言葉のキャッチボール
2006年05月03日(水) 10時21分
言葉のキャッチボール 

大人でも、注意されたり、何かをやってほしいと頼まれる時、強い口調で言われると不快になり、反発したくなります。時にはやる気さえも失ってしまいます。しかも、言われればいわれるほど、よけいに腹が立ち「うるさい」と、怒鳴りたくなりますよね。

うるさい・うざい・死ね・きもい・くそばばぁなどの否定的な言葉がかえってきたら、自分の投げかけた言葉や態度を振り返ってみましょう。
そんな時に助けになるのが、親業訓練協会発行の『親子手帖』という、ミニ冊子です。

私の手元にあるのは、「今、親としての6章」です。親業訓練のインストラクターの(子供の友達の)お母さんにいただいたものです。《親業訓練協会 http://www.oyagyo.or.jp/ 》
この冊子には、良好なコミュニケーションを保つための言葉の使い方の例が載っています。親子・夫婦・職場・先生と生徒間。どの場面でも役立ちます。

私もこの冊子のお陰で、夫婦間のギスギスしていた会話を、思いやりのあるものに変える事ができた思います。思春期でイラつく娘と、なんとかけんかせずに会話しています。
言い方ひとつで、主人や子どもの返事や態度が変わるので、自分次第で家庭の雰囲気が変わる事を実感しています。

例えば・・・

私もついつい、朝、「なにしてるの!はやくして!」と、言ってしまいます。
「早く起きなさい・早く食べなさい・早くしたくしなさい・早く靴をはきなさい」です。
時々『まずいな。言い過ぎてるナ。』と思います。
それで最近は、「急いでくれるとお母さんお仕事に遅刻しないですむから助かるんだけどな」と、言うようにしました。
子どもは、「そうか。わかった。」と、納得してくれます。

したくに掛かる時間は、どっちの言い方をしたとしても、結局変わらないのです。

気持ち良く出かけた方が、子どもも保育園・幼稚園・学校で明るい気持ちで過ごせます。
気分が悪いままだったら、お友達や先生とトラブルを起こす可能性が高くなります。
主人にも「これやって!」や「なんでやってくれないの!私だって大変なんだから!」と、言ういい方をしていた時もあります。すると同じようにキツイ言葉が返ってきて、気分の悪い毎日です。
「これをやってもらえると、お腹も苦しくなくて助かるのだけど」や「今日は疲れたから、これをやってもらえると、私は別の事ができて早く寝れて助かるのだけど」など、
自分の感情をストレートに言葉にせず、やんわりとした言葉に置き換える。
そんな作業が必要です。
奥様が、言葉づかいをほんのちょっと気をつけるだけで、家庭が活力のある・明るく・楽しい場所になる事でしょう。
それが、‘ご主人と一生仲良しでいられるひけつ’であり、‘家庭円満・子育てのひけつ’と思うのです。

ささいな事かもしれませんが、家族全員が、朝気持ちよく「おはよう」と目覚め、夜も「今日は楽しかったね」と気持ちよく眠りにつく
、そんな毎日が大切です。悪い事をした子どもを怒ったとしても、寝る前には何か良かった事を見つけて、子どもが明るい気持ちで眠りにつけるように配慮しましょう。
この繰り返しが、子どもの自信を失わせる事無く、精神面を強くし・安定させることにつながります。
これは、オセロ効果またはサンドイッチ効果と言うそうです。日中嫌な事があっても、朝・夜と良い事ではさめば、真ん中の嫌な事は忘れられて、良い気持ちで一日の最後を過ごせる、というものです。
『子育てハッピーアドバイス』の本にも、たくさんの言葉のキャッチボールが載っています。PS.
会話は、言葉のキャッチボールなので、1回1回投球を受け止めなければなりません。これが、意外に難しくて、気がつくと、テニスや卓球のように、バコーンと打ち返してしまうことが多くあります。時に、おもいっきりスマッシュしてしまいます。 
私 「これ片付けて」

娘 「わたしがやったんじゃないもん」
私 「そんな事きいてない!だれがやったのでもいいから、片付けて!」
≪あ゛〜っ≫
皆さんは、「そう、あなたじゃないの。」と、1度気持ちをキャッチしてあげてくださいね。



こういう会話は要注意です!と「ひびき合うこと」by
『育てるものの目』
会話というものは、その時の一つのテーマについてお互いに話し、そのテーマが終わると次のテーマに移るというように流れていくと思いますよね。話の内容がこんがらがってしまわない様に、無意識のうちにそうしているはずです。
ところがそう出来ない母親もいるという事を、
『母さん、ぼく学校へ行けたよ!』(リンクしている「不登校を克服した母の会」で発行している本です。)を読んで知りました。
普段の会話の中で、子どもが話し掛けた内容とは別の事を返答をしてしまう事があるのだそうです。もしかしたら無意識にしているかも・・。
例えば・・、@「お母さん、このおかず辛い」「残さず食べてね」
A「お母さん、どこ行くの?」「すぐに帰ってくるよ」
B「お母さん、眠れない」「大丈夫よ、母さんここにいるから」
C「おしっこもらした」「寝る前にしとかないからよ」
D「お母さん、お醤油とって」「嫌いな物も食べるのよ」
こういう会話をしていると、トンチンカンな返事をする子どもになるし、人の話を集中して聞く事が出来ない子どもに育つそうです。もちろん授業にも集中出来なくなるようです。
驚きですよね。『将来こんな教育を・・とか、習い事を・・とか』考える以前に、‘自分の会話’がそのような子どもを育ててしまうのですから・・。
一般的には会話はどう進むかというと・・、
@「えっ、辛い?」「うん。でもご飯と一緒に食べるから大丈夫だよ。」
A「ちょっとスーパーに買い物に行ってくるね」
B「眠れないの?」「うん」「どうしようか?」
C「もらしたの?」「うん」「どこに?」・・
D「はい、どうぞ」
ささいな事の繰り返しのように感じますが、言葉のキャッチボールというのは、人間関係(コミュニケーション能力)の基本として、本当は一番大事で一番気を使わなければならないもののようですね。自分の言いたい事を優先させるよりも、子どもの話をきちんと聞ける親になりましょう。
「ひびき合うこと」by
『育てるものの目』津守房江著 婦人之友社
幼い子どもとの生活の中で、私が大事にしたいと思ったのは、子どもとの小さなやりとりであった。食事をしたり、着替えをしたり、お風呂に入ったり、眠ったり、そのような日常の事を、声を掛け合い、肌を触れ合いながら、やる事であった。4人の子どもたちは年も近く、1日が、ただ忙しく終ってしまう日もある。子どもの側で、子どもの世話をしながら、心に触れる事がなかった夜、子どもの寝静まった後の散らかった中に座って、考え込んでしまった日もあった。次第に生活の中で、切り捨てられるものは、切り捨てることにし、生活がスムーズに行かなくても、焦らないようにした。忙しい中でも子どもとの小さなやりとりを楽しむ事が、少しずつ上手になって来たように思う。
ある日の事、おやつの準備をしながら「おやつだから、手を洗って!」と声をかけた。思いがけず、まだ歩けない子が「ハーイ」と手を上げている。いつの間にかこの子もこんなやりとりができるようになっていたのである。上の子も楽しんで、「おにいちゃま好きな人は・・?」「ハーイ」とか「おかあちゃま好きな人は・・?」「ハーイ」。「おかあちゃま嫌いな人は・・?」にも得意満面に「ハーイ」と答えるのには、笑わせられた。とにかく自分に向けての呼びかけなら何でも嬉しくて「ハーイ」と答えるのである。それも体中で嬉しさを表している。あまりにも嬉しそうに答えてくれるので、周囲の人も幸せな気持ちに満たされた。
当然のことであるが、呼びかけた時、喜んでくれて嬉しいのは、大人ばかりではなく、子どもも同じ事である。
先ごろ若い母親と話をしていた時、改めてその事を考えさせられた。「子どもがお風呂で、お湯をパシャとかけるので、わっと驚くと、子どもはまたパシャっとやって、また驚くと、とても喜んで、何度もやるでしょう。楽器だって、叩いても音が出なかったら、つまらないと思うの」と言うのである。
自分自身を楽器にたとえて話すのを聞いて、私は新鮮に感じた。
私たち大人は、自分が演奏家になって、子どもという楽器から、どうやって良い音を引き出すかと考えやすい。それが強くなると、大人の気に入った音を出さない楽器(子ども)に腹を立てるのにもなるのである。だが、親もまた楽器と考えた時には、親と子は互いにひびき合い、美しい音楽となるように、相手の音を聞くことが出来るのだと思う。
親と子どもの日常の小さなやり取りは、親が子どもを育てると同時に、親もまた子どもによって変えられていく相互的なものを含んでいる事を、改めて考えさせられたのである。

ところがそう出来ない母親もいるという事を、
『母さん、ぼく学校へ行けたよ!』(リンクしている「不登校を克服した母の会」で発行している本です。)を読んで知りました。普段の会話の中で、子どもが話し掛けた内容とは別の事を返答をしてしまう事があるのだそうです。もしかしたら無意識にしているかも・・。
例えば・・、@「お母さん、このおかず辛い」「残さず食べてね」
A「お母さん、どこ行くの?」「すぐに帰ってくるよ」
B「お母さん、眠れない」「大丈夫よ、母さんここにいるから」
C「おしっこもらした」「寝る前にしとかないからよ」
D「お母さん、お醤油とって」「嫌いな物も食べるのよ」

こういう会話をしていると、トンチンカンな返事をする子どもになるし、人の話を集中して聞く事が出来ない子どもに育つそうです。もちろん授業にも集中出来なくなるようです。
驚きですよね。『将来こんな教育を・・とか、習い事を・・とか』考える以前に、‘自分の会話’がそのような子どもを育ててしまうのですから・・。
一般的には会話はどう進むかというと・・、
@「えっ、辛い?」「うん。でもご飯と一緒に食べるから大丈夫だよ。」
A「ちょっとスーパーに買い物に行ってくるね」
B「眠れないの?」「うん」「どうしようか?」
C「もらしたの?」「うん」「どこに?」・・
D「はい、どうぞ」

ささいな事の繰り返しのように感じますが、言葉のキャッチボールというのは、人間関係(コミュニケーション能力)の基本として、本当は一番大事で一番気を使わなければならないもののようですね。自分の言いたい事を優先させるよりも、子どもの話をきちんと聞ける親になりましょう。

「ひびき合うこと」by
『育てるものの目』津守房江著 婦人之友社幼い子どもとの生活の中で、私が大事にしたいと思ったのは、子どもとの小さなやりとりであった。食事をしたり、着替えをしたり、お風呂に入ったり、眠ったり、そのような日常の事を、声を掛け合い、肌を触れ合いながら、やる事であった。4人の子どもたちは年も近く、1日が、ただ忙しく終ってしまう日もある。子どもの側で、子どもの世話をしながら、心に触れる事がなかった夜、子どもの寝静まった後の散らかった中に座って、考え込んでしまった日もあった。次第に生活の中で、切り捨てられるものは、切り捨てることにし、生活がスムーズに行かなくても、焦らないようにした。忙しい中でも子どもとの小さなやりとりを楽しむ事が、少しずつ上手になって来たように思う。

ある日の事、おやつの準備をしながら「おやつだから、手を洗って!」と声をかけた。思いがけず、まだ歩けない子が「ハーイ」と手を上げている。いつの間にかこの子もこんなやりとりができるようになっていたのである。上の子も楽しんで、「おにいちゃま好きな人は・・?」「ハーイ」とか「おかあちゃま好きな人は・・?」「ハーイ」。「おかあちゃま嫌いな人は・・?」にも得意満面に「ハーイ」と答えるのには、笑わせられた。とにかく自分に向けての呼びかけなら何でも嬉しくて「ハーイ」と答えるのである。それも体中で嬉しさを表している。あまりにも嬉しそうに答えてくれるので、周囲の人も幸せな気持ちに満たされた。

当然のことであるが、呼びかけた時、喜んでくれて嬉しいのは、大人ばかりではなく、子どもも同じ事である。
先ごろ若い母親と話をしていた時、改めてその事を考えさせられた。「子どもがお風呂で、お湯をパシャとかけるので、わっと驚くと、子どもはまたパシャっとやって、また驚くと、とても喜んで、何度もやるでしょう。楽器だって、叩いても音が出なかったら、つまらないと思うの」と言うのである。
自分自身を楽器にたとえて話すのを聞いて、私は新鮮に感じた。

私たち大人は、自分が演奏家になって、子どもという楽器から、どうやって良い音を引き出すかと考えやすい。それが強くなると、大人の気に入った音を出さない楽器(子ども)に腹を立てるのにもなるのである。だが、親もまた楽器と考えた時には、親と子は互いにひびき合い、美しい音楽となるように、相手の音を聞くことが出来るのだと思う。

親と子どもの日常の小さなやり取りは、親が子どもを育てると同時に、親もまた子どもによって変えられていく相互的なものを含んでいる事を、改めて考えさせられたのである。

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