「猫」Vol .1 

2005年11月06日(日) 1時40分
30歳の誕生日は彼と過ごした。31歳は友達と過ごした。
32歳は一人で過ごした。
そして今日33歳を一人で過ごすなんて
耐えられない。さびしい。
だから、私へのプレゼントに猫を飼うことにした。

初めてのペットショップはとても混んでいて
こんなにもさびしい人がいるのかと感心した。
その中の1匹、とっても気に入った子猫がいた。
店員を呼んだ時、別の店員がその猫を抱き上げた。
「待って。私の猫―――。」
私の隣に彼がいた。

私は彼に、その猫がどんなに気に入り欲しいかを話し、譲ってくれるよう説得した。
彼も前からこの子猫を気に入り、今度の給与で買うつもりだったと話した。
また、大学を卒業して地方から出て来たばかりで、一人だとも。。。

私も、そして彼も、さびしい。

店員を待たせて1時間くらい話合った。
営業経験もある饒舌な私に比べ、彼は自分を表現するのが可哀想なくらい
下手だった。
苦しくなった彼から、意外な言葉が出た。
「一緒に飼いませんか。。。」

「猫」Vol.2 

2005年11月13日(日) 5時21分
「...一緒に飼いませんか。」
あまりにも斬新な提案に、そうすることにした。
今日は私が持って帰り、”マリ”と名付けた。


木曜日の21時頃、彼が私のマンションまで猫を連れて来て、
次の木曜日の21時頃に持ち帰る。
玄関のドアは開けず、バスケットを部屋の前に置くだけのやりとり。
毎回、彼はマリの様子をメモしてきてくれた。
パソコン時代には新鮮な、きれいな自筆だった。
でも、私からメモを渡すことはない。
そんな関係が半年続いた。

今日は大雪で、自動車で来るのは無理だと同時に、
マリは来ないと思った。
”マリが来なかったら、週末はどうなるの・・・”
不安とさびしさで夕食も食べず、ビールだけを流しこんでいた。
かなり速いスピードで3本も飲んでいた。

23時頃、ドアチャイムが鳴った。
「遅くなってすみません!
―― 猫、早く温めて下さい。」


「猫」Vol .3 

2005年11月13日(日) 6時09分
久しぶりに彼の顔を見た。
会社の後、すぐ来たのだろう。
スーツにコートで、猫をバスタオルにくるんで連れてきた。
彼も濡れて、野良猫のようになっていた。

「・・・ああ、マリ。」
マリが到着してほっとしたせいか、涙が流れた。
「ありがとう。(部屋に)上がったら?」
「でも、雪がもっと積もって電車動かなくなると困るし・・・」

私は上機嫌になり、そして少々の冗談を言った。
「大丈夫。この部屋、男が入るのは初めてじゃないから。」
でも、酔っているのか、涙が流れてコントロールできない。

涙を見たからなのか、彼は部屋に入り、マリをあたため始めた。
「着替えたら?風邪ひくから。」
彼は素直に着替え始めた。
私にはかなり大き目のシャツも、彼には窮屈そうだった。
細い体が思いのほか筋肉質で、ドキッとした。

着替えた彼は、マリの相手をしていた。
無口だからなのか、声を出すこともなく、
抱いたりジャラしたりしていた。
マリも、私より彼といるほうが、ずっと楽しそうに見える。
私はマリにシットした。
面白くない気持ちのまま、4本目のビールを開けた。
「ビール飲む?」
「ヤッ、いらないです。水をもらえませんか。」


私を見ることもなく答える。
私は、ソファーを背もたれにしている彼の隣に座った。
単純に思った。”きれいな唇・・・”って。

「一人で飲むのはさびしいよ」
「でも、帰らなくちゃいけないし ――」


キスをした。唇とアゴに、軽く・・・。







「猫」Vol .4 

2005年11月13日(日) 6時11分
・・・キスをした。
彼の体が、ビクッと震えた。
彼がこの部屋に入って、初めて私をじっと見た。
「酒もタバコもやらない、女もやらない、か。」
10歳も年下の男の子に、こんな意地悪を言う自分が
急激にイヤになった。

長い沈黙 ――。
そして、私はビールを飲み続けた。

また、彼から意外な言葉を聞いた。
「ぼく、そういうの上手じゃないんです。」

「・・・誰かに言われたの?」

彼は耳まで真っ赤にして、うつむいていた。
「でも、そういうのって、相性でしょ。」
彼が今にも泣きそうな目で、私を見た。
彼の目を見て、私はまた涙が流れた。

私もさびしい。彼もさびしい。

ビールが全部、涙になったのかもしれない。
「女からって、イヤだね。酔ったせいにしたくないけど。
でも理由なら・・・。
こんな寒い夜に、誰かと肌を重ねたいって思ったの。
こういうの、だめかな。」

小さい声で彼が答えた。
「いいですよ、僕は。。。」

私は、彼の唇から首まで、ゆっくり時間をかけてキスした・・・。
彼は目を閉じて、私のするままになっていた。
彼の息が、少しずつ速くなっていく ――。

”もっともっと、気持ちよくしてあげるね・・・”

「猫」 Vol .5 

2005年11月13日(日) 13時12分
次の朝、起きたら8:30だった。
今からだと遅刻だ。
なんだか面倒で、会社を休むことにした。
何年かぶりのズル休み。

彼はいなくなっていた。
テーブルに、「会社に行きます」と書いたメモが残っていた。
”メモを残すなんて”
走り書きなのにきれいな字だった。



再び猫を受け渡すだけの関係になった。
木曜日の21:00。
わかっていても、私も彼もドアは開けなかった。

4ヶ月ぶりにドアチャイムが鳴った。彼が立っていた。
「どうしたの。」
「月が、すごくきれいなんだ。」
「だから?」

私は彼の想いをわかっていた。
前回のようにお酒が入っていたら、私も可愛かったかもしれない。
でも今日は違う。

「月がきれいだから?」
言葉では、私にはかなわない。
彼に対して、とてもサディスティックな気持ちになった。
彼は、困った悲しい顔をして言った。
「・・・帰ります。」

「待って。
理由なら、月がきれいで、こんな美しい日に、
誰かと肌を重ねたかった、でしょ。」

彼は少しだけ笑顔を見せた。
白い歯がきれいだった。

部屋に入ったとたん、彼の紳士な態度が豹変した。
きょうは彼のするがままにされた。
”上手じゃない”というより”相手を思いやらない”
とった感じだった。
私にとっては、23歳の彼の、この感じが
新鮮で可愛いと思った。



この後私たちは、次は3ヵ月後、次は2ヵ月後、
そして毎月、肌を合わせていった。
理由は、桜がきれいだったり、雨が憂鬱だったり・・・
理由を考えるのも楽しかった。
そう、その中に、”誕生日だから”というのもあった。

決めたわけではないけれど、
私たちはお互いのことを何も聞かなかった。
また、二人で外出することもなかった。
さびしいからとか、したいからとか、
もっと動物的でよかったから。
肌を重ねるだけの、冷たさをも感じる関係。
そしてこの関係は、いつの日か・・・。

この関係があって、私は変わった。
潤う。
彼も変わった。無口は相変わらずでも、
たくましさとか、言葉では在り来たりな事しか言えないけど、
まっすぐ私を見るようになった。



―― 別れの日は、来た。

「猫」 Vol .6 

2005年11月13日(日) 13時42分
別れの日は来た。
日曜日の昼ごろ、彼が来た。
スーツ以外の服を、はじめて見た。
ジーンズに、襟の大きく開いた長袖のシャツを着ていた。

「猫が死んだ。」
彼はそう言った。
あまりに突然で、言葉が出ない私に、彼は続けた。
「後の事は、僕がしておくから。」
「・・・とにかく、部屋に上がって。」
「いや、帰る。猫がさびしいと可哀想だから。」

彼がドアを閉めた。

猫がさびしい?
そうだ。マリはさびしくて死んだのかもしれない。
マリと彼が遊んでいる姿に、私はシットした。
そしてマリも、私と彼の姿にシットしたのかもしれない。

「―― マリ。」
私も、彼も、マリも、さびしい。
マリを想い、私は声を上げて泣いた。
これが彼とも最後になった。


木曜日、早く家に帰って待ってみたけれど、
彼は来なかった。
もう来る必要もないから。
彼は私に何も言わなかった。
さようならも。
さようならを言わなかったから、また来るかもしれない。
だからって、私も彼に会ったところで、
言いたいこともなかった。

このままの関係が、ずっと続けられるわけじゃない。
分かっていたはず。この関係は行き止まり。
言いたいことはない。
でも言わなかったことは、あった。


かつて、私と彼は一匹の子猫を二人で飼った。
今、私の中に、彼の子供がいる。
私たちの子供を、私は、私だけの子供にした。

”さびしいから、猫を飼いたい。”と、
”夫は要らない。子供だけ欲しい。”とは、
似ている感覚だと思った。

誰かに、これでいいの?と問われれば、
私にも分からない。
しかし、少なくとも、私はこれからの誕生日を
一人で過ごすことは、なくなった ――。

           ― Fin ― 



お読みいただき、ありがとうございました。。
皆様からのご意見、ご感想をお待ちしております。。(emy)
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