不登校の考察(親の連続性と一貫性)「小児科医林隆博氏心のカルテ」よりNo3

2010年09月15日(水) 14時30分
「小児科医林隆博氏の心のカルテ」には、親の育児姿勢には連続性と一貫性が大切ということが書いてあります。

『女子大生がヤバイ!』という小沢章友氏著新潮新書2009年6月出版の本があります。この本では、小沢氏の小説創作の講座で学生が書いた作品を紹介しています。その中に、「母へのしこり」という題名で書かれた作品があり、「親の育児姿勢の連続性と一貫性」に関連していると思うのでご紹介します。

「 捨てて来なさい。母の言葉は冷たかった。小学校1年の私は、学校帰り、猫たちと暮らしていたおじいさんから、1匹の猫をもらったのだ。金色と青色のすてきな目をした白い猫だった。猫を手放したくない私は、捨てて来いという母を憎んだ。けれど、さからえなかった。近所の茶畑に行き、猫を放した。私になついてしまった猫は、ふた色の目で私をじっと見つめ、なかなかどこかへ行ってくれなかった。私はこらえきれず泣いた。そして、心の中で猫にあやまり、うがあ!と犬が吠えるように叫んだ。猫はびっくりしたように茶畑の奥に消えてしまった。家に帰って、捨てて来たという私に、母はそうと返しただけだった。あれから12年が過ぎて、私は18歳になった。この間に、わが家では犬を飼いはじめた。あの白い猫とは正反対の、黒い犬だ。母は、私がつけた名前を気に入り、食事を与えながら、頭を撫(な)でている。それならどうして、あの猫を捨てなければならなかったのか。しかし、母に向って、それを言ったことはない。ただ、ときおり猫の鳴き声を耳にすると、胸がかすかに痛む。金色と青色のあの目がじっと私を見つめているようで。」

(以下は、著者の言葉です)
「 12年前の、母への‘しこり’。娘のなかには、まだそれは息づいている。といっても、娘は母を、とりわけうらんでいるわけではない。ひどく憎んでもいない。べつに強い感情を抱いているわけではないのだ。にもかかわらず、‘しこり’はある。なくなったようで、あるのだ。・・・12年前に猫を捨てさせた母の気持ちをいまだに受け入れてはいない。母に対する‘しこり’として、彼女の胸の中に、いつまでも残っていくだろう。」
 
この出来事は、この子の人生において1回だけの事であったけれども、大学生のこの子の心の中に残っています。
 もしも普段、親が何度もころころ態度を変え、子どもが親の気持ちが理解できない事が何度もあったら、子どもはどれを基盤として行動したらよいのか分からなくなるでしょう。また、容易に心の病気になってしまいそうです。親というものは、自分の気分で子どもをしかったりしからなかったりしてはいけない。同じ出来事に対しては、同じ考えのもとに同じ行動をとるという姿勢が大切ということがわかりますね。

―以下、「小児科医林隆博氏心のカルテ」より―――――――――――――――――――――――――――――――
連続性と一貫性を保つ

 乳児期の子育てにおいては母親の養育態度の連続性と一貫性が重要で、それが子どもの心のなかに自己と他人に対する根源的信頼を形成していく、ということを前項でお話しました。母親の養育態度の連続性と一貫性というのは、乳児期にかぎらず子どもが完全に精神的に独立するまでのあいだ、常に求められてくることです。乳児期以後は養育者は母親だけではなく、父親やその他の家族も子育てに加わってくるようになりますので、「大人たちの子育てに対する態度の連続性と一貫性」といったほうが適切かもしれません。

 子どもの生育歴を探っていると、よく両親の口から「うちは甘やかし過ぎたから」とか、「うちは厳しく育て過ぎたかもしれない」などという言葉が出てくるのを耳にします。しかし本当のことを言えば、少々甘やかして育ててもかまわないし、かなり厳しく育ててもかまわないのです。両親や大人たちの養育態度のなかに連続性と一貫性が保たれているならば、それがいかに甘やかした養育態度であろうと、いかに厳しくしつけた養育態度であろうと、子どもは自分の養育環境を受け止め、どのような環境のなかにもきちんと順応できる力をもち合わせているのです。

 問題なのは養育態度に連続性と一貫性がないばあいです。かわいいと思って甘やかしてみたものの、途中で飽きていやになる。自分勝手な理由で子どもの世話を放棄してしまう。気分が向かないと子どもの要求をすべて無視する。このような連続性のない養育態度は、子どもの心のなかに自閉や抑うつといった感情をつくるもととなります。またいつもと同じように発せられている子どもの要求に対して、大人たちの態度に一貫性がないのも困ります。昨日は気分がよかったので、褒めたり甘やかしたりしたのに、今日は気分がよくないのでしかりつけてしまった。父親と祖父母は甘やかして認めていることを母親は厳しくしかりつける。このように一人ひとりの大人のなかと、家族のなかに一貫性が欠けているのは、子どものなかに迷いや分裂といった感情をつくるもととなります。

 態度の連続性と一貫性ということは、保育園の保母さんや学校の先生たちにも要求されることです。これらの人びとは子どもと接する時間が長く、子どもに与える影響も強い職業についているわけですから、自分勝手な理由で、子どもに接する態度や子どもの指導方針をコロコロ変えるというのは好ましくありません。

 子どもに接する態度の連続性と一貫性というのは、不登校の子どもたちを治療する私たち医師やカウンセラーにも強く求められることです。治療者の治療方針に連続性や一貫性がないと、子どもを治すことはむずかしくなります。ですから親が自分勝手に子どもを連れて治療者のあいだを転々とするのは、子どものためにはならないことです。

 子どもに接する態度の連続性と一貫性、そのことの大切さをいま一度心に刻み込んでおく必要があります。  


不登校の考察(親の父性母性)「小児科医林隆博氏心のカルテ」よりNo2

2010年06月23日(水) 0時00分
林医師は、心のカルテ1に書かれているA君の両親との面接で、A君の不登校の原因は‘その生いたちにひそんでいるらしい’、ということを感じたようです。そして、‘不登校の要因は出生前から存在している’と書いています。

それは、一言で言ってしまえば、『その両親に、どんなことがあっても愛情をもって赤ちゃんを素直な健全な子どもに育てていける父性や母性があるかどうか』のように思います。

赤ちゃんが生まれてくるまでに適切な父性や母性が両親に育っているか、赤ちゃんの成長とともに両親も適切な父性と母性を身につけていけるかが、全ての基盤になっているようです。

親となる男女の父性や母性の育ちには、それぞれの両親の育て方や人間環境、自分の赤ちゃんを産み育てる出産環境が影響します。特に今は「病院における管理された出産環境が、動物として備わっている父性や母性を引き出すことを難しくしている」と、林医師は指摘しています。

今まさにその環境で働く助産師の私にとっては、頭の痛いご指摘です。

そして実は、林医師のご指摘の母子間のアタッチメントである「分娩直後の早期母子の接触とその後の入院中の夜間母子同室の必要性」は、今の私の助産師としての最大の課題でもあります。

私の職場は今はまだ完全母児同室制にしていないので、「疲れたので夜預かってください」と頼まれることが多いです。赤ちゃんの心のために自分で世話する事をおすすめしますが、それでも拒否された場合には夜間授乳時は呼びにいき起こすことを約束し、同時に私は1人で10〜20人の赤ちゃんと母子の授乳育児の援助と生まれてくる赤ちゃんの対応をしているので、泣いている赤ちゃんにすぐに対応はできないことを了承してもらいお預かりします。

母親が疲れる背景には、母親の基礎体力がないということの他に、分娩時間が長かったり、傷や腰などが痛かったり、出血が多かったために貧血状態で体調が悪かったり、授乳が上手くいかない、日中面会が多く昼寝ができない、などの理由があります。

ですから、まずはこれらの問題点を減らすために、

何らかの合併症があったとしても経膣分娩できる産婦さんは、自然な経過で児へのストレスも最小限に安全に分娩し、産婦の疲労や分娩による傷の痛みや出血を最小限にし、分娩室でも多くの時間を父母児で過ごし、お部屋に移ってからもそのまま夜間も母の側で過ごすことができる元気な児とそれを受け入れる気力体力のある母や家族であるような援助を、日々模索しています。

『赤ちゃんを産んだら、そのままずーっと赤ちゃんと一緒に過ごし自分で世話をするという当たり前のこと』が当たり前にできる、そんな親子や家族を増やす事が今の私の仕事と言っても過言ではありません。そしてこのことが母親としての母性を育んでくれるのだと思います。

しかし近年、心の病気を持つ妊婦産婦さんが増え、夜間の育児自体が負担になる方もいます。そのような方の場合、不眠や疲労や体の痛みが病気を悪化させる面もあるので、赤ちゃんにとってのアタッチメントと母として育児に慣れることと病気とうまくつきあっていくことのバランスが難しい面があります。この場合は入院中はスタッフが、退院したら家族や地域が育児を助けていくしかありません。

何事にも楽をしたいというのは人間としての欲求であるとは思いますが、赤ちゃんを健全な大人に導き育てるためには、育児で楽はできないですね。妊娠したら夜も何回も起きるような身体になりますし、出産後も子どもが3歳を過ぎるまでは夜何回も起こされます。子どもの数が多ければ母親はそれだけ長い間不眠の状態が続きます。しかし世の中の母性がある母親は、皆それが当たり前であることとして受け入れて、赤ちゃんがかわいいから赤ちゃんが順調に育ってくれることを願って頑張るわけですね。妊娠中の多くの女性に、出産前にこのことを理解していてもらうとありがたいですね。

‘退院したらやらざるを得ないから入院中はできるだけ楽をしたい’という思いは理解できます。しかし、こういう気持ちは早くに退治しておかないと、家に帰ってからもできるだけ楽をしたいという育児になり結局はどこかで子どもの心を曲げてしまうことになりかねないのだと思います。

‘自分の子どもだしかわいいし一緒にいて楽しいしうれしい、だから自分でやって当たり前’と考える母性あふれる人との、育児としてそれぞれの赤ちゃんが与えられる差と母子間の信頼関係度の差は日々開いていくことでしょう。

職場の大先輩に、「自分の子どもはすごいかわいいし、一緒に遊んでいるお友達もすごいかわいかった。赤ちゃんはどの子もすごいかわいい」とおっしゃってうれしそうに新生児室を見る方がいらっしゃいます。『あふれんばかりの母性を持ち合わせているな、ご自身も愛情たっぷりに育ったのだろうな、お子さん達は素直に幸せに育っただろうな、このような方ならお嫁さんも良くしてもらえて幸せだろうな』といつも感心します。

父性や母性を高めることは、不登校だけでなく虐待や子どもの問題行動や心の病気の予防にもつながります。離婚率も低下するかもしれません。
私達助産師は、妊娠出産育児を通じてできれば全ての女性がこのように母性あふれるステキなお母さんになれるような魔法が使えるように日々精進していきたいと思っています。

私のブログにいらしてくださる皆様は、皆お子さんを健全に育てていこうと努力されている父性母性の高い方々です。これからもいっしょに子育てについて探求していきましょう。そして、周りに妊娠出産子育てで悩んでいる方がいらしたらぜひお話を聞いてあげてくださいね。できれば3分間あいづちだけの返答で聞いてあげてください。そしてこれまでの探求で見えてきたポイントを少しずつ教えて頂ければと思います。


以下は、チャイルド・リサーチ・ネット<心のカルテ5>からです。

 不登校の子どもたちの大半は以下のどちらかに原因があり、ばあいによってはその両方に原因があります。

@生いたちのなかで受けた心の傷に加えてA子どもの心をむしばむような家族の状況が続き、長年の蓄積の結果、ついに発症するというのがしばしば見られるパターンです。

 
 @はすでに子どもの生まれる前、両親がどのようなかたちで出会い、どのようなかたちで結婚したか、というところまでさかのぼります。二人の結婚はお互いの望んだことだったのか、周囲や両親には祝福され歓迎されたのか、子どもは望まれていたか、性別やその他の理由で周囲や両親を失望させはしなかったか、お産は母親にとって幸福なものだったのか、初期の授乳は順調に進んだか、授乳が母親にとって楽しみだったかどうか、身長や体重のふえ方は順調だったか、病気のことで周囲を心配させ過ぎはしなかったか、離乳食は順調に進んだか、ハイハイや独り歩きは積極的にできていたか、独り遊びと親と遊ぶときの区別はできていたか、言葉の話し始めやその後の言葉の発達はうまくいっていたか――。

 その子が生まれる前から乳幼児期までの発育・発達の様子、母子関係の様子、またそのころ母親をとくにイライラさせたり心理的に不安定な状態にするような社会的、家庭的な状況はなかったか、などが関わってきます。

 子どもたちはこの時期に心の傷を負うとそれはすぐに反応して症状となって現れることもありますが、多くのばあい、何年かの潜伏期を経てから症状となって現れるようです。

 乳児期早期の母子関係の乱れの恐ろしさを物語る病気の一つに、心因性の哺乳(ほにゅう)障害があります。このような現象を心因にもとづくものと考えることには異論のあるお医者さんもたくさんいらっしゃると思います。しかし実際の問題として母親がミルクを飲ませようとするとまったく飲もうとしないのに、祖母が飲ませると喜んで飲む。栄養失調で入院して看護婦さんが飲ませると何とか飲むのだけれど、家族がそばにいると飲まなかったり、家族が与えるとまったく飲まない。そしてそれが単なる授乳の技術的な問題だけではない、ということが存在するのです。


母と子が結ばれている本能的な深い愛情のきずな−そのことを私たちは〈アタッチメント〉という言葉で表現します。〈アタッチメントができている〉というのは母と子が深い愛情のきずなで結ばれていることです。

逆に〈アタッチメントが欠如している〉というのは自分の子どもなのになぜか愛情がわかない、子どもがうまく育ての親になついてこない、という状態を示すのです。

 子どもは生まれた時にはみな同じはずなのに、どうしてこのような差が生じてくるのでしょうか。

それは母子相互間のアタッチメントの形成がうまくいっていないばあいがあるからです。

アタッチメントとは人間が生まれる前からもち合わせているものではなく、妊娠中から乳幼児期を通じて母子間に形成されていくものなのです。ですから、何らかの原因でアタッチメントの形成がうまくいかなくなると、親と子はお互いを「親として」あるいは「子どもとして」愛し合う気持ちが薄くなってしまうのです。

 新生児早期に形成される母子間のアタッチメントの問題は単に母と子だけの問題にとどまりません。それは子どもにとってのすべての出発点であり、やがて子どもが両親を全面的に信頼し、その身を任せるようになるために必要なものですし、さらにその子どもが将来ほかの人びとを愛したり、信じたりしていくためにも必要不可欠なものなのです。

 不登校の子どもたちのなかに潜むアタッチメントの不足を見いだすことは非常に困難なことで、単に治療者の推測の域を出ないこともあります。しかし綿密にその子の生育歴を探り、誕生を喜ばれていなかった子ども、出産が母親にとって異常に苦痛であった子ども、生まれた時に状態が悪かった子ども、そのなかでとくに出生直後に母子分離を受け、その後長期にわたって母親との面会の許されなかった子どもについては、このようなアタッ子メントの欠如している可能性も考えておく必要があります。

不登校や子どもの心身症の原因となる可能性のアタッチメントの欠如は、どのようにすれば防げるのでしようか。残念ながらこのことは両親の努力だけでは完全には防ぎきれません。小児科医と産婦人科医、そしてそれを可能ならしめる病院全体の理解と協力が必要になってくるからです。

 母と子がアタッチメントを形成する過程にはいくつかの段階があります。

 まず第一の段階は両親が子どもを希望するということです。それは新しい家族として、また自分たちの愛情の対象として期待し待ち望んでいるということです。

 第二の段階は子どもを胎内にはぐくむということです。子どもの胎動が母親の喜びを生み、母親の与える刺激に胎内の子どもが反応する。このような関係を通じて母と子は相互にアタッチメントを深めていきます。

 第三の段階は分娩およびその直後の時間です。分娩という激的な瞬間とその後の母親を包む快い疲労感と多幸感は、母親に子どもをとくに強く受け入れさせる状態をつくっています。分娩数分後から数時間後の母親がこのような状態のあいだに母と子を親密に接触させることはとくに重要なことだといわれています。しかしこのことは一般にはおこなわれていないことです。

 第四の段階は子どもの反応を確かめるということです。新しく胎外に生まれ出た子どもに対し、以前と同じように自分の刺激に反応してくれるのかと母親は心配になります。それが子どもの手に触れて子どもが反応したとき、子どもがじっと自分の目をみつめ返してくれたときにその心配は消え去っていきます。

 じつはこのことについてもある一定の最適の時間というのがあるのです。生まれたばかりの赤ちゃんを観察しているとわかるのですが、非常に体重が少なく人工呼吸器の助けを必要とするような子どもでさえ、出生後数十分から教時間のあいだは目を開けてキョロキョロと周囲を見回したり、舌をペロペロとなめてみたりしているのです。まるでお母さんを捜してお乳を求めているように見えます。その表情のかわいいことといったらこのうえありません。未熟児治療施設のスタッフたちが厳しい仕事に耐えながらもほほえみを失うことなく働いていられるのは、じつはこの最適の時間を子どもたちと一緒に過ごしていられるからかもしれません。

 この最適の時間を、両親が子どもとともに過ごせないのは本当に残念なことです。なぜなら数時間後からは疲れた赤ちゃんは深い眠りに入り、母親が最初の面会に来るころにはどの子も深い眠りのなかにいるからです。自分の刺激に反応してくれるか心配でさまざまな信号を送る母親に対して、赤ちゃんはただ眠っているだけです。このため多くの母親は「赤ちゃんとはただ眠っているばかりで、おなかのすいた時だけ泣いてお乳を飲むとまた眠ってしまう」と思ってしまうようです。〈反応のない人には愛情はわかない〉という原則は母児間のアタッチメントの形成のうえでも成り立っているのです。


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生と死を病院が独占

 ぐっすりと眠ってしまっている赤ちゃんに対して、生まれて初めての面会に来た母親が、アタッチメントをつくろうと懸命になって合図を送っているのに赤ちゃんがまったく反応せず、やがて母親があきらめて帰っていく姿を見るのはじつに心の痛むことです。もう少し早く来ればあの周囲をキョロキョロ見回し、舌をペロペロとなめているわが子の姿に出会い、たまらなくいとおしく思い、かぎりなく強い愛情を芽生えさせることができただろうに……。そう思うと人生の最初の出会いに失敗した二人のことがとてもかわいそうになります。これがたまたま運よく赤ちゃんがまだ眠りに入る前に、最初の面会に来た母親のばあいはまったく逆です。「わあ、笑ってる」「ほらじっと見てる」「あっ足をけった」と母親は子どもの一挙一動に奇声をあげます。その母親の喜びの表情に反応して、赤ちゃんはますます活発に動くようになります。もうこうなると母親は子どもの前から離れようとしません。帰るときも「またあした来るからね」と子どもに告げていきます。

 この二人の母親の差を埋めるのは大変な作業です。母親に自分の子どもに対する興味を失わせないために「ほら今、目を開けましたよ」とか「少し手を握ってみてあげてください」というように、毎目面会のたびに母親を促すことが必要となります。

 このような出生直後の親子のアタッチメントの形成の失敗を、十数年後の子どもの不登校や心身症と結びつけるのは発想が短絡的かもしれません。しかし私にはこの二つの問題に関係があるように思えて仕方がないのです。

 分娩と新生児の管理を病院が強力におこなうようになったことは、確かに妊産婦と新生児の死亡率を著しく下げてくれました。このことは異論のない事実です。また医療が高度化して高齢者が安価にいい医療を受け、自由に入院できるだけの病院数も保障されてきたことは、人びとの寿命を大きく延ばす役割をはたしてくれています。

 しかしその一方で病院は人生の最初の出会いである〈誕生〉と、最後の別れである〈死〉をすべて独占してしまったのです。人生の最大の喜びである〈誕生〉も、人々の最大の悲しみである肉親の〈死〉も、白亜の塔のなかにしまい込まれてしまい、子どもたちは両親との最初の劇的な出会いも経験することなく生まれ、肉親との最後の別れである死の瞬間も経験することなく育っていくのです。

 このような環境のなかで子どもたちが人を愛することの本当の喜びや、人と別れることの本当の悲しみを知ることができるのでしようか。飼っていた小鳥が死んだとき「電池が切れちゃった」と悲しまない子どもたちがふえるのは、考えただけでゾッとする話です。

 人の生と死、アタッチメントの形成、これらの問題を扱っているわれわれは、自分たちの仕事の一つひとつについて謙虚かつ真摯に吟味しなければならないと考えさせられます。


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“信頼”を身に着ける

 母と子はたとえその最初の出会いに失敗したとしても、やがては長い時間をかけて少しずつアタッチメントを深めていきます。この母と子のきずなづくりはお互いの相互作用のなかで目と目を合わせて見つめ合うこと、母の胸に抱かれると母親の服や髪に触ろうとすること、といった互いに刺激と反応を確かめ合う行為の繰り返しを通じて進められていきます。

 母と子がおこなう最初の精神的な仕事、それは「根源的信頼の形成」です。これは有名な児童心理学者であるエリックソン博士の述べている、人の心の発達の八つの段階の一つ目に相当するものです。子どもが母親に対して自分を危険から守り大切に育ててくれる人だと全面的に信頼し、そして自分の身をすべて任せるようになる、というのがそれです。そうすることによって逆に子どもの心のなかにはいつでも母親が一緒にいてくれるという安心感が芽生え、母親には決して見捨てられることはないという信頼を築いていくのです。

 このことは子どもの心の発達にとっても大切なことです。この段階の発達の悪い子どもは、いつも心のなかに母親がいてくれるという安心感がないために、母親から離れて生活できない、あるいはまた自分は母親や周囲から見捨てられた、という絶望感をもとに自分の殼のなかに閉じこもるような子どもになっていくのです。

 幼稚園や小学校に入ってもなかなか周囲の子どもたちと友達になれない。母が手を引いて連れていかないと元気に通園できない。それが高じてやがては不登校になってしまう、こんな子どものなかにはこの段階で失敗している子が少なからずいるような気がします。

 これからの数回はエリックソン博士の述べている人間の心の発達論をもとに、不登校と子どもの心の発達についてお話をしていくことにいたします。

 子どもの心の発達の第一の段階、それは〈信頼〉の獲得です。母親が常にそばにいてくれるという〈連続性への信頼〉、母親がいつも同じように自分を大切にしてくれるという〈一貫性への信頼〉、そのなかで自分は生きていけるのだという〈自分自身の存在に対する信頼〉を身に着けなければなりません。

 これらのうち一つでも欠けることは、子どもの心の発達に重大な影を落とします。母親の養育態度に連続性がないと、子どもは常に不安と孤独に襲われます。母親の養育態度に一貫性がないと、子どもの心は分裂しその行動の一貫性が保てなくなります。このような好ましくない環境のなかで乳幼児期を過ごしたために〈自分自身の存在に対する信頼〉を失った子どもは、自分の体や命を大切にするという意識が薄くなり、ささいなことで自分の体や命を粗末にするようになります。自分の体や命を大切にしない子どもは、また自分の家庭や他人の命の大切さもわからないようになるかもしれません。


不登校の考察(事例)「小児科医林隆博氏心のカルテ」よりNo1

2010年05月25日(火) 17時04分
文部科学省の調査では、不登校児童生徒の定義は「何らかの心理的情緒的身体的、あるいは社会的要因・背景により登校したくないあるいはできない状況にあるために年間30日以上欠席したもののうち、病気や経済的理由による者を除いたもの」と定義しています。

自分の子どもを不登校にしたい親などいないでしょう。しかし実際には、普段の生活の中で親が気づかないで行っている行為が子どもに過度のストレスを与えてしまっているということがあるようです。

ベネッセのチャイルド・リサーチ・ネット(インターネット上の子ども学研究所)に、小児科医林隆博氏の書かれた「心のカルテ」という記事があります。そこには、林医師が診療にたずさわったいくつかの家族のことが書いてあります。

これらが不登校の原因全てではないとは思います。しかし、これらのことで子どもを不登校にしてしまうという事実はあるので、私たち親や大人は自ら気をつけ、また、まだ知らないでいるママ友や知り合いのお母様方に伝えていき、家庭内が原因で発生するものを減らせたらと思います。

<心のカルテ1>より

 A君は小学校二年生。それまで別に変わったこともなく親の言うこともよくきくいい子だった。ところが二年生の新学期が始まって少したったころから、朝になると「頭が痛い」とか「おなかが痛い」とか言ってメソメソすることが多くなった。

 親は心配して医者に連れていくと風邪薬をくれた。そういえば体温は三七度くらい、微熱もあるようで、その日は学校を体ませた。夕方には元気が出てきて、見舞いに来てくれた友達から受け取った連絡ノートも見て、学校の支度をした。

 ところが翌日またおなかが痛くなった。「少しぐらい我慢しなさい」と言ったら泣き出してしまった。パジャマも着替えようとしないので仕方なく学校に電話してもう一日休ませた。三日目の朝になるとさすがに母親も変だと思った。医者に連れていくと「もう治ってます」という。が、まだグズグズしている。きっとズル休みにちがいない―。しかってその日は学校に行かせた。三日ほどはよかったが、翌週の月曜にまたおなかが痛くなってしまった。今度はいままでとちがい「痛い」と言って泣き叫ぶ。

 祖父に仕事を休んでもらい大きな病院に連れて行った。ところが病院に着いてみると痛みは治まる。小児科医は「盲腸は五歳の時に切ってありますし、便の様子から腸炎でしょう」と言いった。薬をもらい、二日間家でおとなしく寝かせると、おなかの痛みもなくなった。三日目に病院に行くと「便も正常、もう治ってますよ」と言われた。

 しかし翌日の朝、A君は母親の期待を裏切って、またおなかが痛いと訴えた。「もう治ったから大丈夫って言われたでしょ」と言っても、目に涙をためて靴をはこうとしない。「お母さんがついていってあげるから、学校に行きましょう」と説得してようやく一時間目の途中から登校した。

 母親は一時間目の終わった後、担任の先生にこれまでのことを話すと「不登校かもしれません。ここで休ませるとくせになりますから、毎日送ってでも連れて来てください」と言われた。

 「不登校」の一言にショックを受けた母親はその日、夕方まで何をして過ごしたか覚えていないほどだった。父親が帰ってくるやいなや、子どもたちを祖母のところに行かせ、相談した。父親は寝耳に水といった表情をした後「こういうことは年寄りの知恵を借りるのが一番だ」と言って祖父のところに相談に行った。

 話を聞いた祖父は形相を変えてやって来て「こんなことになったのはお前が甘やかしすぎたからだ。うちの家系にはそんな変な者はおらんのにこれじゃ一家の名折れだ」と厳しく母親を責めた。母親は″こんなことなら相談しなければよかった″と内心思いつつ、あすからのことを考えると途方に暮れるばかりだった。

翌朝、意を決したようにA君をおこした母親は着替え、そして食事をさせた。終始無言の食卓の向こうで祖父の厳しい目が光っていた。A君はいつもとちがう家族のムードに圧倒されたのか、この日は素直に母親の言うままに手を引かれ学校に行った。


 子どもの不登校に気づいた家族はどう行動すればよいのでしょうか。一つのモデルとしてB君のばあいを想定してみましょう。
 小学校二年生の一学期に不登校の兆候が現れたB君だったが、母親に無理やり学校に連れて行かれ、数日は登校した。しかし翌週の月曜からまたいつもの腹痛が出現した。学校の先生に電話で事情を話すと「送ってでも連れて来たほうがいい」と言われ、遅刻しながらも送って行った。

 教室に入ってしまうとB君は別に変わった様子もなく元気にしている。早速、担任の先生と話し合い、症状としては「不登校の始まり」かもしれない。しかし母親も担任の先生もまったく原因として思い当たるふしがない。とにかく帰って父親と相談することにした。

 夕方帰宅した父親に事情を話した。父親は腕組みをしながら話を聞いた後、「一度本人に聞いてみよう」と言ってB君を呼んだ。「学校の先生が怖いのか」「だれかいじめる子がいるのか」「勉強がわからないのか」「給食が嫌いなのか」―B君はとくにそんなことでは困っていないようす。

「じゃあ学校が嫌いなのか」と尋ねても首を横に振る。「よしわかった。じゃあ安心だ。お父さんはお前が学校嫌いになったかと思って心配したゾ。お父さんだって少しぐらい頭やおなかが痛くたってがまんして会社へ行くんだから、お前も頑張って学校へ行くんだゾ」と言ってB君を励ました。

 その後、母親は担任の先生にいわれたように毎日B君を学校に連れていくことにした。そのあいだ、三歳の弟は祖母がみてくれることになった。

 父親は今年から町内会の役員をしていましたが、家がこんな時だからと会長さんに話して祖父に代わってもらった。そして暇のできた日曜などは親子で出掛け気分転換をはかり、来週一度、会社を休んで、夫婦で担任の先生に相談に行くことなどを決めた。B君の不登校がきっかけで途絶えがちになっていた家族の会話がかえって復活したようにさえ思えた。

 B君の家族は、A君の家族とちがい、B君の問題に対して全員が前向きに取り組んでおり、一人ひとりがその役割をはたしているのがわかります。家族というのはちょうど人の体のようなものです。心臓にしろ肝臓にしろ、正しく役割をはたしてこそ、全体として健康でいられるのです。ところが家族のなかに全体の調和を乱したり、自分の役割をはたさない人が一人でもいると、子どもの病気はどんどん重症化するばかりか、しまいには家族全休に広がり、家族の全員が心の病気に冒される結果になるのです。このばあい、病気の中心である子どもの治療とともに家族全体に対する治療にも目を向ける必要があります。
 子どもの心の病気がもとで家族の調和が乱れてしまったのか、それとも家族の関係がうまくいっていなかったために子どもが心の病気になったのか、ということはちょうど鶏と卵の関係のようなものですが、あえて答えを出すならば、後者のほう、すなわち家族の問題のほうが先だと言えます。ほとんどのケースで、不登校児童を抱える家庭では、以前より家族関係にひずみがあったにもかかわらず、家族のだれ一人としてそのことに気がついていなかった。あるいは気がついていたのだけれどもあえて口に出そうとはしなかった、というのが本音のようです。

 子どもの心の病気がきっかけで以前からあった問題が表面化したにすぎません。少し酷な言い方をすれば、そのような家庭に生まれた子どもはいずれはそうなる運命にあったとも言えます。責任は病気になった子どもにあるのではなく、長年にわたって家族関係のひずみを放置していた、あるいは気がつかないでいた大人たちのほうにあると考えています。何の問題もない家庭のなかで、子どもが手に負えないぐらいひどい不登校に進展するのはかなりまれなことのように思えます。
 しかし、では家族のだれに責任があるのか、というとこれがまたはっきりしません。家族というのは皆でつくるものですから、だれか一人の責任とは言えないのです。客観的に判断してこの一人が悪い、と言える人がいたとしても、その人を悪いまま放置していた他の人たちの責任も追及されるべきです。ですから家族が悪いというばあい、家族のなかのある一人が悪いというのではなく、全体として家族が正しく機能していないということなのです。

 では家族が正しく機能しているというのはどのような状態をいうのでしょうか。それは、
 @夫婦が精神的にも肉体的にも一致していて円満であること。意見の食い違いがあったばあいはお互いに納得がいくまで話し合って、その結果決まったことをもとに一緒に行動すること。
 A夫婦や祖父母は各世代のなかだけで@の問題を解決すること。すなわち互いに過干渉をせぬこと。
 B大人たちが自分たちの対立のなかに子どもを巻き込まないこと。
 C家族のなかに発言権がなくただ従うだけの人をつくらないこと。
 D兄弟のあいだに愛情の偏りをつくらないこと。とくにBCと関連して兄弟のだれかと母親あるいは父親が家族のなかで少数派のグループをつくらないこと。
 E家族の皆が自分の役割を正しく実行し、また全体をまとめる指揮官がいること。指揮官は父がいるかぎり父が務めること。
 以上の六項目がきちんとおこなわれているばあい、家族は正しく機能するようにできています。

<心のカルテ2>より
不登校や子どもの心身症を予防するために家族が気をつけるポイント、それは「家族内のバランス」です。
「家族のなかに発言権がなくただ従うだけの人をつくらない」「兄弟の問に愛情の偏りをつくらない」「家族内に少数派、弱者のグループをつくらない」の三点です。
 わかりやすくするために一つ例をあげてお話しましょう。

 I家のお嫁さんはよくできた人だった。I家に来て十数年、おしゅうとめさんの言うこともよく守り、朝早くから夜遅くまでよく働いてきた。口数の多いおしゅうとめさんにもよくがまんをして、一度たりとも意見を述べたことはなかった。夫は仕事一途で帰りも遅く、夫のいないあいだにおしゅうとめさんの小言を受けるのは本当につらいことだったが、いつも自分さえがまんすればすべて丸く収まるのだと思い耐えていた。

 子どもは三人で男の子が一人と女の子が二人。上の二人は父に似てきちょうめんで祖父母にもかわいがられたが、末っ子の妹は甘えん坊でだらしなく、しかられることのほうが多かった。しかしお母さんにとってみれば妹が一番自分の気持ちを理解してくれているようで、心の優しいいい子だと思っていた。お母さんは「もし家を出るなら、この子だけは連れて行こう」などと考えたこともあったが、とてもそんなことはできるわけがない、とあきらめてしまっていた。

 そんな母親に似たのか、妹は外では口数も少なく、幼稚園でも友だちは少ないほうだった。小学校になって朝の登校が歩いて三十分以上と遠いこともあって登校を渋り始めまた。最初は友達や先生が迎えに来れば登校できたのだが、そのうち先生が迎えに来ても家から出なくなる、という典型的な経過をたどるようになった。結局は母親が毎日教室まで送っていくというかたちで再登校を始めただが、どうもこのままでは終わりそうにない・・。


 I家の場合、妹の不登校の原因はどこにあったのでしょうか。それは家族のバランスの悪さにあったと考えられます。「家族の中で発言権がなくただ従うだけの人」が母親で、その母親と妹とが「少数派で弱者のグループ」をつくっていたのです。このばあい症状は最も弱い立場にいる母親に同情した妹に発現します。言い換えれば、妹の不登校は母親の苦悩の代弁とも受け取れます。
 このようなケースでは妹の治療は困難をきわめます。妹は母の苦悩が治らないかぎり決して治ろうとはしません。かといって治療者が不用意にI家の家族関係に介入しようものなら、「母が妹を連れて家を出る」という、より複雑な結果を生みかねないからです。

<心のカルテ3>より
 D家は六人家族。両親と祖父母そして子どもが二人。一人目の姉は両親が結婚してすぐにできた子どもだったが、その後しばらく子どもができず、五年たってやっと生まれたのが男の子だった。生まれた時に体重が少し少なめだったため、おじいさん、おばあさんは大変心配したが、幸い体のほうは丈夫で、退院が三日遅れただけで元気に帰って来た。

 待望の男の子の誕生に家族は一変した。くしゃみをすれば寒かろう、と布団を買ってやる。空気が汚れないようにと輸入品のパネルヒーターも買ってやる。お宮参りは上等の服をそろえ、豪勢にお祝いをする。初節句がくればお祝い、お誕生日にもお祝い、と万事がこの調子で大変な甘やかしようだった。

 この間、別に姉を大事にしなかったというわけではないのだが、お姉さんはもうききわけのできる年齢だったので、自分でも「お姉さんだからがまんしなきゃ」と別にうらやましがったりもしなかった。そのためD家ではことあるごとに弟中心、姉は日陰の存在となっていった。

 姉は学校のことも自分でテキパキと片づけ、家のお手伝いもし、弟の世話もする、という優等生に育った。両親もとくに意識してそうしたわけではないのだが、つい手のかからない姉に甘えて「お姉ちゃん、お願いね」と何でも任せておくことが多くなる。いつも甘えん坊ですぐに泣いては何でも買ってもらっている弟を横目に、姉はますます自立していった。

 そんな姉が中学生になったある日、突然に学校を休み始めた。もとはと言えばクラスの友人との口論がきっかけのようだ。「あの子のいる学校へ行くのは絶対にイヤ!」――そう言って学校へ行かない日が何日も続いた。学校の先生も来てくれて、原因となった友人の両親とも話し合った。しかし大人同士で話し合ってみると、子どもが言うほどには取り立てていやなことがあったわけではないようす。友人も学校の先生に頼まれたとおり「私が悪かったから」と謝って迎えに来てくれたのだが、姉はまったく部屋から出ず、会おうともしない。


 D家のばあい、姉の不登校の原因は姉弟のあいだの愛情の偏りにあったと思われます。しかしそれはだれかが意識的におこなったわけではないので、なかなか気づかれません。ちょっとした愛情の偏りが、姉に自主的に身を引かせることになり、その結果、何年にもわたって姉は愛情に飢えた日陰の存在となってしまったのです。その結果として姉はかえって自立した優等生になったのですが、友人とのトラブルをきっかけに心のもろさを暴露してしまったのです。

 学校でいつもいじめられる子ども、クラスが変わっても、転校しても、やっぱりいつもいじめられ続ける子ども、こんな子どものなかには実は家庭のなかでも日陰の立場の子ども、何となくうとましがられている子どもが数多くみられます。家庭のなかでいつもいじめられている子どもは、いじめられることに慣れてしまうと同時にいじめから逃れる方法を知りません。ですから家族内での弱者、あるいは弱者とグループをつくっている子どもは学校でもいじめられっ子になる要素が大きいのです。

 家族のなかに日陰の人や弱い立場の人をつくらない、というのは実行するのは途方もなくむずかしいことのようです。家庭にしろ社会にしろ、だれかが利益を上げ、自己を主張し、快楽を得るばあい、必然的にだれかが損をして、自己を犠性にして、苦しみを享受しなければならないのです。ですからそれをお互いに立場を変えつつ「おれはきょう得をしたから、あすはお前の番だ」などと言えるようになればいいのでしょうが、いつも得をする人と損をする人が決まっているというのが社会の常であり、家庭の常でもあるようです。

 でも本当にお互いが深く愛し合っているのなら、家庭内でも社会でも、相手の立場を考えて相手の利益を尊重するという関係が成立するはずです。「愛するということは相手が一番してほしいと思うことをしてあげること」と昔は教えられました。現代社会にはこの他人を思いやる精神が欠けているようにも思えます。

後日、心のカルテ1のA君の両親の面接でわかったことはA君の弟は生まれた時に心臓に小さな穴があいている病気(心室中隔欠損症)があったこと、病気は幸い六ヵ月のときに自然に治ってくれたのですが、両親や祖父母は極度に心配して弟のほうばかりに目がいってしまっていた、そして特に意識してそうしたわけではないのですが、結果的にA君にかける愛情が稀薄になってしまったということでした。

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