石原さんが 動く意義ーー西村真悟

November 20 [Tue], 2012, 1:16
松下政経塾には大勢のシナ人が関係しており、その輩が新しい教科書をつくる会の分裂工作に寄与したということだ。
松下政経塾の本質も、私たちはすでに怪しいとわかっているのだが、ここらではっきりしたほうがよいだろう。
脱原発これは拙速に推進しようとする勢力と、いずれそのほうにむけて直アドナビいこうという勢力に分けて考えた方がいいようにおもう。
西村さんもそこのところをきちんとしていただきたい。
自民党の中の真の国憂うる議員も、石原さんと志をおなじくして日本をまともな方向に舵取りしてほしい。
ー石原慎太郎さんが動く意義No790平成24年10月27日土二十五日、石原慎太郎さんが、ついに都知事辞任、国政復帰そして党結成を表明した。
もともと、たちあがれ日本は、石原慎太郎さんを顧問にして結成されたが、それはこの日の為である。
この日を待望していた。
では、この日の意義は何か。
それは、真の戦後から脱却する政治勢力が始めて政党として姿を顕すことである。
これによって、政界が戦後勢力と戦後脱却勢力に分別される。
これは、具体的には、現下の情勢では、対中屈服派と独立自尊派として明らかになる。
さらに、日本政界は、今まで風で動いてきたのだが、この日を境に、その風が如何に足が地に着かないいわば芸能プロクション的現象であるかが明らかになる。
風とはつまり、民営化の風、生活第一の風、今の維新の風そして減税日本の風また脱原発の風。
これが芸能プロクションであることは、風ごとに、かつての小泉チルドレン的現象がいつも湧いてきて、選挙が近づけば、どっと芸人希望者本当の売れない芸人もいるが群がることで明らかではないか。
中共の歴史攻勢と闘う畏友の河村たかし君は、減税日本という党を造っているようだが、この風の中では、もうじき誰かが脱原発日本という党を造っても不思議ではない。
とはいえこれらは、我が国家の存在を解体させようとする深刻な思想戦、宣伝戦を仕掛けられている現在において、こともあろうに国家のない頭の中に吹く風である。
従って、この風が吹く度に我が国は弱体化し、喜ぶのは、具体的には、支那と朝鮮そしてアメリカ、特に支那と朝鮮だけだ。
そこで、戦後から脱却する政治勢力が、決定的に明らかにするのは何か。
それは、日本人の中に、日本弱体化を喜ぶ支那人や朝鮮人やアメリカ人のマインドをもって政界に巣くい財界を牛耳る似非日本人の分厚い層が存在しているということである。
さっそく、政界や財界で、石原氏の国政復帰に、中国を刺激する懸念を表明する者がいるし心中そう思う者がいるが、それがこの者達が、もはや日本人ではなく支那に飼育された似非日本人に成り下がっていることの証しである。
つまり、石原記者会見は、さっそく有益な効果を、日本政財界そしてマスコミ界や学会にもたらしているということだ。
また、四月に石原東京都知事が、尖閣諸島を都で買収すると発表したときに、中共を刺激すれば恐いと慌て錯乱して、こともあろうに我が国固有の領土に対する我が国の実効支配を放棄するために日本人を上陸させず調査させず開発させず、尖閣を国有化した野田総理と松下政経塾を鼻にかけた未熟児の面々の反国家性は明々白々となる。
さて、戦後からの脱却とは何か。
それは、歴史の回復に基づく日本国憲法廃棄である。
石原さんは、本年六月十三日、東京都議会において都議会議員土屋たかゆき君の質問に答えて、日本国憲法廃棄を明確かつ公式に答弁している。
これこそ、政治家の決断であり政治主導の見本である。
昭和二十年から二十七年まで、我が国を軍事占領していた占領軍が、昭和二十一年二月の十日間で、日本を永遠に連合国の脅威にならない弱体国家に止めおく占領方針にを実施する為に、占領中に占領軍兵士に書かせた日本国憲法と題する文書を占領解除後六十年以上にわたって後生大事に憲法として扱っていて、これからもその枠内で生きようとする者、もっとはっきり言えば、祖国が占領軍なき被占領国体制に閉じこめられていることを幸いに、そのなかで出世して地位を得ようとする者、つまり戦後の利得を曹、者に、維新も改革もへっちゃくれもない。
石原氏は、この憲法廃棄の決断をひっさげて政界に帰り最後のご奉公に臨むのである。
従って、今まで保守の面をして安楽に生きてきて現在の堕落した政界をつくった者も保守ではなく、実は日教組と変わらない戦後左翼に分類される。
つまり、戦後とはよく言われるように、自民党が金を出し日教組が子ども達に反日教育をする総左翼体制だったのだ。
つまり、国民は日本的保守とは何かを知ることになる。
これは、既に日本政界に於ける大きな貢献である。
平成九年五月、私は、石原慎太郎さんと沖縄県石鞄ci待ち合わせた。
私は関空から石鞄msき、石原さんはフィリピンから船に乗って石鞄wた。
そして翌日、ともに尖閣諸島魚釣島を目指して海に乗り出し、石原さんは、島に上陸する私をサポートしてくれた。
平成二十四年十月、今度もまた、わくわくする思いで、政界に乗り出すことになる。
誇りある日本の存続、サバイバルをかけて。
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