水面鏡-34 ファインダー 

April 28 [Sat], 2007, 14:40
「嫌って言っても京士は聞いてくれなそうね」
 私はそう言って、おどけて見えるようにわざと大げさに肩をすくめた。自然と右の唇が引きつるおかしな笑いになって、それが京士がよくするあの表情だと、後で思った。
「なんでまた、私達を?」
 コーヒーテーブルの前に座ったまま、須見浜君を見上げて訊ねる。
 ヒョロリと長身の彼は、困ったように立ち尽くすと、本当にインゲンのように見える。突付けば倒れそうなのに、私を見下ろす視線はまるで慈愛とでもいうような穏やかさだ。
「京士が、あなたを本当に好いているから。彼はあのとおり変わったタイプだし……その恋人に、会ってみたいと思ったんです。話に聞くあなた達が、羨ましいなと思って」
 羨ましいなどと言われても、返答に困ってしまう。
「綺麗なものを撮りたいんだって」
 いつの間にか戻ってきていた京士が、体の左側を壁に寄り掛けながらそう言った。
「え?」
「綺麗なもの。そういうものを撮りたいって、あちこち出かけて行ってるの、こいつ」
 須見浜君はそう京士に顎を指されて、また頭を掻くと、
「まだまだ足らなくて」
と言って笑った。
 その笑った彼を見て、私は、いよいよ率直に、おそらくこの人とは友達にはなれないだろうと思った。
 ただの仲良しには、きっとなれない。
 こういう勘はときどきぱっと働くものだし、私の経験では、それが間違いであることは、まず、ないのだ。

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水面鏡-33 ファインダー 

April 23 [Mon], 2007, 23:50
「川は寒いよ?川風強いし」
 私はそう忠告してみるけど、寒さ嫌いのはずの京士は、それを笑い飛ばす。
「平気だよ。珠子はババくさいなぁ、言うことが。川にしようよ」
 交渉中だと言ったはずの須見浜君の肩をひとつぽんと叩くと、京士はさっさとダウンを羽織って玄関に向かう。
「えええ?ちょっと待ってよ京士。私はまだ……」
 言い終わらないうちに玄関の扉が開いて、冷たい風が吹き込んでくる。
 京士は身を縮めながら共用廊下へ出て、振り返って手招きをしてみせた。
 私は諦めて口をつぐみ、傍らの須見浜君をちらりと見やる。
 私の視線に気付いた彼は困ったようにまた頭を掻くと、玄関に向かいながら京士に声をかけた。
「髪の毛を乾かしてからにしなよ。風邪ひくぞ」
 須見浜君に腕を引かれると京士は素直に部屋へ戻り、そうか、と言ってまた洗面所へ消えた。
 見送った須見浜君は私へ向き直り、
「いいかな?」
と言って、目じりを下げた。
 いいかな、が、ごめんな、に聞こえて、私は腐った気持ちになる。
 ご機嫌すぎる京士は、私のことなんて見えてないみたい。
 これって嫉妬なんだろう。京士にこんな友達がいるなんて、想像しなかったな。
 
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水面鏡-32 ファインダー 

April 22 [Sun], 2007, 12:55
 須見浜君は、すっと真面目な顔つきになると、
「そうですよね。あなたならきっと彼も嫌がらないだろうし……今度お見せします。もちろん、一応、彼の許可も取ってから」
と言って、頭を下げた。
「それから、ありがとうございます。僕の写真が、悪い印象ではないみたいで、良かった」
 つくづく律儀な人だなぁ、と思う。この人は、私の発言を、きっちり余さず拾い上げて応えている。
「見せてもいいよ」
 背後から突然、京士が会話に加わった。
 歯磨きついでに寝癖を直したらしい彼の頭から、水が滴り落ちている。肩にかけた白いタオルで髪の毛を拭きながら、京士は須見浜くんの隣に腰を下ろした。
「挨拶は済んだ?それで、どこで撮るの?川?」
 私と須見浜君の顔を交互に見ながら、ご機嫌で訪ねる。
 京士はつくづく、脈絡のない人だ。
「そこはまだ、交渉中」
 須見浜君が苦笑して応える。

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水面鏡-31 ファインダー 

April 19 [Thu], 2007, 12:59
「最近撮ったものをいくつか持ってきました。どんな風に撮っているのか、参考にと思って。でも彼の写真は入れてなかったな。ウカツだった」
 コーヒーテーブルにアルバムを置いて、広げて見てみる。どれも人物像だ。子供から老人まで、そのモデルは幅広い。一貫しているのは、まろやかな印象だ。どの場面にも、その手前に、須見浜君の下がった目じりが見える気がする。
「どこかの場に出すって予定があるわけではないんだけど、どうですか?もし嫌なら、この先も人前に発表したりはしませんから。京士も、人前に出したくないって言うので、このアルバムにも入れてないんだ。これは、モデル交渉をするときの自己紹介みたいなものでね」
 何故だか彼は照れたような笑いを浮かべて、頭を掻く。
「これを見せて断られると、けっこう傷ついたりするんだけどね」
 黙って次々とページをめくっていた私は、自分の反応の薄さに彼が不安になっているのだと気が付いて、慌ててこう答える。
「難しいことはよく分からないけれど……カメラマンの印象を裏切らない写真、ですね。すごく穏やか。京士がどんな風に撮られているのか、本当に興味あるな」

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水面鏡-30 ファインダー 

April 17 [Tue], 2007, 0:18
 人の良さそうな笑顔だ。人畜無害。意地悪な私は、そんな言葉を当てはめてしまう。
 なんだか気持ちがすっきりしない。この人は、苦手なタイプかも知れない。
「京士が、専門学校でカメラを、って」
 人見知りした私のたどたどしい問いかけを、須見浜君は目尻を下げて受け止める。
「うん。写真を勉強してます。主に人物を撮ってます。京士のことは、前にも一人で何度か撮らせてもらっているんだけど」
「そうなの?」
 驚いて、思わず口を挟んでしまった。
 京士がモデルを?これまでにも何度か?正直言ってちょっと想像できない。あの京士が、いったいどんな風に写真に撮られるというのだろう。あの愛想のない京士が。
「そうか、知らないですよね。京士に出来上がった写真を渡したこともなかったし。というか、彼が受け取ってくれなかったんだけどね」
 須見浜君はそう言って苦笑いをしながら脇の鞄を漁り、黒いファイルを取り出しして差し出した。

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水面鏡-29 ファインダー 

February 05 [Mon], 2007, 0:58
 それからきっかり二時間後に、その京士の友達はうちの玄関を叩いた。
 私はとっくに身支度を終えていて、遅れて起きた京士が私の作ったサラダを食べている様子を、テーブルの向かいの席から見ていた。
 その友人が、玄関の向こうから
「スミハマですけど」
と不安げに声を掛けてきてもまだ京士は黙々と食事を続けていたので、私は仕方なしに立ちあがって、彼を迎え入れた。
 須見浜くんは、モヤシを通り越して、まるでインゲンみたいにひょろ長い人だった。彼は、まず靴を脱ぐ前に一度お辞儀をし、部屋に上がり込み、やっとサラダから顔を上げた京士に右手を上げて見せてから、もう一度、私に向かって丁寧に頭を下げた。その必要以上の礼儀正しさに、私は思わず、本当に京士とこの人が友達なのかと疑ってしまったが、京士は須見浜くんのそんな様子に全く反応せずに、私と彼を交互に指差して、
「珠子。で、須見浜」
と、飛びきり無味乾燥な紹介をし、
「約束したの忘れてて、まだあんまりちゃんと話してないんだよ。悪いけど、説明してやってよ。オレはちょっと、歯を磨いてくるからさ」
と須見浜くんに言いながら、洗面所へ消えてしまった。
 京士の、こういった傍若無人な様子には私は慣れていたし、須見浜くんの方もそれは同じようだったけれど、しかし二人とも、見知らぬ同士で突然取り残されてしまったことには戸惑い、それぞれで、ちょっと京士を恨んだ。
 私が京士の黄色いソファを勧め、ペットボトルからウーロン茶を注いで渡すと、須見浜くんは丁寧にお礼を言いながら両手で受け取り、
「二人の写真を撮らせて欲しいんです」
と言った。

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水面鏡-28 ファインダー 

January 28 [Sun], 2007, 14:25
 私も京士も、人付き合いの良い方ではない。
 私は今の大学に入るまで、地方で暮らしていた。上京すると同時に、中学や高校で知り合った友達も浪人中の友達も皆、疎遠になった。
 京士は、高校を出てからいわゆるフリーターとして暮らしている。彼は自分から積極的に人と連絡を取り合う人間ではない。
 だから、冬休みが始まったばかりのある日、京士が
「二時間後に友達が来るって」
と突然言い出したときは、私は心底驚いた。驚き過ぎて、普段は低血圧な私が、まだ朝の七時だというのにぱっちりと一瞬で目を覚ましてしまった。
「え、何?誰?どうしたの?」
 携帯が鳴って布団から出ていた京士は、四つん這いで戻ってくると、私の隣りに潜り込みながら面倒そうにこう答えた。
「写真撮りに。前のバイトの友達。約束したの忘れてた」
さっぱり意味がわからない。
「来るって、ここへ?」
「そう」
「ねえちょっと、この家に来るの?」
 京士はくるくると器用に毛布にくるまって、今にも寝てしまいそうだったので、私はその毛布を引き剥がしながら、彼を覗きこんで訊ねた。
「もう。ちょっとやめてよ、寒い。まだすぐは来ないから、あと一時間したら起こして」
 眠さと寒さで、京士はすっかり不機嫌だった。
 これ以上聞いても何の情報も得られないだろうと判断した私は、京士に合わせて寝直そうかどうか迷ったけれど、目を瞑ってみても、私の中の何処にも眠気が見当たらなくなってしまっていることに気が付いて、布団を出た。

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水面鏡-27 パズル 

January 06 [Sat], 2007, 0:27
 部屋の暖房が効きすぎていた。膨張した空気に、上手く呼吸ができない。エアコンからの風に煽られて、枯葉がカサコソと音を立てたような気がした。生気のない音だった。
 いつの間にか部屋はのしかかる冬の夕闇に沈んでいて、パッチワークがすっかり色を失っている。ヒールに纏わりつく乾いた土みたいに、夜の気配が、部屋中のあらゆる存在を包んでいる。京士の擬態を、助けている。
 私は、自分自身もすでに闇に溶けかけているということに気が付いて、急に恐怖を感じた。慌てて傍らの京士に手を伸ばす。細いその体を引き寄せると、京士は素直に私の胸へと倒れこみ、しばらく黙っていた。
 彼を抱き締めることで、私は自分の体がちゃんとここにあるのだと意識する。京士の影法師の真似を解かせる為に、私は、私の温かい息を、彼の耳にかけてやった。
 私は少しでも彼を引きずり戻しただろうか?それとも、無いようで有るような、有るようで無いような見えない不安を、彼に伝染させただけなのかもしれない。
 しばらくして、京士はのっそりとソファを降りると、からになっていたビニール袋へ、枯れ葉を二つに分けて入れた。
 片方は口を固く結んでベランダのゴミ箱へ放り込み、もう片方は、そっとカウンターの隅に置いた。
 それはおそらく、彼の部屋へと運ばれて、物探しの旅の残骸となっていくのだろう。
 最後に京士は物入れから掃除機を出してきて、黙って枯れ葉のクズを片していった。
 私は、いつまでも部屋の灯りを付けられない。
 怖くて。

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水面鏡-26 パズル 

December 17 [Sun], 2006, 13:15
 空色の空き缶は、付き合うようになってすぐ、初めて彼の家へ行ったときにもらってきた。ただの空き缶がまだ保管されていたことが嬉しかった。二人の記念だから、と言って私が欲しがったときも、だけど京士はあまり興味がなさそうだった。
 たぶんもう、覚えてないかもなぁ、京士。そう思うと切ない。彼はあまり過去にこだわらない。日常も出会いも別れも、すべてさらさらと彼の表面を過ぎている。
 とても甘くてどこか歯切れの悪い外国のクッキーみたいな感触の思い出に私が浸っていた間も、京士はじっと床を見下ろしている。
「綺麗だね」
 足元に広がる枯れ葉を見て、私は単純に感想を述べた。
 作業しながら京士が座っていた部分だけぽっかりと、私の気に入りの緑の絨毯が見えている。その周りを取り囲むこの一面のパッチワークは、しかしもう、京士の興味をさっきまでのように強くは引かなくなっているようだった。一瞬だけ見せた満足そうな手放しの表情は、すでにない。
 どうしてこの人は、物を拾い集めてくるのだろうか。
 隣に並んで彼のコレクションを眺める私に分かるのは、京士が、何かを探しているということだけだ。
 何か。
 何だろう。
 京士は下を向いたままだけれど、もう枯葉を見てはいない。さっきから少しも動こうとしない。死んだみたいに。どんどん、影法師の真似が上手くなるみたい。
 パッチワークの中央に開いた緑色の穴が心に苦しい。
見つめるごとに膨張して、やがてはこの部屋を、私たちを飲み込んでしまうのではないかと思う。欠けているということはとても苦しいことなのだと、息さえ詰める京士の隣で私は知った。
 京士もきっと、あの穴を見ている。そんな気がした。
 あの穴こそを埋めたかったはずなのに。たぶん、きっと、そうなのに。
 色とりどりのピースを丹念に並べても、パズルは完成しなかった。かわいそうな京士。完成見本のないパズルなんて、嫌がらせとしか思えないのに。それでもこの人は、取り組んでしまう。

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ただいま 

December 13 [Wed], 2006, 13:10
PCが戻ってまいりました!
ということで連載も復活します。
よろしくお願いいたします。
しかし面倒くさい思いをして修理に出したもののけっきょく直らなかったので、またいつ書けなくなることやら
せめてバックアップはマメにとるようにしたいと思います。
でもたぶん、思うだけ……。
きっと取らない。
取ってもせいぜい週イチ。