社会から排除された暗部

February 22 [Sat], 2014, 0:01
今日の文化も社会も存在など気に懸けぬかのようにふるまっている。現代文明は、光のほうに吸い寄せられてくる人々にだけ恩恵を与え、そうでない人々がどれだけ存在していてもまったく意に介さないように見える。だが、ダークサイドを求める一定の傾向は、社会のなかから、個人の心のなかから、締め出すことはおろか、減少させることもできない。人間の、あるいは世界のダークサイドの総量は一定だと。あるいは、悪の総量は一定と言ってもいいかもしれません。だから社会からそれが消えれば、暗部はすべて個人のなかに蓄積され、個人の暗部が深くなるんじゃないか。それをどれだけルーズに、全体的に分散させていくかが課題ではないかと思う。形にこだわって、ここもきれい、あそこもきれいと暗部を排除していけるものではない。心の時代とはどういう時代かだがこの意見に賛成できるのは半分までである。世界のダークサイドの総量が一定だというのはわかる。けれども、社会から排除された暗部がほんとうに個人の内面に蓄積されうるのだろうか。
好きで結婚したという事実




心の傷

December 24 [Tue], 2013, 12:07
人々の心の傷にまでマス・メディアが立ち入って悼らない状況の背景には、通俗化した心理学的図式の一般的普及という事実がある。トラウマを乗り越えるためには、それについて語ること、話を聴いてもらうことが必要である、という理解に、いまや異を唱える人はいない。もっとも、精神分析の立場からすれば、ここには但書をさしはさむ余地がないわけではない。というのも、今日の「トラウマ」の概念がフロイトの神経症理論におけるそれと同じだと考えることは、じつは難しいからだ。通俗化された心理学的図式が一般大衆によって受容され、応用され、それをふりかざす言説があちこちで氾濫すること。精神科医の斎藤環はこうした状況を「社会の心理学化」と呼んだ。心理学化する社会においては、それゆえ、誰もがあたかもカウンセラーに語るかのように自分のことを語る。しばしば不特定多数の他者に向けて。これが、いつからか人口に脂炎するようになった「心の時代」というキャッチフレーズのほんとうの意味なのではないか。

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