‘しつけ・励まし’の仕方・「心の豊かさ」 上手な叱り方 NO2

2007年10月30日(火) 10時00分
2007年10月30日追記
上手な叱り方・・福島脩美氏(東京学芸大学教授)を見つけました。
ほめる事が優先で、叱るのは必要最小限にとどめるのが上手な育児の仕方だと思いますが、叱ることが必要な時は上手に叱るテクニックを知っておくと、子どもの心をゆがめることなく素直なままに育てていけるのではないかと思います。
幼児http://www6.big.or.jp/~1happy/5pointyouji.htm
小学生http://www6.big.or.jp/~1happy/5pointsyogaku.htm

2007年09月12日追記
米倉けいこ氏(心理カウンセラー)敬愛ビジネス学院コラム・子育てを楽にする方法より

「人は、同じ出来事に直面しても、悲しむ人もいれば怒る人もいます。物事に対する感じ方や考え方、行動の仕方は自分で決めたパターンがあります。」

同じように育児をしていても、‘どうしてうまくいかないんだろう’と自分を責めて落ち込む人もいれば、‘全て思い通りに行く訳も無いのだからこの程度でもok’と思える人がいます。

米倉氏は、この感じ方や考え方・行動の仕方のパターンは、子供の頃の親や周りの人々の育児の仕方に影響を受けているとおっしゃいます。かつて、米倉氏も以下のような問題を抱えていたそうです。

問題
「子どもにイライラする」
「子育てが上手くいかないと逃げたくなる」
「気に食わないと、つい子どもを責めてしまう」

その時の感じ方や考え方・行動の仕方のパターン
「もし、ちゃんと出来ていなければ自分はダメだ。認められない。」

「私が子どもの頃、私の母は優秀だった兄ばかりほめていました。また、ピアノの先生からは、上手く弾けないと手をピシャリと叩かれたものです。私は、こうした経験から、ちゃんと出来ていない時に‘自分はダメだ。認められない’と落ち込むようになったのです。

子どもは、兄弟、友達など誰かと比べられることがとても辛いのです。出来たら認められて、出来ないと認められないのが、悲しいのです。腹が立つのです。ちゃんとしなくても、おりこうさんにしなくても認めて欲しいのです。

‘がんばっても、がんばらなくても、ちゃんとしても、しなくても、人の役に立たなくても、人に必要とされなくても私はダメじゃない’と考えられるようになったことで、・・落ち込むことが減りました。子どもに素直に謝ることが増えました。(まだ、謝れない時があります)‘自分でいいんだ’という自己肯定感が増してきました。それで、緊張することが減りました。自分に優しくなりました。子どもや夫に少し優しくなりました。

・・・ 母親がラクだと、子どもも父親もラクになりますね。
子どもは、親に認めて欲しいのです。可愛がってもらいたいのです。兄弟で比べられたくないのです。褒めてもらいたいのです。
お母さん、子どもを誰かと比べず、子どもがどんな状態でも‘あなたが大事。大好きよ。’と受け入れてあげてください。
そして、お母さんもいいお母さんでなくても、ちゃんと出来なくでも、一生懸命やっている自分を認めてあげてください。」

 今同じような問題を抱えている方は、御自分の考え方のパターンを変えた方が楽に生活していけるかもしれませんね・・。また、上記のような子どもへの接し方が、落ち込みやすい子どもにしてしまうかもしれないということも知っていると、予防できて、明るく前向きな子どもに育てることができそうですね。o(^-^)o

親としての広い心

2007年10月13日(土) 21時20分
 先日、食料品店の前を自転車で通りかかった時、その店の前に3歳くらいの子どもと母親がいました。
  母親は子どもとお店に背を向け携帯電話で話中でした。
 ‘ドスン’という軽い音がした時、その母親は超大きな声で「なんてことするの!!」と叫びました。見ると、子どもがお店の商品に触り、その商品が袋のまま地面に落ちたようでした。インスタントラーメンが5つくらい入った袋のようでした。
 私は、その子どもを『かわいそうだな』と思いました。『母親と同じようにキレる子どもにならなければいいけれど・・』『自分に自信が持てる子どもに育つといいな・・』とも思いました。

 私から見れば子どものしたことは全然たいしたことでありません。母親に大声で怒鳴られるくらいのことはしていないのです。むしろ母親の方に、子どもを見ていなかったし、手をつないでいなかったという配慮不足がある訳です。しかもお店の前の道は狭い上に車も通るし自転車も通ります。子どもから目を離すことはとても危険と思われる場所なのです。子どもがお店の商品に興味を抱いて手に取ることも予測可能なことであります。

それなのに、全ての責任を子どもに押し付けた母親の叫びは、『子どもの心の成長に何らかの影響を与えるのではないか』と思えるものでした。このようなことが無意識に日常的に行われていたらと想像して、その子どもに同情してしまいました・・・。

 落とした商品によっても違うとは思いますが、この場合は、落とした袋をティシュで拭いて、「すみませんでした」と元の位置にもどしておくだけで良いのではないでしょうか・・。母親がそうすることによって、子どもも触ってはいけなかったと感じるし、同じ場面での対応の仕方を学ぶことが出来たのではないでしょうか。

 また、怒る前に、普段から‘お店の商品を触ってはいけない’ということを子どもが理解できるように教えていたかということが問われると思います。教えていなかったら、子どもにとっては常識となってはいないので、怒られた理由も理解できていないかもしれません。
 
 しかしこの場合は、しかるのではなく、お店の人と子どもの間に入り、『子どもを親として‘守ってあげる’という態度の方が必要なのではないか』と思ったのでした。

 私もこのブログに書いていることを全て上手に出来ているわけではなく、思春期の子どもには「その一言がうざい」「今やろうとしている所だったのに、やる気を無くす」などと言われたりもします。別のことに気をとられていて、5歳の息子に「は!?聞いてないし!」と言われたりもします。なかなか自分の描く理想的な母親像に近づけません。自分で書いたブログの一番の読者は実は自分だと思います。何回も読み返しながら、心の広い人になれたらいいなと思っています。o(^-^)o

リンクさせて頂いている親野智可等先生の『親力』「共育」コラムに、しつけについての考え方がありました。お読み下さればと思います。

『にいちゃん、ぼく反省しきれません。』柚木真理氏著 1998年ポプラ社発行の本があります。
 昭和の時代の2人の兄弟を中心とした家族のお話が描かれています。
 些細なことは気にしない大らかな子育てがそこにあります

 この本は、弟から見た家族の視点で書かれています。
<父さんの災難>では、そそっかしい兄が庭の池の水を入れかえている時に、父親の上をまたいだ瞬間に大鍋の柄が抜けて父親に全部水がかかってしまいますが、父親は「ああ涼しかった」と言い、「秋の終わりなのに言った父さんはさすがだ」と、子どもに感じさせています。

<一生の思い出>では、「お願いだから、母さんが学校に行く日くらいは廊下に立たされないでおくれ。」という母の願いもむなしく、役員会のために訪れた母の前に兄弟2人が立っており、その話しを聞いた父親は、「3人が学校でそんな会い方をするなんて、めったにあることじゃない。一生の思い出になるぞ。」と、ほめたのだそうです。

 父さんは、よいことでも悪いことでも、一生の思い出になることをするといつもほめてくれるんだ。この前も兄ちゃんがほめられた。兄ちゃんは学校で先生に怒られる前に、自分から廊下に立つんだそうだ。その日も先生が「今日は・・」っておっしゃった途端に廊下に出て行ったら、先生があわてて、「今日は宿題を出していないよ。」と言いにいらしたそうだ。それを聞いた父さんは、「なかなかおもしろい経験ができたな。」と、たいそう兄ちゃんをほめた。

<二升酒>兄ちゃんにはとっても探究心がある。どんな事でも疑問に思ったら、自分で実験して確かめてみる。たとえば猫にお酒を飲ましたらどうなるか。お酒を牛乳に混ぜて飲ましてみた。そして兄ちゃんが猫の目をじっと見たら、いつもなら目をそらすのにグッと見返す。なおも兄ちゃんが近づいて猫の目を見続けたら、猫になぐられた。それを見てた父さんが、「酒癖の悪い猫だ。」と笑っていた。
 酒といえば、この間の日曜日も兄ちゃんの探究心につき合わされた。また寄席で聞いてきたらしい。「父さん、貯水池にお酒を入れると、水道からお酒の味の水が出てくるんだって。なかなか科学的だよね。ぼくも試してみたいなあ。」「そうか、じゃ試してみよう。」・・・ぼくたちは電車を乗り継いで、東京都民の貯水池である多摩湖まで行った。途中の酒屋で一升瓶を2本買って、・・・やっと多摩湖について、兄ちゃんがお酒をドボドボと湖にそそぎこんだ。顔が期待と興奮でワクワクしている。湖にそそぎこむと、ソレッとばかりに家路を急いだ。・・・家につくやいなや水道の蛇口をひねって、兄ちゃんがコップになみなみと水をくんだ。ひと口飲んでみて、アレッという顔をしている。・・・「父さん、いつもの水と同じ味だよ。」「おや、そうかい。残念だったなあ。」と父さんは言った。お酒の大好きな父さん、あの二升のお酒飲みたかったんじゃないかなあ。

<亡き母をしのんで>は、担任がお休みの日、新任の先生の指示で『母』というテーマで兄が作文を書くことになった。兄は何を思ったか『亡き母をしのんで』という題で書き始め、書いているうちに悲しいことがいくらでもつらつらと書けてしまったそうだ。その作文に新任の先生が感動し、わざわざ家を訪ねてきた。ところが母は、先生の感動の様子に、今更生きているとも言えず、つい、「甥がいつもお世話になっています。」と言ってしまった。・・・ぼくは入り口で父を待ち、状況を説明した。・・・なんと父は母に向かって「いつも姉さんすみませんね。」と言うではないか。・・・

この本を購入しようと思ったのが<にいちゃんの家出>です。たまたま開いたページがここで、1行読んだ途端に、大笑いしてしまいました。楽しい子どもです。

 ぼくが学校から帰ってきたら、兄ちゃんがポチの小屋に寝ていた。その横でポチが迷惑そうな顔をして座っている。人間の言葉がしゃべれたら、『なんでこいつが俺の小屋で寝ているんだよ。』というところだろう。・・・「父さん、兄ちゃん家出したよ。」「ああそうか、家出さしとけ。」と全然取り合ってくれない。・・・近所の人たちはうちのことをよく知っているから、さほどびっくりもせず、・・・「はい、えさだよ」と差し入れを置いていく。・・・母さんは「・・・あんなに食べておなかこわすと面倒だから、あなたなんとかしてくださいよ。」「よし、わかった。」父さんがどうするのかと思ったら、「えさを与えないでください」と犬小屋に張り紙をした。・・・

私の記事の‘乳幼児期に大切なこと’で小学校の校長先生のおっしゃった‘親自身のユーモアのセンスをもつ ’は、この本の父母ようなのセンスもその1例ではないでしょうか。楽しい子育てのヒントがここにあるように思います。この本を読んで笑うと、気持ちがとても軽くなります。
o(^-^)o

祖父の死

2007年10月11日(木) 10時25分
 中3の娘が、国語の授業の中で祖父の死について書いていました。テーマは「安楽死」のようでした。

 私は、3年くらい前に、病気で祖父を亡くしました。私は祖父が入院している間、何度も病院へお見舞いに行きました。ある日、私がゴミ箱をのぞいて見ると、薬が捨てられてありました。どうやら病院嫌い、薬嫌いの祖父が捨てたようでありました。そこで私は迷いました。祖父の腕は何度もうたれてきた点滴によって青く染まっていたことを私は知っています。そして体格の良かった祖父がうそのようにやせ細ってしまったことも知っています。人にもらすこともなくたえてきた祖父に、もう完全に治るとは言えない病気と頑張って闘えとは言えない私がいました。
 
 それから何ヶ月かが経って、お医者さんから「今日が山でしょう」と言われました。私はこれまでの祖父との思い出を思い出しながら、1日中祖父のそばにいました。心配な気持ちを残しながら、その日はいったん家に戻ることになりました。翌日病院にいってみると、祖父は昨日と変わらずにベッドに横になっていました。祖父の手足さわってみると、ひんやりとつめたくなっていました。私と母は手であったかくなるようにさすり続けました。一度、ピーと機械の音が鳴った時、「おじいちゃん」と私たちが叫ぶと、音は鳴り止みました。そしてしばらくしてもう一度ピーという音が鳴り、私たちが呼びかけましたが、もう鳴り止むことはありませんでした。
 
 もう一人で歩くのがやっとという時に、祖父は大好きなお酒を自分で買いに行って飲んでいたそうです。その時の祖父の一言、「死んでからじゃ飲めないからな」ということと、「お花なんかいらない。だから(病気が)悪くなったとしても飲ませろ。」という言葉がずっと頭に残っています。
 一般的に「安楽死」の選択は否定されているかもしれません。しかし、私はそんな祖父を見ていて、好きなことをして楽に死ぬことを許すことも良いことのように思えてしまいます。

‘子供から見た祖父の死’というものを、先ほどこれを読んで初めて知りました。薬がゴミ箱に捨てられていたなんて知りませんでした。今日は思いもかけず父の死と向き合ってしまいました。
 
 私の父はお酒も煙草も甘い食べ物も大好きだったので、肝臓も肺も悪くなっていましたが、決定的だったのが脳梗塞で、特にどこかが明らかにつまって麻痺で動けなくなったという訳ではなく、徐々に血液循環が悪くなり、食べられなくなりやせて、ますます循環が悪くなり、歩くこともできなくなったという感じでした。3〜4ヶ月のあっという間のことでした。
 当時小学5年生だった娘は、毎日病院に通っていました。私には何も言わない父も娘には良く話しをしていたようでした。病院に行っても5分しか時間を作れなかった私の代わりに、娘は良くやってくれたと思います。
 危篤状態になってから2日間、家族に見送られて旅立った父ですが、父も父なりにこの世との決別を葛藤していたように見えました。母の「もういいんじゃない」という言葉に、もうしゃべれなく意識も無さそうに見えた父が首を横に振った姿が印象的でした。『魂は元気でも、もう身体は機能しない』そんなことを感じていました。
 血圧が下がって来ると、看護師さんが昇圧剤の量を増やします。末梢の血流も途絶えた身体を元の状態に戻すことはどんな治療をしたとしてももう不可能です。父の場合、昇圧剤の量を増やしても明日があさってになるくらいの状況なのです。「昇圧剤の量をこれ以上増やす必要ありません」と、私は看護師さんに伝えました。それから半日くらいして、父の魂は静かに徐々に自分の身体から離れて昇って行きました。子供たちが春休みの桜が咲く頃でした。

 「安楽死」というのは、患者さんの命がまだまだ続いていく可能性がある長期的な場面において、患者さんの苦痛と家族の負担との葛藤として起こってくる可能性のあるテーマだと思います。
 
 最近はお医者さんは、急変する可能性のある患者さんについては、事前に家族にどの程度の延命治療を望むのかをはっきりとたずねています。‘人工呼吸器をつけるのかつけないのか’患者さんの年齢や病態にもよりますが、治療方法の選択というのは、患者さん本人だけでなく支える家族にとっても重要で、慎重な判断が求められると思います。
 

父(祖父)の死は悲しいですが、孫である娘の人間性の成長には大きな役割を果たしてくれたように思います。
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