一昨日。愛猫が帰ってこなかった。
家の周りを何度も探しても、呼んでも、帰って来なかった。
次の日に変わろうとしていたころ、風呂上りに勝手口のところで鈴の音がチリリと鳴った。
私はドアを開けて外を覗いた。
やっぱり愛猫は居なかった。
昨日、仕事を終えて自宅に戻ると12時半を過ぎていた
私は母に「ともは帰ってきた?」と聞いた。
母は斜め道向かいの家の奥さんに、昨日の夜10時ごろ、自宅の車庫の前で猫が轢かれて死んでいるという電話があったらしいという話を聞いたらしい。
その奥さんはご主人と外を見に行ったが、そんな猫の姿を見つける事はなかった。
母がその車庫の前に行くと、アスファルトの上に大量の血痕が残されていたという。
やっぱり猫の死体はなかった。
誰かが連絡して、保健所の人間が片付けたのかもしれない。
母は市役所に連絡して、確認してもらった。
それらしい話は得られなかったようだ。
私はしばらく悩んだ後に外に出て、道路を見に行った。
薄暗いアスファルトの上に、何か濃い染みのようなものを見つけた。
暗くて、それが何色をしたものなのか全然わからなかった。
家の周りをぐるっとまわってみても、やっぱり愛猫の姿は見当たらなかった。
ゆうべ、たしかに鈴の音をきいた気がするのに。
今年の夏は越せないほど弱った猫でも、轢かれて死ぬことはなかったと思うのに。
思うと涙が出てきた。
悲しくて、悔しかった。
休みになったら病院に連れて行こうとした矢先の出来事だった。
今年の夏も暑いから、そろそろ外には出さないようにしてと言おうとしていた矢先だった。
どちらにしろ、もうおそすぎる。
翌日になった。土曜日で仕事は休みだった。
私は身支度を整え、また道路を見に行った。
やたらに暑い家の外に出るのに、化粧もしていなかった。
アスファルトの上には黒い染みが猫より二回りくらい大きさにこびり付いていた。
タイヤに引きずられた跡だろうか。
大きな筆かなにかで擦ったように、車の進行方向に染みは伸びていた。
これではもう、生きてはいない。
あたりを見回し植え込みの影を覗いても、猫の屍骸は見つからなかった。
埋められたような跡もなかった。
愛猫の体は消えてしまっているのに、黒い染みだけが残されている。
その上を、また車が通り過ぎる。
埋めてやる屍骸すらないのに、死んでいたのは自分の猫以外だと疑えない。
埋めてやれない猫を、どうやって弔えばいいのだろう。
夕べ考えていた事を、やっぱり私はやることにした。
母が表に出てきた。
母と一緒に、ジョウロに水を満たし、通り過ぎる車の合間に血痕を流す。
乾ききった染みは、箒で擦ってもなかなか薄くならない。
暑い日差し。涙の代わりに汗が流れた。
染みが少しだけ薄くなった。
これで私の気は、少しは済むだろうか。
自己満足に浸れるだろうか。
あの猫が私の猫になったのは、もう11年も前の事だった。
ある朝突然、寝ていた私の顔の前にあいつのブラックタイガーのような柄のシマシマがあった。
丸々としたお尻に、先の長い尻尾に、少しだけ気の強そうな茶色の目。
先住の黒猫に嫌な顔をされながらも、私の手足を生傷だらけにしながらも、猫はすくすくと大きくなった。
あれから、11年。
十分過ぎるくらいには生きただろうか。
それとも、まだ死ぬのは少しだけ早かっただろうか。
最近、歯が悪くなって、餌を上手く食べられなくなっていて。
随分と痩せてしまった体は、この夏を越せそうになかったけれど。
越せたとしても、次の冬を越せそうもなかったけれど。
今ここで死んでしまうものだろうか。
軟らかい餌が欲しくて、唯一カリカリ以外を与える私を無言で見上げる目が、こんなことで無くなってしまった。
新入りの黒猫を、嫌な顔で怒ることもなくなってしまった。
それを因果応報だと、私が笑える事もなくなってしまった。
それがとても残念だと思う。
私は、アスファルトの上で、猫がどちら側を向いていたんだろうかと考えてしまっている。
帰ろうとしていたのか、それとも出かけていこうとしていたのか…。
もしも、帰ろうとしていたのなら。
あの夜に私が聞いたチリリといった鈴の音は、猫が帰ってきた音なのだろう。
時間軸で言うのなら、それは事故よりも後に聞いた鈴の音だけれど。
わたしはそれで猫が帰ってきたんだと信じたいと思っている。
私の目にはもう見えないけれど、ともは家に帰ってきた。
帰ってこられたのなら、それでいいじゃないだろうか…。