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we're only gonna die for our arroganceA / 2006年08月21日(月)
 しかし、本能を蔑視することの弊害はあまりにも大きすぎる。肉体のもたらす痛みを痛みとして感じなくなることを考えれば明白だ。動物はナイフで傷つけられると痛い。だから傷つけられそうになると肉体を使って逃げる。人間はそこを「ナイフで刺されても痛いと思えば痛い。痛くないと思えば痛くない」と恐怖や逃げることから丸ごと解放されることを目指す。そもそも肉体の痛みや恐怖などは、本来の遺伝子の目的が遺伝子自体の保存にあるところ、それを害する要因を痛みとして感じるわけで、それをまるまる放棄することは遺伝子の目的を放棄すること、すなわち遺伝子の保存を放棄することになる。肉体がなくなることに対する恐怖がなくなったとき、現世を歩む努力を怠り、いずれは放棄するに至ることが容易くなる。精神だけではリプロダクションは不可能だ。肉体と精神の分離が達成されたとき、本能が捨て去られたとき、遺伝子の支配から解き放たれたとき、人類にはもはや絶滅以外の道は残されていない。

 精神の作用によって人間が遺伝子というプログラムそのものを放棄しようとすることまではプログラムとして予定されていなかったはずだ。すべてはバグなのだ。自殺も、精神と肉体の分離も。人類は自己を特別視する傲慢さを捨て、方向の修正を図らなければならない。
 
   
Posted at 03:40 / (s)tinky / この記事のURL
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we're only gonna die for our arrogance@ / 2006年08月21日(月)
 動物は自殺しない。なぜなら遺伝子には自分を殺すことはインプットされていないからだ。遺伝子にインプットされていないことを精神的な原動力のみで実行する「自殺」はまさに「遺伝子を超えた」行為そのものであろう。つまり自殺をすることができる人類は、精神の力により遺伝子を超えることができる。しかし遺伝子を「超える」ことを遺伝子による支配からの「解放」と見誤ったときにはもはや人類には絶滅の道しか残されていない。

 遺伝子に支配されているもの=「動物」であり、人間≠「動物」という構図がある。この思想の流れは文明が生まれたときから確実に存在している。本能に流されることを動物的だと感じ、そうしないことが精神世界のルールである社会倫理としてできあがっているのだ。例えば、雄は雌を選ばない。ただひたすら自分の遺伝子を残す確率を上げるためだけに種をまく。一方、雌は雄を選ぶ。少ないチャンスで最大限に優秀な遺伝子を残すために。これは遺伝子的にいうと自然なことだが、少なくとも日本初めその他いわゆる「文明国」の社会の価値観からは是認されていない。一夫一婦制にくらべ一夫多妻制が男尊女卑だ非文明的だと評されることからもわかるように。本能に侵されない精神と本能に支配されている肉体の分離を推進する思想体系も多く存在する。現世への執着がもたらす苦しみからの解放を説いた仏教、キリスト教、西洋哲学の流れ、ヴィジョンクエスト、トランス、その他数限りなく存在するこれらの方法論は、精神が肉体を凌駕することによって肉体があるからこその苦しみや執着から「解放」されることを目標とする。
 
   
Posted at 03:11 / (s)tinky / この記事のURL
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voce quer alguns tomates? / 2005年08月11日(木)



    祭りの生野菜店を出すときに作った。

 
   
Posted at 15:38 / zero / この記事のURL
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バカに敬礼! / 2005年08月10日(水)
初めてカレントアフェアーズのトピックだけど、

韓国でインターネットオンラインゲームをほとんど仮眠なしの50時間連続で遊びそしてその後心不全で死んだ男がいたらしい、、、、あり得ないパッションだ、、、ものすごいエネルギーだ、、そんな素晴らしきバカに敬意を込めて1分間の黙祷をささげたいと思う。


黙祷

 
   
Posted at 16:28 / zero / この記事のURL
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ゲーテのポケットB / 2005年08月10日(水)
「結婚生活は一切の文化の初めであり、頂上である。それは、乱暴者を穏やかにする。また高い教養のあるもにとっては、その温情を証明する最上の機会である。結婚生活は解消し得ないものでなければならない。結婚生活は多くの幸福をもたらすもので、それに対しては、個々の不幸なんか、一切ものの数ではない。」

結婚は大事だ、本当に大事だ。相手は慎重に選んだほうがいい、、ただ一時の恋愛感情に流されてはだめだ、かといって相手の付属品、例えばステータスとかお金とか顔とかで選んでもいけない。よく結婚は愛じゃないよねとかいう人たちがいるが彼ら/彼女らは「愛」というものの性質を理解していないように思える。真に愛する女のためならば愛することのできる男は当然その人を守るために死に物狂いになり生活をさせえるためにがんばるだろう。恋愛と愛は違う、よって真に愛するものと結婚せよ、さすればお互いを守り愛ながら素晴らしい人生が得られることだろう。そして素晴らしい結婚ができるのは俗物的な事象に打ち勝つことのできる誠に気高き二人だけだろう。

「もはや愛しもせねば、迷いもせぬ者は埋葬してもらうがいい。」

LUV SICではなくLOVE,,,,愛というのは本当に難しいもので、自らの欲求を満たすために相手を思うことは愛ではないし、ただ生活を楽にするために相手を愛していると思い込むことも愛ではない、、、厳しいかもしれないがだからこそ価値があり素晴らしいものなのである。愛することは誰にでもできることではない、とても難しく厳しいことなのだ、それを得ようと迷って、苦しんでいる人々は誠に美しいが逆に真に愛することを放棄してしまった人々は、、、、それはもう埋めるしかないよね。

人間らしく幸福にするために愛は気高い二人を寄り添わせます


人間らしい幸福ってなんだろう?それはきっと愛する人と家族を持ちそして未来に希望を託す生活なのではないだろうか?お互いを守りながら、愛しながら、希望を共に育むことなのではないかと思う。そしてそれができるのは他者を憎まず、他人に対して嫉妬せず、または嫉妬する自分を嫌わない、まあなんというかまさに気高い人間達だけなのだ。To be noble is not to be afraid.









 
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Posted at 15:26 / zero / この記事のURL
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ゲーテのポケットからA / 2005年08月10日(水)
「すべてをすぐにさぐろうとするものがあろうか!雪が溶ければ、ひとりでに見つかるだろう」

あせるな!,このおっさんはあせりが大嫌いだ、すべてを今掴もうとしなくていいのだ!
今の自分に満足がいかないからって、今すぐに変わる必要はない。ポジティブに未来のことを考えていれば、ふときづいたとき昨日よりはるかに成長した自分がそこにはいるのだ。二元の人生、一瞬が勝負じゃない、そのために未来があり、過去があるのだ。

「才能は静けさの中で作られ、性格は世の激流の中で作られる。」

遺伝子は重要だ、それは可能性を未来に託すバトンだから、、、でもそれはこことは違うどこか静かな場所で起こっていることであり、一度生まれてしまったものに対しては無意味である。自らがどんな遺伝子を持とうと、あとは激流にもまれ自らを形成しなくてはならない。性格はつまりソウル。

「安らかに寝ることを欲するのか。私は内的な戦いを愛する。なぜなら、もし疑うことがなかったら、確実なことを知る喜びがどこにあろう?」

わかってます!、ヨシイイズム理解しています。苦しむことは人間に与えられた最上の喜びなのかもしれない。苦しみがなかったら僕ら皆ただのデッディーじゃない?解釈の自由が残されたこの世界はとても苦しいものであり、またとても美しいものである。だから戦いながら生き、戦い疲れながら安らかに眠ろう、エネルギーが真の0になった状態で。


 
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Posted at 15:19 / zero / この記事のURL
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ゲーテのポケットから拝借 @ / 2005年08月10日(水)
「一つ所に執着するな。元気に立って、さあ行こう!頭と腕に快活な力があれば、どこに行ってもうちにいるようなもの。太陽を楽しめば、どんな心配もなくなる。めいめい勇んで出かけよう。世界はこんなに広い」

ひとつの場所にとどまること、それはすなわち精神の劣化に繋がる。脳を拡張させるには、ひとつの場所から発生している重力を跳ね除け、そして新しい刺激を求め続けなければいけない。1億の本を読むより、1000キロの旅をするほうがはるかに魂は成長すると思うよ、だって本からイマジネーションを広げるにも物事を見たり、感じたりしなくたはならないし。だからみんなレイブに行こう、旅をしよう、未知を恐れるな、快適な「家」に執着するな、、、、魂を解き放ったら?

「自己が自己であるために、支配することも服従することもいらぬ人間が、偉大な幸福な人間である」

服従や支配ってただ直接的なことを行っているわけではなくて、例えば他人より自分の方が優れているとか、他人と自分は違う、自分は特別だとか、、、結構みんな考えがちだと思う。自分も現にそうだし、、、やっぱり人間ってみんな自分がかわいくて、自分は特別であるとおもいたいんだよね、、、主人公は俺だ!、、みたいな。そうしたほうが心が楽になれるしね。でもそれはすでに気高いという理想から外れていることなんだ、、、、人は人とは違わない、、、人間なんてみんな似たりよったり、、、、モーニング娘おっかけている男や、、、ジャニーズ追っかけてる女とかキムタクがかっこいいと思っている人たちだって自分と同じように、悲しみ、苦しみまくって、考えまくっているのだと思う、、、と、こういう考え方もあるかなと思うこのごろです。





 
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Posted at 14:13 / zero / この記事のURL
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我踊THAT-IS-WHY我在 / 2005年07月28日(木)


        淡青朝霧に包まれた優池、一羽乃鳥降りる
       静寂山林と共鳴する、電子音学と光学神線
       やがて太陽光橋、踊影人間照らし、自然恵力与える。
 
   
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space teepee / 2005年07月22日(金)


太陽と地球と火星とアステロイド・ブルース
 
   
Posted at 03:27 / (s)tinky / この記事のURL
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レクイエム / 2005年07月22日(金)


                   そろそろ滅びましょうか?
 
   
Posted at 02:25 / zero / この記事のURL
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