藤本恵理子オフィシャルブログ 『ERIKO_BLOG』藤本恵理子オフィシャルブログ 『ERIKO_BLOG』

更新情報

2010年 1月11日 OA TBSドラマ「ハンチョウ 神南暑安積班 SERIES2」 第1話 ゲスト出演

★藤本恵理子ホームページがオープンしました。
http://model.oscarpro.co.jp/profile/young/fujimoto_e/index.html

JCB card linda インタビュー http://www.linda-project.com/entertainment/beauty/1004.shtml

ランニングマガジン 7月号(表紙)

ランニングマガジン 8月号(表紙)


水着審査を終え、最終審査へ。

ドレス審査は80人から私服&水着審査で絞られた10人しか受けることはできません。

残れる確率は8分の1。


ドレスは早い者勝ちだったので、最後まで残れるかはわからなかったけれど、事前にドレスの選択肢を見せてもらえたので、ある程度目星はつけておきました。

TADASHIインターナショナルというブランドの、少し年齢層が高いドレスだったので、かなり迷いましたが、私は肩幅があるので、ベアトップ型のドレスは全てパスし、一番よく見せてくれるホルダーネックの紺のタイトなロングドレスに目をつけました。



「最終ドレス審査に残った方を発表します!」



岡田真澄さんの言葉に緊張が走ります。


「○○さん、○○さん、藤本恵理子さん!!」



(やった!残れた!!!奇跡!!急いでドレスを取りに行かなくちゃ!!)


幸い、走るのが速かったからか(笑)、目星をつけていたドレスはバッチリ残っていました。



そしてドレスに着替えたら、スピーチ。
これで全てが決まります。

お題は確か「世界から見た日本と自分の夢」だったかな。

(前日まで教えてもらえなかたような気がする。)

でも事前に、国際情勢について質疑応答もあると聞いていたので(実際は時間の関係上無かったですが)新聞やニュースは欠かさずチェックしていました。

当日の朝、やたらと原稿を書いて覚えまくってる人がほとんどでしたが、暗記すると忘れた時にパニックになるし、暗記できているかに不安を覚えて、他のことに集中できなくなるので、あえて原稿は作らず、思い付いたことをしゃべろうと思いました。

なので特に問題なくスピーチできたと思います。
自分の夢も存分に語らせてもらいました。


ただ。


審査員のうちの一人に、デヴィ夫人がいたのですが、スピーチ中に目が合ってしまい、あまりの迫力に頭が真っ白になり、一瞬言うことを忘れてしまいました。
デヴィ夫人にやられてしまいました(笑)

今となっては笑い話ですが、当時はほんとにあせりました。



スピーチも終わり、いよいよ受賞者の発表です。



「それでは、結果発表です」


何万人の中から今ここに、立ってるだけでも奇跡。
やるだけやったし、名前を呼ばれなくてももういいや。

あとは神様に任せよう。



「ではまずミスワールド日本代表準グランプリは…」



「藤本恵理子さん!!」


えぇーっ!!!
呼ばれた!!
しかもしょっぱなに…




そしてミスワールド、ミスインターナショナル、準ミスインターナショナルの3人の入賞者が順に呼ばれました。



前年度の方から、たすきとティアラをいただきました。
↓今見ても本当にうれしそう。(そして何より、帰らなくてほんまによかった。第3話参照→http://yaplog.jp/erikofujimoto/archive/35)





その瞬間、現実味を帯びてきて、涙があふれました。


算数が苦手で、泣きながら日曜も通った浜学園生時代。

(*浜学園…関西ではおなじみの小学生向けの中学受験学習塾)


事務所にスカウトされて、モデルをやりたいと校長にお願いしに行ったら、絶対禁止だから、どうしてもやるなら転校してくださいと言われた中高の女子校時代。


友達と励まし合いながら乗り越えた大学受験時代。

大学時代では、10キロ太ってしまったために人生初のダイエット。

そしてお茶しようよって誘ってくれる友達を尻目に毎日のように、大学のある京都からダッシュで事務所のある大阪にウォーキングレッスンやオーディションに通ったこと。

大学入学当初、所属していたテニスサークルで、一緒に練習に行こうと約束してても急なオーディションやレッスンに追われて、なかなか練習に行けず「恵理子は信用できない。」と言われて悲しかったこと。


単純に、ミスワールドに選ばれたということよりも、その時までの自分の22年間積み重ねてきた、生きてきた集大成が認められたことが何より嬉しくて、涙が止まりませんでした。


今まで頑張ってきたことは、我慢してきたことは間違ってなかったんだ、って。




よく、「グランプリになれなくて悔しくなかったですか?」って聞かれるんですが(笑)。

その後主催者側に言われたのですが、入賞したら事務所も雑誌も辞めなくてはいけなかったのね。


事務所と出版社という会社間での専属契約だし、もう真っ青。


でも私は準グランプリだったし、やってる雑誌も大きいから、マネージャーともどもなんとかお願いして、特例で兼任を認めてもらったの。

だから、逆に準グランプリでよかった♪


万事、塞翁が馬。

私の座右の銘なんですが、何がよくて何が悪かったかなんて、後にならないと本当に分からないなあって思います。



回想しながらとても懐かしい気持ちになり、また記録として残すことができて嬉しいです。
読んでくださった方に少しでも何か役立つことがあれば幸いです。

最後までお付き合いくださってありがとうo(^-^)o




男の人は喜ぶかもしれませんが、ぶっちゃけた話、受ける方は200%水着審査なんてやりたくないでしょう。

胸がない、足が太い、ウエストのくびれがない。

人それぞれ悩みは違えど、水着姿の自分に自信のある人はほぼいないと言っていい。
なにせ、私の母もこれが嫌でリタイアしたのですから(笑)

趣旨は、ごまかしのきかない水着でスタイルを見るということに思いがちですが、全員同じなんてことないワンピースの水着。

体重100キロ、なんて極端な場合でない限り、少しくらいお腹が出ていようが、多少二の腕が太かろうが、胸がないとか、正直見ている方にはあまりわかりません。

しかも水着で出るのは一瞬。


それよりも、水着審査という少しためらってしまうシチュエーションで、どれだけ堂々としていられるかの方が大事だと思います。

ほんとは自信なんてなくても、その一瞬だけあるふりをすれば十分。
胸をはって背筋を伸ばして堂々と歩けば、それだけでオッケーなのではないでしょうか。


変にもじもじしたり、ねこ背になってるほうが、見ている方もやりきれない。



マイナスのシチュエーションで、どれだけ堂々とできるか。
それが水着審査ではないでしょうか。


ただ、肌の露出が多くなる分、けがのあとやあざが目立ってしまいます。
人間だもの、それは当たり前。
あることを歎く必要もありません。

でも、コンシーラーで隠すという細やかさだけは忘れないで欲しいと思います。

胸がないことよりも、サンダルの足に、思いっきり靴ずれのあとがあることの方が、審査員は気にするようですよo(^-^)o


コンプレックスなんて、誰だってあるもの。





つい先日、お友達のお家で自分のテレビのオンエアを見ていたんですが、
出てきた自分を見て、目を反らしたくなりました。

「げっ…私、顔丸っ!!やだ〜(>_<)」

そんな友達が私を見て一言。

「でもさ、丸くなくなったら恵理子じゃないじゃん☆」



確かに。





高校生の時は、
「20歳になったら自然に丸くなくなるよ〜!」
と言われ、20歳になるのを心待ちにしていたのですが。


全然変わりませんでした。


それからというものハンズやLoftで色んな顔やせグッズを試したり。
骨格矯正に通ったり。


学生のころに比べれば、だいぶ痩せたとは思うのですが、TVで見るとちょっとショックでした(笑)



でも、仲良しの友達がそう言ってくれたので、

「あ、別にそれでもいいんだ。それが私なのかな」

と思い、なんだか嬉しい気持ちになりました。


(これに甘んじてさらに丸くなってはダメですが。。)


コンプレックスは、自分が気にしているほど、他人は気にしていないし、その人の個性になるのかもしれませんね。
コンプレックスにするか、個性にするのは、その人のさじ加減なのかもね☆

それに気づいた最近でした♪

そして、カギを握る第一関門、自己紹介。


コンテストに限らず、新しい環境に入る度にやってくるこの関門。


それによって今後のイメージに左右されるのだから、かなり重要。


誰もが思うはずですが、自分の紹介ってなかなか難しいですよね。


先日ご紹介した斎藤薫さんの本にも
自己紹介はがんばりすぎてはいけない
と書いありました。

自分のことはサラリとまとめ、「大したものじゃないです」というスタンスが一番とか。

確かにやたらと経歴をくどくどと述べたり、自分をよく見せようと

「クラシックが好きで愛読書は三島由紀夫です!!」

的ないいことを言ったって、実際にそうであったとしてもとっつきにくいだけだし、頑張ってる感アリアリである。



でも、仕事でも、初めての人の中で自己紹介を一斉にしたあとで、

「で、あの人名前なんだっけ?」

っていうこと、ありません?


コンテストでも、ただ
「○○県から来まして。○○大学○年で、趣味は…」

なーんてて決められた時間内に身の上話をしたって、

石垣島出身、もしくは東大医学部在学中、あるいは趣味はスカイダイビングで毎週行ってます!!

くらいじゃないと、80人もいれば、審査員には全く印象に残らない。


そう、ここは曲がりなりにも競争の場。

それでは困るわけです。

頑張ってる感を出さずに、どうやって覚えてもらうかが課題になってきます。


さて、藤本、どうするか。



ここで、あのネタ登場です。



「私の母が昔、まさにこの大会を水着審査が恥ずかしかったがために、途中でリタイアいたしまして。
娘の私がそのリベンジしにきました。」


なんて人はほぼ皆無だろうし、ただ普通に自己紹介をするよりも、一発で印象に残る。
(お母さん、むしろリタイアしてくれてありがとうo(^-^)o)

私は一見大人しそうに見えるので、ただ無難に自己紹介を終わらせそうな子が、まさかそんなことを言い出すとも誰も思わないはず。


予想どおり審査員のかたは一斉に顔を上げ、笑っていらっしゃいました。
(やったゼィ♪)



2枚目を目指すよりも、やりすぎない程度に3枚目的要素があったほうがいいのかも。

つまり、堅苦しいことを言うよりも、さらっとまとめて、記憶に残ることを言う方が得ってこと♪
無理にとっぴなことを言う必要はないけれど、どうせなら記憶に残ることを言った方が、生産性があるでしょ?o(^-^)o




↓写真は、ミスワールドの後藤美菜子ちゃん、準ミスインターナショナルの鈴木絵美ちゃんと。
(この時は、受賞から何か月かたっていて、髪は元にもどしています。)



正直、来ただけでもう満足していました。


あとは、ナンバーをつけてこんなステージの上に立つなんていう、このベタベタなコンテストのシチュエーションーを楽しむことにしました。

多分、こんなことは二度とない。
こんなとこにいるなんて、若干ありえない。





まずは私服で自己紹介。


なのですが、周りを見渡してびっくり(*_*)

ワンピースという規定はありましたが、みんな色とりどり、形はボリューミー。

そう、あれですよ。結婚式の二次会的な色とりどりワンピース。
裾がおもいっきり広がったロングだったり、中にはショールをはおった子なんかもいて。

どうやらセミナーで、黒は着るな、ワンピースは華やかなものを!と言われたそうなのです。

周りがあまりにも華やかで少しびっくりしました。

ちなみに私の選んだのは、黒でスタイルが良く見えるノースリーブのシンプルなタイトワンピース。
手足がきれいに見えます。

見づらくてごめんなさい。

私服は個性が出ますが、目立つことよりも上品に見えることがまず第一。

なんてことない定番の形ですが、あえてこれにしたのは理由がありました。

黒を選んだ理由。

それは、見た目よりも大人っぽくに見えるから。

普段私は黒い服はあまり着ません。
なぜなら黒は老化を促進させてしまう色だから。

でも、私の顔は年齢よりも幼く見えるので、大人っぽく見せたい時は黒い服を着ます。
形に関しては、とにかく顔周りをすっきりさせたかったので、丸首ではなくVネックを。

そして足がきれいに見えるように丈は少し膝上にしました。


ステージ全体が真っ白、かつライトが強烈なのでピンクなどの淡い色の服を着るとバックと同化してしまいます。

濃い目の色を選んだ方が客席の遠くからもはっきり見えるし、賢明だと言えます。

そしてステージは比較的大きく、客席まで遠いので、スカートなどにボリュームがあった場合、華やかで人目は引くけど、よっぽど細くない限り横に大きく見えてしまう。
なので、形はタイトなものを選びました。

アクセサリーは服がシックなぶん、顔回りを華やかにしたかったので、ライトに当たるとキラキラ光るかなり大ぶりなイヤリングとネックレスを。


想像以上に周りがカラフルでごてごてしていたので、逆に黒でシンプルな方が目立ったようです。
ラッキー☆☆

そして髪型。

私は茶髪の時点でまずアウトだと思います。

なぜなら、「日本の美の代表」を選ぶ大会。


世界から見た「日本人」のイメージは黒髪ストレートロングのいわゆるオリエンタルなイメージ。
世界から見れば、これでこそ日本人なのです。

冨永愛さんやアジエンスのCMをイメージしました。

しかし、当時の私の髪は雑誌の専属も始めたところで、雑誌のカラーに合わせてミディアムに思いっきり茶色の巻き髪。

撮影があり、ぎりぎりまで変えれなかったので、直前にストレートロングのエクステをつけ、黒に染ました。
何事も形から入ることも大切なのです。

よし、これで髪型はとりあえずオッケー☆

↓当時の私。これではちょっと・・。





そして前日からなんと簡単なダンス&歩く場所などのリハーサルがありました。

集合時間は13時。


その日は撮影が入ってしまったので明らかに間に合わないので、数日前に連絡をしたところ、何時になってもかまわないので、来てくださいとのことでした。


撮影が終わったのが15時。
電話をすると、忘れもしない、出たのは男の人。


「きみねぇ、どういうつもりなわけ?リハーサルはとっくに始まってるんだよ?」

「事前に仕事があるので遅れると連絡させていただいたのですが…」

「そんなこと、知らないよ。やる気はあるの?」


ひとしきりお説教され、理不尽な思いで電話を切りました。

「遅れてもかまわないから来いと言ったのはそっちなのに、なんで怒られないといけないんだろう…」

もうこのまま新幹線に乗って、神戸に帰ってしまおう。

そう思って、母の携帯に電話をしました。


すると…。



出ない。

何回かけても出ない。



何でこんな時にでてくれないの…?!


しばらく考えた末、とりあえず向かうことにしました。
あの時、母が携帯に出ていたら、ひとしきり愚痴をこぼした後、新幹線に乗って帰っていたと思います。

タイミングって怖いですね。


到着すると、
「藤本さん、お待ちしてましたよ」

女性の方が笑顔で案内してくれました。
私が遅れると電話で伝えた方でした。


よかったぁ。怒られなかった。
あの男の人はなんだったんだろう。。



(後で聞いた話ではコンテスト直後に辞めてしまったそうです。
無責任なのは、あの人のほうじゃないの。)


リハーサルの部屋に案内されました。
ドアを開けた瞬間、中にいた全員がいっせいに私の方を見ました。


その瞬間、


「うわ…とんでもないところに来てしまったかも。((>Д<;)」


そう思いました。

張り詰めた空気の中でたくさんの出場者たちが淡々と言われた順路で歩いている。

私が絶対優勝してやる。」

そんなオーラがガンガン伝わってきました。


帰りたい気持ちでいっぱいになりました。

でも、一旦来てしまったら、もう終わるまで帰れない。

周りの気合にどっと疲れながらも、とりあえず帰ることは諦めました。


幸い、ダンスも歩きも単純なものなので、何時間も遅れたものの、すぐに覚えることができました。


リハーサルや、スポンサーの方の挨拶が終わると、けっこう遅い時間。

ホテルに三人一室で泊まりました。

初対面の人といかなり同じ部屋ってキツイなぁ…。」


中にはセミナーで仲良くなった子もいるようで、いくつかグループのようなものもできていました。

同じ部屋の子は、友達の部屋にさっさと出かけて行きました。

不安な時は群れたくなるのが人間。

私は、誰も知り合いはいませんでしたが、変に気を使うくらいなら一人でいる方がラクと思う方。

解散してからも、スピーチの原稿を書いてる人、歩き方のおさらいをしている人、色々な人がいましたが、次の日の集合がとても早かったので、とりあえずさっさと寝ることにしました。

「みんなすごい気合いやなぁ…。明日はどうなるんやろう。」

マリーへのお祝いメッセージありがとうございます♪
お腹がいっぱいになったからか、ただいまぐっすり寝ています。


準備に関してはたくさんありますが、ウォーキングのお話を長めにしたいと思います(^-^)


本大会での審査は、私服での自己紹介、スタイル(水着)、ウォーキング、すっぴんの肌審査。
そして10人に絞られ、ドレス審査&スピーチ審査があります。


ただ見た目だけならわざわざ何次に及ぶ大会にしなくても、写真で優勝を選べばいい。

学歴も発表されるし、今から思えば、ただ単なる見た目じゃなくて、普段その人が何を考え何を食べ、極端な話どんな振る舞いをして生きてきたのかが一番見られている大会でした。

地方予選から本大会まで4か月くらい時間があり、大会が主催するスクール(ウォーキング、スピーチ、服の選び方等)もありました。
ですが、当時私は神戸に住んでいたし、スクールには行きませんでした。


大学1年でモデルを始めてから大学3年の当時まで2年間、所属していた大阪の事務所で毎週学校帰りにウォーキングレッスンに通わされていたんです。

だから、ちょっとレッスンに通ったからといって、完全に習得できるものではないことを知っていました。
そして洋服も、雑誌モデルをやっていたというのも一理あるかもしれませんが、元々洋服が好きなので、自分に似合う服も知っていました。


事務所のウォーキングレッスンでは、先生が本当に厳しくてよく叱られていました。



今でもよく、ファッションイベントでも他のモデルに、ウォーキングはどうやればいいのか、と聞かれることがよくあります。

綺麗に歩くというのは、意識すればするほどなかなか難しいもの。

最近でも、街を歩いていると、ヒール高すぎて膝が曲がったままのみっともない歩き方をしている若い女性がなんとも多いこと。



さて、すぐに実践できることを言うと、

1.背筋を伸ばし、

2.膝を曲げずにかかとから足を落とし、

3.自分が思っているよりも大またで歩く。


細かいことはもっとありますが、これを気をつけるだけで見映えが全然違います。
簡単でしょ?

コンテストやファッションショーなどでは、これに音楽をよく聴いてバックミュージックに合わせて歩ければ、もう完璧。


よく「直線を歩くように」とか「天井から吊られてるように」とか言いますが、変なとろに意識が行って、ロボットみたいなぎこちない歩きになるので、とりあえず無視してください

ヒールを履いた状態で、とりあえず綺麗に歩けるようになるのが先!!



コンテストに出る方もそうでない方も、ショーウィンドーなどでもいいので、一度自分の歩き方を見直してみてはどうでしょう?

みんなで綺麗になりましょ♪(^0^)/



特に自分に自信があったわけでもないし、正直決まるとも思ってはいませんでした。


ある日、友達と雑誌を見てた時に、ミスインターナショナル・ミスワールド日本代表選考会の募集のページがありました。

友達の何気ない一言。
「えりさぁ、これ出たら?
決まったら賞金わけてよ〜!」


そういえば、このコンテストって…。


実は私の母が、当時の私と同じ歳の時、この大会に出て、書類は受かったのですが、次の水着審査が恥ずかしったらしく、行かなかったんです。

その後、地元でミス神戸になりました。
当時の仕事の話もよく聞いていました。

小学生の私の心に、深く残ったこの一言。

「ママね、あの時(ミスインターナショナルの大会に)行っておけばよかったなあって思ったの。
だからえりちゃん、大学生になったら、ママの代わりに(ミスに)なってね。」


もし決まれば、世界で仕事もできる。


当時、大学3年生のだった私にはめったにあることではないし、出るからにはしっかり自分なりに色々考えてから行こうとは思っていました。


大学3年生の春。
雑誌のモデルを始めてはいたものの、関西に住んでいたこともあったけど、なかなか専属になれなくて落ち込むことも多かった時期。

当時の事務所のマネージャーも
「今の恵理子に足りないのは自信。決まれば自信もつく。きっと決まるから、行っておいで」
と、後押ししてくれました。


審査は、まず書類審査、6月に全国を数ブロックに分けた地方審査、そして10月の大会の3段階でした。

書類が受かり、2段階目の地方予選は何百人とすごい人数だったので、名前を言って、2つ3つ簡単な質疑応答であっという間に終わりました。

無事、合格。

そして、いよいよ10月の本大会。さぁ、これからが本番です。

写真は神戸コレクションを見に来てくれた時に母、従姉妹の真衣と。
「真衣も、お姉ちゃんみたいにモデルになりたい」と言ってくれています(^-^)

仕事で見に行けませんでしたが、先週金曜日、2007年度のミスインターナショナル日本代表のコンテストがあったそうです。

私が2004年度準ミスワールド日本代表に選んでいただいてから、ちょうど三年。

懐かしいなあ。

写真は前年のミスインターナショナル世界大会1位のミス・ヴェネズエラ、2位のミス・インド、3位のミス・フィンランドと日本代表のみんなと。


「ミスジャパンになる方法」
とか言ったらおこがましいかもしれませんが(しかも私は準ミスなので)、改めて記憶を呼び起こすいい機会だし、それにこれからミスワールド、ミスインターナショナル、ミスユニバース、ミス日本といった大会や、ミスコンなどに出たいっ思っていらっしゃる方、またそうでなくても、読んでくださる方の少しでも何かのお役に立てば幸いかなと思います。

2004年当時は、ミスインターナショナルとミスワールドを同時に決める大会でした。
(今はミスワールドはミスユニバースの機関が決定権を持っているようですが)

それではまず目次から(^O^)
〜ミス・ジャパンになる方法〜
(大会まで)
1.出るきっかけと審査の流れ
2.大会までの準備
3.前日

(大会当日)
4.私服審査(自己紹介)
5.水着審査
6.最終ドレス審査
7.最終スピーチ審査
8.それから

に分けてお送りしたいと思います。
順を追ってお話したいと思いますので、よかったら読んでみて下さい(^-^)