えれくん眼科入院3日め 

March 09 [Sun], 2014, 23:02
眼圧が安定してるということで、面会することができました。

やはり見えないみたいで、会っても変化なし。真顔で固まっていました
でもしばらくすると、ゆっくり動いて私の膝の上にのってきて、静かに座っています。
喜んだりはしないのだなー、と少し寂しかったですが、帰る時に急にザワザワしてクンクン鳴きだしました。
いちおうひっそりと喜んでくれてたのか。???

安定したままなら明日退院できそうです。
家の中の模様替えはぜず、危ないところだけ少し手をいれて生活しやすいようにしてみたけど、動き回る日はくるかなー。

えれくん眼科入院1日目 

March 07 [Fri], 2014, 23:11
エレキ、今朝起きたら目が見えなくなっていました。
その場で立ち往生して、クンクン鳴いていたので気がつきました。
夕べまでは確かに見えていたのに。
すごく戸惑っているようで、ビクビクおびえています

すでにおととしの8月に右目を緑内障で失明しているので、残っている左目は大切にケアしていたんだけど。
エレキの目の構造がすごく緑内障になりやすいらしく、半年後に左目が緑内障になる確率は五分五分と言われていたのですが、あれから1年半なんとか持ちこたえました。

急に見えなくなったのは、やっぱり眼圧が上がって視神経がやられたのだろうと考え、カメラのフラッシュを浴びさせたけど、無反応やっぱりダメかと朝一で眼科に行きました。

このまま48時間眼圧が下がらなければ、左目も失明です。
数時間ごとに眼圧の様子を見る必要があるらしく、そのまま入院になってしまいました。
今日のところは視神経はかろうじて大丈夫みたいですが、もう光に対する反応がほとんどないので、見えるようになったり明かりを感じたりするほどには戻らない可能性が高いと言われました。

今は暗闇なのかな。慣れてないから戸惑っているだろうな。病院も慣れているいつもの病院じゃないし。可哀想。

まめは白内障で見えなくなっていたので、明るいとか暗いのはぼんやりは感じてたんですよね。
まめのような頑張り屋さんは見えなくでもモノにぶつかりながらも部屋の中を動き回っていたけど、
エレキは動揺して萎縮するタイプなので、寝たきりになってしまいそうです。
頑張れるかなぁ。
頑張ってほしいな。

一番頑張らないといけないのは私です。
家の静けさったらなくて、抜け殻みたいになっています。


パソコンに向かう活力 

March 06 [Thu], 2014, 23:34
またもやご無沙汰しました。

なかなかブログやホームページに向かう力が湧かず、そうこうしているうちにまめの四十九日が過ぎました。

今まで、自分の日記の意味合いと、親しいわんこ友達に近況をお知らせする感覚でブログやHPを作成していたんだけど、よく考えたらいろんな方が見るわけで。
私たち飼い主やうちの2匹が、どこかのページで叩かれたり叱られたりは仕方ないことなんですが(完璧な飼い主じゃないから。わりとダメ飼い主だし)、連動してお友達にまで意味なく叩きが及んだら大変!と思い、昔の記事は公開を控えました。
ホームページも時間がある時に整理して、おまぬけなところを削除してまた公開しようと思います。ってことで、今は表紙だけになっています。

さてさてエレキ。
片目でしばらく頑張っていましたが、どうやらもう片方の目も視野が狭まりよく見えなくなってきてるみたいです。
そのせいで、あまり動き回りません。15歳だからな〜。
時間を作って、一緒に動いたりしよっと。

まめが逝ってから、インフルエンザ、ノロウイルス、ひととおり通りました。まだ3月なのに、今年は何度寝込んだか。

もう春なので、シャキっとしようと思います。

まめちゃん四十九日になりました 

March 04 [Tue], 2014, 1:11
はやいなぁ。
どうしてるかな。

荼毘に伏す前のまめちゃんを追記に載せました。

天気図 

January 22 [Wed], 2014, 4:02
つい癖で、天気予報の天気図に見入ってしまいます。
あーもうまめのために低気圧だの高気圧だの気にする必要はないのか。

今日はもう、私があの時ああすればよかったのに・・・的な考えをしなくなってきたことに気づきました。
寂しさはまるで変わらないのですが、まめちゃんが急な低気圧で苦しくなって、私も泣きそうになりながらニトロを入れたりお薬をのませたりしていたことを思い出し、
まだあの苦しむ状態を続けていたとしたら、それはそれで可哀そうだったしな、と思ったりもします。
お薬が効いて復活すればそれはものすごく嬉しいけど、やがてまた苦しくなっちゃうのが可哀そう。


いろいろ掃除をしてたら、まめちゃんが亡くなる前にしたウンチの一部が残っているシートを発見しました。
この時は生きていた、という証みたいなものを目にして、またおいおい泣いてしまいましたが、もうこれはどうにもならないこと。
見ないふりして我慢せず、いちいち懐かしんで泣くことにします。
そのトイレシートをずっととっておこうかな・・・・と思ったりしましたが、朝がきたら捨てることにします。

トイレシートをずっととっておこうなんて、まだまだちょっと変な私です。

だけど確実に気持ちに変化がでてきたと思います。
また会いたいという気持ちに変化はありませんけど
会いたい、触りたい、話かけたいの3拍子は、たぶん変わることはないかもね。

明日23日は 

January 22 [Wed], 2014, 3:52
明日の23日は大切なお友達が手術をします。
時間のかかる手術です。
何時間もかかる手術をするなんて、どんなに不安だろうかと思います。
私なら何日も前から心配で心配でどうしたらいいかわからなくなるでしょう。

何もできませんが、そのお友達を思い祈ろうと思います。

術後はしばらく動けないだろうから、連絡を取り合えるのは少ししてからだろうな。


細胞1個1個に「頑張れ!負けるな!」と念ずると、いい細胞が元気になるらしいです(テレビで見た)。
当人ではなくても、ひょっとしたら遠く離れていてもその思いが届いてくれるかもしれないので、
Pさんの細胞たちに念〜〜〜〜そして執刀医とそのチームに念〜〜〜〜という心意気で祈ります。

今日は仕事デー 

January 19 [Sun], 2014, 0:53
起きてからすぐお仕事になり、先ほどまで働きました。
何かに追われていると、そのことで脳の容量はかなりそっちで占められ、あたふたして何時間も過ぎました。
エレくんは何時間もお留守番ができました。心配してたけど、今日のところは大丈夫だったです。

全部仕事を終え、帰り道にコンビニに寄ってスイーツコーナーの前を通ったら、突然いつものぐるぐるにハマってしまい、コンビニを出た時には号泣になっちゃった。
過去に何度も食欲不振になったまめになんとか食べさせようとケーキだのプリンだのを探しにきたコンビニだったので。
こんな風に突然胸がぎゅーってなっちゃうので、私は慣れてきたけどまわりの人はびっくりしちゃうよね。


そして、今日いただいたメールを読むのがこんな時間になってしまったので、みなさんにお返事できない時間になってしまいました。
優しいメールに癒されます。
ありがとうございます。


夕べはなかなか寝れなくて、まめちゃんのお骨をそばに置いて寝ました。



お風呂に入って考えました。気分は落ち着いています。 

January 18 [Sat], 2014, 3:56
お風呂は泣ける場所だね。そして落ち着いて考えられる場所。

もうお風呂にゆっくり入っていいんだなってことに気づきました。いつまめが発作を起こすかわからなかったので、2分くらいでダッシュで入浴なんてことはしょっちゅうでした。
美容室にも、てもみんにも、好きなところに自由に行けるんじゃん。旅行もできる?!
けど、せっかくの自由だけど、まめが心配でダッシュで帰ってた落ち着かない毎日がいかに充実して素晴らしかったことか。好きなことができる、って別にそれほど魅力ないな。

落ち着いて考えれば、
17日は親分のお休みで、そのあとしばらくお休みがないし、地方にも行っちゃうし、
私も18日以降は打ち合わせの嵐で、
まめがこんなことになると思っていなかったから、毎日どうやってお薬を飲ませるために家に帰ってこようかとスケジュール表を穴の開くほど見ていたのでした。

前々から私は1月15〜17日だけは自分のために時間が使えるな、と思っていた日なんです。
そして私と親分が同時に家にいられる日は1月17日だけだったんです。次に一緒にいられるのは3月以降になるだろうって感じなのです。
私が付きっきりでいられる15日に息をひきとり、二人そろう17日に火葬するのがいいでしょ?と、まるで知ってて選んだようにこの日に旅立ちました。
見事と言えばあまりも見事です。
飼い主孝行もここに極まれりですよね。いい子のまめちゃんらしい去り方でした。

こんなにいい子だから、いなくなると戸惑うよ。
まめを可愛い赤ちゃんみたいに思ったことはなかったです。
出会ったペットショップではじっと一人ではしゃぎもせずケージにたたずんでいたり、一人で出産と子育てをしたり、次々と病気を乗り越えていく姿を見て、あまりに頑張り屋さんだから
最初から「姉さん、頼りにしてまっせ」という気持ちでした。

最後も、なんだかとてもしっかりしていました。
私が子供のころから一緒に育った愛犬マルチーズのエルとは、私が家を出てから最後にちゃんとお別れができないままで、それがかなりのトラウマになっていたので、
どうしても最後まで自分で看病したかったのです。
そんなことはまめに伝えたつもりはないけど、
今思うと、すべてがはまっていて、なんだか完璧なほど私の想いに寄り添ってくれたように思えます。

ああすればよかった病を乗り越えて、ただありがとうとだけ伝えないといけないですね。


ここ数日、まめちゃんの写真をたくさん写しました。
火葬直前のお写真もあります。
見たくない人ももちろんいるから、15日〜18日の追記のほうにアップしていこうかと思います。
まだ写真を見返す気持ちになれないので数日あとになると思いますが、いい子のまめちゃんを見てあげてください。
我が家のご自慢の姉さんです。


そうそう、エレくんだけど、元気です。いや、元気というか、よく寝てよく食べています。だいたいは寝ています。
ついでみたいでごめんねエレキ。

またもやグルグルしています 

January 18 [Sat], 2014, 2:28
そういうワケで、2日間まるまる仕事を離れていたら、お仕事留守電やメールがどんどん溜まっておりました。
ふなっしーでもないのに、2日間 世間を見ないふりをしていたら、こんなことになっちゃうなんて。ありがたいことだけど。
とにかく、まめちゃんがお骨になって我が家に帰ってきてから社会生活に引き戻されています。
いろいろやっていたら深夜になりました。
一段落してホッと一息、が魔の時間で・・・


ここから先は、また半妄想のわけのわからないことを書いているので、見なくていいです。だったら書くな^^;;;


明日はごみの日なので、あちこちのごみを大きいごみ袋にまとめていたら、まめが亡くなった日のトイレシートとかたくさん使ったティッシュとかをまとめて入れたレジ袋を手にしてしまいました。
そんなごみでさえ、あの時までは生きていたことを印す品々。
捨てたくない。だけど、とっておいてどうするというのか・・・。悶々とします。

そして急なフラッシュバック。
あの朝、まめが下痢をして、まめを洗った後にすぐ乾かさず先にトイレシートを捨てたりしちゃったので、まめちゃんは死んでしまったのではないだろうか疑惑がよぎり、
急にその直前のまめの姿を急に思い出してしまいました。
洗う前のまめはすでに体が紫っぽくなっていたのでした。それで慌てたんだった。今思い出した。
ということは、洗って数秒でもそのままにしてしまったから紫になったのではなくて、それはあまり関係なくてすでに相当血流が悪かったんだ。
いずれにせよ、もう助からなかったのでは。私がまめを洗ったのが原因ではなかったかも。
そんな風に考えが変わっていきました。

と共に、今度は違う疑惑が脳裏に芽生えてしまいました。
なぜあの日の朝、あんなに下痢をしたんだろう?と。
ひとつ納得したら、また次の疑惑。


お医者さんからは、もし亡くなる時がきたとしたら原因はふたつのどちらかですと言われていました。
・心臓の機能が更に低下し、肺に水がたまり、その水が利尿剤などのお薬でも排出できなくなる
・利尿剤などの薬の副作用で腎臓の機能が落ち、最終的には腎不全になる
のどちらか。

いつも肺に水が溜まると、腎臓のことを考えつつ利尿剤を調整して飲ませ、なんとかかんとかやってきたので、肺の水のことばかり考えていました。
7日までは順調に食べていたのに、だんだん食が落ちてミルク生活に変わっていきました。摂取カロリーは減っても、気持ちよさげにスヤスヤねているので、安心して数日過ごしました。
13日に苦しそうにしだしたので、また肺に水が溜まってきたと思い、利尿剤を増やしました。呼吸はいったんは楽になるのですが、すぐまた苦しくなり、また利尿剤を増やしたのです。
それでもマックスの量を使った時よりは少なかったので安心していたんですが、呼吸が楽になってもさらに食欲が落ちてしまい、ミルクをシリンジで飲ませても吐くようになりました。
それで、さらに痩せました。心臓のお薬も吐くようになり、なんとかカロリーを摂取しなければと砂糖水を飲ませたりしたんだけど、1日に必要な最低数30カロリーもとれなくなりました。
かなり焦って、ミルクを無理やり飲ませ続けたのですが、14日の朝にはついに大量に吐いて、すっかり力が無くなったようになりました。
ミルクを飲ませて吐かせてしまったから、更に体力が落ちたんだ・・・。
その日はニトロを使ってなんとか寝てもらったんだけど、15日の朝にすごい下痢をしてしまいました。
この時点でやっと腎臓なんだ、と気づいたのです。
利尿剤をあんなに使ったからだ、だから腎不全をおこさせちゃったんだ、腎不全になったらもう手はないと言われてたのに、私が利尿剤をあげすぎたから・・・・

実際、今回の下痢と嘔吐は完全なる腎不全で、それが原因で亡くなったのです。

そんなことを考えだしたら、とまらなくなり、
もう謝るまめの姿は無し、どこに向かってごめんなさいと誤ればいいのか。
またぐるぐるはじまってしまいました。


だけど、よく考えたら、やるだけのことはやってきたです。
その時、その時で最善だと思うことは全部やったし、後からあの時は間違えたと思っても、だったら他の方法を思いついたのかというと、やっぱり同じことをしただろうと思いました。
お友達からのメールにも、自分もその時その時で必死に対応してきたし今でもまた同じことをする と書いてあって、
確かにその通りなんです。そう思うと、これが寿命だったんだ、それを私のエゴで変えることはできるはずがないんだと思えました。


次々とこうすればよかった、なことが浮かんで、だけどあれでよかったのかもとか、何度もここに書いても仕方ないんですが、今の気持ちを忘れそうで書いています。


時間をさかのぼると、数時間前も変なことになりました。
火葬が終わり、仕事を始めたあたりに、自分はぜんぜん食欲がないもんだからそのまま食べずにいたら、親分が心配してプリンを買ってきてくれました。
またそのプリンが地雷で、
今までまめの食欲が落ちた時はプリンで乗り切ってきたのに、餌を食べなくてもプリンならパクっとしてくれたことが何度もあったのに、ここ数日プリンのプの字も思い出さなかった!なんてことだろう。プリンをあげたら食べたかも知れないのに、プリンをあげなかったから体力が落ちてしまった。空腹だったから利尿剤も効きすぎて腎不全になったんだ・・・・
とぐるぐるしていたのです。
プリンを見るのが怖くて、冷蔵庫を開けたくないとさえ思ってしまいました。


こんな話を延々とされるのは嫌だろうから、じっと黙ってぐるぐるしていると、なんだかやりきれなくなり、
ふとまめのいつもの寝床をみると、まめちゃん使っていたパンダのクッションが2個コロンと置いてあるだけです。


そして散々ぐるぐるしてまたふと思い出したのですが、14日の時点でまめを診ていて「明日はあってもあさってはないな」と思った瞬間があったんです。
15日が命日ってなるのかな、なんて思っちゃったりしたのです。
私が日にちを決めたから、本当にそうなっちゃったんだ とか、なんで来年まで大丈夫、また復活するはず!とか思ってあげなかったんだろうとか。
きっとそのくらい様子が今までと違っていたんでしょうね。


ぐるぐるが止まらなくて、考えたくて仕方ないんです。
昨日夫婦喧嘩した原因もすぐ忘れるような自分が、まめに関してはこの執着。
これは迷宮を抜けるまで迷いまくったほうがいいのかな。無理矢理にでも蓋をしたほうがいいのかしら。

とにかく寝ることなんだろうな。とにかく。

お骨になって戻ってきました 

January 17 [Fri], 2014, 20:25
時間通り17時半から火葬しました。
送って下さったお花の中から数本ずつ切って、まめちゃんをお花で囲みました。
「ありがとう、また会おうね」とメッセージカードに書いて入れました。
あとはおやつや好物だったドライフードも。
先にあちらに行ってしまったわんこに手土産のパンも少し。
火葬車のおじさまに、まめが何年もお薬をたくさん飲んでいたことを伝えると、
時間をかけてゆっくり焼きましょう、たくさんご遺骨が残るようにしてみます、
と言ってくれたので、お任せしました。
さすがに火葬はお任せする以外にないですわ。

小さな指先のお骨、爪、歯、ちゃんと残っていました。尾っぽの骨も形のまま。
ちっちゃいお骨は、キュートなまめちゃんらしくて愛おしいです。

見送ったな。
私を安心させてくれて最後まで良い子すぎるまめちゃんでした。


同じ時間に祈って下さったみなさまありがとうございました。
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