子どもはどこでつまずくか・・

2007年04月07日(土) 13時00分
 中学校卒業前の奈々さんが「人生をやり直すことができたら、もう1度、小学校からやり直したいなあ。小学校4年と6年が悪かったから」と真顔でポツリと言う。茶髪、アイシャドウ、ピアス、ミニスカート、ルーズソックス。そんな格好をしていても、心の奥底に「あの時、まじめにやっていればもっと違った生き方ができたかもしれない」「学びたかった」という悔根の情を持っている。小学校ですでに自信をなくし、意欲をなくしたと語る彼女の内なる声を聞いて心が痛んだ。
「どうして学校に来なかったの?」「勉強なんてつまんにゃあ、・・・」
「勉強が好きな人なんてあまりいないよ。今からだって・・」「だって、高校へ行かないから、勉強いらないもん」
 小学校からやり直したいと言いながら、今を変えられない。私たちが、子どもの言葉に表せない苦悩に心を砕き、必要な時期に必要な援助をしていたら・・その日、気が重かった。
 本来、学校という場所は、子どもが様々な人やモノや事と出会い、学ぶことの意味を見出し、苦しいことや嫌なことから逃げ出さないで、最後まで何かを学び取ろうとする力や自立心をはぐくみ育てる場である。それなのに、教師も親も受験学力のステップアップだけを願い、自分や他者に心を砕き、市民性のある探求的学び手をはぐくみ育てていなかった気がする。・・・
 これは、『公立中学校の挑戦―授業を変える・学校が変わる―富士市立岳陽中学校の実践』 編著者 佐藤雅影氏・佐藤学氏 (株)ぎょうせい 2003年初版発行 の「はじめに」に書かれた佐藤雅影校長の一部の文章です。

 『子どもはどこでつまずくか―9・10歳は飛躍台』子どものしあわせ編集部・編 草土文化1985年初版発行の本は、何人かの教育者が、その現場で感じた事や調査研究の結果から、子どもの勉強のつまずきは、小学校の3・4年生で起こっていると述べています。

 つまずきは、特に算数と国語で、算数は九九や分数が入ってくる頃から起こりやすく、国語は文章を読み取る力が弱いために、その弱さが算数にまで影響するということが書いてあります。
 乳幼児の頃から童話に親しみ、親の読み聞かせから、自分で字が読めるようになる小学校2〜3年頃には徐々に、自分で本を読む意欲が持てるような子どもに育てていきたいですね。
 乳幼児の頃から読み聞かせをすると共に、普段から親が本を読む姿を子どもに見せることが大切ですね。
 それから、小学校4年生頃は、親が子どもの算数の理解力をきちんと把握し、不足があればいっしょに勉強をし、やさしく丁寧に教えるという作業が必要のように思います。

 小4年生という時期は、まだ、自分の思ったこと、嫌だったこと、嬉しいことを素直に言ったり、本当は文章に書きたくないことも作文や日記に書くことが出来る時期なのだそうです。自分を素直に出せる年齢なのだそうです。しかし、5年生になると、自分の弱い面を直視することを恐いと感じるようになり、できれば見ないで通りたいと思うようになるそうです。人にも気づかれずに過ごしたいと考えるようです。これが自己確立への正常な過程なのだそうです。ですから、多分この時期に、学力の遅れをなんとかしようと親が奮起すると、子どもと衝突してしまって大変かもしれません。でも、やらないわけにはいかないと思いますので、小5年生の気持ちを理解し、やる気を失わせないように心掛けて欲しいと思います。

 変身・飛躍できる9・10歳

 「・・人間、自分が認められないと、自信や意欲を失うものである。この時期の子どもはなおさらである。

身体的成長の面で脳の組織がほぼかたまる時期にある子どもは、思考面でも論理的になり、理屈っぽくなる。親がちょっと変なことを言うと、必ずそこを指摘し、徹底的につっこんでくる。事実が見えてくるから正義感も強くなる。未熟で大人から見れば、矛盾もあり、論理の幼さもあるが、大人が上から押さえつけようとすれば、せっかくの成長も抑えられてゆがんでしまう。たたく、怒鳴るは逆効果。なぜかを納得すれば、積極的に行動するエネルギーが沸騰しているのがこの時期である。・・」 (当時、東京都立川市立第3小学校養護教諭 荒川益子氏)

 「碁を始めたのは、小学校4年の頃だった。・・
4年の頃、身体が弱かった僕を鍛えようという両親の考えで、柔道に通いだした。けっこう楽しくて3ヶ月ほど毎日通った。しかし、ある日の帰り道、子ども同士で柵を飛び越そうとした拍子に足をひっかけて倒れ、腕を折ってしまった。柔道はできない、遊びたい盛りなのに遊びもままならず、・・。当時我が家の2階には碁会所があり、お客さんに教えてもらいながら碁をやりだしたのが動機だった。・・
 プロになる人たちは、皆5・6歳から始めている。僕は、・・始めるのが遅い方なのだ。それでもプロになれたのは幸運だった。・・
 両親は、僕をプロにさせてもいいところまで行くとは考えていなかった。学校のできも悪いから、ああいうことをやらせても無理だろうという感じを抱いていたにちがいない。・・
 ただ僕自身は、学校の勉強よりはおもしろいと感じていた。碁は大人と五分でやる。子どもの頃は伸びが早いから、大人をどんどん追い抜いていく感じなので、ますますおもしろくなっていく。例えばすぐ上の兄貴と五分以上に戦うと気持ちが良い。他は何をやっても勝てないのだけれど、これだけはというものがあるから自信がついてくる。・・

 両親は、成績が悪かった僕に、勉強や学校のことをとやかく言わなかった。
それよりも、僕の良いところは、まじめなところだとか、うそをつかないとか、そういうところをほめてくれた。欠点を言えばきりがないわけで、子どもに対して欠点を言わないほうが良いのではないか。

  今は、回りがあそこの子は優秀だからとか、あそこまで追いつこうとか言い過ぎる。
数いれば優秀な人はたくさんいるわけで、いちいち比較されたのでは子どもはたまらない。僕の場合は、無理な期待が無かったことを感謝している。」(当時、囲碁9段・天元 加藤正夫氏)

想像力と‘ごっこ遊び’

2007年04月01日(日) 15時10分
  

 精神的・身体的に人を傷つけた時、よく「そうなる結果について想像しなかったの?」って、言われますよね。

 「想像力を養うために、童話をたくさん読んであげましょう。本をたくさん読みましょう。」って言われますよね。

 今回は、想像力についての見解を、他の角度から得ましたので、御報告いたします。

 
 『子どもはどこでつまずくか・・9.10歳は飛躍台』子どものしあわせ編集部・編 草土文化 1985年初版 という本を図書館で借りて読みました。

 その中に、当時、滋賀大学教授の加藤直樹氏が書かれた「自分の思いをしっかり綴る・・書き言葉の本格的な獲得」という文章があります。

 この文章を・・@豊かな文章を書くという事A想像力をふくらませるために大切と思う事・・に分けて要約します。

@豊かな文章を書くという事  

 子どもが文章を書くことができるようになるには、段階があります。
 
 「作文を書くとき、あるテーマを設定して、起承転結のある文章が書けるようになるのは小学校3・4年頃、つまり9・10歳頃で、これが本格的な書き言葉獲得の指標になるのではないかと考えられます。・・また、この時期は、本格的に手紙が書けるようになる時期で、・・身近にいない相手に対して、必要な事項、自分の意思を正確に伝えるという自分の気持ちを自覚して、書くことができるようになります・・これは、論理的思考力が働いているということになります。」 
 
 では、書き言葉を本格的に獲得する9・10歳の頃に、物事を論理的に考えることがスムーズにできるためには、それ以前にどんなことが必要でしょうか。

 絵も9・10歳の頃から写実的な絵を描けるようになると言われていますが、自分の価値観をこめた写実的ないい絵が描けるためには、低学年のうちに、部分を細かく見るということが大切なのだそうです(観察の仕事)。
 作文でも、書く前に、書くことについての思いをふくらませることが大切です。
 また、論理的な考え方を発展させるためには、「て、に、を、は」や接続詞をきちんと使うことを意識化させることも大切です。

 子どもたちが、いろいろな角度からものを見て、想像力を働かす活動を行い、それを綴るという作業は、自分の気持ちや相手に伝えたいことを自覚するという力=自分を自分で客観視する力=「自分を見つめる」力を育てます。
 「自分とはなにか」を考えることは抽象的な思考ですが、このような思考を可能にする土台には、まず、思いや想像力が豊かであることが必要です。

 「しかし、最近では、綴ることの苦手な子が増えていると言われています。・・高度な学力を備えた大学院生の中にも、論文をそつなく書くことはできても、研究の出発点となる‘問題意識’が希薄な場合があるとも言われています。・・書き言葉には、・・書く動機を自分でつくり、伝える内容を自覚することが求められます。・・いくら文字が書け、文章が正確に書けても、主体的な思いが貧困では豊かな書き言葉にはならないのです。

 小学校中学年という時期は、それまでに文字をしっかり習得し、文法学習などで表現表記の方法を学ぶことを基礎にして、思いを綴ることがしっかりできるようになる時期です。
 だからこそ、その思いを豊かにする経験や、思いを語り合う仲間や、思いを意識化させる大人たちの働きかけをうんと大事にする必要があるのではないでしょうか。」

A想像力をふくらませるために大切と思う事 

 「思いがうんとふくらむには、想像力、空想力のような力が大切です。・・1つのものがいろいろなものに見える、棒切れがマイクになったり、鉄砲になったり、ということがたいへん大事なことです。
 ひらがなの『し』という字は、3・4歳の子どもにとっては、へびに見えることもあるし、いろいろなものに見えて見えてきたりという、そういった想像力の豊かさが本来の特徴なのです。

 ところが、その時期に、字を教えることを、とくにつめこんで教えるようなやりかたをすると、それはへびでもない、釣り針でもない、『し』でしかないという見かたを強要することになってしまうので、想像力の発展のためには、むしろ逆効果になる場合が多いのです。」

 「思いをうんとふくらますことが大事な幼児期に早くから字を教えることは、書き言葉の獲得のマイナスだと私は思っています。」 

 「むしろ、3.4歳頃の子どもたちに必要な活動としては、‘ごっこ遊び’などが考えられます。‘ごっこ遊び’というのは、まさに想像の世界、空想の世界です。そういう世界をふくらませていく活動です。
 こうした活動がたっぷりなされ、想像の世界がふくらんだのちに文字を教えることが望ましいと思うのです。・・・‘ごっこ遊び’なんかあまりする機会が無く、つめこみ教育をさせられてきた結果、抽象的思考の基礎になる想像力、空想力みたいなものをしぼませてしまう例がかなりあります。
 
 思いや想像力がふくらむためには、子どもの主体的な活動が必要であり、豊かな生活経験がなければなりません。それらを抜きに文字をつめこんだりしても、豊かな書き言葉の獲得が難しい・・のです。」

 
  文字を書いたり読んだりできるようになるのは、男の子よりも女の子の方が早いように思います。わざわざ教えなくてもいつのまにかできるようになっています。

 それに対して男の子は、車やヒーローのキャラクターなどに夢中になり、そのテーマに関してはミニ博士のようにたくさんのことを覚え込みます。そして、ヒーローごっこをして遊んだりしています。

 我が家の息子は、ウルトラマン大好きで、よくまあ知っているなと感心するほど、ウルトラマンや怪獣の名前を知っています。
 保育園のお友達の中には、車大好きで、車の型番号まで覚えている男の子がいて、『将来的には車の知識の方が役立つのではないのか・・』と私的には思います。(このお子さんのお母様は、ほぼ毎日車の通る大通りを通って遠回りしてから家に帰るようです。『毎日こうして子どもの思いに付き合ってあげてすごいな・・』と思います。『こういう日々の出来事が、子どもの探究心を深めるのだな・・』とも思います。)
 
 こうしてヒーローごっこ遊びにも大切な意味があるのだなという事を知ると、ゲキレンジャーも仮面ライダー電王もイエス・プリキュア5も子どもにとっては、ママごとと同じように大事なのだなって思いました。

 
 それから、たしか、『親力できまる!- 子どもを伸ばすために親にできること - 』親野智可等 著  宝島社 に次のような趣旨の事が書いてあったと思います。

 「子どもの頃に何かに夢中になるということは大事です。例え親にとっては‘くだらない’と思うことであっても、子どもにとっては、夢中になることが出来たという経験が大切なのです。止めさせるのではなく、むしろその分野において物知り博士になるくらい探求させてあげて下さい。何かに夢中になれる子どもというのは、大きくなってからは別の事にも夢中になることができるのです。」 

 ウルトラマンに夢中になるという事ひとつにも、いろんな角度から、いろんな意味がありますね。
 この記事のテーマは、ごっこ遊びが子どもの想像力を高めるでしたが、その他にも、夢中になれるものを見つけ探求する力をつけたり、同じ趣味などを持つ気の合う友達を見つけて遊び、子ども同士の社会性を広げるなどの意味があるのですね。 

 将来の子どもの文章力を高める一助が‘ごっこ遊び’にあるとは、思いもよらなかった事ですが、また、その他の事の効果を高めるためにも、これからは息子のウルトラマンの話題にも『もう少し長く付き合ってあげようかな』と思います。さらに、「そう。そう見えるんだ。そう思うんだ。」と、子どもの話を聞き、固定観念を植え付けないように心掛けたいと思います。o(^-^o)


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