幻世(まぼろよ)の祈り―家族狩り〈第1部〉
遭難者の夢―家族狩り〈第2部〉
贈られた手―家族狩り〈第3部〉
巡礼者たち―家族狩り〈第4部〉
まだ遠い光―家族狩り〈第5部〉
(天童荒太・新潮文庫)
1995年に新潮社から1冊の単行本として出版され、山本周五郎賞を受賞した『家族狩り』、ずっと文庫に落ちたら読もうと楽しみにしていたのに、一向に文庫にならず(これほど文庫化を待ったのは椎名誠『アド・バード』以来)、とうとう、図書館で、他館から取り寄せ依頼して単行本を読んだのが昨年9月。
まずは昨年9月に単行本を読んだときの感想を書いておく。
<ここより
昨年の日記引用>
作者プロフィールのところに、「想像力の限りを尽した凄惨な描写には定評がある」なんて書いてあって、ところどころ、読むに耐えないくらい恐ろしい惨劇のシーンが克明に描かれているのがこわいのだが、でも本当に怖いのは、むしろ、人間の心に巣食う病巣かも、というのが天童荒太の作品の基調である。『孤独の歌声』(新潮社)でも、『永遠の仔』(幻冬舎)でも、家族関係の形成がうまくいかなかった結果としてのトラウマや犯罪が描かれているが、この『家族狩り』の中にもそうした、人格形成以前からの家族関係の結果として、自分の配偶者や子どもとうまく向き合えない人たちが沢山描かれている。結局、2段組562ページの大著を、金曜と土曜とかけて読み上げたのだが、中盤で、この人があやしい?、と思った人は結局予想たがうことなく本当に怪しかったのだが、いわゆる動機については、本当に最後に来るまでわからず、これは犯人探しではなく動機探しのミステリーだったのだな、と思った。人間関係が妙に密すぎて、不自然な感じがする、というのと、主要登場人物について、やや強運に描きすぎの部分が、なんとなーく気になったが、やぁ、本当に恐ろしい本でした。人はこの本を読んで、「うちの家族はここまでひどくないわ」とか思って安堵するのだろうか? そうでも思わないと怖くて読んでられないかも。山本周五郎賞受賞作として、発行から8年、一向に文庫化されないのが気になるところだが、文庫になって軽々しく読む本でもないのは確か。
<昨年の日記の引用終わり>
天童荒太は、これまでの作品の殆どすべてで、恵まれない家庭環境に根ざした異常犯罪・精神の崩壊を描いてきている。
それが作者の主張したい部分なんだろうなぁ、と思うが、本当に読んでいてきついです。
まだ文庫版の感想書いてないんだけど(^_^;)、95年版より更に、犯人の主張は過激になっていて、子どもに自分が愛されていないかも、と一瞬でも思わせる隙を見せてはいけない、みたいな感じで、作者はそこまで主張してないかもしれないけれど、それに近いものが...。