場当たり的な説明

April 14 [Mon], 2014, 17:11
無意識は集合論において問題とされるような諸々の集合体のように構造化されており、その集合体は諸々の文字のようなものである。無意識の思考の性質、あるいは他の半分はいかに思考するのかフロイトは私たちが理解しているような思考することが、人間の行為の決定において、それまで考えられていたのよりもはるかに小さな役割しか演じていないという考えに、精神分析家たちを馴染ませてきた。私たちは、自分がAを行ったのはBが理由である、と信じているし、またそう感じるし、そう主張しもする。あるいは、私たちは自分の振る舞いについて即座に説明できないように思われるとき、場当たり的な説明を探しまわる、すなわち合理化を試みる。ある意味、精神分析が介入を行うのは、私たちが考えもしなかったような、あるいは慎重に無視してきたような理由Cが存在するということを示すことによってである。さらにまた、分析作業の過程でゆっくりとしかし確実に頭をもたげる多くの隠された動機D、E、Fがありうるということについても言うまでもなし。このことは、無意識の思考のプロセスを意識的な思考のプロセスに例えることであるが、ラカンはそうではなく、それらの二分法を主張している。

練り上げ続けること

April 10 [Thu], 2014, 12:59
いつの日にか科学のディスクールは、おのれの敷地のなかに精神分析を固い込むようにつくり直されるのかもしれない。だがその間に精神分析のほうは、臨床実践と理論構築という精神分析固有のプラクシスを練り上げ続けることができるのである。ここでは主体、対象、他者、ディスクールを主要な概念として展開したが、それらを文脈のなかで論じるためには、さらに多くのラカンの基本概念について、そして、それらを使いながら分析経験を定式化しようとする彼の生涯を通じての試みについて、説明することが必要になってくるからである。ラカンが彼のキャリアのなかで何度もっくり直している概念は次のものが含まれている。想像的なもの、象徴的なもの、現実的なもの。欲求、要求、欲望、享楽。言明の主体、言表行為の主体、無意識の主体、分裂した主体、防衛としての主体。父性隠職、原抑圧、二次的抑圧。神経症、精神病、倒錯。シニフィアン、文字、シニフィアン性。ファルス、ファルス関数、性差、ファルス的享楽、享楽、男の構造、女の構造。疎外、分離、幻想の横断、パス。句読法、解釈、可変時間セッション、純粋な欲望そのものとしての分析家の役割。現実存在と外存在。


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