明けましておめでとう 

February 05 [Mon], 2007, 23:21
 今年ももう一ヶ月が終わりましたね。早く給料日が来ないかな。

 今日は仕事帰りにヨーカドーへ行ってみかんを買った。よくよく考えてみると、今シーズンで初みかんだよ。甘いね。うまいね。おれ、かなり柑橘類が好き。どうも妊娠したみたいだね。

たまにはNitty書いておくんなし 

December 13 [Wed], 2006, 23:59
 気付いたら、ヤプログの?なキャラクターが赤い帽子被っているね。もうクリスマスなんだよ。今年は日曜日か。ぜひ、サザエさん見て過ごしたい。


 最近、めっぽう寒くなったんですが、毎年冬になると唇が乾くんだよね。大体11月半ばになると上唇がカサカサに。毎年同じ時期。これがくると、「あー冬が来た」と思ったりしてみる。なんて、うまく出来た体なんだろう。
 今年の夏は早く起きれていたのに最近は全然駄目。寒いからだろうと考えていたが、実は疲れによる物らしい。ああーよく出来たからだ。めみみはなくちごくろーさんbyGo!Go!7188

手に入れられないモノほど欲しくなる 

November 17 [Fri], 2006, 0:15
 昨日、今日と技術セミナーに参加してまして、いつもよりも早い時間に帰ったり、セミナー帰りにちゃんこ鍋食ったり(両国で開催の為)と、充実した2日間を過ごしてましたよ。

 セミナーでは会社の人だけではなく、大学教授も講演するんですよね。久しぶりに大学の研究を目の当たりにし、大学教授の顔を見ました。そんなセミナーを受けながら思った事がありまして・・・

「大学っていいな。また、有機化学勉強したいな」

と言うこと。やはり、企業の仕事でやる開発と、教育機関でやる研究・開発は性質が異なるわけで。すっかり企業人間になってしまった僕ですが、この講演を聴いてたら、昔の楽しみながら実験してた自分を思い出した。就活してたときは会社が仕事が欲しかった。でも、働き出すと学校が、実験が恋しくなる。

 なんてわがままなんだろうね。こんな気持ちじゃ、仕事も、もし仮に大学戻っても研究もうまくいかないだろう。そんなこと考えながら、江戸東京博物館を後にし、家で外出報告作ってた。

 勉強って面白いよね。新しい知識を得る快感。そう感じる気持ちを大切にしていきたい。ま、今のところ、大学に本気で戻ろうとは考えておりませぬ。もし、将来的に転職するなら、高専の先生かな。

来週初めて飛行機に乗ります 

November 14 [Tue], 2006, 21:59
はいはい。
今月末で会社を辞めるので、今は有給で休みまくってる俺が来ましたよ。
14日も休んでいるのでいい加減やることがなくて廃人と化している。
髭ボーボーですよ。
次の就職先で楽をするために、今のうちから有効な資格を取るための勉強をしたり
嫁の負担を減らすため米を洗ったり、昼飯をたまに作ったり・・・・
そしてその合間をぬってゲーセンでコインゲームしたり、エウレカセブンみてたり・・・

その「エウレカセブン」がすっごい面白い。
50話もあるからだるい、パス。とずっと敬遠してた俺は愚かだね。
今38話まで見た。2度泣いてしまった場面があった。
一つはホランドが僧を奪還後にやられて、レントンが「金に目がくらんだ。自業自得だ。」と言ったから
すかさずタルホがビンタして、真実を語ったあたり。
そしてもう一つは戦争が本格化してゲッコーステイトを解散すると言ったのに、みんなが残るところ。
仲間っていいですね。
やっぱりいい仲間がいれば何とかなるもんですよ。
会社にはいい仲間がいなかった。だから面白くなくてやめるんだし、
来月から香川に帰って働くのだって、結局香川にはいい仲間がいるから。
教育の話をしているから書かせてもらうけれども、
いじめだって何だって、周りに仲間がいれば死ぬことなんてない
孤立するから死を選ぶと思う。
今は、ネットもあってゲーム進んで一人でも平気で遊べれる世の中になっている。
だからコミュ二ケーションを取るのが苦手になったんじゃないかなぁと思うわけで。
それに加えて、漫画やゲーム、アニメなんかも私が子供の頃よりかは、ずいぶん乱暴で
グロテスクな内容になってきている。
それを見て感化された馬鹿が、おとなくてコミュニケーションの乏しい子を狙った
いじめが起こるわけで・・・
これを解決するには仲間の存在。
コミュニケーションが不足している子はまず感情を表情に出そう。
コミュニケーションが不足している子がいたら笑顔で話しかけよう。
そしたら仲間が増えて明日が楽しくなるよ。と、無職の私が言っておく。

A : 『で、どうする?』 B : 『今日行く』 

November 03 [Fri], 2006, 0:33
海外hikky、パス忘れたのなら聞けw

hikkyの記事を読んで、僕も、無い頭絞って考えてみた。

まず、教育とは何か。教育とは人類の積み重ねてきた英知を学ぶことで人を更なる高みへと導く物である。霊長類が誕生して、約6500万年と言われている。それから今まで、人類は知識を生かして今や生物の遺伝子さえ操作している。動物園で同じ霊長類とされるチンパンジーやオランウータンを見ても
どうもピンとこないが。
ただ、これらはたった一人の人によって、もしくはたった一世代のうちに完成した物ではない。確かにいくつかのパラダイムシフトを経験したとはいえ、それすらもそれまでの知識が無ければ産まれないのだ。
知識とは紡がれる物だと思う。そして引き継がれる物だと。
即ち、教育とは、今までの人類が得てきた知識を効率よく得る為の手段だと思う。
そしてさらに教育を受けた物によって新たな種がまかれ、いずれは芽を出し、育っていく物だと思う。

教育は社会の歯車になるためにあるのではない。人を人たらしめるその根源を維持するための物である。ある問題を解いている途中に、アルキメデスはローマ兵に殺される。そして死に際にこう言った。
『私の円に触るな』と。すっぽんぽんで「ヘウレーカ!!ヘウレーカ!!」と叫んだ老人が。

今の学校が塾と化しているのならば、それは学校の責任とは一概には言えないと思う。たぶん、保護者がわーわー言ったり、マスメディアが塾に通う子が増えているだの、学校じゃロクな授業が受けれないだのわーわーわーわー言う人たちにも責任がある。需要がなければ供給はありえない。確かに、教育現場の考えている『教育』と、本来の『教育』には違いが出ているのかもしれない。

hikkyの言うように、教育とは教えるだけではなく、それを育むものである。感受性を養い、新たな発想を産み出すものだと思う。ある人は言った、『独創的な発想を産み出すには、精神的な余裕も必要だ』と。
みんな、聞いたことあるんじゃない?この人の考えることは本当にすごいと思う。

だから、頭が上がんない。
 ホッカイロ 

ゆとりとは裏腹に 

October 30 [Mon], 2006, 23:33
 ご無沙汰してました。hikkyです。ちゃんと生きてます。ただ、あれです。パスワードが思い出せなかっただけです。

 履修科目隠しを行っていた校長が、責任を感じて自殺したそうな。自殺すれば責任が取れるというわけではないと思うが、その様な選択肢を撰んだ。じゃあ、残された教員、そして生徒はどうなんの?大学側から見れば、学生の出身校長が死んだ=履修科目隠しを行っていたとすぐに分かっちゃう。

 ところで、自殺した学生の校長は、責任を感じているのかいないのか。どうも我関せずと言う態度が見え見え。お前は政治家か!

 一体全体、教育とは何なのか。教師とは何者か。自殺するくらいなら、はじめからきちんとした授業を行っていればいいのに。自分が高校の頃から感じていたが、かなり塾と化しているよね。補修があり、模試があり。前年度の合格実績を謳ったり。それが学校?学校って、もっと勉強も遊びも満喫できるところじゃないのかな。修学旅行行って、先生を含めてみんなと思い出を作る場所じゃないかな。

 教師自体に、学生と長く付き合っていこうと言う気がないみたい。だから、詰め込み式の授業を行い、尚且つ、いじめがあっても、我関せずなんじゃない?

 政府では今、教員免許の更新性を導入する動きがある。いい先生のみを残して悪いと判断された先生は切り捨てる。いい先生って何だろうね。学生の全員がテストでいい点を取る授業をする先生がいいのか、あるいは金八先生みたいなのがいいのか。何を使って線引きするのだろうか。生徒だって人間。各人、いい先生悪い先生という解釈の仕方は異なるよね。政府の動きも、ちょっと曖昧すぎないかな。

 俺も教員目指してた人間。最近のニュースには、教育業界のことしかないみたい。ま、報道機関のバッシングなのかもしれないけれどね。

映画を見る。 

October 29 [Sun], 2006, 21:09
昨日、知人と映画「ただ、君を愛してる」を観に行った。僕はそれなりにいい映画だと思ったが、後の二人には不評だった。そして、思った。いい映画とは何かと。

 ド派手な物から静かな映画まで、いい映画は数え切れないが、いい映画の一つの基準として『見ている人をどこまで引き込むか』ということが挙げられると思う。そして、観客にも良し悪しがあるのだと思う。そう、『どれだけ引き込まれるか』だ。
 最近はいろんなサイトで映画のレビューを見ることができる。でも、大概の感想が「主演がカッコイイ、カワイイ」だの、映画の本質に触れている部分は少ない。ましてや「期待はずれ、予想とは違う」なんていうのは論外ではないかと思う。僕たちは与えられた物を観ているだけであり、フィルムに一切の関与ができない。それを承知した上で作品を見るべきであり、期待ならまだしも、予想と違うなんていうのはまったく以って作品を愚弄する利己的な恥ずべき行為だと思う。確かに僕も「あそこはこうしたほうがよかったのではないか」と思うことはあるが、与えられた配給をいまさら作りいじくることはできない。そんな才能も無い。
 人はいつでも先のことを予測する。最近は「オチが読めた」だのなんだのっていうレビューも多い。僕は極力、予想して映画を観ない。例え予想できたとしても大概は悲しい結末の予想であり、「こうであって欲しくない」と僕は思うようにしている。だからこそ、避けられない結末が目の前に突きつけられたときに熱くなるものを感じることができる。
 みんなは何を期待して映画を観に来ているのだろうと、最近感じる。レビューの点数が高いから?好きな俳優、女優が出てるから?話題になってるから?僕も活字にできるほど確固たる物はない。僕はそんなの抜きにして、むしろ蔑んで、ただ単純に観たいから観に行く。

映画は感性で作られる物であり、それを観るにもまた、感性が必要だと思った。

人ゲ脳無 

October 26 [Thu], 2006, 0:33
人生はゲームであるとある人は言う。そして、ある人はゲームではないと言う。

 僕は、ゲームではないと思う。いろいろ検索してみると両者の意見があるものの、人生とゲームの違いについて結局のところ明確にしているページは少ない。

 僕が思うに、ゲームには『プレイヤー』が存在していることが、人生との相違点では無いかと思う。プレイヤーがキャラクターを動かすのがゲームだと僕は考える。ゲームは一見、一人称であるかのように錯覚を起こすことがあるが、ゲームに関して、われわれは二人称なのだ。

 だから、人生はゲームだなんてあほんだらな事を言う人達(以下、人ゲ脳無:ヒトゲノム)は、自分の人生をあたかも客観的に見ているかのようにほざき、のたまう。
 僕は以前から言っているように、大概の人が言う客観的というものは本来の客観的ではないと考える。確かに客観的・客観性にはいろいろな種類があり、どの程度まで妥協するかによって程度が分かれる様だが、多くの人が言う客観的とは絶対的客観性を指すと思われるし、その絶対的客観性からすればヒトゲノム達が自分を客観的に見て「人生はゲームだ」と言う事象は客観性をあまりにも軽視しすぎであり、またまたあまりにも稚拙だ。
 確かに、この世の中にはいろいろなゲームがある。マネーゲームなんてのもよく聞くゲームだろう。これは人がプレイヤーとなり、金というキャラクターを動かしていると見立てることができる。
 人生はゲームだと主張する人達はどっか自分を中に浮かせたまま、現実逃避をしているに過ぎないと思う。多くの人は年を取るに連れて達観し、この「浮き足」と「実歩」を使い分けることができるようになると思う。いまだに僕は、達観できていないようだ。
 ヒトゲノムは現実から目を背けてる、とは言い過ぎかもしれないが、もう少し頭を捻ったほうがいいと思う。

     ま、どの道、人生なんて早く終わらせたいし、もう二度と経験したくもないけどね。

客観性に関して興味を持った方はこちらへどうぞ。↓
h ttp://www.h7.dion.ne.jp/~pensiero/archives/ex_objectivity.html

いい話だ。 

October 24 [Tue], 2006, 22:39
         いまさらながらに、「COWBOY BEBOP」を観ている。

 設定は2071年、位相差空間ゲートの開発とテラフォーミング(地球以外の惑星でも地球と同様に生物が生活できる環境を作る技術)によって人は自由に宇宙へ散らばることができるようになった。それに拍車をかけたのが月位相差空間ゲートの爆発事件。この爆発事故で無数の隕石が地球へ降り注ぎ、人は地球の表面には住み辛くなった。他惑星への移住により、人口爆発や食糧難などの問題は解決できたものの、犯罪も人々の移住とともに拡散の一途を辿った。そこで業を煮やした警察は賞金稼ぎ制度を設ける。これはその賞金稼ぎたちのお話。
 このブログを読んでいる人達の殆どは、このアニメを見ているだろう。実にいいアニメだと思う。1話の独特な雰囲気。いくつかのセッション(このアニメでは第○話ではなく、Session ○と呼んでいる)では各主人公の過去を垣間見ることもできる。前編後編からなる『ジュピター・ジャズ』は秀逸だ。BEBOPという音楽に関するタイトルからも解かるとおり、沁みる音楽。一見、我関せずに見える彼らの間にある信頼関係。後半につれ徐々に増してくるシリアスさ、そしてその間に挟まれた息抜きのエピソード『カウボーイ ファンク』。そして『ブレインスクラッチ』の付近での出来事を劇場版にした『天国の扉』。
 アニメ自体は1998年の物であるにもかかわらず、古さを感じさせない。流行なんか追ってないからだ。そして飽きない。エヴァのように何か謎解きがあるわけじゃぁ無い。でっかいロボットが出てくるわけでもない。普通の人間の話だ。でも、何もかもが詰まった宝箱のようなアニメだ。今日、改めて『ハード ラック ウーマン』を観て、また涙する。いいものはどれだけ時間が経ってもいい。ほかごとをしながら見れるアニメだ。それこそ、音楽のように。

Because it is there. 

October 17 [Tue], 2006, 19:44
 先日の土日で先輩の結婚式で岡山へ行った。んで、次の日、うどんを食べに香川へ行った。んで、うどん食べた。映画『UDON』は香川生まれのNittyの友人からすれば納得のいかないもの(方言やイントネーション等について)だったようだが、劇中にこんな台詞が出てくる。

「なぜ、うどんを食べるのか」

「そこにうどんがあるからさ」

 これはエヴェレスト登頂を目指したジョージ・マロリーの言葉のパロディである。どうやら有名な「そこにやまがあるからだ」というのは意訳で、「そこにそれがあるからだ-because it is there.」というのが本来の言葉のようだ。
 僕はこの台詞が嫌いだ。「そこにうどんがあるからさ」は許せる。ただ、「そこに山があるからさ」は嫌いだ。自分の意思を隠し、ごまかしているように聞こえるから。この台詞はいたるところで使われる。更なる高みへ、自分の目指すものを見つめたときに。そして、その本意を他人に知らせないために。
 でも、実際のところまったく嫌いというわけではない。それは、自分の意思を超え、意地にならなくてはならないときがあることを思わせられるから。そう思うとこの台詞もなんだか寂しさを感じさせてくれる。

 この言葉をのこしたマロリーは、1925年、エベレスト山頂付近で目撃されたのを最後に消息を絶ったそうだ。そして、75年後の2000年、エベレスト8160mで亡骸となって発見された。節々に見られる強迫観念に似たおごりのような精神。興味を持った人は『そして謎は残った』で検索してみちクリ。
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■プロフィール■
■名前■アナログテレビジョン
[趣味]ビリヤード,アニメ鑑賞
[出身]岐阜県
[一言]あぁ、早く岐阜に帰りたい
[最近読んだ本]島本理生「ナラタージュ」
[エライ思うた人]世界を創った人、僕を作った人
[よく聴く音楽]ミスチル、thee michelle gun elephant
[Nittyから一言]たまにそっけないが、それはシャイなだけで心の中ではちゃんといろいろ考えている人
[hikkyから一言]先輩!僕らも、もういい歳ですよ。早く結婚しましょ!
■名前■Nitty
[趣味]サッカー レトロゲー
[出身]香川県
[最近読んだ本]製織指示書
[エライ思うた人]藻塩再現した住職
[よく聴く音楽]ELLEGARDEN PILLOWS
[一言]頑張って書きます
コメント募集です
[hikkyから一言]どうもNittyとhikkyは名前が被ってるなー
[アナログから一言]顔じゃ笑って、心じゃ冷めてる。明日のほうを見ながら明々後日の晩御飯を見てる感じ。
■名前■hikky
[趣味]遠出
[出身]福岡県
[一言]近々何か起こるかも・・・
[最近読んだ本]数ヶ月前に読んだ高分子化学の本
[エライ思うた人]昔から親と思っとうバイ
[よく聴く音楽]ホームで流れる発車ベル
[Nittyから一言]友人のためなら自分を犠牲にしてもがんばる立派な人。
[アナログから一言]動物で言うとハムスター。小柄ながら、侮れない。ABCマートを目印にすると道に迷う。
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