今日の学び 

2005年08月14日(日) 21時42分
今日久しぶりに会った人から学んだ話。子育てとはいつまでを言うのだろうと考えさせられました。今日会った人は、高校、大学、大学院と成績優秀で性格も抜きん出て良く、世の中で言う「立派な人」でした。そのご両親はたいそう満足されていたことでしょう。しかし、今日その人の子供3人とお会いした時、公共でのマナーのないのにびっくりしました。ご自慢の息子と思われていたであろうご両親(おじいちゃん、おばあちゃん)は、大層孫の扱いが大変そうにも感じられているようでした。

私は自分の子育てとは、その子が自立して親となるべきときに きちんと育児できる状態に教えておくことだと感じたのです。成績では評価できない この大切な分野こそ 将来必要となる分野だからです。教えるのは今ですね。

お金について。 

2005年08月13日(土) 7時47分
お金は働いて得るものと実践するための子供のバイトですが、得たお金も自由にはつかわせません。やはり、何事も考えてからの行動が大切だからです。まずは、10パーセントは貯金にします。残りも、お楽しみ用とプレゼント用、必要なもの用にわけさせます。お楽しみとはお菓子や自分のほしいと思うものに。プレゼント用とは家族の誕生日やクリスマス等の準備に。必要なものとはノートなど文具にです。それぞれを小さなビンなどにいれて、それなりに貯めるなり使うなりと考えてもらうようにしています。これもなかなかの成果を見ることが出来る方法ですので、お勧めです。

何よりの模範 

2005年08月12日(金) 9時23分
子育てをしていてつくづくお金のかかることに気づかされます。親はどのような思い、考えである意味子供に投資しているのでしょうか。

子供に勉強を押し付けるのでもなく 親も共に学ぶものだと思います。
親は本も読まず、勉強から遠ざかった日々を今送っているものなら、子供も勉強をしたいとも必要とも思わなくなることでしょう。当然のことですが、常に大人は学び、勉強をすることが何よりの子育ての模範といえることでしょう。

親であるあなたは 今何の本を読み、何を勉強していますか。

子供の力を軽視しないで・・・。 

2005年08月11日(木) 8時39分
病院などでまた乗り物や公共の場でのマナーを教えられていない子供もいます。子供は教えられないと分からないのは当然のこと。現場で注意して教えるのではなく、出向く前に言葉で伝え理解の度合いを約束等で確かめるのが大切だと思います。

「ちゃんとしなさいって、言ってるでしょう。」とか只「ダメでしょ〜。」と声を張り上げている親を見たとき、「あなたはいつも出かける前に何も言わず、諭さず、約束もしないくせに、皆のいる前でだけ 黙っていたら変だからとの利己心から 大声を出しているんでしょ。」と内心思ってしまいます。子供一人ひとりの個性はそれぞれでしょうが、子供は教えられたことには素直に答えるものだとまず親が信じてやることが大切と思います。「言ってもまだわからないし・・・。」と説明すらしない親も見ますが、それは「説明をただ面倒くさいと思う」や「自分の説明の力不足を自らが感じる」理由からだと思います。

子供は素直でよく周りを見ているものです。考える力も十分にあると信じています。まずは、大人が賢く言葉で説明できるようになるべきですね。

お金は働いて得るもの 

2005年08月10日(水) 7時56分
子供の成長とともにお金の価値を教えなければなりません。
年齢とともに多くもらえる時代は、既に社会でも崩壊していますから。
まず、子供に「自分のお金とは何か」と考えさせます。とりあえず、「お年玉や誕生日などのお祝いにもらったもの」と答えます。しかし、このままでは「お金とは人からもらうもの」と言いかねませんので、労働して得るものだと教えるために我が家ではバイト先を紹介します。バイトとはいえ、部屋の掃除、洗濯の整理、お風呂・トイレ掃除は基本給として、ボーナスとして玄関掃除、階段掃除、お皿洗いなど 多くほしい人にはそのチャンスを提供しています。毎日わずかながらの労働を通して、お金の価値を知ってほしいからです。
毎日の労働が出来たかどうか、チェックシートに記録して週の合計を書き貯め、月収制にしています。なかなかの成果を見ることが出来ますよ。お勧めです。

イタイのイタイのとんでゆけ〜。 

2005年08月09日(火) 7時01分
泣いている子供を前によく「イタイのイタイのとんでゆけ〜。ほら、とんでったね。」といいますか。私は言わずに育てることが出来ました。とはいえ、生死にかかわるような状態ではない、ある程度痛みが親として想像できる範囲だと仮定しての話ですが・・。

泣くという行動は、とにかく自分の痛みや辛さ、怖さ、大変さ、不安などを誰かに分かってほしいからだと思います。特に親が近くにいようものなら、たとえ誰かがより近くにいたとしても親の方に気づいてほしくて泣くということもあるでしょう。我が家ではよく次女が何かあるごとに私のところに走ってきては「お姉ちゃんがいじめる〜。」とかいいながら泣いていました。私はすぐ「そう。かわいそうにね。」と気持ちを代弁。すると次女はうなずきます。「もう、遊ぶのやめてここにいてもいいよ。大丈夫?」と聞いてあげます。次女は「もう大丈夫」といってまた長女のところに戻ったものでした。5分もするとまたその繰り返しでしたが、また気持ちをぶつけたら戻っていったものでした。

次は長女が転んだかぶつけたらなにか怪我をした時でした。泣いて私のところに報告に来たので「どうしたの?いたそうね。大丈夫?などと気持ちを聞いてみます。「だれがやったの?」と続けると、表情が一変。「びじゅん。」と答えます。(自分のことです。)「そう、じゃあこれからは気をつけるしかないよ。」と教えるとうなずいて涙は流さなくなります。

子供なりに気持ちを整理して言葉にしてほしいし、理解も示してほしい。でも、自分がやったんだから仕方ないって気持ちも立派に理解できるんです。おまじないより言葉の方が良い薬ですね。

遂に長女は・・・。 

2005年08月08日(月) 7時03分
私の母は私が高校生の頃、「あなたがしたいことは何をやってもいい。その代わり責任は自分で取るという約束で。」と言いました。この言葉は 子供にはどう響くと思いますか。私には大変な信頼の言葉に聞こえたと同時に大変な重い言葉に聞こえました。こんなに私を信頼してくれている親に感謝すると共に、この親の悲しむようなことは出来ないと・・・感じました。本当の選択の自由とはこの様な責任が伴うものとも知りました。

当然自分の娘達にもこの話を伝え同じ気持ちであることを話しました。そして、この春長女はオーストラリアに高校留学を選んで行ってしまいました。自分が選んだからには何に対しても受け入れる気持ちでいてくれてるようです。

多くの母親友達から「15歳なのによく遠くに出せたね。」とか「私には出来ない。」と微妙な発言に私の方が「どうしてそう思うの?」と内心思ったほどですが、あるお母さんが「それだけ子供を信頼してるんだね。」と言ってくれたとき、何人からも言われた微妙な発言の意味が分かりました。子供を親の目の届かないところにおいて信頼するって大変なことなのですね。

でも 私と同様長女は 両親からの信頼を感じ、悲しませる様なことは出来ないという重責を感じてくれています。娘たちもきって同じ受け継ぎを親になった時してくれると信じています。

選択により結果 

2005年08月07日(日) 15時20分
18歳くらいのころでした。珍しく雪の振る東京のバスの中です。私の後ろには、幼稚園児の男の子と2歳くらいの妹 そしてそのお母さんが座っていました。3人の会話からその家族が渋谷に向かっていることが分かりました。しばらくして、兄弟でふざけ始め騒がしくなりました。母親は「バスの中はたくさんの人がいて、皆に迷惑をかけるので、静かに座っているように」と言い聞かせます。しばらくは静かにするものの 5分も経たない内にまたもとの状態になったのです。するとその母親は、「今度同じようにふざけてうるさくする様なら、このバスを降りて雪の中を渋谷まで歩くことにする。」と言ったのです。私だけでなく もちろんその母親だけでなく その事情を知る席の近くの人たちは、「どうなってしまうの?」とヒヤヒヤものでした。しばらくして、事態は以前と同じになりました。ヒヤヒヤ度はかなりピークに達し、次に取る母親の行動はというと・・・、冷静にバスのボタンをおし、黙って席を立ちました。幼い子供たちも「お母さん、本気?」といいたいかの顔をしながら、 静かに後ろを付いていくだけでした。3人はまだまだ渋谷までかなりの距離という地点で雪の降る中降り手をつないで歩きだしたのです。
この場面から私は学びました。まず、子供は大人がどこまで真剣か、本気か、言ってることとやってることは同じかを試すものだと。次に、正しく懸命な親は、いけないことの理由をまずは教え気づかせる。次にそれでも理解できなければ、自らの選択により善悪を考えさせる。そしてその選びには結果があるということを、親子で引き受けるのです。しかも感心できたことは、一時も感情的な言葉も使わずに冷静に対応したその母親の貫く姿勢でした。
その母親はきっと渋谷まで歩いたことでしょう。そしてその子供たちは今後バスでは静かにしたことでしょう。さらに、その子どもが親になった時、同じような立派な姿勢を見せることでしょう。子供は大人を試す。言葉と行いに違いがないかを試す。大人は試されていると自覚して辛くても子供と一緒にその結果をひきうけなければならないのですね。辛くても 貫かねばならないことって 世の中あるものですね。

子供の大人表現に脱帽 

2005年08月06日(土) 22時38分
先日2人の子供から学びました。一人はうちの英語に来ている小学6年生男子、もう一人はうちの次女です。

まずは、6年生男子とのやり取りの中、私がうっかりその子に対して「かわいい〜」って、言ってしまった際です。いやだよな・・・・、むっとするなよ・・・、と内心思ったまもなくです。「先生、それって痴漢行為です。」の一言。冷静なしかもお・と・な以上に機知に富む対応に、絶句してしまいました。

次に次女との会話。常日頃私の冷静な時の言葉かけと平静でない時の言葉かけの違いに気づいていたのでしょう。「おかあさんの言い方でいけないところがあるよ・・・。例えば、「これ持っててね。絶対落としちゃだめよ。」って言うのと、「これ落とさないように持っててね。」では、違うでしょ。お母さんのは、大体「持っててね。」で終わればいいのに「絶対落としちゃだめよ。」って一言付くのが余計。最初から、「落とさないように持っててね。」で終われば絶対に落とさないんだからね。今度からは、そういう言い方を使った方がいいよ。」・・・・・といわれました。私のいけない所、嫌なところを子供なりに「どうして?」と常に思っていたんでしょうね。しかも次女の言い方ときたら、冷静にたとえなどを用い 私にカチンと来るような言い方は絶対しないのです・・・・。思わず 恥ずかしい私だと反省した次第です。

子供はよ〜く大人を観察しているものですね。子供から親であり大人である私は学ぶことが本当に多いと感じます。だから、「子供のくせに・・・」や「親に向かって・・・」などは一切言ってはいけないものと思います。(まあ、私自身幸いにも使ったことはありませんが・・・。)

私自身男の子を持っていませんので、今回学びました。男子には、母性くすぐることがあろうとも「それって、クール」程度で表現しようと・・・。また、言葉の表現では語尾が「プラス」で終わるよう簡潔にしようと・・・。子育てとは自分育てそのものでした。

はじめまして 

2005年08月05日(金) 17時50分
ブログ初体験です。とにかくこの思いを記念に残すために少しづづ書き溜めて行くつもりです。まずは、自己紹介を・・・。結婚18年目に突入、まもなく41になる私。16才・13才・8才のバランスで3人娘を持つ主婦で、現在家庭で英語塾をしています。若い時分より「この先生はどうして・・・」とか「この子の親はきっと・・・」などなど自分なりに観察?らしき事をした結果、また実際に子供を育ててみて、さらに他の子を教えてみた結果到達した考え等を書き残したく思います。プラスになった言葉や考え方なども含め、これからの子育て自分育てに更なる磨きをかけていきたいと思います。
P R
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