月に泣いた夜 1 

July 08 [Sun], 2007, 0:14
月が俺を見ていた。

それを背中で感じ取ってしまい、振り返って目を向けた。
月と目が合った。

足は止まったまま、先へ進もうとする素振りも見せない。
目があった瞬間、俺は月に吸い込まれそうになっていたのだ。
少々大袈裟に言うならば、魂を抜かれそう、と言ったところだろうか。

動くことができなくなっていた。



そこは、線路わきに流れる道路の歩道だった。

柵の向こう側では、お世辞でも活気があるとは言えない、ただ背丈が高いだけの枯れ草たちが、寒さに負けそうにレールの傍で揺れていた。
木々たちも葉をなくし、主張もせず暗がりに立ちすくむばかり。
道の向こう側では、大きく古ぼけた団地たちが暗闇に寄りかかっている。
音を立てるどころか、灯りをともすものさえ居ない。

その様子が、まるで真夜中を強調しているようだった。
だだっ広い空間に、孤独だけが張り巡らされているみたいに。

ただ、雲ひとつ無い空から、イヤミったらしく光り輝く月がいつもより近くで俺を覗いている。
その間を、俺の吐く白い息が力なく遮っていた。



俺は、見るな、と呟いた。



途中、寒さに押されるようにして買った缶コーヒーが、無意識のうちに中身を減らしていたようだった。

気がつけば、この寒さの中コートも羽織らず、ほとんど使った記憶が無いほんのり湿気た匂いのするスーツだけを身にまとっている。
その中でなぜか手に持ったままの缶が、まるで命尽きていくように、いっそう俺の手を冷やした。

1月の寒さは、本当ならかなり応えているはずだった。








思えばほんの昨日まで、俺はここから何百キロも離れたところにいた。

その日中にめったに帰らない田舎へ帰るなんてことは、もちろん想像なんて出来ず、そんな予定もなく、そんな気も微塵もなかった。

いつものように与えられた課題をこなし、張り巡らされた予定に足を運んでいた。
必要以上に考えることを許されない時間。
すべてはもうすでに出来上がっていたかのように、スケジュールどおりに進んでいた。

そんな俺をまるで作り話のように空港まで走らせた1本の電話が掛かってきたのは、正午をほんの少しだけ過ぎた頃だった。
昼だけは食べ損ねまいと、会社の目の前のコンビニでいつものように好きでもないサンドイッチに手を伸ばした瞬間。


石黒だった。

「関が死んだってよ」

何かが、俺の心臓をねじった。

「おまえ、絶対帰って来いよ」

とだけ言って、石黒は電話を切った。

そんなことを言われる筋はわからなかったが、言われなくとも、俺は間違いなく帰っただろう。
なにも買わず、小走りに店を出た。


空席が目立つ飛行機の中でじわじわと染み込んでくる不安と戦いながら、俺は思った。
自分の目で真実を確かめるまでは、嘘だと信じていよう、と。









こんな俺が、今はただただ空を仰ぎながら帰路に立ちすくんでいる。

明日の午後には、会社に戻らなければならない。

今日だって、お世話になった親戚のおばちゃんが死んだ、と小学生紛いの嘘をつき、眉間にシワ寄せる部長を半ば無視してやってきたのだ。

でも、実家に帰っても眠れないだろうことはわかっていた。
かといって、布団の中で、関のことを後悔し続ける勇気も俺にはないのだ。


こんなつまらない人間に対して笑いが出てきた。

たぶん月も笑っているのだろう。
こんなにもちっぽけで、つまらない、後悔ばかりの俺という人間を。





喜一郎のことを、思い出さずには居られなかった。










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私は今まで、数多くの夢を持ってきました。
幼稚園時代から、たくさんの将来への希望に夢を馳せてきたものでした。
けれども私には、その沢山の夢のかけら達を、輝かせてあげることが出来ませんでした。
もちろんそれは、私の力不足、努力不足であり、誰のせいでもありません。

でも、たった一つだけ、輝ける星を手にしました。
あたたかい家庭です。

けれども、そのささやかな幸せを保つことは容易ではなく、いつ手を滑らせ落として壊してしまいかねないものなのです。


私は、愛する家族のために、物語を書きます。

ずっと夢だった、でも恥ずかしくて誰にも言えなかった、作家という夢。

その夢に、愛する想いを乗せながら。
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