子育てしてると日々の生活の中で学ぶことが多い。
仕事中でも子供達を見ていると、自分自身が子供がいなかったころとは捉えかたがかわってきた。
娘は、慎重派で内向的、根気強い努力家。幼い頃から引っ込み思案で、ずっと私の後ろに隠れているような女の子。
息子は、冒険家で外向的、芸術家タイプでこだわりがあり、ちょっとのズレも許せないタイプで、瞬き一回で目の前から消える男の子。
同じように同じ親が育児したのに、二人とも正反対に育ってます。
娘が引っ込み思案で私の後ろに隠れてるとき、なんで前に出れないんだろうって悩んだり叱ったりした。
でも『じっとママの後ろに隠れて人間観察してるんだね。たくさんいろんな人間を観察して将来、経営者になるための学びをしてるのね』って友人に言われて視点がかわった。
息子は、元気がありあまってて足の裏にバネがついてるように跳ね回り感情豊かで、どこに行っても謝らなくてはならなくていつも『静かにしなさい』って叱ってた。
でも心臓に異常があって生まれた息子が元気に跳ね回れてるのは、息子の心臓が心配でたまらなかった私に『大丈夫だよ。元気だよ』を伝えるメッセージが含まれてるのかなぁ。って思って。
息子は、手先が器用で工作の絵画も得意。
娘は、しっかり者で私を助けてくれる。
視点を少し変えるだけで短所だと思ってたことが長所になる。
人間の可能性・能力はみんなが持ってる。でも感情に蓋をしてたら、可能性も能力もうずもれてしまって発揮できない。
感情に蓋をしてしまうのは赤ちゃんのときからの親の接し方に原因があるんじゃないかなぁ。
親が体裁や自分自身のエゴのために子供達の感情に蓋をしてたら、中の感情がヘドロになりガスがたまり、突然、蓋が吹っ飛ぶ。これがキレるってこと。
押さえ付けた教育は私は反対。
押さえ付けることと、しつけとは違うのだ。
でもおとなしい子供達だけを育てた人にはわからないんだろうなぁ。
個性を認め、一人一人を抱きしめ、向き合う教育に携わりたい。
子供達の瞳の輝きがなくならないように。