口いっぱいに頬張って、
准一は満面の笑みになって
口をもごもごさせている。

「うまいか?」

「おんっ!」

聞かなくてもわかるくらい、
にこにこして口の周りにところどころ
カレーをつけて夢中で食べている。






結局、准一が満足して自ら
「まーくんもたべて」
と他人事のように笑顔ですすめてきてから
ようやく、
自分の椅子に座らせて昌行も夕飯にありつけた。

その間にも、
井ノ原が真っ先におかわりをもってきたら、

「ずるい!」
「おれもおかわりしたいっ」

なんて、まだ一杯目を食べ終えていない剛と健が言い出して、

「まだたくさんあるから」

と昌行が止めに入ったり、
ぎゃーぎゃー楽しそうに騒がしかった。















数日後の朝。

井ノ原が健と准一を保育園に
送っていってくれるというので、

ふたりの着替えをさせていたときだった。





准一がいつものように、
上着のボタンを自分で留めたら、

上にボタンが1つずれて余っている。

井ノ原が、「准ちゃん、
ボタンずれてるよ」

と笑っている。

「やってあげようか?」

「いやや!」




珍しい。井ノ原相手にも
いやが始まった。





「…っうぇぇぇぇぇぇぇんっ」
准一がすぐに泣き出した。

「じゃあ自分でやってよ」
井ノ原が言っても、

「いややーっ!!」
と泣きながら地団駄を踏む。
「じゅんもできる!
じぶんでやる!」

そんな風に急に泣き出してきかん坊に
なっているのを、

昌行も長野も見ていた。




井ノ原が「…もう行かないと…」
と困っている。
准一が落ち着いてから
自分でやるのを待っていると
遅くなる。





見かねた長野が「准、今日は井ノ原に
やってもらって保育園行けたら、
ポイントあげるよ」と言ったのを、

昌行が、「いや、」とストップというように
長野の前に片手を出して遮った。

「…長野ごめんな」
別に、井ノ原や自分や止まらない准一を助けようとしたのを止めたかったわけじゃない。
「准、言ってくれたからわかった。
自分でやりたいんだよな?
自分でできるもんな?」

昌行に優しく問われて、
准一は、涙を拭いながら頷いた。

「井ノ原、ごめんな、健だけ送ってって」
眠そうな顔をした昌行が、
「准は着替え終わったらあとから
送ってくから」
と言った。





健はと言えば、

既に玄関にいて「まだー!?
もういくよー!」と今にも
出ていってしまいそうに
行く気満々だ。



井ノ原は足踏みしながら「わかった!
いってきまーす!」
と言ったかと思うと玄関に駆けて行く。
「健ちゃん待ってー!」







准一に何か言うとすぐに癇癪を起こされたり
「いやや」「うるさい」なんて
否定されて、余裕がないときは
イライラした気持ちになることもあるけど。



癇癪を起こしていればなおさら、
言葉で自分のことを伝えることが
まだ少し苦手な准一が、


珍しく「自分でやりたい」「自分もできる」と言葉にして伝えてくれたから、
そこは、できる限り認めてやりたい。



昨日の仕事のせいでまだ眠い昌行が、
眠そうな目をこすって
准一の前にしゃがんだ。

「ボタン、外すのも自分でやるか?」

「おんっ…」
ようやく泣き止みながら頷いて、
1つひとつ、小さな手で上から外している。



長野から見ても、准一が安心して
落ち着いているのがわかる。



「上と下、どっちから留めるんだっけ?」
昌行が問いかけると

准一は自信満々に
「したから!」
と答えた。

さっきは上から留めて間違えたけれど。
本当はわかっている。




もくもくと、不器用ながら
下から順調にボタンを留めていく。
ふわふわの上着につつまれた准一が、顔を上げた。

「………できた!」
すごくいい顔で。




「できたな〜!」
昌行が頭を撫でて、

横から長野も「できたね、よかったね」
と頭を撫でる。

「じゅんもできる」
自信をもってそう言って、
にこにこしている。

「准もできるもんな」

昌行がそう言って、

「じゃあ、保育園行くか」
と言うと、




急に瞳をうるうるさせて、
「ほいくえん、いきたない…!」
と今にも泣き出しそう。



でもこれは、ずっと前から、いつものこと。

お兄ちゃんの近くを離れたくないだけ。




昌行が急いでジーンズに適当なシャツを羽織って、
上着を着る。
ひょいと准一を抱き上げると、

「ひろし〜っ…」

と泣きながら手を伸ばす。

「行ってらっしゃい。帰ってきたら遊ぼうね」

長野に優しく手を振られて、

「…いってきます…」

と小さな手でかわいく手を振ったかと思うと、



「まーくぅん…っ…ほいくえんいかへん〜…」

と愚図りながら玄関を出て行った。

その日の帰り。

レッスンの帰りに昌行と長野が
二人で、健と准一を迎えに行った。

「おかえりー!!」

と元気よく出てきた健。

「おかえり!おかえりー!」
と長野と昌行の足元に順番に抱きついて、
大喜び。

准一は、靴を履く途中で、
「まーくんと、ひろし…!」
と喜んでいるものの、なかなか
靴が履けない。
ようやく履けて、
3人のところに来ると、



「まーくんっ、ひろしと
かえってきたん…!?」

と嫉妬。

「そうだよ」

「ずるい!まーくん、
ぽいんともらったん!?」

「いや、俺は…」

「まさにいは、さいしょから
まんてんだよね!
ねっ?まさにい?」

「え…?」
それには戸惑う昌行に

「ずるい〜!!」

と准一はジタバタしてる。

「准、手つないで帰ろう」

長野が手を出すと、
素直に手をつないだが、

「ひろしぃ〜、
なぁなぁ、まーくんはぽいんと
ためなくてもまんてんなん?」

と尋ねる。
長野は笑っている。







健から見て満点なら満点だよね、
と納得。




准一の反抗期の負担を少しでも
減らそうと始めてみた
このポイント。

実際には、反抗期に困っているどころか、
剛、健に続き3人目で、
心得てるし、ちゃんと見ている昌行に、
一歩先を行かれて少し悔しい。




「…でも、じゅんがひろしと
手ぇつないどる…!」
隣でぎゅっと手を握って、
昌行にも健にも嫉妬しているこの子は、
そんなことはもちろん気づいてもいないけれど。

「ひろしは、じゅんのぽいんとまんてん」
にこにこしながら准一が見上げている。
「まーくんもー」

「ぼくは!?」

「けんくんもー」
にこにこ顔のこの末っ子、今日はご機嫌だ。




准一から満点もらったならいいか、
と一緒に帰る、帰り道。

せんせーに…

November 21 [Thu], 2013, 6:44
「さっきはちゃんと話してたくせに……からかってます?」

もちろん、ひょろ長い印象の男性がそんな強気な言い方をする相手は准一だけ。
准一が執事や剛や健の前では普通に話しているのを目にしているから。




しびれを切らしたのは、1週間前に来たばかりのお堅い家庭教師。
執事や調理長が来てからは数か月経っていたが、
いまだに家庭教師は若い男性が来ては辞め、来ては辞めの繰り返しで、
この人で何人目かわからない。
黒い淵のメガネに、黒のスーツ、少し吊り上がった目。



剛と健には先ほどの言い方なんかできないほどのへりくだった接し方をしているのに、
准一に対してはそうできるのは、准一が喋らないからだった。両親に対してだってほとんど喋らない。
准一が人見知りを発揮して一言もしゃべらないものだから、
全くお勉強も進まない。かれこれ1週間。






おろおろして家庭教師をちらりと見上げてすぐに下を向き、涙目になる准一。


そして、その陰では、
剛と健が、後ろから、
家庭教師のジャケットの裾にハサミを入れて
刻んでいる。もちろん彼は気づいていない。

「できますよね!?ご挨拶くらい。他のお方がお話されるときのように、きちんとしてくださいよ、まったく…!
いつまでも黙っていないで何か言えよ!」
目の前に迫って来ての、威圧的な話し方に、
怖くなった准一は、
学習室を飛び出した。

「じゅん!」
健が呼び止める声とともに、
自らのジャケットの切れ端が床に散らばっていることに気づいた家庭教師の悲鳴が聞こえた。








































准一は、屋敷の者の目を盗んで、庭に出ると、
すぐに、赤い屋根の、6畳ほどの木の建物に走って行った。

既に泣きべそをかいている准一は、
涙をぬぐいながら、小屋の前で、「ポチ」と呼びかけた。


すると、“ポチ”という名前が似つかないほどとてもとても大きく、
大人の体よりも大きい、白いフサフサの毛並みの白熊のようなの犬が、
ゆっくりと出てきた。





泣き顔の准一の顔を控えめに舐める。

「いれて」

犬に向かってそう言うと、
入り口が准一の背丈ほどあるところから犬小屋であろう小屋の中に入った。








































「准一ぼっちゃまがいなくなった!?」


真っ青な顔の家庭教師から、ぼそぼそとした声で報告を受けた執事は仰天した。

いくら3人をみていたからといっても、
小さい准一ならいなくなる前にすぐに止められたはずだ。










今さらそんなことを言っても仕方ないので、
ことを大きくする前に、

「剛ぼっちゃまと健ぼっちゃまも一緒に探してくださいますか?」

と頼むと、剛と健は2つ返事で「「うん!!」」と揃って返事をした。



理由があったとしても、
話が大きくなって学習室を抜け出したことが父の耳に届いたら准一がお仕置きを受けるとわかっている。
まさか2人は、弟がお仕置きされてしまうのは望まない。もちろん執事だって同じだ。











坂本はすぐに、調理室へ向かった。

調理室への大きな扉をいきなり開けたから、

白い調理着姿の長野はすぐにそこに立っている人物を見つけて寄ってきた。



「どうしたの?」



何かあったのだと一目でわかる焦りように、
長野は静かな声で尋ねた。



同じくらい小さな声で言った。
「准一ぼっちゃまが、いなくなったんだ。
学習の時間に家庭教師にキツく言われて飛び出してったらしいんだよ」

「そうなんだ……」
あの人見知りの子が、屋敷の敷地の外に出たとは考えにくい。
だって、敷地のいくつかある門の周りにはたくさんの見張りがいる。
だからこそ、こうやってこそこそ探しているのだが。
「井ノ原でいい?」

何も言わなくても、探す手が必要なのだとわかり、
長野はすぐに話を持ち出した。

「ああ」






「井ノ原、ちょっと」






長野に手招きされて、

袖口がソースで汚れた調理着をぶかぶかに着ている井ノ原が
駆け寄ってきた。

「走らないでって言ってるでしょ」
長野が笑ってポンとお尻を叩くと、

「ごめんなさい」
とすぐにお尻を押さえ、またやっちゃったという顔をする。

「准一ぼっちゃまが、学習の時間に家庭教師に叱られていなくなっちゃったんだって。探してくれる?」

井ノ原がびっくりしたようだったのが表情でわかったが、
こそこそ話していた理由を察して、声には出さないでくれた。

「わかった」
子どもらしい高い声で、でもひそひそ声で返事をすると、すぐに調理着を脱ぐと同時にドアノブに手をかける。


「お前、その恰好じゃ寒いだろ」
坂本が、今にも走り出しそうな井ノ原の姿を見て思わず呆れた声を出した。

それもそのはず、
調理着が長袖だからといって、
中はラフな半袖のTシャツ姿なのだから。
さすがにその恰好では探しに行っては寒いだろう。

「でもっ、はやく准のこと探しに行かないとっ」
小声ながら早口で言う井ノ原に、

「屋敷の中で呼び捨てにすんなって何度言ったらわかるんだよ」
パンッとお尻を叩かれて、

「だって、……それどころじゃないでしょっ!他の人が見つける前に、早く見つけないと!」
と。正論。

「…そうだな。」

「これ着て行きなよ」
長野が、掛けてあった自分の紺のジャケットを井ノ原の肩に掛けた。

「ありがと」
ぶかぶかのそれを急いで羽織ると、
「おれ、庭にいってくる!」
と急いで駆けて行った。



それを見送ってから、

「なんか……どこにいるか知ってそうだな」

と執事が感心していそうに言った。

「わかるんじゃない?だって一番の友達だからね」
長野も笑っている。


長野がすぐに探し手として井ノ原に声を掛けたのは、
自分が調理室から今抜けるわけにはいかないという理由もあったけれど、
井ノ原ならすぐに見つけられそうだと瞬時に思ったからだった。






































井ノ原は、庭に出ていくと、
すぐに、赤い屋根の小屋へと駆けて行った。




この小屋を初めて見たときは、
何かの観測をするための簡易なお部屋か、
誰かがここに住んでいるのかと思った。

それほど、大きい建物だ。





「ポチ!元気か〜!?」

井ノ原は、小屋の外に出てきた大きな白熊もとい犬に飛びつかれ、
後ろに転びながら笑って撫でている。

そして、
「准は?いる?」
とポチに尋ねる。

まるで通じ合っているかのように、

ポチが小屋の入り口を顔で指したので、




井ノ原は背を低くして、
小屋の入り口を入って行った。






やはり、中では、ポチ用のクッションに抱き付くように、
丸くなって眠っている准一がいた。

外遊び用ではない、きれいなパンツに、
ふわふわの襟の付いたシャツ。
それを気にも留めない姿で、犬小屋の中で、
涙の跡がついた顔で眠っている。



ポチが、准一を包み込むように、
周りに寝転がった。

「一緒にねてたんだ?」

人間の言葉では返事をしないポチに話しかけつつ、


井ノ原はしゃがみ込んで、優しく准一の体を揺らす。

「じゅん、……准、起きて」




井ノ原のその声に、
准一が眠そうに、丸めた手で目を擦って
体を起こした。

「……いのっちぃ……?」

「准、みんな探してるよ。お勉強の時間なのにどうしちゃったの?」

聞き慣れた幼い声の井ノ原のその言葉で、
ぼんやりとしていた准一は、徐々に思い出したらしい。

「いのっちぃ……」
言いながら既に瞳に涙をあふれさせている。

「……どうしたの?」
言いながら、涙を手で拭ってやって「泣き虫だなぁ」と笑う。

「……っいのっちといっしょがええっ」
それだけ言うと、准一は抱き付いてきて、
わぁぁぁぁっと泣き出した。

「どうしたの?何かイヤなことあったの?」
抱き付いてきた小さい准一を受け止めつつも、急に泣き出したことに戸惑う。

「いのっちがせんせーになってやぁぁ…っっ」
びーびー泣きながら、本気でそんなことを言う。

「どうして?今のせんせーイヤなの?」

「…しらない…っっ…こわい…っっ…」

「怖くないよ、」

「だっておこったぁぁ…っっ…」

元々、本当はまだ学習をしなくていいのに、
剛と健がその時間、学習室にこもっていてそばにいないので寂しいと、
「じゅんもやりたい。」なんて言い出したから、
挨拶程度の練習だけをするためにこの1週間限定でとりあえず学習室に入れられただけの、

准一の話を聞いていても何のことなのかわからないので、


井ノ原はとりあえず准一をなだめて、
しゃくりあげている准一の手をつないで、

屋敷に入っていった。


すぐに、
数分前の自分と同じように駆けている坂本を見つけた。

「さかもとくんっ」

「井ノ原っ」
足を止めてすぐに井ノ原を見ると、
すぐ隣に准一がいる。

「准いたよっ」

「シーッだから、“准”って言うなって言ってるだろ」
慌てて坂本が飛んできて、小声で注意する。
そして気を取り直すように一呼吸置いてから、
「どちらに?」
執事用の口調で尋ねた。

「ポチの小屋」
井ノ原が代わりに答える。

ああ、あの“ぽち”というには似つかない大きな犬の大きな小屋か、
とすぐに納得した。



















准一を連れて歩いていると、
運よく剛と健に遭遇できた。

「あの家庭教師はどちらに?」

「どっかにげてった」
健が答える。
「いーっぱい、なんかもって」

本当に逃げたのだとわかる、屋敷から。

「せんせーいなくなったから、さくせんかいぎねっ」
剛が、坂本にそう言うと、
坂本の手を引いた。

「何の作戦ですか?」

「いいからっ」

そうして、空っぽの学習室へと、手を引いて入って行く。









学習室に入り、健と准一が椅子に座ったのに、
執事と調理師見習いが突っ立っていると、

剛が「すわって」

と自ら椅子を持ってきた。
坂本は途中で受け取った。
「ありがとうございます」

「そこにすわってよ」
まだ突っ立っている井ノ原に、
あいている椅子を指して剛が言った。

「はい……」
言葉遣いとか、どうすればいいの?っと言った風に、
坂本の顔色を窺って、
たまたま准一を発見しただけでここに同行してしまった井ノ原は
少し緊張している。准一とこっそり会わせてもらうことは多々あっても、
こういう場所で、准一以外の2人のぼっちゃまと向き合うことは普段ないのだから。
身分の違いを急に意識して固くなる。



剛が、窓際を向いた椅子に後ろ向きに膝を着いて、こちらを向いた。
「さくせんをはっぴょうします!」
あらたまったように剛が言った。

「ぼくがゆう!ぼくが!」

「…わかったよ!じゃあ、健がいえよ!」

そうすると、

健が井ノ原の前に歩み出ると、言った。
「せんせーになってよ」

「え!?」
井ノ原が目を丸くして、健と剛を交互に見る。

健は、当然のように自信満々に言う。
「だって、じゅんとお話できるでしょ」

「それはそうだけど……いやっ、ですけど……」

「じゅんもっじゅんもっ」
伝えたい気持ちが先走っても、言葉の続きが出て来ない准一に、

「じゅんもそれがいいよね?」
と健が通訳すると、准一は勢いよく頷く。

「おれと健は、だれでもいいもん……でも、じゅんがおっきくなるまでに、
せんせーになってよ」
剛が椅子の上から言う。





「急にいわれても……いやっ、言われましても…?おっしゃられても……?」
井ノ原は、もはや敬語も意識しすぎてよくわからなくなって、さらに急な提案にも混乱する。
「俺は調理師の見習いだし……あ、えと、です、し…?」






混乱して何かを言わなければと言葉を繋ぐ井ノ原とは違って、

准一はいつものように、井ノ原の足元にまとわりついた。

「じゅんのせんせーになってやぁ……いのっちぃ……」

うるうるした瞳で見上げて、本気でお願いされる。
准一のほうから何かをしてほしいとお願いされることは、
実はあまりない。一緒にやろうとか、そういうことならあるけど、
頼み事なんてなかなかないこの小さな友達に、
本気でお願いされると。。。先ほどの准一の泣き顔を思い出す。







「さかもとっ、なんとかしてよ!」
剛が、当然してくれるだろうというように言った。


「わたくしの一存では何とも……」
まだそんなことを、国王たる人物に提案したりできない。


健がすぐに椅子を下りて、執事の足元に来て、袖口を引っ張った。
「ねえ、だって、じゅんかわいそうでしょ…?
おねがい、このひとのこと、せんせーにしてよ」








「おれもやりたい。」
井ノ原がハッキリと言ったので、坂本は驚いて顔を上げた。
「おれもせんせーになりたい。」



その言葉を聞いて、「ほら!」「よかったね!」なんて言い合う小さいぼっちゃまたちを後目に、


「お前っ……そんなこと勝手に言ってもっ…」
と焦る坂本。

だって、この子は敬語もできないし、准一のことは「准」と呼んでしまうし、
そんなのほかの誰かに見られたらひとたまりもない。
それに、やりたいからといって何とかなるかどうか。。。







既にその気になって喜んでいるぼっちゃまたちを前に、何も言えない。


















執事は、どうしようか、などと考えながら悩んでいたが、

その夜、長野が部屋にやってきて、あっさりと、

「井ノ原に家庭教師の資格取らせることにしたから。
もう許可ももらっといた」

と部屋に入れるなり告げられ、

「は…!?」

と固まる。

「お前、どうやって……?」
急な展開に目を白黒させる。


医者ではなく調理長で雇ってもらったときに続き、
どんな交渉をすればそんな結果になるのかわからない。
そもそも、自分にとっては交渉すら怖いというのに。


「まあ、井ノ原に調理師は、向いてないんじゃないかなって、
ちょっと感じてたんだよね」
苦笑しながら話す長野に対し、

坂本はムキになる。
「そうじゃなくてっ、どうやって交渉したかって…っ」

「まあまあ、丸く収まるんだからいいでしょ」

「だって……え…??」

「とりあえず、明日から勉強させて3か月で資格とらせるよ。
その頃には、准一ぼっちゃまにも家庭教師が必要になるしね、
それが条件なんだよね」

「3か月…!?アイツって勉強できるのか…?」

「させるよ。自分でやりたいって言ったんだし、俺が教えるしね。
調理師の修行よりも、もっとキツイかもしれないけど」
准一のことを、脅かして泣かせるような者たちに、任せてはおけない。
入院のときから見ていて、もうすっかり情がうつってしまった。
井ノ原になら、任せられる気がする。


「大丈夫なのか?」

「その代わり、勉強は俺が教えるけど、
礼儀は教えてね、井ノ原が無事に生きていけるように」

「俺が!?」

「だって、俺も本業があるもん」

「お前、勝手に決めてきたくせに…」
言いながら笑ってしまう。随分なお願いの仕方だと。

「じゃあ、坂本くんは、井ノ原が無礼で追放されたりしてもいいんだ?
へ〜、ひどいな〜、小っちゃい頃から知ってるはずなのに」

「そんなこと言ってないだろ」
そう言いながらも、幼馴染のペースに巻き込まれていることに笑ってしまう。
















屋敷内では、ひっそりと上の人たちが知らぬ間に終わったような、
家庭教師に准一が泣かされてしまうという小事件の後に、

そんなに大切なことが決まった。

















そうして、翌日から住み込みになった井ノ原は試験のための過酷な勉強が始まったし、

准一は、しばらくの間、学習の時間にはまだ参加しないことにして、
剛と健が学習をしている間は執事の後を付いてまわったり、
調理室に行ってお手伝いと称して面倒をみてもらったりするようになった。











早朝に、まだ小さなぼっちゃまたちをベッドに残したまま、
起こす前の仕事を済ませようと、

ひとまず廊下に出て、階下におりる。




おそらくぼっちゃまたちには見つからないほど、
ぼっちゃまの部屋からは遠くに配置された、

井ノ原の、部屋のほうへと歩いていく。


きっと勉強を頑張っている頃だろうと思い、
声をかけようと思ってのことだ。





すると、真に今行こうとしている部屋のほうから、
「ごめんなさいっっ!!!」と必死に喚く子どもの声と肌を打つ音が聞こえて、
すぐに、びえーっっと甲高い泣き声が聞こえ漏れてきた。

この泣き声は、間違いなく井ノ原だ。






何事かと、ひっそりとドアを開けて覗き込むと、

中では、勉強机の前で、
長野の膝の上にうつ伏せに押さえられて、

こちら側にお尻を向けている井ノ原が見える。

既にかなり厳しくやられたところだろう、
小さなお尻はもう赤くなっていて、

「ごめんなさいっっっ!!きょおだけ許してよぉぉぉっっ」
と、わぁぁぁぁっっと幼く泣きながら井ノ原が小さな手を赤いお尻に伸ばしてかばったところだった。


「今日だけなんてダメ。」
と長野に手をよけられて、

赤いお尻を容赦なくピシャン!とやられて、

「うわあぁぁぁぁぁんっ」と大泣きで身を捩る。

「もう時間ないでしょ。ちゃんと1日1日、決めたことはやりなさい。
宿題、手もつけてなかったでしょ」

「だって…だってぇぇぇ゛っっ」

パァンッッ!!
「いたいよぉぉぉっっ」

「約束破ったら、お尻叩くよって、言ってあったよね?」





そのことについては、坂本も知っていて、
あまり手荒なことにはしたくないけれど、
もう時間もないし、この3か月間は、
「約束を破ったらお尻を叩くよ」という約束をしていたのを、
聞いていた。
どうやら様子を見る限りでは、昨日の宿題を井ノ原が放ったらかしていたのだろう。




「ごめ゛んな゛さい゛な゛あの゛くん〜〜〜っっ」

お尻が痛くて痛くてびーびー泣いている井ノ原だが、反省を促すように、

パンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッ…!!
と先ほどより軽めではあるにしても、素早く小さなお尻を包むように叩かれて、
途端に堪え切れない声が大きくなった。

「あ゛ぁぁぁぁぁぁっっ!!!ごめんなさいっっ!きょおからっやるからぁぁぁっっ
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

と両足をジタバタさせて、小さな身体を暴れさせて泣き喚くしかできない。







昨夜、坂本の部屋でうだうだしていた井ノ原を思い起こせば、
少し自覚を促すには可哀想だけどこのくらいは必要かもな、と思いながら

心を鬼にして、お尻を叩いている長野にも、
キツイお仕置きを受けて3か月後に備えていく井ノ原にも、

頑張れよ〜

と心の中でエールを送って、そっとその場を後にしようとドアを閉めた。





















“初めて”のフォローはお弁当

November 20 [Wed], 2013, 23:59
横長の木のテーブルに、
5人が席に着いている。
そのうち、3人はMCと他のゲスト、
左から、准一と昌行がいる。
パーカーに細見の黒いパンツという同じ衣装なのに、
前を全部閉じてまるでパジャマのようにブカブカで着ている准一と、
前を開けて白いシャツが見えて着こなしている昌行と、
全く見え方が違う。


手の平ほどの器からスープをすくって口に運び、
他の出演者が口にした。
「おいしい!」

「う〜ん……これもおいしいけどな、まーくんののほうがおいしい。」
准一は、昌行に言うように言った。

「バカッ、お前…」
隣で慌てる昌行に、
周りは苦笑するしかない。





この話が来たとき、
「准に食レポは無理!」
と、ありがたい話ではあるけど、
マネージャーには必死に言ってみたけれど
まさか断ることなどできるはずもないし、今さらだった。



プロデューサーが、
以前、昌行お手製のお弁当を准一が満面の笑みで食べているところを見て、
それであまりに美味しそうに幸せそうに食べるので
白羽の矢が立ったのだそうだが、

准一は、ある程度なんでも食べるには食べるけど、
人見知りだしそんなに上手なコメントができるはずもない……
と同時に不安になり、
「絶対に“まずい”って言うなよ、絶対だぞ」
と始まる前にこっそり何度も言い聞かせていたのだけれど、

この様子だ。

本人は(“まずい”って言ってない)とでも言うようだ。


周りのフォローでなんとか誤魔化したが、
その店の撮影が終わってカメラが止まった後、
「“まーくんのほうがおいしい”もダメ」
と店を出た後に准一に付け足して言うと、

准一は不思議そうな顔をしつつも頷いた。







そんなのが放送されてしまったものだから、
雑誌の質問コーナーで、


「准くんは、まーくんのお料理で何が一番好きですか?」
とか

「お兄ちゃんが作ったお弁当の写真見せてください」
とか、

そんな質問が殺到した。





そのことは昌行には伝えずに、
雑誌の撮影の日にマネージャーが
「明日はお弁当を持たせてください」
と昨日、連絡してきたものだから、

准一は、今朝から
「まーくんにおべんとつくってもらえるー」
とルンルンだった。







出がけに、

「俺はいい!」
「おれも!」

剛と健の分も作ってやろうとしたら、
……というか、もう詰めてしまったのだけど、
いらないと断られた。


この年齢で、しかも仕事上普段はお弁当も出るのに、
兄に弁当を作ってもらっているなんていうのが、
みんなに知られるのは恥ずかしい。


家まで迎えにきたマネージャーに、
「写真撮らせなきゃいいでしょ。
“剛くんと健くんも持ってきてます”なんて
誰も言わないよ」

と説得されて、
渋々のように頷く剛と健を見て、

昌行は「写真って…?」

と尋ねる。

「准が“まーくんののが美味しい”とか言うから、
お弁当の写真を見せてくださいって、
ファンからリクエストが来てるんですよ」

「は!?もっと早く言えよ」

「いいえ、十分、じゅ〜ぶん過ぎるくらいです、いつもどおりで」



そんな話をしていると、
お弁当を3つ渡し終えた昌行に、

准一がエプロンを引っ張って、
「しんじょーさんのは?」
と見上げる。

「え?」

「俺のはいいよ、行こう」
神成さんにそう言われて、
すぐにパッと振り返って
「行ってきまーす!!」
と玄関に走って行く。


剛も健も、本当は嬉しいのに、
ぼそぼそと行ってきますと呟くように言って
付いて行く。








そのお弁当の写真が、

「タコさんウインナーは、すでに准一の口の中」
というコメントと満面の笑顔の准一の写真と一緒に
掲載されると、

美味しそうなだけでなく、プチトマト、ハンバーグ、卵焼き、……
などなど入っているものは定番なのに、
まるで芸術作品のようにキレイに詰められた弁当の写真に、

さらに感想が殺到した。










「なんでオムライス、くまさんにしたの?」
発売前の写真を見せてもらって、
長野が笑っている。
黄色に、ケチャップで口、のりで目と鼻が形作られているお弁当は、
まるで子供向け弁当だった。

「え?うさぎとかのほうがよかったか?」

「…准は、もう保育園児じゃないよ」

「……別にいいだろ」
今気づいたとでもいうように、恥ずかしそうに言う昌行に、

兄離れじゃなくて弟離れできていないのは、
むしろこっちのほうか、と思いつつ、

「剛と健のも同じ?」

と尋ねると昌行が無言で目を逸らした。
准は喜んでカメラの前に見せてるけど、
2人は開けたとき恥ずかしかったんじゃないかなぁと、
長野は苦笑する。











実際のところ、
剛と健は、撮影の合間に、
お弁当を開けると……

「げっ……」
開けてすぐに、かわいらしいクマが見えてもう一度蓋を締めた剛と、

「あ、クマだー」
と喜び気味の健。
「俺、うさぎのほうがよかったなぁ」

「…クマとかうさぎとか恥ずかしいだろ」
剛がそう言うから、

「そうだね」と同調したけれど、それはそれで嬉しいだけの健。

2人とも、お弁当が嬉しいのは一緒なのだけれど。







































さて、剛・健・准一のドラマ出演が決まり、
心配はしていたけれど、
自分も忙しすぎてよく話を聞く前に、
顔合わせなどが動き出してしまって、

ようやく今日、別の階にいるらしいと聞き、昌行がふと思い立って様子を見に行った。



廊下を歩いて行くと、

何さら騒がしい声がドアの向こうから聞こえる。



「准一くん!こっちに来て、ここに座って!
大丈夫、変な髪型にしたりとかしないからっ」



騒ぎの原因は間違いなくわかって、

一応、ドアをノックして入った。




「まさにい!」

剛と健がすぐに気づいて、こちらを向いた。

「おう」

それから、若い女性のヘアメイクさん、
困惑気味で慌てているその人に、
「おはようございます」と頭を下げた。



健のおさがりのトレーナーを着ている准一は壁に背中をぴったりつけて、
これ以上ないくらい後ろに下がって泣き顔で固まっている。



准一を指さして
「どうした?」
と剛と健に説明を求める。




役に合わせて髪を切ることになり、
そのことは准一も全然嫌そうではなかったとのこと。
でも、メイクさんに切ってもらいましょう、
ということになった途端、

椅子から下りて逃げる逃げる。

人見知りを発揮して、メイクさんに
「髪型、勝手に変えられるのが嫌なの?」
と聞かれても無言で首を横に振り、

「絶対に大丈夫だから、かっこよくするからここに座って」
と言われても無言で首を横に振り、

椅子に座らせようとすると逃げ回り、
とうとう泣き顔で目も赤くして
壁を背につけてその場を動こうとしなくなったという。


「俺が切ってるのも、見てたからね、
痛くなかったでしょって言ったんだけど……」
健も困り気味だ。







「准。ちゃんと、そこに座って、切ってもらいなさい」

「いややぁっ、まーくんがええ……まーくんがやってやぁっ…」
既に泣いている准一が、べそをかいて言う。

メイクさんにとっては、ようやく発した声を聞いたといったところか。


「俺じゃなくても切ってもらいなさい。怖くないから」

「いややぁっ」

「わがまま言うな」





何が起こっているのか、イマイチよくわからない、
といった表情で見ている可哀想なメイクさんに気づき、

昌行が申し訳なさそうに言った。
「すいません、コイツだけ、ずっと俺が切ってやってたんで……」

「え…?」
その言葉に、ようやく状況を理解したらしく、
「えぇっ!?」
二度目の驚きの声をあげた。
「それって……今までずっとですか?」

「ええ」
恥ずかしそうに頷くと、

さらに「えー!すごい!」と大きな反応が返ってくる。
「こんなに上手に切れるなら、お兄ちゃんのほうがいいか…」
ひとりごとのような、納得気味のつぶやきが聞こえる。






「まーくんやってやぁっまーくぅん……」
うるうるして甘えたように、准一が一歩近づいて見上げてきても、

「ダメ!」と一喝して手を引く。

鏡の前の大きめの椅子に無理やり座らせ、
「ちゃんとやってもらえ」
と手を放した。

「いややぁっまーくぅんっっ」
今まで苦手な散髪を我慢していたのは、
まーくんがやってくれていたから。
それを、他の人、しかもよく知らない人にされるとなると、
我慢できない。それに、せっかくまーくんが来たのに……。

准一が椅子から立ち上がると、

「ちゃんと座ってろ」と昌行が肩を押さえて元に戻す。

自分がやってやることはできるけど、
これからもずっとというわけにはいかない。
「仕事だろ」

「だって……まーくんがやってやぁぁっ」

泣きべそでまだ抵抗する准一を見て、ため息が出る。



「時間は、まだ大丈夫ですか?」
昌行が尋ねると、

メイクさんは「時間は大丈夫ですけど……」と戸惑い気味だ。
誰か他人に髪の毛を切られるのが嫌だというような、
そんな子どもはなかなか見たことがなかっただろう。

「今日は、まだ撮影じゃないから、髪切ったら終わりだよっ」
健が口を挟んだ。

剛はそんな様子を黙って見ているけれど。




「ちゃんと座って、切ってもらうか、
お尻叩くか、どっちがいい?」
恐い顔でそんなことを言われても、

准一は「…どっちもいややぁ…っ…」
ととりあえず、座ってはいるけれど、
下を向いて手の甲で涙を拭って泣くばかりだ。



もう、少しずつ大きくなっているし、
泣くほど嫌がることじゃないだろうと昌行は思っていたけれど、
どうやら実際は違ったようで。





メイクさんが、髪の毛が付かないように、
バサッとカバーを着せようとすると、

それだけで嫌がって椅子を逃れて立ち上がる。


そこを、あっという間に、
昌行に捕まって、

小脇に抱え上げられた。

「いややぁぁぁっ」
全力で足をバタつかせて大暴れの准一の、
細身のパンツに包まれた小さなお尻をパチンッ!と叩く。

途端に、両足が跳ねて、暴れるのが止まった。

「いたいぃぃ…っ…っ…」

「髪切ってもらうくらい、できるだろ?」
昌行だって、平気だった2人とちがって
今までこのことに向き合う機会を作らなかったのはわかっているから、
なんとか話してわかればそのほうがいい。


でも、
「いややぁぁっ」
准一は意地になって大きな声で叫ぶ。

「わがまま言うな。仕事だろ」
それと同時に、

パンツの腰を掴んで無理やり下ろされ、
下着も膝まで下ろされて、
丸出しの小さなお尻を

パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!!…

と大きな手で下から覆うように叩かれる。

「いたいっっ…いたっ…いたいぃぃぃっっっ」

大きな手がお尻の真ん中に当たる度に、
あまりの痛さに手足が跳ねる。

パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!
「ふぇぇぇぇぇっっっ…いたいぃっいややぁっ…いたいぃぃっ」

小っちゃなお尻があまりに軽々と大きな手にスナップをきかせてパンパン打たれて
赤くなっていくのを見て、
剛も健も後ずさる。

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…

いとも簡単に手首を返してパンパンお尻を叩かれているのに、

准一は痛くて痛くて、びえーーーーーっっ!!!と泣き出して手足をバタつかせているのだから、

傍から見ると怖いお仕置きだった。


パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…
「まーくんごめんなさいっ!!!いたいぃぃぃぃっっあぁぁぁぁぁぁぁんっ」


ようやく手が止まって、
お尻がひりひり痛む。


「髪切ってもらうの我慢できるな?」

「いややぁぁっ」
お尻が痛いから、ごめんなさいとは言ったものの、
それは嫌。

嫌だというと、
真っ赤なお尻がさらにパンパン…と叩かれる。

びえーっと泣いて「まーくんっまーくんいたいぃぃぃっっ!!」と大泣きで足をバタつかせる。
真っ赤なお尻の、痛いところを包み込むように
指先に力を込めてビシバシと叩く手は、止まらない。
お尻の下部を叩かれると顔を真っ赤にして泣き喚く。

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…
「いたいよぉぉっっいややっっいたいぃぃぃぃっっうわぁぁぁぁぁぁんっっ!」

「どうする?ちゃんと、髪切ってもらうか、このまま尻叩きか、どっちがいい?」

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…
「いややっだって……うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっっいたいぃぃぃっっ」

“だって”も続かないほど、小さなお尻の双丘は真っ赤。
大きな手は、真っ赤ですっかり熱くなったお尻をまだまだ厳しく弾く。

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…
「いたいよぉぉっ…っうわぁぁぁぁぁぁぁんっっもおおしりぺんいややぁぁぁぁ!!ごめんなさいっっ!!うわぁぁぁぁぁぁぁんっっ」


昌行が手を止めて、
准一を下ろしてやると、

「我慢できるな?髪切るのなんて痛くないんだから、
そっちのほうがいいだろ?」

と言い聞かせる。

さすがに、
真っ赤な小さなお尻をさすって泣きじゃくっている准一は、ようやく頷いた。
顔も涙で濡れて頬も赤く染めて、

ズボンをようやく上げてもらって
ひりひりのお尻でようやく椅子にそっと座ると、

今度はカバーも大人しく掛けてもらって、
泣き声をあげながら髪を切ってもらっている。








何がそんなに嫌なのか、
とりあえず、他人に髪を切られるのを准一が嫌がっているのは
わかっていたけれど、
どうしてそんなに嫌なのかはよくわからず、
今日まできている。




准一は泣きべそをかきながらも、
後ろで見ている昌行にまたお尻を叩かれるのは嫌だから、
お尻がひりひりの今は我慢している。












それが終わると、
メイクさんを「…ありがとうございました…」
と泣きべそで送り出してから、

「ほら、全然嫌じゃなかっただろ?」

と昌行に言われると、

むぅぅっと唇を結んで、
ふいっと昌行に背を向けて座り込んで、膝を抱えて下を向いた。

「いやや…っもういややぁ…もおおしごとせえへん…」
いじけて拗ねてめそめそ。





「なっ…そんなに嫌だったのか?」

昌行が言葉を返しても、
准一から返事は返ってこない。

「准」

呼びかけても拗ねて無視。




「昌兄、大丈夫だよ」

そう言った剛のほうを向くと、
剛が普段と変わらないように続けた。

「ねえ、何持ってきたの?」



昌行が入って来てから、

そこのテーブルに置いたもの。

「ああ、弁当」
ようやく我に返って、
そう答える。


「お弁当!?やったぁっ」
コンビニじゃなくて済むと大喜びの健と、

「クマじゃないやつ、また作ってよ…」
と素直じゃない喜び方の剛。

「今日はクマじゃないから」
とようやく昌行も笑う。


「じゅんのは!?じゅんの……おべんと…」

いつの間にか、准一は立ち上がってこちらを向いている。

「准のもあるよっ」
健が差し出すと、

急にほくほくの笑顔になる准一。

「まーくんありがとお」
すっかりご機嫌を直してニコニコの准一に、

少しホッとして昌行が「ああ」とこたえる。








































そこを出て、
自分の仕事に戻ってから、

一部始終を話して「もおお仕事せえへん」なんて言われた話を長野にしたら、

「拗ねただけでしょ」と笑われる。

「やっぱり仕事させんの早かったじゃねえかな……」

「またそんなこと言ってる!」
今度は、そこしか聞いていなかったはずの井ノ原が明るく入ってきて、
何事もなかったかのように通り過ぎて行った。


「ほら、井ノ原にも笑われてるよ」

「なんで笑うんだよっ俺は真剣にっ…」

「真剣に悩まないでよ。絶対大丈夫だから」

その後も二言、三言と昌行を宥めるのに苦労するのは長野の役目。



















一方、剛と健と准一は、
移動の車の中でお弁当を開けたら、

バランスを崩して、
食べている途中で准一がお弁当をひっくり返して……

「あー!」

「あーあ、落ちちゃったね」

「……じゅんのおべんと……」
うるうるして固まる准一に、

「おい、さっきも髪切んの嫌だって泣いてたくせに、また泣くのかよ」

「ないてへんっ」

「俺の少しやるから泣くなよ」

「ないてへんよっごおくんっ」

「俺のもあげるね」

「…ありがとお」

大好きなお弁当のおかずを分け合うお弁当タイム。

「おべんとたべたら、なんのおしごと?」

准一が口いっぱいに食べ物を含んだまま喋る。

「……わすれた」

「なんだっけ?」
な2人に、

「CMです」

と苦笑して答えるマネージャー。

「CM!おべんとたべたらがんばる」
にこにこな准一と、
もちろん、剛も健も。













CMの現場に着いたら、
何度か慣れたスタッフに、

「あれ?准ちゃん、もしかしてさっき泣いた?」

と聞かれて、

「おん。髪切るのまーくんやないからぁ、いややってゆうたらぁ、
まーくんにおしりぺんされてん」
なぜか得意げな准一に

「威張ることじゃないだろ」
と突っ込むスタッフ。

「おん、でももお大丈夫!」

そんな会話が、裏話として雑誌に載ってしまったから、
「ほら、大丈夫だったでしょ」
と長野に言われて、
ホッとしている昌行と、
それをみて安心している長野。

「准ちゃん、実はお尻ぺんぺんで泣いた後の撮影ですが
CMはバッチリ」なんていう余計なコメントも付いていて、

「もうなんでもいいや」と笑っている昌行がいた。

そばにいる幸せ

November 19 [Tue], 2013, 0:27
「まーくん、おなかすいたぁ」

「あ?お前、観に来たんだろ」

「おん。なんかつくってぇ」

「俺、これから本番なんだぞ?」

「おん」

「なんで俺が……」

「だって、おなかすいたぁ…」

「…ったく……」






楽屋で、学生服姿でソファに座っている准一は、
ミュージカルをまた観に来たかと思えば、ご飯をリクエストしている。






バスローブ姿の昌行は、あれこれ言いながらも、カセットコンロをセットしながら言う。
「お前、別に毎日観に来なくてもいいんだぞ?」

「おん」
ニコニコしてそう頷いているけれど、
きっと仕事がない時間だったらこれからも毎日でも来るだろう。

数日前なんて、急だからいつも席があいているわけではなくて、
舞台袖で観ていたなんていうこともあった。


剛と健は、一度は3人で一緒に観に来たけれど、
もちろんその1回だけだったのに、
准一は、ほとんど毎日来る。


「雑炊でいいか?」

「おんっ」



レンジでチンのごはんをあてにして、
常備してある調味料で足りるだろうと思い聞いてみると、
准一は嬉しそうだ。




そうやって準備をしていると、

准一は楽屋を出てふらふらとどこかに行ってしまったようで、

振り向くともういない。

「…ったく…作らせるだけ作らせといて……」








































廊下に出ると、
もうほとんど毎日見知った顔のスタッフが、
「お、准ちゃん、また来たの?」
と笑顔で声をかける。

「おん」
にこにこしてすれ違えるほど、

よく顔を合わせている。








































なかなか戻って来ないので、
昌行は、楽屋を出た。

「准!できたぞ!」

呼んでみると、

准一が慌てて走ってくる。











その姿は……、

「あ!こら!お前…!!!」

その白い服……

「何、勝手に衣装来てんだよ!」

水兵さんのセーラー、紺のリボンの……

だけれども、准一には大きすぎて、両手が隠れているのはさておき、

裾も充分長すぎて……

「引きずってる!」

少し離れたところにいた准一のところに慌てて飛んで行って、
しゃがんで捕まえて止めた。


昌行は、裾を掴んで見ると、

「裾、黒くなってんじゃねえか!」

と青くなる。




まあ、准一が引きずったらそうなるだろう。




声を聞きつけて楽屋から顔を出した長野も井ノ原も、
(やっちゃったか…)という顔で見ている。





「なんで勝手に着たんだよ!」

「きてみたかった…」

「着てみたくてもダメ!」
昌行は青くなって、
「代わりの衣装……」と言っていると、

そばを通りかかった担当が「大丈夫です」
と言う。

「ありがとうございます。

…とりあえず脱げ!」

汚れてしまった真っ白いズボンをさっさと脱がせて、衣装担当さんに渡す。

「大丈夫ですよ。あ、上も、替えあるんで、そのままでも大丈夫ですよー」
落ち着いている衣装さんに、ひとまず救われる。









その2人からは少し離れたところで、

白いセーラーに、パンツ一丁でボケッと立ってる准一を見て、

井ノ原が「准ちゃんならさっきのよりも、白い短パンのほうが似合ったんじゃないの?」

と長野に言った。

「そういう問題じゃないでしょ」

言いながらも長野も苦笑する。


確かに、昌行の胸くらいの位置にも背が届かない准一には、短パンのほうが似合う、
なんて思っている場合じゃないけれど。








「勝手に衣装着て汚したらダメだろ」

「だって、きてみたかったぁ……」

「水兵さんのお仕置きは、お尻叩くんだぞ」

「え……いややあっっ!!」

准一は白地に紺の入った、水兵さんの衣装のまま、
昌行に小脇に抱えられて、

「いややっっいややっ……ひろしい!!!!ちがうやろ?おしり……」

と助けを求める。





「そうだよ。水兵さんは悪いことしたらお尻叩かれるんだよ」
長野が苦笑しながらそう言うと、





その間に、パンツを下ろされてすっかりお尻丸出しになった准一が、慌てて
「いややぁぁぁぁっっ」
と足をジタバタさせる。






それを全くものともせず、

昌行の大きな手が、准一の丸出しの小さなお尻を叩いた。


パァンッッ!!!!

「っっ!!!!」


びくんと跳ねて目を潤ませている間に、

もう一度、
小さなお尻の丸みに合わせるようにカーブを描いた大きな手が、

パァンッッ!!!!

とお尻を叩いた。

「…っやぁぁぁっっっ!!!」

パァンッッ!!!!
「いたいぃっっ!!」

はぁーっと右手に息を吹きかけたかと思うと、
続けて小っちゃなお尻に手を振り下ろす。
パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!
「いややっ!いたいっ!いたいっっ!…いたいぃぃっっまーくぅんっ」

甘えて泣きべそをかいている准一は、
小さなお尻を赤く染められ始めて、

大きな手がお尻に降ってくる度に、びくんと足が上がる。
ひりひりと痛くてたまらない。

「もう水兵さんになっちゃったんだから、悪いことしたらお尻叩かないとな?」
パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!
「いややぁぁっごめんなさいっっ!ごめんなさいっっいやぁぁぁぁぁっっ」

びえーっと泣き出して両手両足をバタつかせるが、
昌行にがっしり押さえつけられて赤いお尻が逃げられない。
背中の大きな襟がはためく。

「まだまだ。水兵さんのお仕置きは厳しいんだぞ?」
パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!パァンッ!
「いややぁっいたいよぉぉっっ!いたいぃぃっっもういやややぁぁぁっ」

びーびー泣いてお尻を逃がそうとしても、びくともしない。
ほんのり赤いジンジン痛むお尻に、大きな手が続けて降ってくる。

パン!パン!パン!パン!パン!パン!
「いややっっいやぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
それだけ叫んだかと思うと、

びえーーーーーっっ!!!!

と大泣きで思いきり足をバタつかせる。

パン!パン!パン!パン!パン!パン!…

それでも大きな手が、お尻の下部を包み込んで厳しく続けて叩く。
手が止まらないとわかると、


パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!
「ごめんなさい!ごめんなさいっあぁぁぁぁぁんっっ!まーくぅんっ!」

パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!
「…っもおすいへーさんやめたぁぁぁっっ!!!まーくぅぅんっっ」


と泣き喚く。



その一言がかわいくて笑ってしまって、
手を止めて下ろした。



目の前で、赤いお尻を両手でさすって、
パンツを上げることも忘れてひーひー泣いている准一は、

昌行が笑ったことになんて気づく由もない。




「…っぇっ…ぅぇっ……」
准一がぐずぐず泣いていると、

通りかかったスタッフが、

「准ちゃん、またお尻ぺんぺんされちゃったね」

と笑っている。

准一は泣き顔で見上げて、

一丁前に「“また”って言わんとってえっっ…」
と文句を言っている。
そう言いながらも、小さな手は、セーラー服の裾から覗くひりひりのお尻をさすっているけれど。

「もおやめたから…ぬぐ…っ…」

ひっくひっく泣きじゃくりながら准一が言うので、

周囲を見渡して学生服を探すと、


衣装を掛けてあったところの下に、
黒い学生服が広がって、無造作に投げ捨てたかのように置いてある。


「お前、畳むとかしろよ」
呆れつつ笑って言うと、

「おん…」
と一応返事は返ってくる。






「坂本くん、そろそろ準備しないと……」
井ノ原がそう言う。



准は…?と言いたそうに、准一が見上げてくる。

「お前、その泣き顔じゃ、客席行けねえだろ」

素直に頷く准一の前にしゃがんで、

「ほら、早くパンツ穿け」と上げさせる。


そして、片足でよたよたしながら学生服のズボンを履いている准一に、

「お前は飯食ってろ」

と言うと、


准一は涙顔のまま、にこっと笑って頷いた。







再び楽屋に一緒に連れていって、

昌行が着替えようとしていると、

准一が、突然バスローブのお腹にばふっと抱きついてきた。



(急いでる。俺、急いでる)

と自分に言い聞かせながらも、

「まーくぅん…」

と甘えている末っ子を受け止める。




小さな背中を撫でていると、

「すいへーさんって、たいへんなんやなっ」

と急に顔を上げて、見上げてまっすぐな目で見つめてくる。




もう中学生なんだから、さすがにわかっているだろうと、
思いながらも、その真剣な目に笑う。

「まあな。俺、着替えていい?遅れると大変なんだぞ」

「おん」

素直に離れて、「じゅんは、ごはん〜」

と鍋の前に座る。






昌行が楽屋を出る頃には、

はふはふしながら食べ始めて
「いっへらっはい…!」
と送り出された。





幕間に戻ってみると、

お腹がいっぱいになったのか、
横向きに寝転がってすっかり眠っている。




その姿を見て、思わずふっと笑ってしまう、そんな夜。

回顧録91 せいぎのみかた(V6家族)

November 17 [Sun], 2013, 1:08
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「「「ただいまー」」」


珍しく3人が揃って帰ってくると、
准一が玄関に転がり出てきた。
「ひろし!ひろしっ、おかえり!!」

「ただいま」

「ちょっとちょっと、准ちゃん、おれも帰ってきたんだけど」

「長野だけかよ」

「あ、いのっち、おかえり。まーくんも」

にこにこと、おかえりと言ってはくれたが、
昌行に至ってはまるで付け足し。


長野が靴を脱いで、玄関を上がると、

准一は長野の横にぴったりくっついて、
「なあ、なあ、ひろしっ、きょうも、かいじゅうとたたかったん?」
と目を輝かせて見上げながら付いてくる。

「今日は戦ってな……」

長野が言いかけたところで、
全く足元を見ていなかった准一が、
リビングに入るところの段差で、べしゃっと思いっきり転んだ。

「大丈夫!?」

「……っだいじょぶっ」
すぐに起き上がってまたキラキラした目で見上げてくる。
「きょうはたたかわなかったん?」

「うん」

後ろから来た昌行が、少し拗ね気味に
「今日は、リハやって番組の収録してただけなんだからな」
と言った。軽くあしらわれるようなお出迎えに少し寂しくなった昌行が
そんな風に言っても、

准一は「きょうはかいじゅうおらんかったんやなっ」
と満足そうにして、相変わらず長野のそばにぴったりくっついて歩いている。










このところ、ずっとこの調子だ。










「ひろしぃ、おふろ、いっしょにはいろっ」

「うん。でも、“まーくん”先に入れてあげたほうがいいんじゃないかなぁ」
長野が苦笑しながら振り返ると、

准一も一緒に振り返って首を傾げた。
「ん?」

「さっき汗だくになってたから」

「准も一緒に入るか?」
昌行がそう言うと、

「ひろしとはいる」
とあっさりフラれる。








「……剛と健は?」
出て来ないところを見ると、何かやっているに違いないと
嫌な予感がしながら昌行が尋ねるも、
准一は、きょとんとしている。



慌てた昌行が歩いていくと、
風呂場の前で、足を止めた。

「あ……」

思わず唖然としてしまうほど。

風呂に続く扉が、真っ黒なもので何かを描かれて埋め尽くされている。



よく見れば、風呂場の床に硯と墨汁を広げて、

剛と健が裸足で袖を捲って、それぞれ大筆と小筆を持って
物凄く楽しそうにしているところで、

目が合った。

「「あ……」」
2人とも、見つかったら怒られるとわかっていたようで、
マズイという顔をして見上げている。

「…何してんだ、何してんだよっ」
慌てた昌行が、2人の腕を掴んで止めると、

「だって、習字道具、洗ってただけだよっまさにいっっ」
剛が反論する。

「だったらなんでこうなるんだよっ」
手を放して、呆れつつも咎める。

確かに硯は置かれているけれど、
途中から遊びに走ったのが目に見える。
墨汁が足されているのが明らかだし、
風呂場の扉の、
しかも、風呂場の内側ではなくて外側が真っ黒だ。

「ごおがさきにやったんだよっ」
健が慌てて反論する。

剛が焦って、健の肩を押す。
「なんだよっおまえもやっただろっ」

「だって、ごおがやったからっ」

「やめろ!」
昌行が間に入って、
それぞれ、ご丁寧に濡れないように脱いでおいたのかパンツ一丁の2人のお尻を、

パァンッッ!!

パァンッッ!!

と叩いた。

「いたいっ………!!」

「っっあぁぁぁぁぁんっ」

剛はお尻を押さえて必死に泣くのを我慢したが、
健はすぐに甘えたように泣き出した。

「2人でやったんだろ?」

昌行に言われて、

剛が口を結んで泣きそうな顔で頷いて、
健が「2人でやったぁっ……」
と泣きながら言った。

「こんなとこに書いていいのか?」

「だめ…っ…」

「ダメだろ?」

「ごめんなさい……っ…」
健は謝りつつもちゃっかり、
抱きついてきた。

恐らくその手じゃ抱きつかれた昌行の服も墨汁で汚れるが、
そんなこと気にしていたらこの子たちの相手はできない。





最近忙しいから寂しかったのなんて、聞かなくてもわかる。






「ねえ、ねえっ、…っ…おしりいたかったぁ…っ…」
甘えてお腹のあたりに抱きつく健のお尻を

「はいはい」と笑ってポンポンやりながら、

剛も呼び寄せようとすると、





その前に准一が覗き込んで
「せっかくおふろあらったんにー……」
と不満そうにしている。



今日お風呂掃除をしたのは、准一だったか。




准一のその一言に、剛が余計に機嫌を損ねて、
「うるさいよっ」と甲高い声を上げた。せっかく帰ってきた昌行にいきなり怒られて拗ねたか。
目は赤いし頬も赤くて、泣いていないのが奇跡なほどの顔。
「しょうがないじゃんっ」

「でも、そうじするまえにやってたらな、…」

「うるさいよっじゅんのばか!」

剛が怒って、筆を投げつけた。

「いたっ…」
それが当たって准一が怒りだす前に、



「こら、なんでお前が怒るんだよ」
と冷静に昌行が剛の体の前に左腕をまわして捕まえた。

「なんでっっだってっっ…」
昌行に捕まって情けない顔で涙目で見上げている間に、

スッとパンツが下ろされてお尻は丸出し。
あっという間に、

小さなお尻に合わせるようにカーブさせた大きな手が、
下から弾くようにお尻を

パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!

と叩いた。

「っっっ!!!」
暴れる間もないほどの素早い3打に、
「うわぁぁぁぁぁんっっいたいよぉぉっっ」

と、とうとう剛は泣き出した。

小さなお尻は既にほんのり赤い。

「怒って物投げるのはダメって、わかってるだろ?」
パンッ!  パンッ!  パンッ!  パンッ!  パンッ!
「いたいっっ…いたいよっっいやっっ…やだっっ……あぁぁぁぁぁんっ」

剛が痛さに身を捩っても、昌行の左腕はガッシリ押さえている。

パンッ!  パンッ!  パンッ!  パンッ!  パンッ!
「いたいよぉっごめんなさいっっ……っごめんなさいぃぃぃっっ…」


無力に小っちゃなお尻を大きな手で覆うように叩かれて、
泣きながらジタバタする。
「もうしないっっもうしないぃぃっ!!」


ようやく手を止めて、

昌行はすぐに優しく赤いお尻をしまってあげた。

「うぇぇぇぇぇぇんっ……」
剛は泣きながら、不恰好に、ひりひりのお尻をさすっている。
「じゅん、ごめんねっ…」

「いいよ」
ぽかんと見ていた准一はすぐにそう言ったかと思うと、

長野が「准!一緒に明日の学校の準備しよう!」と呼ぶと、

「はーい!」と走って行った。







「まさにいごめんなさいぃぃぃっ…」
剛がびーびー泣いているのは、甘えている証拠。

そっと抱きしめて小さな背中を撫でると、ホッとしたようにギュッと抱きつく。
「…っ…ひっく……っ…」

「剛、今日は学校で何書いたんだ?」

「川…っ…じょうずにかけたんだよっ」

「あとで見せて」

「うんっ」

「おれもっ、おれもっ」
健が横から抱きついていく。

「健はまだ習字やってないだろ」

「やってないっでもおれもだっこっ」

「はいはい」
笑って両側で2人を抱きしめて、

「風呂入るか」と言うと2人とも喜ぶ。






昌行が、着替えを取りにリビングを通ると、

「拭いとくから入ってきなよ」
長野がそう言ったので、








今は3人の楽しそうな声が風呂場から聞こえる。




























「なあなあ、いのっち」

「なに?」

「ひろしが、きゅうにいないとき、おしえてなっ」

「え?」
問い返しながら井ノ原が笑っている。

「しゅつどーしてるかもしれんっ」

ふふふと笑いながら「わかった」と言うと、

「なんでわらうん!?いのっちのほうが、ひろしといっしょにおるやろっ」
と准一は真剣だ。

「そうだね。わかった」

井ノ原が頷くと准一は満足げだ。








「准一隊員っ、お手伝いお願いしますっ」

キリッとした声で長野が風呂場から呼ぶと、

准一は、「らじゃ」とピシッと答えてすぐに来た。


「この、下のほうを消してください」
任務を与えるように雑巾を渡すと、

准一は「らじゃっ」と嬉しそうに言って受け取って、
拭き始めた。


中から、昌行と、剛と健の楽しそうな声が聞こえるから、
途中で、4分の1ほどちゃんと拭き終わった頃に、
うらやましそうにしている。


「准も“まーくん”と一緒に入る?」
長野が准一の気持ちを察してそう言うと、

「じゅんはひろしとっ」
と頑固だ。
本当は昌行とも一緒にいたいくせに。























その後、食事も終わってそろそろ寝る時間になると、


昌行が、「准、歯みがきしたか?」と言った。


「した」


嘘。ずっとそばについて離れなかったのだから知っている。
「准、歯みがきしに行こう」

長野が言うと、

「おん……」
と応えづらそうに頷いて付いていく。

「お前、したって言っただろー?」

「してへん…」

昌行には都合の悪そうに返事をして、
長野に手をひかれて付いていく。

寝るときにはいつもどおり、井ノ原のところで寝たのだけれど。






























みんな寝てしまってから、
昌行が言った。
「なあ。准、お前の言うことばっか聞くよな」

少し拗ねた様子の昌行に、

「今だけだよ」

と長野が苦笑する。
今まではずっと、“まーくん”“まーくん”と付いてきていたのに、
このところはまるで蚊帳の外だ。







































そんな日々の中、
ある日、目まぐるしいほど忙しい仕事を必死でこなしている中で、

電話があって小学校に呼び出された。

准一くんのことでお話ししたいことがありますなんて言われても、
いつもならすぐには行けないけれど、
今日ならなんとかなりそうだ。

「さかもとくん、だいじょうぶ?」

忙しすぎるスケジュールの合間に呼び出された昌行を気遣って井ノ原が心配しているが、

「大丈夫だよ」

と応えてすぐに向かった。
給食がないからと言われてお弁当をつくって送り出した今朝は、
まさかそんな呼び出しがあるなんて思いもよらなかったけれど。















面談室のようなところに通されると、

知らない男の子と、そのお母さんと思われる人と、

それからシュンとしている准一がいた。

「遅くなってすみません」

と昌行が頭を下げると、

担任の先生から事情を説明された。


准一が、急にお友達を突き飛ばして、
運悪くその子がロッカーの角に腕をぶつけて怪我をしたと。
なるほど、同じクラスのようだが小柄な准一よりは大きい目の前の男の子は、
肘に包帯のようなものを巻かれている。

何人かの子が突き飛ばしたのを見ていたと。
でも准一からはまだ何も聞いていないということだった。




「怪我をさせてしまって、申し訳ございませんでした」
昌行はすぐに頭を下げた。



急に突き飛ばしたと聞いたと、
その母親と思しき人が言ったので、

昌行はしゃがんで准一に目線を合わせて「准、そうなのか?」
と優しく聞いた。

准一は、ポロ、ポロと涙をこぼして、何も言えない。
うん、とも違う、とも。

その様子から何かあったのだとわかる。
「ちゃんと聞くから、どうしたのか、俺に教えてくれよ」
昌行が優しく尋ねる。向こうの母親が何か喚いているが、

准一は小さな泣き声で話し出した。
「たくみくっのことっおしてっごめっ…なさいっ……」
昌行が頭を下げているのを見て本当に悪いことをしたと思った。
「…じゅん…っにおとーさんとっおかーさんいな…っっぃっていったっっからっっ…
ちがっっ…てゆうたっっけど…っっ」

「なにがちがうんだよっ、じゅんのおとーさんもおかーさんもきてねえじゃんっ」

“やめなさい”とその子の母親の声が聞こえた。
准一の言葉と、その子の言葉で、
何があったか大人にはすぐわかるほどだった。

「じゅんっ…おとーさんとおかーさんはっ……っがいこ…っくだっ…しっ…
じゅん…っ…まーくんもっ…ひろしもっいのっちもっ…おる…っ…し…っっ
ごおくっ…も…けんく…っもぉ…っっ…っ…だか…っっ…さみしくなっ…いてぇっ…
ゆ…った…のにぃぃ…っっ…」
いないんじゃない、っていうのが上手く伝えられなかったのと、
やはりずっと離れて暮らす父と母のことを言われてむきになったのだろう。

「本当はお父さんもお母さんもいるのに“いない”って言われて嫌だったから、
突き飛ばしたのか?」
昌行がそう尋ねるとすぐに頷いた。

「嫌なこと言われても、突き飛ばしたらダメだろ」
パンッと昌行が准一のお尻を叩いた。

「ごめんなさいっ…っっ…」

「本当にすみませんでした。お怪我は…」
大きい怪我をさせていたら殊更にマズイと思い、怪我の具合を聞こうとすると、

相手の子が
「ずるいよ!なんでじゅんには兄ちゃんがきてくれんの!?」
と言い出した。




高貴な服装の母親は、その子を宥めながら
「怪我のことはもう結構です」と
下を向いていて、



担任の先生が、それを聞いて、
相手の子と准一に仲直りの握手をさせた。



相手の母親はバツの悪そうに下を向いて
子どもを連れて部屋を出て行った。




「…まーくぅんっ…ごめんなさいぃぃ…っっ」

昌行が抱きしめると准一は声をあげて泣いた。



まーくんが来てくれたのがうれしかった。
助けてくれたのがうれしかった。
たまにはお父さんとお母さんがいないことを意識して寂しくなることもあるけど、
ほとんど寂しくなんてないのに、
“准はお父さんとお母さんいないんだろ、さみしいやつ”とからかわれて
悔しくてどうにも上手く伝えられなくてこんなことになったけど、

やっぱり寂しくなかった。




担任の先生の話では、相手の子は
お兄さんが引きこもりで、逆に准一のことが羨ましくてからかったのだろうと
いうことだった。
まあ、そういうこともあるだろうけど……










昌行の車の後部座席に乗った准一が、
帰り道に言った。

「てぃがは、じゅんがこまったときは
きれくれへんの?」

ぼそぼそと不満そうに言うその言葉を聞いて、

昌行も少し落ち込んでいた気持ちを忘れて言った。

「今頃、きっとホリイ隊員の新しいモンスターキャッチャーのために
作戦会議してんじゃねえの?」


ついこの間、覗き見させてもらった台本。
きっと今日放送の分だ。


「え?そうなん?」
准一は、昌行が言うと半信半疑。








准一を家に連れて帰って、
ほんの少しだけ家にいて仕事に行こうとすると、


ちょうどティガの放送が始まって、


「え!!まーくん!!!ほんまにっっっ」

と准一が興奮して昌行の服の袖を引っ張った。

「なんだよ」
昌行が笑っている。


本当に、テレビに昌行が言ったとおりのことが出てきたから。


「まーくんっなんでしってるんっっまーくんもっ、GUTSなん!?」

「……秘密だ」

「え!!!!!」



最近、長野の言うことばかり聞く准一に
多少嫉妬していたから、

返事を濁してみたら、

准一は、テレビを見つつも、
昌行をちらちら見て、落ち着かない。

「行ってきまーす」
昌行がすぐに仕事に出掛けようとすると、

剛と健は「「いってらっしゃーい」」と普段通りだが、

准一は「まーくんっまーくんもいくん!?」と興奮している。

「それは秘密」
昌行が笑っている。
「じゃあな」

「いってらっしゃい…」
准一が、なんともいえない顔で見送る。








































「准に可哀想だったかな……まだ小っちぇーのにお父さんとお母さんと離して……」


夜中、一部始終を長野に話した末に、落ち込んでいる昌行。


「またそんなこと言ってるの?」
苦笑してしまう。
「准もだけど、3人ともお兄ちゃんといるのは幸せだと思うよ。
それに、自分が離したんじゃないでしょ」


ちびたち、特に剛が、
昌兄と暮らすのと、お父さんとお母さんと暮らすのと、
どちらかだと話をされて、

迷うことなく昌兄を選んだので、

それがきっかけでこういう方向に進んだのだけど。


「そりゃそうだけど……」
また夜中になって悩んでいる。

「きっと間違ってないよ。いろいろあると思うけど……」





寝る前に、実は、長野は昌行から聞く前に、准一から一部始終を聞いてしまっていた。

そりゃ、准一が怒ったのは、もちろん、お父さんとお母さんのこともあるだろう。

でも、准一が言ったのは、自分にはまーくんもひろしもいのっちも剛くんも健くんもいる、なんていうことと、

お仕事や料理みたいなお父さんお母さんみたいなことはできないだろうと言われての反論が
「まーくんはごはんおいしくできるしっ、おせんたくもおそうじもみんなできるしっ、
かっこいいおしごとしてるしっなんでもできる!
きょうのおべんともまーくんがつくった!じゅんのまーくんはすごい!」
というもので、

それで嫉妬で怒った相手の子のほうが言葉が進んでいて途中でわけがわからなくなって
上手く言葉で返せなくなって突き飛ばしたりしてしまったようだったのだから。。。
准一から、「それにひろしはうるとらまん!」って本当は言いたかったなんて言われて、
もちろん父母がいなくて寂しいときもあるだろうけど、心配しすぎかななんて思えてしまった。




「まあ、准が突き飛ばすほど怒ったのは、たぶん寂しかったからじゃないよ」

「え?」

「まーくんはすごい、って准が言ったのに、相手の子が反論したからだよ」

「なんだそれ」
なんだかよくわからず力が抜ける。

「それに、准になんか言ったでしょ、今日」

「え?」

「准が、「まーくんもGUTS?」って聞いてきたよ」

「お前ばっかずるいからな」
昌行が笑った。

「“まーくんは助けに来てくれたからせいぎのみかた”だって」

「じゃあ少しは…」
なんて言って昌行が笑っている。























数日後。

昌行が、早く帰ってくると、

准一が「まーくん、おかえりー!」
と玄関まで迎えに来た。

剛も健も顔を覗かせて、
「「おかえりっ」」とお出迎え。

「まーくんっ」
准一は話したいことがあって、
昌行の横について歩きながら続ける。
「あのなっ、カタカナのなっ、ンが書けるようになった!」

「すごいな!」
大げさなほど喜んで頭を撫でる。

「みて!みて!!」
准一は、大喜びでリビングのテーブルに駆けて行って、
背伸びして取ったノートを広げて見せる。
「こっちがソでぇ、こっちがンなんやって!どっちもかける!」

「すごいなー!もう自分の名前もカタカナで書けるな」

「おんっ」
得意げに頷いて、
ノートに書いてみせた。

とても上手とは言えない字だけれどちゃんと書かれていて、
「すごいなー!」
と抱きしめて褒めると、

准一は頬を染めて満足そうだ。


「おれもかけるよっ」
健が横から言った。

「健ももう書けるもんな。えらいなー」

昌行に頭を撫でられてへへへと満足していると、

剛が「けんは2ねんせいだろ」と言っている。

「いいの!」健は満足そう。








夕食後に、長野が帰ってきて、
准一が「ひろしおかえりー!!!」
といつものように出迎えた後、

定位置のように戻って、昌行の膝の上に乗っかって、
テレビを見ている。

「准、風呂入るか」
昌行が誘うと、

「ひろしとはいるー」

とあっさりフラれる。

「じゃあ、俺入ってきちゃうね」
長野が准一を連れて行く。

「……なんでだよ」
ぼそっと呟く昌行に、

長野が言った。
「正義の味方は、普段は注目されないんだよ」

「……」
納得しかけたが、
「お前はされてるだろ」
と笑って突っ込む。

その言葉に笑っていると、

既に、早々と脱衣所に行った准一に、
「ひろし、はやくーー!!」
と呼ばれる。

「はーい!」

正義の味方も多種多様。
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回顧録90 5歳になったら…?

November 16 [Sat], 2013, 2:51
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「ぎゅうにゅー、ぎゅうにゅう〜」

小さい准一が、昌行のパジャマのズボンを掴んで引っ張る。

「准、誕生日きたら、5歳になるんだよな?
5歳になったら、哺乳瓶やめるんだぞ?」

「おん」
にこにこして頷いて、
牛乳の入った哺乳瓶を昌行から両手でもらう。



そして、すぐに井ノ原に渡した。
「はい、准ちゃん行こう〜」

「おやすみ…」
あくびをしながら振り返って、

昌行が「おやすみ」と送り出したのを確認して井ノ原と手を繋いで部屋に入って行く。
















長野が台所の入り口から、言った。
「そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」

「だって5歳で哺乳瓶咥えてる奴、見たことないだろ」

「まあ。でも、准は准だしね」

「でもっ……」
剛も健も、そんなことなかったのに、と顔に書いてある。

「寝る前だけだし、いいんじゃないの?他の子の前でやってないし」

「でも、ちゃんと毎日言ってるから大丈夫だ、きっと」
昌行の言うとおり、ここのところ毎日、
もうすぐ誕生日で5歳になることのほかに、
5歳になったら哺乳瓶をやめるんだよ、というのを毎日言い聞かせている。

(何が大丈夫なのか…)と長野は呆れ半分苦笑気味だが、
昌行はその気らしい。

















あくる日。


「じゅんもひろしとねるっ、ひろしと〜」

「じゃあっ、じゃあぼくっ、まさにいとねるっっ」
健は、長野を取られたような気持ちになってそう言った。

剛は、それに対しては何も言わないけど、
「まさにい、いっしょにねようね」
ともちろんだよねというように、手をつないで見上げる。

「ああ、一緒に寝ような。健も一緒にな」

「けんもいっしょでもいいけど……」
不満そうに口を尖らせたが、渋々頷いた。




今日は、井ノ原がいないから、
寝る前に、准一が長野のところにすぐに寄ってきた。




長野は、准一が何も言わなくても、
哺乳瓶に牛乳を入れて持ってきてくれて、

一緒に部屋に入った。

眠そうながらも、よたよた歩き回りながら、
「ひろしと、きょうはひろしと」
と嬉しいようで何度も何度も、長野に伝える。

「そうだね」

「じゅん、ひろしとねる」

「うん、一緒に寝ようね」



お布団の上で、
Tシャツ姿で、絵本を読む準備をしてくれるために座った長野の膝の上に、
准一はちゃっかり抱っこされるように座って背中でしっかり長野の体に寄り掛かって、
蓋の淵が黄色の哺乳瓶を両手で持って温かい牛乳を飲んでいる。

飲んでいる途中から、既に目がトロンとしていて、

(准は絵本はいいかな?)と思い、長野は持ち上げかけた絵本を置いた。



だんだん、本当に眠そうで、力が入らず哺乳瓶を落としそうになっているので、
「もういいの?」と優しく声をかけてそっと哺乳瓶を持って放させて置いた。


そうしたら、特に哺乳瓶を離されても不満そうな様子はなく、
半分目が閉じている准一は本能のままに向きを変えて、
正面から寄り掛かるように、額を付けて、小さな手でTシャツを掴んだ。

毛布生地の白いスリーパーの、あったかそうな小さな背中を、
優しく、とん、とん、…とたたく。
甘えるように、ぎゅ、と掴んでいた小さな手は、
だんだんと力が抜けて、


そうして、寝息が聞こえるまでは、そう時間は掛からなかった。



一番心配していて一番よくわかっているはずなのに
一番焦っている兄と比べて、
少し違う見方をしてしまうのは、自分だからか。
こうやって本能のままに寄り掛かって安心して寝てしまう准一を見ていると、
何もかも自然なのに。








































翌日。


「あ〜〜〜っっこらっっ准っっ!!」

昌行の大きな声が風呂場から聞こえる。








井ノ原が思い当たるふしがあって慌ててすっとんで行くと、

あろうことか、准一が、風呂場の蓋の上にのぼろうとしているところを、
昌行に捕獲されている真っ最中だった。


「だめっっっ」
と昌行が准一を抱え上げてお尻をパァンッッ!と叩いて、

准一がびえーーーーーーっ!と泣き出したのとほぼ同時に、


井ノ原が言った。
「ごめんっさかもとくん、ごめんっ、俺、風呂入ろうと思って、
扉開けたまま部屋に戻っちゃった…!」



とりあえず、井ノ原のその言葉に答えるよりも准一に教えるほうが先とばかりに、
昌行は

「風呂場に勝手に入ったらダメだろ!?」

と、その場に膝を着いて、准一を膝の上に乗せて一気にパジャマのズボンを下ろして
お尻を丸出しにさせると、

パンッッ!!パンッッ!!パンッッ!!…

とお尻を叩き始めた。

「っっっうわああああああああああんっっあぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ」


小っちゃなお尻をすぐに赤く染められて
准一は大泣きで身を捩り、足をバタつかせてひどく暴れる。


「危ないだろ。ダメって言ってただろ?准?」

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…
「わぁぁあああああああんっっ…っめ゛んな゛しゃいっっごめ゛んな゛しゃいっっ」
必死に叫んで、びえぇぇぇぇぇぇぇっっと大泣きの准一に、

ようやく手が止められた。



赤くなった小さなお尻をしまってあげていると、

井ノ原が「ごめんねっ俺……」とお仕置きの一部始終を見てしまって動揺しながら声をかけてくる。



「ったく……気を付けろよ」
厳しめの顔で言われて、

「うん、ごめんなさいっ」
と頭を下げると、

「頼むぞ」
と優しい声が聞こえて頭を撫でられて少しホッとする。



准一は、相変わらず膝の上に伏せたままお尻を小さな両手でさすって、
「まーくんっ……おしり…ったい〜〜〜」
とびーびー泣いている。

そっとお尻をポンポン撫でる。
「なんでお尻痛くしたかわかるか?」

「おふろ……っじゅんだけっ…っったからぁっ」

「そうだよ」

「もう…っっっぃないっっ」

「よし、いい子だな」

膝の上に起こされて、
ぎゅっと抱きしめられると、


准一は泣くのをやめた。








ようやく泣きやんだので、そっと腕を放すと、


准一が「…まーくんっ……っゅうにゅうっ…」
と要求してくる。


「え?もう?」

もう寝てくれるのは全然いいんだけど、

剛も健も部屋に入れてからか、長野か井ノ原にいつもはこっそり渡してあげるか、
別の部屋であげるか、一応気を遣っていた。
温かい牛乳が入った哺乳瓶。

「ぎゅうにゅっっ…ぎゅうにゅう!」
ぐずぐず泣いた後だから、強く要求してどうにも後に退かない。

「わかったわかった。今、用意するから」






長野が出掛けていて他2人に手がまわらないし、
まあ、プライドみたいなものは、末っ子には関係あるかどうかわからないけど……

とは思いながら、
すぐに用意してきて、
「はい、どうぞ」と台所を出たところで、

しゃがんで、准一に渡した。


准一がそれを両手で持っているのを見て、


健が「あ、じゅん、まだほにゅうびんなの?」
とすぐに見つけて声をかけてきた。


准一がおずおずと頷くと、

健は「ほにゅーびんは、赤ちゃんだけなんだよっ」
と言った。
「じゅん、あかちゃんなの?」

「ちがう!」

「じゃあ、なんでほにゅーびんなの?」

「〜〜っ」

「やっぱりあかちゃんじゃん」

「ちがう!!」

「じゅん、あかちゃんなんだ〜」

「ちがう!!まーくぅぅぅんっっ…けんくんがぁぁっあかちゃんってぇぇぇっ」

さっき泣き止んだばかりなのに、
またぐずぐず泣き出して昌行を呼んだ。
「まーくぅぅんっ」

「だって、ほにゅうびんは赤ちゃんだけだよね?まさにい?」



台所から出てきた昌行は、一言
「………そうだな」

「ほら!」

准一は地団駄を踏む。
「なんでぇぇぇっまーくぅんっ」
びーびー泣いて、昌行の足元にすがる。






そこへ、長野が帰ってきた。

「ただいまー」

「おかえりっっ」「おかえりっ」
元気に答えた健と、いつもどおりお出迎えな剛と、

「おかえり」と遅れ気味に答えた昌行と、

いつもなら起きていれば玄関まで出てくるのに返事がない准一。




リビングに入ってくると、

「どうしたの?」

昌行の足元でえぐえぐ泣いている准一と、


まだ終わっていなさそうな雰囲気のこの場所を見て、長野が尋ねると、


「けんくっ…がぁっ……ほにゅっ……び…っっあかちゃんってぇぇっまーくんもぉぉっっ」


准一が思いつく限りの言葉をつないだ。



悲しそうな准一の様子を見て長野が何か言う前に、昌行が「赤ちゃんみたいで嫌だったら、いつやめてもいいんだぞ」と言った。

もうその一言だけで何があったのか目に見えるようだった。




「うぇぇぇぇぇぇぇんっっ」




「ほら、いつやめてもいいって“まーくん”が言ってるんだから、
今じゃなくてもいいんだよ、准」
長野が准一の前にしゃがんで、そっと頭に手を乗せた。
「寝る前だけだし、
それに牛乳飲んでるだけだし、赤ちゃんじゃないよ」と

「…っ…ぇっ……っっ…ぅぇっっ……」
下を向いて泣きじゃくっている准一が、
それを言ってほしいのは、もう1人のほうだろう。







その間に、
「まさにい、じゅんかわいそうだよ」
黙って居合わせてしまった剛が、
困った顔で昌行のところに来て小さな声で伝えた。

だって、喧嘩をして助けを求めたわけじゃないのに、
「あかちゃんだ」ってバカにされたのに、
昌行が助けてくれなかったら、ショックだろう。











その2人は蚊帳の外で、
「でも、あかちゃんしか、やらないんだよっ」
と健が続けた。

長野が答えた。
「健、そんなことないよ」

「だってっっ」
健が反論する前に、

こそっと耳元で、誰にも聞こえないように、
「健も、赤ちゃんって言われたら嫌なことあるでしょ?
いつもおねしょのこと2人だけの内緒にしてるよね?」
と言った。

「うん……」
急にしおらしくなった健は、
「じゅん、ごめんね」と言った。

「…ええよっっ…」
でも、そうは言ったもののそんなことでは准一の気持ちは収まらない。
そこじゃないから。



無言で、哺乳瓶を昌行に両手で返した。



「准、ごめんなっ。いいんだよ、まだいいから」
今さら遅い。

「もういらんっ……」
床に置いて、
「…もう、おやすみする……」
とそばにきて昌行の足元にまとわりついた。


「そうだな」
昌行が准一を抱き上げて
哺乳瓶を持とうとすると、

「いらんっ」
と准一が怒る。仕方なく、准一だけを連れて、

風呂場のほうに向かって、
「井ノ原ー、准寝かせるぞ?」
と言った。

「いいよー、布団敷いてあるから!」

それを聞いて、

井ノ原の部屋に入っていく。

















しばらくして、
「じゅんかわいそうだよね…?」
と剛が長野を見上げてくる。


「そうだね」


「おれ、じゅんに持っていくね」
剛が置き去りにされた哺乳瓶を持って、


准一のいる部屋に入って行った。




昌行が准一を抱っこしていると、


ガチャとドアを開けて入ってきた剛が、
「はい、じゅん」
と哺乳瓶を持ってきた。


「じゅん、っあかちゃんやない…っ…もういらんっ…」
よほど堪えたようで、ジーッと見ているけど受け取らない。

「准、ごめんな、もう赤ちゃんとか言わないから」

「じゃあ、おれが飲む」
剛が持っていた哺乳瓶を片手で持って咥えて、逆さにして飲み始めた。



なんか思ったより全然出て来ない、とか思いながら。







それを准一は、口を開けてみている。




「牛乳うまいじゃん」
剛は、哺乳瓶を准一の前に差し出した。




剛くんも飲んだなら、いいか、
という気持ちが起こったらしく、

准一は、素直に剛から差し出された哺乳瓶を受け取って「…じゅんの…っ」
と言った。

「あとはじゅんが飲めばっ」

准一も素直に頷く。

「よかったな」
昌行は、准一にと言うよりも自分に言った後、剛のほうを向いた。
「剛、持ってきてくれてありがとう」
持ってきてくれただけじゃないけど。

「じゃあねっおやすみっ」

剛はすぐに部屋を出て行った。














准一は昌行の腕の中で、哺乳瓶を両手で持って咥えていて、
昌行の腕に全身を預けて、ようやく、うとうとしている。
不用意にあんなに泣かせたのに、安心しきって身をまかせて眠ろうとしている。
小さな弟。















子どもたちが寝てしまってから、
「ねえ、逆効果だよ、今日の」
と長野が言った。

「……わかってるよ」

「ただの安心グッズだよ、哺乳瓶は。准にとってね」

「わかってる」
昌行は頭を抱えた。
いくら自分に一番懐いているとはいえ、両親が遠くにいる状況では安心するための物が多くてもしょうがない。
自分が勝手に焦りすぎたとよくわかっている。
見ていた剛にまで「かわいそう」と言われたのだから。
「あ〜………」

そこまで頭を抱えるなら最初から……いや、仕方ないか。
「大丈夫だよ、一緒に寝かせたんだから。寝てくれたんでしょ?」
そうフォローしても当然、まだ猛反省している。








































そして数日後。

「准のコップ、欠けたから新しいの買いに行くけど、
ほかに新しいコップ欲しい人〜?」
昌行が、お昼に洗いものをしているときに気づいて、
声を掛けたけれど、

剛も健も、

「いらないっ」「おれ、これがいいっ」と特に欲しがらず。




夕方に買い物に行くとき、
准一を連れていって、

「准の新しいコップ、どれがいい?」

と尋ねた。




お店のコップが低い位置に並んだ棚の前で、

准一は、ジーッと見て、

何度も行ったり来たりしている。



「准?まだか?」
昌行が笑ってしまいながら尋ねるほど。
だって、もう5分くらい悩んでいる。

「まだ。」

「そっか」

結局、しばらく、「こっち……やっぱりこっち!」
と迷う准一に付き合ってから、
気晴らしに他の売り場を見に一緒に連れて行って戻ったら、
すぐに直感で決まった。
「これ!」

白地に飛行機のマークの付いたコップ。

「じゃ、これ、今日から准のな」







家に着いて、
「コップ、ここにしまうからな」
と准一に伝えると、

「まって!」と言う。

「ん?」

「くるまの、かいて!」

保育園での持ち物がわからなくならないように、
ほぼすべての持ち物に昌行が描いてあげた車の絵。

イラストと言うには、あまりに精度が高すぎて、
ともだちに「じゅんのくるま、かっこいい!」
とたくさん褒められて喜んでいる准一のお気に入りだ。

「黄色の車?」

「きいろのくるま!」

せっかく飛行機がメインのマークのコップだけれど、
反対側に望みどおり、

長野が夕食を作ってくれている間に
昌行が車の絵を描いてあげて「これでいいか?」と見せて渡すと、

「わ……!」

と准一は感激で目をキラキラさせている。

「まーくんありがとお!」


大喜びで、肌身離さずコップを持ち歩くほどだ。












そして、寝る前に、
いつもどおり、井ノ原が哺乳瓶を持って
部屋に行くと、

「じゅん、こっぷがええ!」
と言い出す。

「え?」

「ぎゅうにゅう、こっぷにして!これ!」
抱きしめていたコップを差し出す。

「これじゃなくていいの?」
井ノ原が哺乳瓶を指すと、

勢いよく頷く。
「これ!!くるまの!ぎゅうにゅうも!」
これで飲みたいと頑固に主張する。

「じゃあ……」
准一からコップを受け取って、
哺乳瓶の蓋を開けて、中身を移す。









准一を抱っこして、「はい、どうぞー」
と渡すと、いつものように両手でコップを持って飲んだ。










「もういい?」

准一が頷いたので、コップを離れたところに置くと、

正面から寄り掛かってくる。

「はい、寝よ〜」



井ノ原が倒れこむように後ろ向きに布団に倒れると、
准一はそのまま井ノ原の上に乗っかって、

安心して目を閉じる。









准一が乗っかったまま寝てしまったので、
動けずに、電気も消せずにいると、

昌行がそっと部屋に入ってきた。



「あ、さかもとくぅん、電気消して……」
もう眠そうにあくびをしながら言う井ノ原は、
准一をお腹の上に乗せたままうとうとしている。

「お前、苦しくないのか?」
井ノ原と准一に掛布団を掛けながら、昌行が苦笑している。

「もう慣れたー…あ、」
井ノ原が思い出したように言った。
「准ちゃん、今日、哺乳瓶使わなかったよ」

「え……まだ気にしてたのか?」
急に不安そうな声が返ってくる。

「え?何を?」

「赤ちゃんみたいだからって?」

「そうじゃなくて、コップ。
コップで飲みたいって、
新しいの気に入ってるみたいでさぁ……」
あくびをしながら言う。

「えっ!?そんな理由で!?」

「……さかもとくん、声が大きいよ、准ちゃん起きちゃう」

「っ悪いっ」
慌てて口を隠した。

「じゃあ、おやすみ……」

井ノ原が本当に眠そうなので、

「おやすみ」

とつられたように言って電気を消した。















翌日もそしてその翌日も、コップがいいと言うのだから、昌行が
「本当にいいのか!?」
と何度も確認してしまったほどだ。

哺乳瓶なんて、今日は見せてもいない。
結局、誕生日なんかよりも前に片が付いたのか。





長野が、准一と井ノ原が寝室に行った後、
「だから言ったでしょ、焦らなくてもいいって」
と言った。

「お前、予想ついたか!?こんなことで……」

「予想はつかなかったけど……准には准のペースがあるからね、独特の」

「なんで俺のほうが振り回されてんだよ……ほんと……」
悔しそうでもあるが、ホッとした風でもある。

































「きょうは、まーくんといっしょにねるー」

数日経つと、もう、寝る前に牛乳を飲むことすら忘れてしまうくらいで、
剛と一緒に、昌行のベッドに入って、
大人しく絵本を読んでもらっている。
特に他に癖が増えたりすることもなく……絵本の途中で、すやすや寝息を立てている。

「ねえ、なんでじゅんもなの」
准一が昌行の隣に引っ付いて眠ってしまったのを確認してから、
剛が反対隣で不満そうにしている。

「たまにはいいだろ」

「よくないっ」

両隣で取り合うように引っ付かれて眠る、平穏な夜。
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夏風邪(V6家族)

May 15 [Tue], 2012, 1:52
じゅるじゅると鼻水をすすって赤い顔をしている子どもを
目線を下げて横目で見ながら昌行が言った。


「“バカは風邪をひかない”っていうのに。。。」

「それ、准に失礼じゃない?」




今日はようやくのオフだというのに、
昨夜になって高熱。
ときどき、ケホッケホッと咳こみつつ、ボーッと食卓の椅子に座っている。




風邪の症状を網羅している。






病院には、昨日、既に准一が居眠りしている間に、
昌行が強制的に連れて行った。

診察室に入ってから急に目覚めた准一は、

途端に涙目、それから数秒後には、

坐薬を嫌がって

びえーーーーーーっっ!!

と大泣き。
泣きながら大暴れの度が過ぎて昌行から雷が落ちてお尻を叩かれ、
ぐずぐず拗ねながらようやく帰ってきたのであった。










昨日ぐっすり眠って、今朝は一応起きてきた。

「ちゃんと食べれてる?」

「たべれ゛る゛」

長野が横に立って声を掛けると、
鼻のつまった声で返される。
食卓の上の皿を見ると、
なるほど、遅めの朝食をほぼ食べ終わっている。




「食べたら薬飲めよ」

少し離れて様子を見ていた昌行が言うと、

准一は「い゛やや。」
と、フイと顔をそむけた。

「なんでだよ、ちゃんと飲めよ」

「い゛ややっ。」








昨日のことをまだ拗ねているのか。。。
と思い、昌行が小さくため息をつく。






いや、本当は、昌行がそばにいてくれているから、
安心しきってわがままも言えるのだけれど、
そのことに気づかない。







「はい、これ出しといたよ」

長野が差し出すと、准一は素直に手のひらを出し、
錠剤3つをパラパラと受け取った。


そんなもの飲みたくないから、泣きそうな顔をしたけれど、
さりげなく手渡された水の入ったコップを受け取り、
一気に流し込んだ。





長野が言うならいいのか!、と言いたい気持ちをこらえて見つめていると、

「のんだ……」

と今度は上目遣いにこちらをじっと見てくる。




近づいて行って、
「はいはい、偉いな」
乱暴にわしゃわしゃと頭をなでると、

少しうれしいけど少し不満そうだ。

「なんだよ」

昌行が、不満そうな准一を見てそう言うと、
准一がいきなりギュッと抱き付いてきて腹に顔をうずめた。
「ん〜〜んっっ」何か不満だと、言いたそうに言葉にならない幼い甲高い声をあげて。

内心“はいはい”と答えつつも、
小さな背中に左手を優しくあてて、右手でそっと頭をなでる。
「ちゃんと薬飲んで偉かったな。早く治そうな」

「ん…」
小さくうなずいた准一の手の熱さまで、背中に感じる。

「今日はゆっくり寝て、休んどけよ」

「おん」

ぽんぽんと背中をたたかれて、
ようやくのそのそと立ち上がった。



長野が連れだって部屋に連れていくと、

ベッドに入った准一が、体を起こしたままなかなか寝つきそうにない。


ベッドの隣の椅子に座った長野が、
「准、拗ねてるの?」

と苦笑して尋ねると、

「すねてへんっ」
と返ってきたけれど、
「……ひろし、だっこぉ……」
と弱弱しい声で目を伏せて甘える。

「え〜?だっこ?」
長野が笑うと、

准一がハッと顔を上げてうるうるした瞳で見上げてきたので、


ああ、これは冗談が通じる状態じゃないな……


と内心苦笑して、
「嘘だよ、おいで」
と抱き上げて、
ベッドの端に腰かけて膝の上に向かい合せにだっこした。


准一はすぐに額を長野の肩にペタンとつけて寄り掛かった。


膝の上に座るくらいなら何度でもあるけれど、

お仕置き後でびーびー泣いているときなんかはさておき、
こんな風に向かい合わせでだっこされて甘えてくることは普段は少ない。

すっかり甘えん坊な12歳児の背中を優しく、とん、とん、とたたく。



准一の身体全部が熱い。

これは相当熱あるな……と感じながらも、

「まーくんがきのういっぱいお尻ぺんしたぁぁ…」

とまだぐずぐず言っている子の背中を撫でつつ笑う。

「はいはい、痛かったね。お尻ぺんされるまで坐薬できなかったんでしょ?」

「ひろしぃ……」

4〜5歳の頃と変わらないような甘えん坊に、
かなり疲れてたかな?と思いつつも寄り添う。

「ここにいるよ。大丈夫、もうお尻痛くないでしょ?」
小っちゃなお尻の下に、手を敷いて、ぽんぽんと撫でる。


もぞもぞしつつ、まだしっかり頭をもたれて寄り掛かっている准一に、
「少し寝て休もうね」
と優しく声をかけて、変わらずぽん、ぽん、…とつづけて撫でる。

そうしているうちにようやく眠った。








































夕方頃、長野が買い物に出てしまったので、

昌行がそっと准一の様子を見に来た。






カチャ、とドアを開けると、

准一は、ハッと振り返った。



「お前……ちゃんと寝てろって言っただろっ」

眠っていないのはさておき、横になっているかと思いきや、

充電器をコンセントに差し込んだ近くの床にぺたんと座って、
携帯ゲーム機に夢中になっていた准一がすぐに視界に入った。

「早くベッドに入れよ」

「いややっっだって……ゲームしたいぃっ」
パジャマ姿の小さな背中、パジャマが上がって背中が少し出ている状態で
振り返って頑固に主張する。

「だって、お前、熱、…」

「ええのっっ」

「お前、明日から仕事だろ。体調管理も……ちゃんと治すのも仕事だって言っただろ」

「だって……」

「ほら、早く寝ろ」

「いややっっ」
フイッと顔をそむけた。

「准」
こわい声で、そう呼ばれて、

「あっ…」
とあわてていると体が抱き上げられた。
「っあっ」

いつのまにやら、
昌行の膝の上へうつ伏せに乗せられ、
すぐに、パジャマのズボンもパンツもスッと簡単に下ろされた。
「いややっっいやっ」

パァンッッ!!
「っっいたぁいっっ…」

お尻全体に響くあまりの痛さに体がびくんと跳ねる。

「まーくんっ…」

次の言葉を継ぐ前に、

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…

とお尻の下のほうを大きな手に続けて叩かれ、
飛び上がるほどの痛さに足がパタパタ跳ねる。

「いたいっいたいっっ…うぇぇぇぇぇぇんっっいたいぃぃっっ
まーくんっっいたいぃぃっっっ…えぇぇぇぇぇぇぇんっっ」

「風邪のときはちゃんと寝てろ。ゲームやってる場合じゃねえだろ」

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…
「いたいっいたっ…いややぁぁっまーくぅんっっうわぁぁぁぁぁんっ」


小さなお尻の下部はすっかり赤くなった。
もう痛くて痛くてたまらない。


パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!…
「ごめんなさいっごめっ…まーくぅぅぅんっっいたいよぉぉぉっ
うわぁぁぁぁぁぁぁんっっごめんなさいぃぃぃぃっっ」

びえーーーーーーーーっっ!!

と言葉にならない声をあげて大泣きして、小さなお尻をようやく右手でかばう。
その右手がすぐに掴まれてよけられた。

「まーくんっごめんなさいぃぃぃっっ!!」

「ん?何がごめんなさい?」
パンッ  パンッ  パンッ  パンッ  パンッ  パンッ  
「っっっうぇぇぇぇぇぇぇぇんっっ…えぇぇぇぇぇぇぇぇんっっ」

お尻が痛くて痛くて耐え切れずに身を捩っても、手を止めてもらえそうにない。

パンッ  パンッ  パンッ  パンッ  パンッ  パンッ
「ちゃ…っと寝…っ…ぁぁぁぁぁぁんっっいたいぃぃぃぃっっ」

パンッ  パンッ  パンッ  パンッ  パンッ  パンッ
「うわぁぁぁぁぁんっちゃん…っとねるぅぅぅっごめんなさいぃぃぃっっ」


ようやく大きな手が止まってくれて、
ジンジン痛むお尻にパンツもズボンも穿かせられて膝の上から起こされた。


「うぇぇぇぇぇぇんっっ…」
准一は両手でお尻を押さえて、そっとさすって
「おしりいたいぃぃ…」
と泣いている。


「お前が無茶なことしてるからだろ」
もうお仕置きは終わったから、苦笑しつつ言っても、

准一は「わぁぁぁぁぁぁんっ…」
と泣き通し。




具合が悪いときの准一は、一度機嫌を損ねると大変。




「ひろしぃぃぃぃっっひろしぃぃぃぃぃぃ!!!!」

大きな声で呼んでケホケホ咳こむ。

「准、長野出掛けてて……」
昌行がそう言いかけたとき、

ちょうど帰ってきた長野が、
すぐにドアを開けて「なに?どうしたの?」
と顔を出した。


えぐえぐ泣いている准一が、

「まーくんっ…が…っっおし…いっぱっ…っっぺんしたぁぁぁっっ」

とお尻をさすってぐずぐず言っている。
その様子を見れば聞かなくてもわかるような状況だけれど。

「まーくん…っやさしく…っしてくれへん〜〜っ…」

「お前がゲームなんかしてなかなか寝ないからだろ」

「…っっでもぉ…っっ…おしり…ぺんしたら…っいたいぃぃ…っ」


「わかったから、もう泣かないで」
長野が部屋に入ってきて、准一を抱き寄せると、
ようやく、声をあげて泣くのをやめて、ひっくひっくとしゃくりあげる声だけが聞こえる。
しゃくりあげる小さな背中を右手でそっと撫でつつ、
「准、まーくんが心配してるの、わかるでしょ?」
と声を掛けると、
腕の中で准一が頷く。

「本当はまーくんに抱っこしたいんじゃないの?」

「んっ…」
めそめそ泣きながら、右手の甲で涙を拭いながら頷いた。

「ほら、俺、買い物の荷物片づけてくるから、まーくんとこ行きな」
本当は甘えたくても拗ねてしまって上手くできなかったのなんてすぐにわかる。


長野が、とんとん、と背中を撫でてきっかけをあげると、
准一は当然のように、ベッドに腰掛けている昌行の膝の上に正面からちょこんと座りに行って、
寄り掛かった。
「まーくんごめんなさいぃぃ…」

優しい低い声が響く。
「もういいから、もう少し寝ろ」

「おんっ…」

そっと、背中をよしよしと撫でられて、
ようやくゆっくりと息も落ち着いて、


昌行がふと横を見ると、
肩に頬をつけてすっかり安心して全身を預けている准一は、
うとうとして親指をくわえそうになっている。




昔から全く変わらない様子で眠ってしまうのを見届けると、
そっとベッドに下ろした。


ベッドを離れようとすると、
いつのまにか、
准一の小さな右手が、昌行の服の裾を掴んでいる。

「あ……」

そのことに気づいて、そっとベッドのそばに座る。








しばらくして、
物音がしない夕暮れの薄明かりの部屋に、長野が様子を見に来て、
「どうしたの?」
と覗き込んだ。

「え?ここ掴んでて……」
昌行が指をさして、しょうがないだろうというように当然のように伝える。

「ああ。」
長野も納得して、
「ねえ、准、熱上がってるよね?」
と続ける。

「そうだな」
心配そうに寝顔を覗き込む。

「誰かさんが大泣きさせてたせいじゃないかなーーー」

「なっ…そんなこと言うなよ」
自分でも少し反省しながら。

「嘘だよ」

オフの日に、准一が風邪をひいたからといって
2人揃って家にいるあたり、
お互い心配でしょうがない気持ちが滲み出てしまっている。

「明日は大丈夫かな…」

「大丈夫だといいな」

そんな、心配性な兄バカな2人。

回顧録89 弱点(V6家族)

May 14 [Mon], 2012, 23:56
「うわああああんっっっまさにいっっまさにいぃぃぃっっ」


玄関から、
盛大に泣きながら甘えて呼ぶ声が聞こえて、
エプロンで手を拭きながら玄関に出ていく。


「どうした?」

「ころんだっっ…っっいたい…っあぁぁぁぁぁぁんっっ」

「どこで転んだんだよ?」
さっき、ランドセルを背負って行ってきますと出て行ったばかりなのに
すぐに引き返してきて泣いている剛に苦笑する。

「かいだんっ…っおしりっいたいぃぃぃぃっっ」
びーびー泣いて訴える。

「階段から落ちたのか?」


泣きじゃくりながら頷く剛は、
きっと階段で転んで尻もちをついたのだろう。


「いたいよぉぉぉっ」

甘えて泣いている剛に、

「どこがそんなに痛いんだよ」

と聞いてやると、こことお尻に手をあてるから、

一応、そっとズボンとパンツを掴んで下ろして、見てやると、


剛も振り返って見ている。


なるほど、尻もちをついたら打つだろうという下のほうが、
特に左側が、少し皮がめくれて痛そうだ。

「いたい〜〜〜っっ」
見たら余計に弱気になって大げさに泣く。

「痛くないよ、大丈夫」
苦笑して昌行が言っても、

「いたい〜〜っ」
と心外だという風に泣きながら怒って見上げる。
バタバタと足を踏み鳴らしている。


しょうがないなという顔をして、
リビングに引っ込んで塗薬をとってきた。


「……っぇっ…っ…っ…」
相変わらずしゃくりあげて泣いている剛に、

「薬塗っておくか」
と言って、目の前にしゃがむと、

素直にうなずく。
手当してもらうとか、そういう形があるだけで満足。


丸いケースから塗薬をとって、そっと薬を塗っていると、

「いたいぃぃぃっ」
とびーびー泣いて昌行にしがみつく。

「はいはい、大丈夫だから」
笑いながらも、
左腕で優しく抱きしめる。



ようやく薬を塗り終えて、
「はい、これで痛くないだろ?」
と当然のように言うと、


剛は素直に頷いた。





本当は、転んだ瞬間にすごく痛かったから甘えたかっただけ。
そんなのわかっている。

「じゃ、行ってらっしゃい」
すっとズボンをあげてやって、
手をふると、


涙をぬぐった剛が、

「いってきます…っ」

とニコッと笑って出て行った。







それを見送ると、
「はい、健も准も行くよ〜」
という長野の声が後ろから聞こえた。


「は〜い!」と健は走ってきて床に座り、靴を履き始めたけれど、

「じゅん、いかへんっっ」
と今度は末っ子が泣いている。
泣きながらも、しっかりと着替えは済んでいて、
長野に抱っこされているけれど。

「まーくんといるっっまーくんとぉぉぉっっ」

「じゅん、はやくいこうよっ」

「いややぁぁっ」

「はいはい、まーくんと行こうね〜」
と長野が言うから、

それにあわせてさっさとエプロンを外して、
准一を受け取り、代わりにそれを長野に渡す。

「保育園行ったら楽しいだろ〜?」

「いややぁぁっまーくんとぉぉぉっっ」

ジタバタする准一を左腕でだっこして、

健と手を繋いで「行ってきます」と出ていく。

「行ってらっしゃい」と今度は長野に手を振られ、
玄関を閉めた。






































その日の午後、
長野が歩いていると、曲がり角の手前で、
保育園のおさんぽの列の途中が見えた。

「あ…」

近くの電柱の影に身をひそめる。
傍から見たら何をしているのかと思われるだろう。
行列が通りすぎるのを待っていると、


ほとんど通り過ぎてから、
昌行が道路の反対側を通り掛かった。

あまり周りを見ていないようで、
こちらにも気づいていない。

それどころか、
さっさと歩いて、

曲がり角を曲がって、
保育園の行列と同じ道へ歩いて行こうとしている。



長野は思わず呼び止めた。
「あ!ちょっと待ってよ!」

「え?」



「あ!まーくん!」

「あ………」

「まーくん!まーくぅんっ!」



保育園の行列から後ろを振り返ってきょろきょろしていた准一が、
立ち止まって手を振って必死に呼んで、
こちらに来ようとしている。


昌行は、走って角を曲がって准一から見えないところまで来ると、
長野の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「ヤバイ、見つかったっ…」

「だから言ったでしょ」



「まーくんっっ!
じゅん、まーくんといくぅっっっまーくぅぅんっっ」
必死な大きな声が聞こえる。



「俺、向こうから行くわ…」

「もう遅いよ…」


「うわあああああああああああんっっっ
まーくぅぅぅんっっっ
はなして!めっっっ……うわあああああああんっっ」


声しか聞こえない。でも、
准一を抱きかかえて押さえているであろう保育士さんに対して、
めっと怒りながら大泣きしている准一の声。



長野も声を聞きながらもそこに行くわけにはいかず、

昌行に後ろから追いつく。



「もう、鈍臭いんだから……」

「…気づかなかったんだよ…」

「気付いてよ。先生たち今頃大変だよ」



遠ざかる泣き声がまだ聞こえる。



「うわー、やっちゃったな……」
今さらながら、大いに後悔している昌行を見て、


しょうがないなあと呆れながらもかわいそうになる。
「大丈夫だよ、きっと30分もしたらケロッとしてるよ」

「そうかな…」

「そうだよ」

2人で並んで歩いて家路を行く。






























そうして、保育園のお迎えの時間が来て、
長野が迎えに行って2人を連れて

家に帰ってきた。

昌行は玄関で出迎える。
「おかえり」

「「ただいまー!!」」

「まーくん!」
准一が怒っている。なんでお散歩のとき来てくれなかったのかと。
よくわからない言葉で怒っているが、

それを一通り聞いてから、

「気づかなかったんだよ」
そんなのウソだけど。

「えーっ」

「おさんぽのとき、まさにいにあったの?」

「おん」

お話しながら手洗いに行く健と准一を見送り、
昌行が保育園バッグの中から手紙を出そうとすると、、、






「うわぁぁぁぁぁ!!」

昌行はいきなりバッグを放り投げて、裸足で玄関口まで来て飛びのいている。

ちょうど、そこにいた長野にしがみつくように。

「何?」
呆れつつ迷惑そうな目線を向ける。

「あれ!!あれっっっ…」
もう言葉にならない。指をさしている先を見ると、

准一のバッグの上に。。。
「ああ・・・」

長野が、昌行をはなして、
玄関からあがってバッグを手にとった。
そして、当然、平然と准一に尋ねる。
「准、カタツムリとったの?」

「おん!みて!」

「すごいね。1匹だよね?」
昌行に呆れながらも、一応、一匹だけであるか確認してあげる。

「もうひとりおる」

それを聞いて、「どこにっ!?」と昌行が強い口調で言う。その割にはだいぶ離れているけれど。
まったく、このことになると、怯えすぎだ。

「ここ。……あれ?」
准一が、探す素振りを見せると、

「准っ、准!絶対見つけてくれよ!」と遠くから言う。
ここまで来るとあまりに怯えすぎて哀れだ。

「おん」

「ここにいるよー」
健が、バッグの中を覗き込んで、ポケットに入りかけていたかたつむりを1匹、とって准一に渡した。

「あ。まーくん、おったー」
にこにこして手の平に2つ、かたつむりを乗せて差し出して報告する。

「准っっっ、ごめっっ……いたならいいからっ俺はいいからっっ」

「准、そのぐらいにしてあげないと、まーくん泣いちゃうよ?」
苦笑しつつ准一をとめる。

「ん?」
准一には全く悪気はなくて、きょとんとして首をかしげているけど。

「これ、どうする?」

「かう」

准一のその一言に、昌行が“は…!?”と顔色を変えて首を横に振っているのが見えたが、

「お部屋で飼えばいいよね」
と長野が准一の背中に手を添えて、中に入って行った。

「ダメ!ダメダメ!お前っ、ふざけんなよっ」
准一にではなく、長野に対して。

「かったらだめなん???」
きょとん、とした准一が長野の横にいる。
「大丈夫だよ〜。井ノ原のお部屋にケースがあるから、
そこから逃がさなきゃ大丈夫だからね〜」

「おん!」

准一は満面の笑みだが、

昌行は、信じられないという顔をしている。




苦手なのは知っているけど、
生き物をまったく飼わせてあげないというのもどうなのかと、
今回は准一の希望を受け入れてみた。


「絶対逃がすなよ。絶対逃がすなよ。絶対逃がすなよ」
昌行が耳元で必死に呟く。

「逃げないよ」


ガクッと肩を落とす昌行。
しばらく井ノ原の部屋には入れないだろう。





「じゃ、行ってくるね」


長野が急に部屋を出たから、

「どこに?」

と聞くと、「仕事」と返ってくる。

「え?お前、カタツムリは?」

「カタツムリの世話は准がやるよ。ね、准?」

准一は、頷いて満足げに長野を見上げている。

「え…?」

「逃げないようにしといたからさ。あとは、剛が帰ってきたら、大丈夫じゃない?」

“まだ帰ってきてねえんだけど、それまでは?”と言いたそうな昌行を背中に残して、
「行ってきます」と玄関を開ける。

「「いってらっしゃーい!」」

ちび2人に手を振られて見送られる。










長野が行ってしまったから、
カタツムリが逃げてきたら……と戦々恐々としていたけれど、

そのうち、剛が帰ってきた。

「ただいまー!」

「おかえりっっ」
「「おかえりーっっ」」

ちび2人よりも早く、待ってましたとばかりに勢いよく玄関で昌行が出迎えた。


「ごおくん、かたつむり、みてー!」

「じゅんがかたつむりとったんだよ!」

准一と健が、剛を連れて行こうとする。


剛は、呼びかけられる前に、何か言いたそうな、横で見つめている昌行を見上げた。

「准がかたつむり捕まえてきたんだ。
健と准がカタツムリで遊んでる間、逃げないか見ててくれるか?」
虫やらカタツムリやら、何か苦手なもののことになると、いつもと全然違う表情で、
急に弱気に下手に出て、他に頼む人がいないとばかりにお願いしてくる昌行にも、

多少慣れている。
「はーい」
健と准一に手を引かれて通り過ぎながら、剛が返事をした。



























そこで、ようやくホッとして、
晩御飯の支度を始めた。




でも。。。なんだか、妙に静かだ。
カタツムリをジッとみているなら静かだろうと
最初は思ったけれど、

やはりあの子たち3人がこんなに静かなのはおかしい。


「剛!剛!!!」

昌行が晩御飯の支度をしている間は、
健と准一のことは、剛が見ていてくれているはずだから、

呼んでみる。

「剛!!」




返事がない。


「健!准!」

望み薄なこの2人を呼んでも返事がない。

「……あ?」
ひとりで声をあげて、
火を止めて、

エプロン姿で、台所を出る。


「剛!どこにいる?」

呼びかけてみても、返事をしない。

一応、開けたくなかったけれど、
先ほどカタツムリを見ていたはずの、井ノ原の部屋を開けるけれど、
もぬけの殻だ。


自分の部屋も、長野の部屋も、部屋という部屋と風呂場も見てみたけれど、いない。





慌てて玄関に出ると、
3人とも靴がない。




「ああっっもう、どこ行ったっ」
剛が一緒だから健と准一の2人だけよりはまだいいけれど、
だめだ、小さい剛だけでは2人は見きれない。

靴をひっかけて、急いで玄関を出ると、

電気のついた非常階段のほうから、
「すごーい!!」

「ごおくん、すごーいっっっ」

と大喜びするうちのちびたちの声が聞こえてきて、少しホッとする。


でも、駆けて行って、
階段のドアを開けた。


そうしたら、すぐそこに、3人ともいる。


ちょうど、

「じゅんもやるーーーっっ」

と階段の4段目から、
准一が飛び降りようとジャンプした。
「じゅん、だめだよっっっ」

剛のその声とほぼ同時に准一が飛び降りるのを、
あっっという声も出ないまま、
見つめてしまう。


2段目あたりに不時着して、でんぐり返しのように1回転して、
准一が階段から転げ落ちた。


固まっている剛とちがって、

健がすぐに駆け寄った。
「じゅん!だいじょぶ!?」

「っっわあああああああんっっいたいぃぃぃぃっっ」

「まさにいっ、まさにいっっじゅんがおちたぁぁっ」
健はすぐに昌行のところに来て、手をひいた。

「大丈夫か!?」

地べたにペタンと座り込んで泣いている准一のところにしゃがむと、
「ったいぃぃぃっっ」
と小さな手を額にあてている。


右側にたんこぶができている。


「わぁぁぁぁぁぁんっっ」
こんなにハッキリ主張して泣いていれば、様子をみれば大丈夫だろうと
思いながらも、

「ほかは?痛くないか?」
と尋ねる。

「ここぉぉぉっっ」
先ほどと同じところを触るばかりで、
他には痛いところはなさそうだ。



昌行は、准一をひょいっと抱っこして、
いきなり、赤い短パンを穿いた小さなお尻を下から、パンパンパンッッッッ!!と叩いた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁんっいたいぃぃぃぃっっ」

「階段でジャンプはダメ!」
家に向かって歩きながら、まったく緩まない大きな手がお尻を叩く。

パンッパンッパンッパンッパンッパンッ!!!
「ごめんなさい〜〜〜〜っっうわぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ」



その様子に、自分のお尻が痛くなるような音に、
剛も健も見上げて両手でお尻を不恰好に押さえて後ろから小走りで付いていく。




「もうしない?」
パンッパンッパンッパンッパンッ!!!
「しないぃぃぃっっうわああああああああんっっ」


ちょうどお家に着いて、玄関を開けて中に入る。


「約束だぞ?」

そう言って、手がとめられると、
「ふぇぇぇぇぇぇっっ」
と准一はまだ泣いて甘えるように昌行の胸に寄りかかる。



昌行は、准一を抱っこしたまま、
台所に入り、冷凍庫から冷却ピローを出してきた。


「ぶつけたとこ、冷やしとこうな」

先にそう言われると、准一は泣きやみながら頷いた。

准一には大きいそのピローに、青いタオルを巻きつけて、
額のたんこぶにあたるように、
片手で頭に巻いてバンドを留めた。

「ここで座ってて」

「…っだっこぉっだっこ!」
ソファに下されると、
准一が両手を伸ばす。


するとそこに、井ノ原が「ただいまーっ」と帰ってきた。


「おかえり」
普段どおりのトーンで出迎えた昌行に対して、

剛と健がおとなしい。

「どうしたの?」

「井ノ原、准のことみててくれるか?さっき階段から落ちて頭打ったから」

「えーっっ大丈夫なの?」

「だいじょぶ……っ…」
手当してもらってすっかり落ち着いたのか、
隣に座った井ノ原におとなしく返事をする。




「健。」

自分も怒られるー…というわかりやすい顔をしていた健を呼ぶと、

健はより泣きそうな顔になった。

「健も階段からジャンプしてた?」

「してた……」

「ダメだってわかってただろ?」

「っでも、ごおがっ」

「剛がやっててもダメ。それに、何も言わないで外出たらだめ」

「だってぇぇ…っ…」
もう泣きべそだ。


昌行に、小脇に抱えあげられると、

「やだっっやだっおしりぺんやだぁぁぁっ!」

と泣き出す。


ズボンとパンツを下げられると、
「わぁぁぁぁぁぁぁんっっ」
とそれだけで泣いている。


パンッッパンッッパンッッパンッッパンッッパンッッパンッッパンッッ!!!
「ごめんなさいっっごめんなさいっっやだぁぁぁぁぁっいたいよぉぉぉっっ」

びえーーーっっと泣いて足をバタつかせる。

パンッッパンッッパンッッパンッッパンッッパンッッパンッッパンッッ!!!
「まさにいっまさにいごめんなさいぃぃぃっっうわぁぁぁぁぁぁんっっっ」

「もうしない?」
パンパンパンパンッッッ!!
「しないぃぃぃぃっっ」

そっと床に下ろすと、
「ごめんなさい〜〜っっ」
と健はわんわん泣きながら抱きついてくる。

「はいはい。わかってるならいいよ」

そっとズボンを上げてあげて赤いお尻をしまうと、
小さな背中をさすると、
独り占めするように余計に抱きつく。




「あ、健ちゃ〜ん、これ見たいんじゃないの?」

「…っっ」

井ノ原に呼ばれて、見たいテレビが始まったので、

小さな右手で目をこすって、ようやく昌行から離れて
ソファに、とてとてと走っていく。




「剛、おいで」


剛は、呼び寄せると付いてきて、

一緒に部屋に入ってドアを閉めた。


「まさにいっっおれ、おしりけがしてるからっ」

「お前、何がダメだったかわかるか?」

「わかんないっっおれはジャンプしても大丈夫だしっ、」

「帰ってくる時間過ぎてるのに健と准連れて外に行ったのは?」

「………。」

「ダメだろ?健と准連れて外出るときは、俺に言え」

「だってぇぇぇ…」

そっと抱き上げられて、
ベッドの上にうつ伏せに乗せられると、

「おしりぺんしないでよぉぉ…っ」

と半べそ。

「しないよ。」

え?と振り返ったのもつかの間、

裸足の右足首をガッシリ掴まれて、

足の裏を思いっきりくすぐられる。

「ぎゃーーーーっはははっっやめてっっやめてぇぇぇぇっっっ」



剛もくすぐりに弱いのを知っている。

さすがに、お尻をすりむいているのにお尻ぺんぺんは無理だから。



「ぎゃはっっぎゃはっっまさにいっっやめっっいやぁぁぁぁぁっっっ」
悲鳴のような笑い声をあげて
剛が右に左に腰を捩るが、

うつ伏せで足を押さえつけられている状態では逃げられない。

「やめっっやめっっ……いやぁぁぁぁぁぁっっははっっいやっっぎゃぁぁぁっ」

息も絶え絶え逃げようとしても、起き上がれない。泣きべそでもがいているのにやめてもらえない。

「っっ…っっ…やぁぁぁっっははっっっはぁっ…やめっ…いやぁぁぁっっ…」


ようやく手が止まると、「うぇぇぇぇぇぇんっっ」と剛は泣き出した。
「やだっもうやだぁぁぁ…っっ…あぁぁぁぁぁぁぁんっ…」


「お前、自分だけできれば、健と准が真似したら危ないようなことしてもいいのか?」

「だってっ…えぇぇぇぇぇぇんっ…」

“だって”なんて言っていたら、

今度は容赦なく両脇をくすぐられた。

「ぎゃははっっいやっっははっっいやぁぁぁぁっっ…っっっっっ」
息もできないほどにくすぐったくて身を捩っても、
止まらない。
「やめっっ…っっっっはぁっ…っっっやめっっ…いやっっ…ごめんなさっっ…」
もう限界、力の入らない体で泣きながら身を捩る。
「ごめんなさいっっごめんなさいっっっ」

ようやく手が止まって、ベッドから下されると、
「わぁぁぁぁんっごめんなさい〜〜っっっ」
と昌行に抱きついた。
「じゅんがおちたとき、こわかったぁぁぁぁっっ」

そう、そんなこともわかっていたから、
お尻ぺんぺんじゃなくてもあえてお仕置きした。
切り替えるために。

「そうだな」

「ごめんなさいぃぃぃっっ」

そっと抱きしめていると、
剛がわんわん泣いている。



今朝のだって、同じような遊びをひとりでしていて
失敗したのだろうけど。
危ないからやめろと何度言っても、
またやるだろう。



剛の小っちゃな体が、ぎゅっとしがみつく。

「大丈夫だから。准のけがも大丈夫」

「ほんとに…っ?」

「本当に」

とんとん、と優しく背中をたたくと、
ようやくほっとして身をゆだねた小さな体。




そして、「まーくんおなかすいたぁぁっ」
と大きな声で呼ばれて、

剛も連れてリビングに戻る。


すると、
健が「ねえ、かたつむり1ぴきいないよ?」なんて言い出すものだから、

「は!?」

と昌行は真っ青。

「大丈夫だよ、かたつむりくらい。見つけたら俺がつかまえるからさ」
井ノ原が言っても、

「いや…だって……」
逃げないって長野が言ったのに……と呪っても、もう遅い。


すると、剛が指をさして言った。
「いたよ、まさにい。うしろ」

テーブルの上を這っているそれを見ると、

「うわぁぁぁっ」

と高い声を出して飛びのく。

「まさにい、そんなにこわがんなくてもいいのに」

とお仕置きの後だけに剛が毒づいて、つかまえたカタツムリを差し出す。

「ばかっお前っ早くケースに入れて来いっ」

「えー、どうしよっかなー」
剛がニッと笑って言う。

「……お願いします。入れて来てください」

「うひゃっ」

剛が楽しそうに笑って、井ノ原の部屋に入って行った。

言えない言葉(V6家族)

May 13 [Sun], 2012, 23:48
今日は、期間限定のレギュラー番組の歌コーナーで

6人で歌収録のはずなのに、前の現場から剛たちが来ない。
マネージャーから連絡は入っていたが、それにしても来ない。




ファンの子たちも入れてのライブ形式の収録なのに、
会場を借りられる時間のリミットが迫っている。






「そうしたら……すいません、今日の分は3人でお願いします」
ADが内容を伝えに来て、
収録に使うスタジオを借りられる時間が限られているので、
到着を待てず、ト二セン3人だけで歌の収録をすることになった。

他の人には聞こえないところで、
昌行と長野がこっそり話した。
「やべぇよな」
「今日付いてくれてる人、慣れてないんだっけ?」
「普通、こんな渋滞に巻き込まれるなんてないよな」

渋滞で遅れると、昌行たちに付いているマネージャーに連絡があったのは大分前だ。
いつも付いてくれているマネージャーがここ数日検査入院のため、
今日は不慣れなマネージャーが弟たちに付いていた。
この管理責任は一応あるだろう。こんなに遅れるなんて前代未聞だ。


















もう歌収録が終わって、同じ楽屋を使って
今度は別の取材を待つ、ということになったときに、

小さい3人がようやく駆け込んできた。

「はぁはぁはぁ……」
「やっとついたぁ…っっ」
「もう…っつかないかとおもったぁ…っ」

3人とも走れるところは走ってきたらしく、息が上がっていた。

歌収録がもう終わったことなんてもちろん知らないだろう。






そのとき、廊下を通ったスタッフが、
3人に向かって厭味ったらしく言った。
「ちょっと人気出ると、すぐ遅刻だもんな。たるんでるよ」
3人が廊下を振り返った。
「小っちゃい組もすぐ人気出たからって、調子乗ってんじゃ困りますよ、まったく、誰が遅いのか知らないけどさ」

剛は振り返って、睨みつけた。
「うるっせーな。」

「剛っ」
昌行が大きな声を出した。

「っんだよっいちいち!」

「何だよその態度!遅れてきてそれはないだろ!」
昌行は怒鳴って前に進み出た。

「っっなんで昌兄がそう言うんだよ!?」

「謝れよ、遅れたんだからっ」

「だって俺たちのせいじゃないのにっっ」

「遅れて収録できないのは、お前らにも責任あるんだよっ」

「だって違うじゃんっっ違うのにっ…!」

「迷惑かけたんだから謝れっ」

「やだっ!」

「剛っっ」

「絶対やだよっ!!」

その瞬間、昌行は右手を振り上げたが、

ハッとして手の行先を変えた。


パァンッッ!!


いきなりお尻を叩かれて、
「痛いよっっなんでっっ……」
と剛がさらに瞳に涙を溜めて昌行を睨んだが、

昌行は無理やり剛の腰を左腕で押さえつけて、

パァンッッ!!パァンッ!!パァンッ!!パァンッ!!パァンッ!!

とお尻を思い切り叩いた。

「イッッ………なんでっっ!!やめてよっっはなしてっっ!!!!」

剛は、痛くても涙目で強い瞳で睨んだ。



「謝るか?」

「やだよっっ!!!ぜったいやだ!!!!」

直後、何も言わずに、
ズボンと下着のウエストを一気掴んで、ずるりと下ろされた。

「やめっっ…何すんだよっっ!」

みんなの前で、かまわずお尻を丸出しにされて、
顔を真っ赤にして抵抗する。
しかしそんな間もなく腰を抱えられて、

パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!…

と大きな手が小さなお尻を捉えた。

「いたっっ……やめてっっっ!!はなしてっ……はなせよっっ!!」

剛はなりふりかまわず、滅茶苦茶に暴れて、
尻もちを着く形で昌行の左腕を逃れた。その瞳からはもう涙が溢れている。

「お前が悪いだろ!ぜってー許さねえからな」

あっ、という間もなく、
両腕を掴んで引きずられて、
すぐそばのソファの上で、昌行の膝の上に無理やりうつ伏せに押さえ付けられた。


そのことだけで剛にはとても堪えきれなかった。膝の上でお尻丸出しで押さえ付けられているなんて。






「坂本くん…」
長野がどうしたらいいのかわからなくて小さく声を発した。

一緒にやらかしたとき以外には健や准一の前で
お仕置きなんていうことがないように
まして知らない人大勢の前なんてないように
一応剛については難しい年頃だから今まで昌行だって気を遣っていた。






それでも。

パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!

行動は子ども扱いそのもので、膝の上で丸出しのお尻を的確に捉えてパンパンと叩き始めた。

「いたいっっ…!やめろ!!!はなせよっっっ!!はなせっっ…!!!」

剛は、膝の上に手を着いて起き上がろうとするが、
昌行の左手ひとつがそれを許さない。

そればかりか、一番痛いお尻の下部の真ん中を捉えてビシビシ容赦なく叩かれて我慢できない。

パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!
「やめろよっっ!!はなせっっ!!いたっっ…いたいっっ!!!いっ……」

ぼろぼろ泣きながら、手でお尻を庇って、
両足を思いっきりバタつかせた。

「やだっっ!!やめろぉっっっ」

「そんなことばっか言っててもダメだからな」

全力で暴れても剛の小さな身体はガッシリ押さえつけられていて、おまけに手も押さえられて、
パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!…と全く変わらない手がお尻に落とされる。
小さな頃に階段で尻餅をついたときよりも、もっと痛い。










「健、准、行こ」
井ノ原がそっと、おろおろしていた2人を楽屋から連れ出してドアを閉めた。










パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!…
「やめてっっいたいっっ!!いたいっっ!!昌兄ぃぃっっ」裏返った泣き声が聞こえる。

気付けば小さなお尻は赤くなっているし、
痛くないはずがない。

堪えきれずに身を捩る剛に、全く手を止めずに声が掛けられた。

「お前が悪かったって認めるか?」

パンッッッ!!パンッッッ!!
「っっなんでっっやだっっ……」

なんで昌行にまでそんな理不尽なことを言われるのかと。
ひどく泣きながらも振り返って昌行を睨みつけた。

パァンッッッ!!パァンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!
「っっっ!……やだっっ…っっやだっっっ!!いたいぃぃっっ!っっいたいよぉぉぉぉぉぉっっ」


今度は逃れるためではなくて、本当に痛くて足を蹴りあげる。
お尻の下のほうがジンジン痛くて、パンッと叩かれた痛みが引く前に再び大きな手がパンッと当てられる。
お尻が熱い、痛い、その痛みはもうバタバタ暴れても我慢できない。


パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!
「やめてっっ!!昌兄っっ……いたいっっっいやぁぁぁぁぁぁぁっっ」

「“やめて”じゃない。ごめんなさいだろ?」

パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!
「やだっっっっ!!!!だってっっ…なんで昌兄っっ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ」

「“やだ”じゃない」

パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!
「なんでっっだってっっちがうのにぃぃぃっっ……昌兄のばかぁぁぁぁぁっっうわあああああああああああああああああんっっ」

「なんで謝れないんだよ」

パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!パンッッッ!!
「やだっっっやだぁぁぁぁぁぁっっ…っっもうやだぁぁぁぁっいたいよぉぉっっうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ」


小っちゃなお尻のふくらみは真っ赤になっているのに、
昌行の手だって痛いくらいなのに、
それでも頑固に謝らない。


パァンッッッ!!!!
「っっいたいぃぃぃぃっっ」

剛は仰け反って泣き声をあげる。その顔は涙でいっぱいで、耳まで真っ赤だ。

「“ごめんなさい”は?」

「やだっっ…っぜってぇぇいやだぁぁぁっっ」

パァンッッッ!!!!
「っっいたいよぉぉぉぉっっ」

お尻に手形がつくほどの平手打ちに、
両足をいくらバタつかせても痛みが引かない。

「剛っいい加減にしろよっっ」

「しらないっっ昌兄がわるいっっ」

パァンッッッ!!!!
「っっわぁぁぁぁぁぁんっっ」

「ホントいい加減にしろ」
剛を膝の上から落とすように下ろして、

へたり込んでいる剛に
「何とか言えよっ」
と昌行が怒鳴ったが、剛は泣きながらも強い瞳で見上げるばかりで、
何も言わない。
「クソッッ」
昌行はそのまま部屋を出て行った。





その昌行に付いて行ったのは長野で、

部屋の中にはひとり戻ってきた井ノ原と、ソファの前でまだ座り込んでいる剛が残された。





「剛」
優しげな声で井ノ原が近づいてきたが、

「…っ待って…っ」
と剛は立ち上がって、
不格好な動作で真っ赤なお尻をようやくズボンの中にしまった。嫌だ。恥ずかしい。

「俺はさかもとくんの言ってること、わかるけどな」

目線の高さを合わせてそう言われても、返事ができない。
バツが悪そうに目線をそらすことしかできない。

「理由は何にせよ、遅れて来て怒らせちゃったら、俺たちのためにならないし。
もちろん、健と准のためにもね」

自分ひとりがバカにされるだけならまだしも、
という剛の怒りの気持ちを見透かされたような言葉に、悔しくて唇を噛む。

「あんな感情的になってたけど、さかもとくんの言ってること、間違ってないんじゃない?」

そう言われても、素直にそうだねとは言えなくて、
黙り込む。

「ま、あとは任せるけど」
そう言って笑うと、井ノ原も部屋を出て行った。
















それから間もなくして戻ってきた長野は、

お尻が痛くて両手をお尻の下にひいてソファの端っこに座っていた剛の、

隣に座った。


長野が隣に座ると、
気まずそうな顔で剛がこちらに顔を向けた。

「酷い目に遭ったなって感じ?」

そう問われると、
剛は目線を逸らして下を向いて、何も言わない。

「まあね、遅れて収録の予定とかスタッフさんの仕事とか台無しになったにしても、
遅れたのは剛たちのせいじゃないしね」

長野のその言葉にも相槌を打たない。

「それをさ、ちょっと機嫌悪いスタッフに責められたときにさ、一番気持ちをわかってくれるはずの昌兄が
一緒になって反論してくれないなんてひどいなーって、その上みんなの前であんなに怒るなんてね」

剛は何か言いたくてうずうずした様子で、
ぱっと長野のほうを見たけれど、そのとき長野は正面を向いていて目線は合わない。

「今日の怒り方、理不尽だったでしょ?」

「…っっちがうっ」

剛がたまらずそう言い返すと、
ようやく長野がこちらを向いた。

「違うの?」

「そうだけど違うっっだってっ……昌兄が怒ってくれなかったら、もう仕事……」
上手に言えなくて、黙り込んで、むずむずする様子で唇を閉じた。それから。
「……っ仕事だからっっっ俺が間違ってたっ昌兄は間違ってないっっ」


本当は、自分たちのせいじゃないのに責められたときの気持ちを
一番わかってほしい昌兄に、受け止めてもらえる言葉よりも先に叱られたのが
どうしても受け入れられなかったのだけれど、

自分の中にあったかなかったという気持ちを長野にすらすらと言われたら、
反論せざるを得ない。
そしてその反論こそが、自分の答えなのだとわかる。


「そうなの?」

「ごめんなさいっっ」
剛は、潔く立ち上がって長野に頭を下げた。

「さっきの言葉、昌兄に言ったら?」

「……言わないっ」

「どうして?」
長野は笑った。

「…おしりたたいたから……!」
拗ねたように言うその姿は、幼さが全開だった。








そのすぐ後に剛は、プライドを捨てて「さっきはごめんなさいっ」と素直にスタッフに頭を下げに回った。








そして、慌ただしいスケジュールの中、
車に詰め込まれて剛と健と准一は次の現場に向かった。
























「俺、やっぱりやり方まずかったかな……まずかったよな?あー……」
昌行は、剛たち3人が去った後の楽屋で井ノ原の撮影を待っている間に、頭を抱えている。


難しい年頃の剛に配慮してきていたはずなのに、
すっかり感情むき出しでぶつかってしまって、みんなの前でお尻を叩いた。
そしてそのことを自らフォローするような器用さも持ち合わせていなくて、
結局一言も口を聞かずに現場でわかれた。


「あのね」
長野が、飲み物のコップを取りながらさらっと言った。
「剛が、「俺が間違ってた、昌兄は間違ってない」って言ってたよ。「仕事だから」って」

「え?剛がそう言ったのか?本当に?」

「2回は言わないよ」

「お前、お茶飲みながら言うことか?もっと早く言えよ」

「……」
そんなこと言える立場?後処理考えた?
とブラックな返答をしそうになったが、
「そうだね、もっと早く自分で剛に聞けば」
と言うに留めた。

「………すいませんでした。」
そう言いながら、昌行は照れたように笑った。















































































そしてその日のアイドル番組の収録の前のことだった。


剛と健と准一が先に、会場に早く着いて、
大部屋の楽屋に入っていた。
もちろん、バックの子たちも居場所がないほどたくさん、同じ部屋の中にいる。



そんな中、
入口に近い壁際で、3人ともレッスン着姿で床に地べたに丸くなって眠っていた。

仲良く騒いでいる子たちもいるけど、
3人はそんな余裕なんかない程眠い。



狭い楽屋で、そばを歩いていた他の子の足が、不意に准一にぶつかって、
「あ、ごめん」と謝られたとき、

准一が目を覚ました。





初めは寝ぼけ眼でぼんやりしていた准一は、
徐々に、自分が今どこにいるのか把握して、

途端に慌てて立ち上がって、壁のほうを向いた。







そんなことをしても無駄だ。
だって、ズボンがお尻のほうまでぐっしょり濡れていて、
床も水浸しだ。







慌てて周りを見回しても、
他の現場から来る予定の昌行たちはまだ来ていないし、
隣を見ても、
剛と健ももちろんまだ眠っている。



『うわっっコイツ漏らしてる!』
准一よりも3〜4コ年上の子が指をさして大きな声で言った。

「ちがう!!!」
甲高い声で、そう叫ぶと、両手でお尻を隠すように立って、
准一は顔を向けられずに、目いっぱいに涙を溜めた。


その甲高い大きな声で、
剛と健は、眉間に皺を寄せて一度目を瞑ったが、
ようやく眠そうに目を開けて体を起こしてボーッと周りを見ている。



『おい、やめろよ』
と冷静に言ってくれる人もいたけれど、

『汚ねー


『小っちゃいの背だけじゃなかったんでちゅねー』

『はははっやめろよっ可哀想だろ〜』

『お前だって笑ってんじゃんっ』

『だってここで“おもらし”するヤツとかっ……初めて見たっ』




「なんでそんな風に言うの!?」
健が、急に立ち上がって、真ん中で囃しているヤツに言い返した。

『だって、このチビが“おもらし”しちゃったんだから、
しょうがないでちゅよね〜?オムツして番組出まちゅか〜?』

『ハハハハッッ!!』
大勢が笑うと、



「っっやめろよ!!!!!!!!!!!!」
剛が突然大きな声で怒鳴った。




部屋中が途端にシーンと静まり、
その勢いにハッとして、笑っていた何人かが『ごめん』と口ぐちに言った。



「…っっ…ぅっっ…」
静かになった部屋に、准一の泣く音だけが広がる。




剛が静かに立ち上がった。
「なに年下泣かして喜んでんだよ。准に謝れ、クソヤローが」

『クソヤロー?じゃあ、そっちは小便垂れだろ、ハハハッ』

何人かに笑われて准一が逃げるように部屋を出て行くのに誰かが慌てて付いていくのと、

「ふざけんなっ!」
と剛が飛びかかっていくのはほとんど同時だった。





「ごおっっ」
健がおろおろして叫んだ途端、

少なく見積もっても頭1つ分は違う、体格が全く違う相手に殴りかかった剛の右手拳が相手の顎に命中して、
剛が相手の体に馬乗りになった。
「准のことバカにすんな!!!」



『いいぞ!』
『もっとやれ!』
と囃したてる声と、
『やめろよ!』
と止める声で、室内は怒号のように大勢の声が響いた。



『何すんだよッ』
剛のほうがずっと小柄だから、
すぐに2人とも立ち上がってもう一度、
お互い殴りかかって取っ組み合いになった。


「ごお!もうやめてよ!」
健が止めに入れずにおろおろしていると、

周囲にいた一人が、
相手の子を押さえにかかったので、

健も後ろから剛を抱きすくめるように押さえようとした。



でも、2人の勢いは止まらない。
小柄でも優勢だった剛が、腹にパンチを喰らわせた。






そこへ、ようやくドアを開けて、到着した昌行と、
長野と、井ノ原が入ってきた。


「お前ら何やってんだ!」
井ノ原が咄嗟に一番に、向かい合っている剛たち2人の間に入っていった。
「離れろ!!…っ離れろって!」

それを助けるように、
長野は相手の子を後ろから羽交い絞めにするように押さえて後ろに下げたし、

昌行は、健を退かして剛を後ろから掴まえて、下がらせた。
「剛!落ち着けっ」
普段とはまるで表情の違う剛が、
目線を反らさず相手を強く睨みつけて、静かに怒りのあまりに小刻みに震えている。

「何やってんだよ!なんでこうなった!?」
昌行が2人に尋ねる。

『剛がいきなり殴りかかってきたからッスよ』

半信半疑で戸惑いつつ剛を見つめる。
「剛が先に殴ったのか…?」

「…そうだよっ。」
剛はぶっきらぼうに、そっぽを向いて答えた。







不器用にそう言うことしかできない。






「っなんでだよっ」
昌行は余計に戸惑って、口調が勢いを増す。

「頭にきたから。」

昌行が剛の肩を掴んだ。
「お前っ、頭にきたからって殴らなくてもいいだろ?!」
剛の足元がふらつくほど、肩を掴んで揺らす手に力がこもる。

剛が昌行を睨みつけるような目線のままチラッと見て
すぐに反らして
「ゆるせなかったんだよっ」
と言い放った。

「っ…殴ったらお前が悪いだろ!?」
思わず手が出て、剛のお尻をパンッッと叩いた。




「ちがうよ!」
健が大きな声で叫んだ後、
目線を下げて震えるような声で言った。
「ちがうよ……そいつが准のことバカにしていじめたから…准が泣いてどっか行っちゃって、
剛が怒ったんだもん……剛が殴ってなかったら俺だって怒ってたもん……
だから……剛だけが悪いんじゃない……」


昌行の厳しい表情が崩れて、
急に、困ったような弱ったような顔になった。どうしたら良いのかわからない。


すると、相手の子を押さえていた長野がパッと手を放して、

「何て言ったの?」

と普段と変わらない表情でその子を見つめて言った。

「准に言ったことと同じこと、俺に言ってみてよ」

『え……』

「言えるでしょ?さっき言ってたんだよね?」
表情も言い方も穏やかだが目が笑っていない。

『……っ』

「早く言いなよ」

『……小っちゃいの背だけじゃなかったって……』

「え?」



そこへ、准一を追いかけていっていた子が戻ってきたので、
井ノ原が小さな声で、「准はどこにいんの?」と尋ね、
一足先に一通りの事情を手短に聞いて、着替えを袋に入れて部屋を出た。















さっきの子に言われたのは男子トイレ。

男子トイレの一番奥の個室に閉じこもって出て来ない、と。





入ってみると、案の定、泣きじゃくる声だけが聞こえる。


「…っ…ぇっっ…っぅっ…っ…」

「准」
呼びかけても、

静かにしゃくりあげて泣いているだけで返事をしない。

「出て来いよ。俺しかいないし、恥ずかしくないから」

「…っぇっ……ぅぇっ……っ…っっ…」




このままだと埒が明かない。ずっと出てこないかも。
「ねえ、准ちゃんじゃなかったら、俺、恥ずかしいんだけど。」
井ノ原がアハッと笑って、
「准だよね?」と尋ねた。

「…っじゅん…っっ」

「出て来いよ。大丈夫だから。着替えもあるし」
昔、慣れない環境に緊張してホテルでおねしょをしてしまったときに、
昌行が優しく庇ってくれたのを思い出す。
「准」

「…っ…ぇっ…ぅぇっ……っ……」
でも、准一は返事もしないし、出て来られない。

「…もう、しょうがないなあ」
優しくそう言ったかと思うと、

猿のように器用に、
鍵の部分に足をかけて、
トイレのドアをひょいっとよじ登った。

「あはっ上から来ちゃった!ビックリした?」

准一は涙が止まって、しゃくりあげつつも、
口を開けてポカンと頭上の井ノ原を見た。



井ノ原は、仕切りの壁の一番上を掴んでぶら下がって、
トンッと准一の隣に下りた。

「そんなに泣かないでよ。はい、これ、着替え」

准一は、ぐずぐず鼻をすすりながらも受け取った。

「あと、タオルも濡らしてあるよ。俺、準備いいでしょ?」
ふざけてドヤ顔をする井ノ原に、

准一がようやく少し笑った。




着替えが終わって鍵を開けて、ドアを開けると、

井ノ原が先に個室を出ても、

准一は、急に眉の両尻を下げて、弱々しい顔で下を向いて、
躊躇した。

「准」
井ノ原が、准一を抱きしめた。「…っっ…っ…」准一がまた泣き出した。
「恥ずかしくないし、怖くないから大丈夫。ヤな奴は剛がぶん殴ってくれたから」


そのことにびっくりして顔を上げた准一の全身の緊張が抜けた。
「怖くないだろ?」
准一が胸に顔を埋めて頷いた。


「それに、もう恥ずかしくないよ、大丈夫。
3年後くらいには、笑い話になってるから。准は話すことに困らないだろうな」
そう言って井ノ原が笑うと、

なんだかよくわからないけれど、
へへへっと准一も笑った。

「もう大丈夫だろ?」

ようやく准一が顔を上げて、にこっとして頷いた。





















そして、その頃楽屋では、

結局、長野に圧倒された相手の子が、
だいぶ時間がかかりながら小さなか細い声で、全部言わされた後に、

「じゃあ、ちょっとこっち来て」

と長野に呼ばれて、

付いて行かざるを得なかった。



飲み物が置いてある、ついたてで区切られた部屋の隅に連れて行かれる。




そして、無言で、


パンッッッッッ!!!!!パンッッッッッ!!!!!パンッッッッッ!!!!!パンッッッッッ!!!!!パンッッッッッ!!!!!


と思いっきり、お尻の下のほうを叩かれていた。3発目で仰け反って膝を着いても関係なしだった。

「…っっっ…           っっっっっ!!!!!     っっぅっっっっ!!いっっっっっっ…」

どれだけ声を押し殺しても、ついたての向こうで何も見えないその他の子たちも何が起こったかすぐにわかるほどだった。


それが終わって大いに涙目になって膝を着いて、お尻をさすっている子に、
長野がさわやかな笑顔で、全く笑っていない目で小さな声で言った。
「今度、准のこといじめたら、俺、許さないからね」

「…はい……」

「あ、教えたり叱ったりしてくれるのは大歓迎だよ、そこの区別はつくから」

















長野たちがついたての向こうから戻ってくると、

准一を連れて井ノ原が戻ってきた。

「准、だいじょうぶ?」

「だいじょぶ」

「准、おいで」
長野が准一を隣に呼んで、肩に手を置いた。




そうしたら、さっきあんなに准一に嫌なことを
言っていたヤツが、

「ごめんなさいっ」
と90度に頭を下げた。



「一人で言ってたんじゃないよね?」
長野がそう言うと、

周りにいた子たち数人が
「ごめん!」「ごめんな!」
と頭を下げた。




当の准一はというと、
ぽかん、として、どうしたらいいのかわからずに長野を見上げた。

「准、いい?」

長野が尋ねると、准一はコクン、と頷いた。

「じゃ、できれば今日のことはなかったことに……」
井ノ原が笑って言った。

それでようやく場の雰囲気が変わった。






周りの大勢の子たちも普段通りに戻ったし、

准一はすっかり機嫌を直したらしく、

「…ひろし、おんぶ…」
と小さく手を引いて

「え?今?」

「いま」と背中に無理やり飛びつく。



そして、「…けんくん、ごおくんありがとお」と無邪気に言う。



そのとき、剛に対して何にもなかったことにハッと気づいた昌行は、「剛、こっち来いよっ」と怒った様子で、
強く剛の手を引いた。

剛は手を引かれるままに付いて行ったが、
もう怒られても仕方ないと思った。





ドアを出て、廊下を楽屋からだいぶ離れてしばらく進むと、
昌行の歩く速度がだんだん遅くなり、
腕を掴む強さも弱くなって、そして、止まった

昌行は振り返って、剛と向き合った。

「剛。ありがとな」

ポン、と頭に手を乗せられると、
恥ずかしくて、
「なんでっ俺が殴ったから怒ってるんじゃなかったのっ?」
と言った。

「いや、殴るのは悪いっ」
慌てて訂正した。

「うひゃっ」
その変わり身に、剛は楽しそうな声をあげた。

すぐに、昌行は
「でも、ありがとう」
と言った。


剛があんなに怒って殴りかかったりしていなかったとして、
准は可哀想だし、見聞きしていた健も可哀想だし、
この先だって同じようなことが起こっていたかもわからない。


「昌兄、怒ってんのかと思った」

「ごめんな、一応な、建前があるだろ」
昌行が苦笑して言った。
「もう少ししてから、戻ろう」

剛は、口元を隠してふふっと笑って、頷いた。




ここ最近では珍しいほど意気投合して、
兄と反抗期の弟が気まずくもなくいい雰囲気で廊下で時間が経つのを待っていた。

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