人の門出を祝ってる場合じゃねぇが 

March 23 [Thu], 2006, 20:17
でも行くんだろうな、元バイト先のお別れ飲み会。

いいことであれ、わるいことであれ、何かに没頭しているときが幸せなんだろう。
受験勉強、テレビゲーム、エレカシの新曲、ジャグリング、ギター、飯。
全体としてどんなにくだらねぇ人生でも、何も生み出さない行動でも、そこに集中している瞬間、精神は自由、極楽。所詮、そんなことの繰り返しだろ?終わりのない生活

幸福も、絶望も、大脳に映るまぼろし。希望はあるかい?

「授業でWBCを見せるな」とかいうばか 

March 22 [Wed], 2006, 21:37
曰く、「現在の子供の趣味は多様化して、野球が好きな子供もいれば、そうでない子供もいる。みんなで野球を見ると、野球に興味のない子がかわいそう。生徒の多様性に配慮して、みんなが納得できる授業をすべき」

あほか。

あんたは子供の多様性に理解を示しているつもりかもしれんが、その結果行われる「みんなが納得できる授業」なんてもんは、つまりはどこからも文句がでないような、型どおりの、文部科学省推奨のつまらない授業ってことだろ?そんな窮屈な授業で、あんたの好きな「多様性」のある子供なんて生まれませんよ、型どおりの平均的な人間はたくさんできるだあろうがな。

論理の先走り、本末転倒のばかやろう。

表現者の力 

February 24 [Fri], 2006, 23:09
6時20分過ぎ
ふとテレビをつける

荒川選手の演技

スケートファンでもないのに
技のすごさもわからないのに
ただ涙がうかんできた

技術とか順位とか
理論的なことは超越して
心に直接届く表現者の力

大きな感動と
わずかな嫉妬

応援のあり方 

February 24 [Fri], 2006, 22:07
 トリノオリンピックでの日本のメダル獲得数が伸び悩んでいることで、今、選手達に対する報道のあり方、そして視聴者の応援姿勢が問われているようだ。過度な期待をあおるようなマスコミの事前報道と、その報道を鵜呑みにして盛り上がる日本全体の雰囲気が選手達にプレッシャーを与えているのではないかという。
 しかし私は、メダルを期待する現在の報道のあり方は、決して間違っていないと思う。適度な期待は、選手にとっても、また視聴者にとっても、良い影響を与えるはずである。
 人が何かを成し遂げようとする時には、強い動機付けが必要であり、オリンピック選手にとって、周囲の期待は、メダルへのあこがれや勝つことへの執念とともに、つらい練習を耐えるためのエネルギーになるだろう。
 だが、もしも日本のマスコミが、選手へのプレッシャーを懸念するあまりに、メダルを取れなくてもしょうがないというような消極的な報道を試合前からしていたら、マスコミの雰囲気が選手に伝わり、選手自身もオリンピックを楽しみさえすればよい、と思うようになってしまう。明確な目標を失った選手は、つらい練習に耐えうる動機をも失い、その結果本番で思うような力が発揮できなかったとしたら、とてもオリンピックを楽しむどころではない。自分の持てる力を出しきって初めて「楽めた」といえるはずだ。
 視聴者にしても、期待せずに見るオリンピックは非常につまらないものになる。メダル候補と言われる選手が、日本中の期待を一心に背負って全力を出し切る。惜しくも負けてしまったとしても、視聴者はその選手に対して、負けたけどよく頑張ったと思えるし、そういった敗北は、時として感動的ですらある。しかし最初から期待していなかったばあい、ああやっぱりだめかと思うだけだ。
 日々のたゆまぬ努力の末にオリンピックの出場権を手にした選手達に対して、われわれ視聴者はなんの努力もしていないのに、やれメダルがとれないとか、期待はずれだとか、非常に無責任な「応援」をしていることは承知している。だけど、どうかゆるしていただきたい。遠い国で戦うあなた達に、私は無限の敬意を持っているから。

自主的であるとは 

February 16 [Thu], 2006, 14:06
 自主的であるとはどういうことか。それは、自由に意思決定ができること、そして、選択肢を自ら探す能力を持っていることだと私は考える。そう考える理由は、自らの次のような体験による。
 私の両親は、私の意思を尊重する放任主義で私を育てた。私は親に何かを強要されることなく育ったが、限られた社会に暮らし、まだ社会的視野の狭い子供にとって、自分のすべきことを自ら見つけるのは困難であった。結局は、学校から与えられた課題を無難にこなすだけ、というような、受動的な行動しかできなかった。 一方現在の私は、広く社会の現象に目を向けて将来を見据えた結果として、誰に強制されるでもなく、自ら進んで勉強をしている。
 つまり、幼い子供のような、行動の選択肢を探す能力のない者対して、意思決定の自由だけを与えても、自ら進んでの行動は出来ず、これは自主的であるとはいえない。行動の選択肢を自ら探す能力をもつ者が、自由に意思決定ができる環境を与えられて、はじめて自主的であることができるのだ。

えらそうなことばかり 

October 17 [Mon], 2005, 6:46
いろいろ言うのは簡単だ。
実際にするのは難しい。

と、自分の書いたことを振り返って思った。

酒の思い出 

October 11 [Tue], 2005, 12:19
深酒した日はいい思い出ないね、飲まなきゃいいのにねぇ。

昨日も知り合いにさんざんなメールをいっぱい送ってしまった・・・何人に「好きだ」と言ったことでしょうねぇ。

よし、もう一生酒のまねこ。

本当は 

October 10 [Mon], 2005, 16:29
すっげー寂しかったんだよなぁ。

ずっとラスト組で働いてたのに、人手不足でトップにまわされて、周りは主婦のおばちゃんとフリーター。いつも4〜5人の同じメンバーで、女っけもないし、同年代いないし、面白くなくて。辞める頃には、仲のよかったラストメンバーとも随分会ってなかった。

飲みに行きたかったなぁ。寄せ書きほしかったなぁ。昼にコンバートさえされなけりゃ楽しかったのになぁ。



…言い出せばきりがない。いいかげん前ムケ、包茎野郎。

厄日 

October 02 [Sun], 2005, 8:00
 1時間かけて日吉まで行ったのに、卒業証明書の発行は月・金に来てくれだと?そういうことはHPにちゃんと書いておけよ。結局あそこは名前に頼ってて、内容は遅れてるんだよな。

 鼻詰まりを解消するために点鼻薬買ったのに、その副作用で余計に鼻が詰まるじゃねぇか!K林製薬は薬じゃなくて喧嘩を売ってる。

 この「のどN〜るスプレー」も怪しいもんだな。捨てよう。

二度寝 

September 30 [Fri], 2005, 21:31
 今朝も5時に一度起きたのだが、トイレに行ったあとつい二度寝してしまった。気が付いたら9時で、睡眠時間は合計8時間ぐらい。
 二度寝はたしかに気持ちのいいものだけど、そのあとに残るのは「あの時起きてれば良かった」という後悔と、「俺はなんて意思が弱いんだ」という自責の念。一日の活動時間は5時間も少なくなってしまる。そのことをよく理解していれば、心地よいベットの誘惑に負けないとは思うのだが・・・。
 8時間寝たあとは、3時間睡眠のときよりもむしろ倦怠感が強くて、昼過ぎにもまた眠気が襲ってきた。結局2時間ほど昼寝もしてしまった。「夜長く寝れば昼間眠くならない」という考えは、実は嘘なのかもしれない。
 さすがにこれだけ寝た後なので、今夜はなかなか寝付けなそうだ。眠くもないのにわざわざ眠ろうとすることもないので、このまま明日の夜まで起きていよう。そうすればきっと、激しい眠気で3時間ぐっすり眠れるだろうから。
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