M8 JIGSSAW FALLING INTO PLACE 

March 10 [Mon], 2008, 1:22
実は生まれて初めて「金縛り」というやつを体験した。恐ろしく遅い初体験。昨日はビールをそこそこ飲んだにも関わらず布団に入ってKID A一枚まるごと聴いても全く眠れず、しばらく(30分くらいか)目をパッチリ開けたままテレビの上のドムを見上げていた。そのあと一瞬意識が遠退いたかと思った直後、体が全く動かなくなった。横向きに寝て両手首を膝の間に挟んだ格好のまま、首から下が全くゆうことをきかない。そんな状態がどれくらい続いたのか解らないが気が付いたら朝だった。
僕は昔から超常現象の類いの話は大好きだが、それに白痴的な恐怖を覚える人種にはどうしても共感できなかった。さて実際自分自身で体験してみてどうかというと、残念ながら全くどうということはない。最近部屋のインテリアに変更があったのはドムをテレビの上に載せたこととPerfumeのポスターを貼ったことくらい。黒い三連星の亡霊に乗られたのか三人組アイドルに乗られたのか…どっちにしてもファン冥利に尽きる、名誉なことではないか。しかしあの重量感からして重装甲MSの足っぽかったので次はテクノアイドルの降臨を切に願う。
この全く不定期な曲レビューもようやく終わりが見えてきた。後半の曲について何か書くのは正直キツかった。あまり好きな曲が並んでないからだ。このM9は確か最初にシングルカットされたんだったかな?全く理解不能だ。しかしこの曲が好きという人は意外と多いみたいで、その謎も解明してみたいということでリピートして聴き込むとまあそう悪くない、というあたりまできた。
しかししかしこういういかにもロックぽいシンコが苦手だ。まあでもアコースティックなアレンジで暑苦しさはだいぶ中和されているとおもう。山から吹き下ろす寒風のようなギターイントロはどことなくフォーキーなテイスト。まえまえからいわれているがトムヨークは本当にアルペジオがカッコいい。ドラムとベースが入って、はぁ〜と落胆のため息が出そうになるが、思ったより軽やかだ。ベースのスタッカートの入れかたが絶妙でいいスパイスになっている。この曲の一番嫌なところは二番の途中でボーカルラインが1オクターブ上がるとこ。高く歌う部分はmy iron lungのEPに入ってそうなテイストすら感じさせてしまうので、低いまんま最後までいったらシブくていい感じになるのに…と思ってしまう。しかし単にシブい曲で終わってしまう可能性も高い。やはりこの理解し難い意外性もRADIOHEADの美点の一つとしてここは流すべきところなのか、とにかく悶々としていても今は答えが出ない、そんな感じがする。その後二番と三番の間のブリッジ部分のギターハーモニーは結構聴かせる。
と、話を総合すると僕の好きな部分はイントロ→ブリッジということで、この曲インストだったら良かったのに、と無茶苦茶な結論に達しかけてふと気付いた。
このアルバム10曲すべて唄もの要素が強い。ちなみにこのIN RAINBOWS含めてもRADIOHEADのアルバムで一番好きなのはKID Aで二番目はAMNESIACだ。なぜならこれらのアルバムにはインストやインスト的な小品が要所要所に効いていて良い意味で全体が間延びして聴こえる。聴き終えると「随分遠くまで来たもんだ」という疲労と充実感がある。新幹線のぞみと在来線各駅では、どちらが優れているか?どちらにも利点はあるが短いインストは途中の駅のようなものに例えてもいいかもしれない。IN RAINBOWSが最短で目的地に着き、味気も素っ気もないナビ付きのドライブみたいなものに感じられてきた。
はっきりと強迫観念的なまでに情報を圧縮しスピードアップし世界の隅々まで行き渡らせる、渡らせねばならない、そんな世の中の風潮において、ましてやビートルズが離婚慰謝料のために音楽を配信してしまうこの時代に箸休めのイントロなど無用の長物かもしれない。けれどこのIN RAINBOWSを最初に聴いたとき、何度も取り憑かれたように聴きたくなったあの感じは、「物足りなさ」であったと、いまようやく言える。
しかしおそらくあの計算高いRADIOHEADのこと、そんなことは百も承知のはず。その証拠にDISK2の存在がある。大枚はたいてBOX SETを購入した者だけが浴することのできる恩恵。想像でしかないがDISK2の皿には色とりどりの珍味や妙味が並んでいるに違いない。悔しいがまだ聴けていない。やっぱりケチらずに注文しとけば良かった。

なにか話がでかくなって最後はヒガミっぽくなってしまったが泣いても笑ってもあと1曲。次はちゃんと曲について書こっと。

M8 HOUSE OF CARDS 

February 18 [Mon], 2008, 0:53
コンタクトレンズを装用し始めてから水中で目を開けるという行為から随分遠ざかっている、昨夜浴槽に浸かりながらそんなことをふと考えていた。プールにも海にも温泉にもそれほど頻繁に行かないし、アイボンなるものにもとんと縁の無かった僕にとって水中を裸眼球で観察するという行為は随分と御無沙汰気味であった。
やはり何にでもまずは実際に目を向け耳を傾けなければ。そうしなければ、いやそうすることの積み重ねによって自分の外側と内側のボーダーが形成され編成されるというもの。
善は急げと(入浴時には習慣的に外しているので)ダウントリム15゜で急速潜航し(心の中ではデンゼルワシントンばりに「Dive!Dive!」と叫びながら)恐る恐る目を開けてみた。
もぐわっ…、眼球が熱い。思わぬところで熱いフロを好む家系が災いした。


思わぬところで血が災いする、なにもアンダーグラウンドな熱湯コマーシャルだけに限ったことではない。このM8は意外性という点では、ある意味RADIOHEADのオフィシャル音源史上、群を抜いているように思える。
RADIOHEADがこんな曲を演っていいんだろうか。この枯れたブルースフィーリング、同じトムでもトムウェイツが歌えばジムジャームシュのロードムービーの世界になりはしないだろうか。
「血が災いする」と言ったのは僕の洋楽リスナー遍歴のスタートラインがハードロックにあったこと。つまりツェペリンやエアロを通してブルースコードが心に刷り込まれ、それが今も(消えかかりながら)薄く残っているということ。
RADIOHEADのファンとしては「うわキッツー」としながらもブルースを聴くとなぜか童謡を聴いているような、夕陽の中、家路を急ぐような、懐かしい感傷に流されそうになる。
これからこのアルバムを何回聴くことになるのか分からないが今のところM8を飛ばして聴きたくなったことはないので、まあ意外性含めて「アリ」なんだろう。
それどころかこのレビュー書くために何度も聴いてるうちになんだかいい曲に思えてきた。第一印象というのは実にいい加減である。血がいい方向に災いしたようだ。
軽々しくトムウェイツの名を出したが、聴けば判るように単なる枯れブルースにはなっていない。このボーカルリバーブはどうだ。いわゆる風呂リバーブ、それもスギノイパレスのジャングル風呂級の特大リバーブ。むせかえるような湯気を感じる、ブルース温泉とでもいうか。来日した際にトムヨークをスーパー銭湯みたいな所に連れて行って、そのインスピレーションで曲を作ってもらうとこんな感じになるのではなかろうか。
そしてRADIOHEAD印の、足を引きずるような疲労感。OK COMPUTERの名クロージング曲THE TOURISTに匹敵する。IN RAINBOWSはアルバムの曲順(流れ)がとても良いが、この曲、M10のVIDEOTAPEの後にあっても成立するのではないかと思わせる程雰囲気がエンディングぽい。まあ別の見方をすれば、M9M10はアンコール部分的ともとれなくもないが。


とにかくあと2曲。湯冷めしないうちに書こうと思う。
何だそれ。

M7 RECKONER 

February 14 [Thu], 2008, 21:33
もう何年も、まともに他人の目を見て話ができてない…
もう何年も、ドームの外殻を眺めて暮らしている…

こういう気分を日本語で何というのだろうか
冷静になればなるほど気分がすぐれない。
まあ何だっていいや。壁紙を張り替えて表札を掛け替えてみた。レディオヘッドが来日する前にレビュー終わらせなハァ…もお…

てか今久々インレインボウズを聴いてみた、みている。

もおいろんなところで語られ尽くされているし、雑誌の表紙はトムヨークばっかだし、少々食傷気味なインレインボウズだが、こうして改めて再生してみるとやっぱ面白い。
レディオヘッドをまつたく知らない人に、音源を聴かせることなくどんな音楽かを伝えたい、という無謀な状況に置かれた時に僕がよく使う言葉として「ボーカルはファルセットをよく使うかも」というのがあるが我ながら実に的を得た表現であると思い上がっている。だって男声ファルセットといえば大抵の人はほぼ共通のイメージを共有できると思うからだ。
この曲のボーカル成分の実に90%以上はファルセットで占められている。最初はちょっとキツいなあと思ったが10回ほど聴くとまつたく気にならなくなる。何せ最初から最後までファルセットなので、11回目くらいには「ロックにおける男声ファルセット」のイメージである『地声⇔裏声行ったり来たり的』なものが完全に崩壊し、「キツい→アリかも→イカす」とすりかわる、まさにお家芸。リスナーである自分が少しずつ崩れていくのは本当に楽しい。この声を「美しい」と表現せずにいられる人間に是非とも会ってみたいものだ。
ま、価値観は人の数だけ存在する物差し、なのでそんな奴探せばいくらでもいるんだろうけど。
僕がこの曲で最も耳に引っ掛かるのはファルセットではなく、ただ一ヶ所。このアルバム最大のミステリーと言って過言ではなかろう。
それは…

イントロのタンバリンが左に振ってあるのに一瞬「ツチャツチャ」と右から聴こえる箇所がある。ダウンロード配信当初、この音源は上等なデモくらいのモノでアラい編集だからフェーダーに肘が当たったけど、まあいいや的にリリースされたものだから、多分いやきっとCDメディアでリリースされればバシッと直して聴けるんだろう、待てよもしかしてワザとなのか?と正直解りかねた。
インレインボウズの他にも欲しいCDたくさんあるし、敢えて買うの止めようかと思い始めていたがこの「ツチャツチャ」がどうなっているのか確かめずにはいられなくなって購入してしまったというのが購入動機の70%を占める。まあ結果はCDを聴けば判るとおり「ツチャツチャ」はそのままであった。
普通に聴けば判るように、この曲、エディットというかミックスがとてもユニークだ。ドラムはすべて右にパンしてあるし2番に入ると、隣の部屋で叩いてんのかというくらいリバーブが削られ引っ込んでしまう。要所要所で滑り込ませるようなスネアロールを聴くだけで、ああレディオヘッドだ、と情けなくも安心してしまう。個人的にはアウトロのバスドラが祭り太鼓みたいになるとこがとても好きなのだがさっさとフェイドアウトしてしまい「もっと余韻をくれ〜」という感じなのだが。
この曲でもtoo muchストリングスな感じが否めないが、これが彼らの最新モードであるのでファンとしてはあるがままのモノを受け入れるしかない。
しかしアルバム中この曲のサウンドプロダクションが最も整合性がないと思うのは僕だけではないはず。曲調としてはM8など「何がいいのかわからない」というぐらいへんてこりんな曲なのだがアルバムのカラーには染まって聴こえる。なぜかこのM7は唯一アルバムの流れから浮いてしまっていないだろうか。
ただし、敢えて散漫なプロダクションで「浮かせて」いる可能性も否定できず、さらにアルバム単位で聴き込んだ場合しっくりと「浮く」のかもしれない。「らしい」しっとりとした佳曲なだけにライブで聴いてみたい曲だ。
今のところ
例の「ツチャツチャ」は『わざとフェーダーに肘打ちを喰らわせた』あたりでオトすのが妥当な着地である気がする。

M6 Faust ARP 

January 11 [Fri], 2008, 0:36
うーむなんだろうねこの感覚…冬休みの宿題を思い出す。
よくある質問『夏休みとか冬休みの宿題って〜先に片付ける方?それとも〜終わり頃に一気にやるタイプ?』
甘い…甘過ぎる…
僕にとってその問いは意味を為さない。なぜなら『ほぼやらないタイプ』であったからだ。ちょこちょことテキトーに書き込んで提出、これに限る。少なくとも小中はこれで通した。村上龍曰く『何かを強要されている集団ほど醜いものはない』とまで強気ではないが、夏休み冬休みに限らず、まともな宿題の記憶がない。ダメ人間専用機はオーバーワーク&ノイローゼ回避システム標準装備であります。
しかしこの宿題レビューは自分の蒔いた種であることは火を見るより明らか。残念ながら冬休みは終わってしまったが『永遠の夏休み』『シチズン・オブ・粘〜ランド』代表として自由研究課題をやっつけてしまう決意に至った所存である。本当は新年の日記第1回目は2007のベストディスク特集の予定だったのに…あれもこれも紹介したいの行列なのに…
と、ほどほどに字数を稼いでおかないとM6は正味2分くらいしかないし〜書くこと少ないかな〜とか思っちゃって〜ケロっケロっケロ〜♪

(以下本気&低い声)

M4、M5で1度目の絶頂をがっつりと迎えた後、ゆるやかに、それこそ汗がひいていくようなこの時間帯、サッカーで言えばハーフタイムにあたるのがこの小品だがロッカールームの雰囲気は穏やかでないようだ。
冒頭よく耳をすませてみよ。屋外らしき風の音とトムヨークとおぼしき声の4カウント…

てかさ話それるけど年越しあたりにwebcastでin rainbowsの曲ほとんどのスタジオ演奏風景を収録したscotch mistっつう映像作品を本人たちにon airされちゃってるわけで、なんかこんなレビュー今頃書いて「俺スコッチミスト観る前から風の音聴こえてたもんね」みたいにイバっても説得力ないっつうか、スコッチ観たら話超早えーしなんか馬鹿らしくなってき…

(以下再度低い声)

爪弾くアコースティックギターと呟くような歌唱の王道ロックフォーキーといえば、メジャー移籍前のエリオットスミスをモロ思い浮かべてしまう。そう言えば死んじゃったんだよな…あれホントに自殺だったんかな…などと感慨に耽るのも束の間、大胆なシンセストリングスが静かなミーティングに斬り込んできて黒い影が冷たい空を横切っていく。こういうのエリスミ後期の特徴だよね…正直曲ぶち壊しかねないんだよね…と最初聴いたときは思ったけどやはり我等がレディオヘッド、見た目がギトギトでも意外とあっさりなトンコツ。気が付けばスープ、 全部飲み干しちゃった、となるわけでしてやっぱ「フツーにやれば間違いないんだけどそれじゃ物足りない」的ひねくれねじれ美学!確かにこの曲、エリア内においてシミュレーションぎりぎりのド派手なコケっぷりでなぜかPKを頂いてしまうFWのよう。恐るべき試合巧者レディオヘッド・ユナイテッドFC!
てかいつの間にか後半始まってるし!!
しかしレディオヘッドのコード進行もここまで来たか!という感じのクラシカルな動き、反則ギリギリのベタなストリングス、なんでこれでしょーもない曲にならないのかが不思議で仕方ない。
レディオヘッドの魂に宿るのは決してマジカルなものでなくサイエンスなものであるのだ、という認識というか信念でもってレディへファンを続けている僕だが 、この曲など説明不可というしか…いや むしろ説明放棄しかない。
後半開始早々納得のいかないPKで追加点を奪われ、立ちはだかるレディへユナイテッドを前にうなだれるイレブン!だがそれはこの先に待ち受ける阿鼻叫喚、地獄絵図の単なる序曲に過ぎなかったのであるっ!!

M7へ続く。

M5 All I Need 

December 22 [Sat], 2007, 23:06
素晴らし過ぎるM4が終わると、このM5でアルバム前半が終了ということになるのだが、M1からM5までの流れは本当によく出来ているのでここまでがアッという間に過ぎてしまい、感覚としては10分くらいに感じられるのではないだろうか。
小エンディングとも言えそうなこのAll I Needはディヴィドリンチの作品のエンディングにハマりそうなミディアムナンバー。イントロから淫靡な香りが這い出して来る。なんとなく一緒に歌いたくなるのは僕だけだろうきっと。
ジョニーの鉄琴が泥沼に似つかわしくない、掃きだめに鶴のような違和感がかえってエキセントリックな美しさで鳴り、異様に浮き上がって聴こえる、とても巧いフレーズだ。特にラウドになる曲の後半部では耳をすませて聴かずにはいられない。威圧的な虚無感のなかで、後ろめたい官能を何度も放り上げる。案外ラブソングとしてそのままストーリーを追うというのが一番面白い歌詞の捉え方かもしれないと思う。
『僕は苔 あなたに光を分けて欲しいだけ
僕は虫 夜を抜け出そうと努力してるとこ』
…ってダメ男じゃん!!

M4 weird fishes/Arpeggi 

December 22 [Sat], 2007, 9:15
昨日職場で卓上カレンダーと外の街路樹とを交互に見やりながら「もう年末かあ…」と、しかしおセンチな感慨などゼロに限りなく近い、乾いたため息を鼻から逃がしていた時のこと。誰かが点けた事務所のFMでM2 bodysnatchersがオンエアされていた。そこでこのレヴューの存在をようやく思い出し今に至る。正直めっちゃ面倒臭くなってしまってはいるが、せめてReckonerあたりまでは所見を述べないとあまりにも無責任な政府や厚労省の対応と同じではないかということで。
ということで民主党の党首よろしく落とした筆を拾ったわけだがやはりアルバム通して聴いてもこの曲だけはドーンと浮き上がって聴こえる。
スティックの4カウントを故意に残しているイントロのドラムを聴くと、心の隅でくすぶっていた火種を一陣の風がそよと撫でて、めらっと炎が立つ感覚とでも言おうか、とにかく恋の予感が胸を駆け抜ける。ピックを降り下ろす刹那、トムヨークの気だるい「ンゥゥ」といううなり声といい、「ロックでもやるとするか」的な、これこれ!ニヒルでクールなフェイスオフ!命名「これこれ詐欺」の被害は深刻だ。
想像をかすかに上回る熱量のギターアルペジオと、「ヤバい」と「!」をそれぞれセットで10個ずつはお付けしたいベースライン。麦の穂を揺らす風が、視覚野を風景の中にいとも容易く拉致してしまう。

変なオカズもキメもなくローレクスの秒針の如くビートが進行し、それぞれアクセントがバラバラなアルペジエイターたちが物語の背景画を制作している現場に立ち会うような、その過程を見ているような経過感というか、早送り感というか…タイム感の消滅? そんなタぺストリーを眺めながらトムヨークは考え事をしながらつぶやくように歌う。ひとりぼっちの素敵な歌。
せっかくいい雰囲気だったのにエドが遠くから「おーい大丈夫かああー」とデリカシーのない合いの手を入れる。この「へ〜いあ〜」はマイクスタンドからやや離れて、口の前でメガホンのような覆いを手で作ってやっているのだろうけれど、伐採のときの「倒れるぞおー」のようにも聴こえて、そうしたらなんかリバーブとかも森っぽくて、エドって作業着とか地下足袋とか意外と似合いそうだし、無法松の広告のモデルとかイケるんじゃないかとか、そもそもよく見たら紳士肌着のモデルみたいだなとか…
とか…
なんか微笑ましくなってきたので「デリカシーのない」というのは撤回させてもらおう。エドのコーラスは、特にライブにおいてはものすごく存在感がデカいしかなり面白い効果を産む。そしてやはりトムヨークのソロ作品には無かったわけで、ちょっと耳に付くからといって心が萎えるほどヤワなファンじゃないぜ。

ブリッジ部でビートが止み、トムヨークの歌のバックで鳴らされる、サンプリング?ディレイ?のような音塊は深海から海面へとゆっくり上がっていく気泡を底から見上げているかのような幻視体験。切なさとやるせなさがないまぜになって海底に沈殿する。
しかしうっとりするにはまだ早いぜ、とばかりにシンコし出したビートがカットインしてエンディング部に突進する。「パリーン」みたいなディレイギターが、スローモーションで割れて飛散するガラスの破片のようで美しい。昔のPVを思い出した。まさに飛び道具的。
ラストでは低くて、幾分シリアスなニュアンスで「底を蹴って逃げてみせよう」と歌われるのだが、勿論「逃げるったって一体どこに?」というレディヘ流の皮肉が暗にのしかかっていることはいうまでもない。
楽曲の構成といい、音色のブレンドといい、歌詞の世界といい、ほんっとよく出来た曲だなあとつくづく思う。


M3 Nude 

October 30 [Tue], 2007, 23:19
ベースラインが入るまでのイントロ40秒、逆回転をお上品にエディットしたような清らかなテクスチュアで、一瞬ビョークのヴェスパタインあたりが頭をよぎる。というかビョークが歌い出しても全く違和感ないだろう。IN RAINBOWSの曲の中で僕が唯一聴いたことのあった曲。98年発表の映像ドキュメンタリ「Meeting people is easy」の中で演奏されていた。当時VHSで買ったのだが後にDVDで買い直すのが面倒でもう長いこと観てない。たった10年そこらでほぼ完全にVHSを駆逐したDVDの勢いもすごいが、残酷な時の流れも痛切に感じられてしまうようなアレンジになっている。「Meeting〜」のバージョンでは普通のバンド演奏っぽいミディアムバラードだったはず。
まあ平たくいえば10年前の曲なのだがヴォーカルラインの美しさは今作の中でもダントツで、トムヨークの歌声をじっくりと堪能してみよう。ゆっくりとハネるワルツのベースにジョニーのかわいらしいギターアルペジオとヴォーカルリバーブが、シンセストリングスを背景に幽玄の世界へと誘う。サビでエドが優しい歯ぎしりのようにギターをひっかいて、味のアクセントを添える。
静かな怒りが込み上げるような辛辣な社会批判の内容の歌詞。歌詞を知らなければただ不気味なほど美しい曲にしか聴こえないだろう。10年経とうが100年経とうがオッサンは変わってないんだ、まったく。エンディング部の盛り上がりではレディヘ特有の皮肉のセンスを感じる。
それにしてもコンパクトな構成できれいな曲だなあ。
次は一番好きな曲。

M2 Bodysnatchers 

October 27 [Sat], 2007, 21:52
軽やかで粋な1曲目のあとにヘヴィなギターナンバーが配置されている。普通ならこんな濃い曲を曲順的にどこに持ってくるのかかなり悩みそうなものだが意外な打順が功を奏して、どういうわけか聴けてしまう。朝、目が覚めてベッドから下りた瞬間いきなりつゆだくのうな重を食べさせられるような強引さ。ここはひとつ、容赦のないサディズムにこの身を差し出して聴くしかないようだ。
イントロのギターリフはアコギをオーバードライブさせたような、FUZZ的な感触。トムヨークのパートか?ドラムがさくさくとビートを刻み出し歌が始まる。右の方でジョニーが「ガッ、ガッ」とパーカッシブにギターを引っ掻くのが聴ける。最早「ゴキュ」は必要ないのだ。ファズギターもさることながらベースも心臓に悪そうなゴンゴンした音で雷鳴のような地響きを繰り返す。1番のサビ前でようやくエドが申し訳なさそうにギターを「こぷっ、こぷこぷっ」とかわいくひっかいていて、思わず頬がゆるんでしまう。サビではジョニー、エドがややユニゾン気味にリフを弾く。完璧なユニゾンでなくルーズなカッコ良さ。この辺のハズシのセンスはさすが。「I have no idea what I am talking about」のところaboutが右肩上がりの歌い方がニヒルな感じがしてもうたまらなくイカす。
ブリッジ部では左右それぞれオンデマルトノが不気味な華を添えている。このテルミンの仲間のような鍵盤楽器はKID Aあたりからジョニーがハマッている楽器でレディヘのライブでしか実物を見たことがない。
2番に入るとジョニーとエドがユニゾンを止めて違うフレーズを弾き出す。3本のギターがバラバラにからさわぎしてなぜかアンサンブルとして聴かせるという、ファーストの頃からのレディヘメソッド。『必然的に偶然を拾う』とでも言おうか。2回目のサビではエドが上昇フレーズ、ジョニーが下降フレーズを繰り出しており、サイドバイサイドで散らす火花が美しい。
2度目のマルトノブリッジを渡るとレインボーブリッジに入る。このCメロ的な部分の溶けてしまいそうなメロッメロぐあいはどうだ。ここまでくれば恥も外聞もかなぐり捨てて「ああっ」とばかりに悦楽の園にて恍惚の骨にしゃぶりつく他あるまい。 too muchな叙情性に欠かせないのがエドのE-BOWサステナープレイ。賭けてもいいがエドはこのとき笑顔だろう。怖いくらいにトムヨークの声(とボーカルディレイ)と相性がいい。
「I'm alive〜」の後リズム隊だけになりフィルがリムを連打してトムヨークがモゴモゴとうなって…エンディングかと思ったらまたデカ過ぎる余震に襲われる。もうしつこいというかこちらに抵抗する力は残っていない。こういう展開はむしろ慎重に避けてきたのがRADIOHEADというバンドだったはずなのに。
う〜ん、はずなのにこの曲そーとーカッコいいなあ。ちょっと懐かしい感じがしてしまうけれど。それでもどうしてダサダサにならないんだろう。スピード感と重量感、そして官能。つまりロックってことか。
最もCDメディアで聴きなおしてみたい曲である。

M1 15Steps 

October 26 [Fri], 2007, 22:55
なんだろうこの胸の高鳴りは。最初の一音は「どゅっ」というバスドラ。トライバルな5拍子パーカッションに合わせてトムヨークが飄々と歌い出す。これだけでしばらく聴かせるのだがドラムがめっちゃイカす。この曲には途中に子供の声とかも入っているしM.I.A.あたりの影響モロという感じがしないでもないが、ジョニーのくぐもったギターと控え目なコリンのベースが入ってきて、ようやく「IN RAINBOWS」というタイトルがスクリーンに映し出されて「ダウンロードうまくいったんだ」と、ほっとしつつ同時に「ひょっとして期待通りめちゃくちゃカッコ良かったらどうしよう」と笑っていいやら泣いていいやらとにかく高ぶる。ジョニーは以前からこのように音符と音符を繋げて弾く(グリッサンドだっけ?スライド?)スタイルを得意としておりOK〜期からズルズルと引きずるような独特のニュアンスのフレーズをこの曲でも十二分に聴かせる。クリープの「ゴキュ」よりも今は引きずりアルペジオや360゜全方位エフェクト照射の方がトレードマークになりつつある。
「One by one〜」と歌い出すあたりからベースがもっそりと動き出し、トップギアに入ったスポーツカーのようにしなやかに加速し、曲がグルーヴし始める。
とにかくこの曲のジョニーのギターパートはまるごと完コピにチャレンジしたくなるくらいカッコいい…とか思っていたら「エトセトラ〜エトセトラ〜」の後に、レディヘファンの黄色い悲鳴が聴こえてきそうな「おいしい」ベースのフレーズが着弾する。まあロックミュージック的にもRADIOHEAD的にもベタといえばベタなのだが、トムヨークのソロアルバムにはこのようなテイストのベースはなかった。このおいしいベースフレーズに激しくRADIOHEADの波長を感じる。つまりやってることはベタだがフレーズそのものには確固たるオリジナリティを感じる。冷静に考えるとこれは凄いことだ。
曲は終盤に差し掛かり、悲しく揺れるようなシンセが聴かれる。ベンドアップのレバーを神経質そうに倒しているジョニーが目に浮かぶ。リズム隊がどかどかぶいぶいと盛り上げ、ベースが止んだ後にワーミーギターが切なく余韻を残して終わる。
やっぱりライブでは観客がみんなで「ヘーイ」とかやるんだろうな。いいなあ。
歌詞の内容については個人的にイタいところを突かれ過ぎているので割愛させてもらう。エドの見せ場が少なかった気がするが、そんな疑念にとらわれる暇もなく怒涛の2曲目に突入する。

虹レビュースタート!! 

October 26 [Fri], 2007, 1:19
この日記を覗く方は何のことを言っているのか直ぐにおわかりだろう。年内には無いとされていたRADIOHEADの新作がダウンロード配信という形でリリースされるという、結構センセーショナルな事件が起きた。数百万のアルバムセールスがある人気バンドが新譜をまるごとダウンロード配信、しかも価格設定をユーザーに一任し、無料のダウンロードも可という前代未聞の事態。その是非がいろんなところで議論され、噂や憶測が早くも飛び交っているようだが、まずはいちファンとして、どのような形であれオフィシャルな新曲を10曲聴けるという環境に感謝したい。
というわけで10日ほど前にダウンロードしてみたのだが、実はこれが、合法非合法問わず人生初の音楽ファイルのダウンロードである。デジタルオーディオはもちろん、MDすら持ったことのない、筋金入りのCDオンリー派でアマ○ンすら抵抗感のあったオールドタイプの典型である僕に、やや躊躇しながらもダウンロードを決断させたのは他でもないRADIOHEADの新作であるからという唯一つの理由だ。
でなければMP3に毛の生えた程度のクオリティの音源などに見向きもしなかったろう。案の定コンポで聴くと音質のショボさに衝撃を受けた。MP3てこんなにヒドいのか。耳が腐りそうだ。CDメディアでの発売もあるらしいのでそれを入手してからレビューしようかと考えていた…。

と考えていたのだが10/15にダウンロードしてから他のCDを再生する気がふっ飛ぶくらいにハマっている自分に気付いた。これほど繰り返し何度も再生したアルバムは最近ではちょっと思い出せないし、過去を振り返っても数えるほどしかない。
聴き終えた後すぐに頭から再生したくなる…どうゆうわけか人間だけを襲って食べ、その食欲に底が無いまさにゾンビのごとし。
先にも触れた、音質の悪さが一つの理由かもしれない。RADIOHEADを聴いたようで聴いていないような残尿感に苛まれ、何度もトイレに駆け込んでしまうのか。
おそらく50回は聴いたのだがまだ…なんというか…納得がいかない。アルバム全体として、バンドが新しいモードを模索しているように聴こえるときもあればベンズあたりの未発表曲集みたいに聴こえるときもある。とにかく耳をとらえて離さず、後味が釈然としないのだ、このアルバムは。
やはり全曲レビューしか、この無限ループをストップさせる手段がなさそうだ。というわけで明日あたりから始めるつもりだ。ちなみにネット環境さえあれば誰でも簡単にさくさくとRADIOHEADのHPからダウンロードできる「IN RAINBOWS」。
これから10回の日記を退屈せずに読む為にもダウンロードをお勧めしておく。

それにしても
陳腐な表現だが
「生きててよかった」
なんてね。