笑い 

2006年01月26日(木) 13時27分
笑うことが、病気を早く治す。
良くTVでも聞く話だ。本当に笑いで病気が治るのか?
でも実際、その治療?で癌がなくなったという情報も聞いたことがある。
確かに笑う人と、笑わない人がいたら、笑っている人の方がパワーがあるし、生きている感じがする。
生きているってことを証明するために笑う?それは違うかもしれないけど、『笑い』は、やっぱし病人にとって必要不可欠と思った。もちろん、病人だけじゃなく、一般の健康な人にとっても。
笑わない人は、いつも顔を強張らせている。そんな顔じゃ、病気がいつまで経っても離れてくれない気がする。
それに比べ、病気を持ってても、いつも笑顔で、笑っている人は見た目も全然違う。
『生きている』という、証拠のようなものを感じる。
私は、どちらかというと、後者のほうだ。いつもというか、大抵、笑いの中で過ごしている。
常に笑っているわけではないけれど、お喋りは絶やさない方だ。私の周りの友人、知人も『話好き』が多い。
だから、私の周りは常に笑いも絶える事も、話が尽きることもない。
それが結構私の中では、当然のことだが、話をする相手がいない人や、話すことが苦手な人はどうしているのだろう?
自分の『殻』に閉じこもっていると、健康な人でも病気になってしまうんじゃないかな?
病気の人なんか、余計に病気が悪化してしまうのではないか?とさえ思ってしまう。
かなり前の話だが、当時私のいた病室には、私と同じ病気の人が6人部屋の中に5人いた。
あと1人は、別の病気のオバアチャンだったけど、皆家族のように一致団結している部屋だった。
全員話好きだった為、話も尽きることがなかった。
ある日、いつものように何かの話題で大盛り上がりになって、大笑いしていたら、向かいの男部屋のオジサンに
『ここは、病院だ!』と怒鳴られたこともあった。
確かに、病院は騒ぐところではない。オジサンの言っていることは最もだ。
そのことを、ふと思い出したのは、その時のオジサンには『笑い』というものが存在してなかったのかも?と思ったから。
でも、そのオジサンも具合が悪くて入院しているのだから、笑って騒いでる私達に苛々したのだろう。
自分に余裕がない時、笑うことが出来ないのは事実だから。
余計なお世話かもしれないが、オジサンの体調が復活した時、『笑い』がオジサンの傍に存在してくれればいいと思った。

これもある意味ワガママ? 

2006年01月25日(水) 22時34分
同室の婆ちゃんの話である。
その日、6人部屋には4人しか住人がいなかった。
そのうち2人が、週末の土曜日に1泊だけ外泊に行くことになった。
私も、行きたかったけど、婆ちゃんが『私を一人にしないで。』というので、私だけ残ることにした。
やっぱし明るいうちは一人でも寂しくないけど、夜になると本当に寂しくなるのが病院の不思議の一つだ。
夜9時の消灯が過ぎて部屋の電気や廊下の電気が消されて、薄暗い明かりだけになると、妙にシーンとして怖い。
そんな中、自分以外誰も居ない部屋で、しかもベッドが空っぽ・・・
消灯後間もない時の夜9時〜12時頃は、まだ起きている人がいたりして、廊下を歩く人の数も多い。12時以降はトイレに行く人も疎らになるので、自分がトイレに起きた時は、誰かが歩いているのを確認してからじゃないと怖くて行けない時もある。特に目覚めの悪い夢を見たとなんかは、怖すぎる。
私の場合、明るいうちだと一人のほうが、誰にも気を使わなくていいので、かえって楽で、好きだったりもする。
の〜んびり、自分勝手にTVを見たり・・・だらけたり。
私は、入退院暦約10年になるけど、一人の夜は未だかつて過ごしたことがないラッキーな患者である。
その婆ちゃんは、実際9時に寝たら朝の起床時間までグッスリ寝てるし、人口膀胱を付けてるので、トイレに起きることすらない。それでも、私がいるという事実が「安心」なんだろうか?
ちなみに私と、婆ちゃんは対角線の端と端の位置にある。
日中もたいして会話もないし・・・。
婆ちゃんの向かいの人が婆ちゃんに一言。
『●●さんも、泊まりに行ってくれば?』って。そしたら、婆ちゃん何て言ったと思う?
私に『一人にしないで!』って言っているくせに・・・・婆ちゃんの返答に驚いたよ。
『行きたくないんだ。』だって!
それってオカシイ!絶対オカシイ!自分の「意思」で行かないのに、一人で留守番も出来ずに人を巻き込むなんて!
それを聞いてマジで、婆ちゃんおいて『急用できたので・・・』って出かけようかと思ったよ。
でも、家族に連絡したら、母が風邪でダウンしてるらしく、どっちみち私は何処にも行けないのであった・・・。
予定してた明日の外泊もキャンセル確定・・・。
はぁ〜。上手くいかないこともありますね。

元気人 

2006年01月24日(火) 12時46分
私の長期入院の少し前に先に入院してた、「元気の源」だった人の話をしよう。
彼は、母と同じ年の昭和23年生まれ。
背が高くスラーッとした人。藍染のお店の店主で、それらしい雰囲気をかもし出してる人。
人当たりも良く、性格も温厚、自分の事より、人の事を心配しちゃう、そんな人。
彼のイメージは、『元気人』そのもの。
しかし、彼は『腎臓癌』で、『癌』と戦ってる人だった。時には辛い治療もしてたけど、辛いのを見せずにいつも気力を振り絞っていた。その姿勢にココロを動かされた患者も多かったのでは?と私は思う。
治療が無い時は、元気いっぱいで、朝からトレーニングウェアーに着替えて、足軽に運動しに行く。
病院のあまり人の来ない場所で、ストレッチや筋トレをして、体力をつけていたよ。
暇な時は、ダラダラロビーで一緒に話をしたり。夜も、座談会のように他の入院仲間も一緒に夜中までお喋りしたりして楽しい時間を過ごしたりもした。クリスマスには、病院でジャズコンサートがあったので、一緒に見に行った。その時には趣味の一つである写真も撮ってくれた。
彼は、海が好きだった。毎日のように体調のいい時は外出許可をもらって、出かけてた。
病院のそばに小さな山があって、そこに行ったり、30分くらいのトコには海もあるので、そこに行くことも多かったみたいだ。
特に、その場所での夕日がお気に入りのようだった。
結局私は一緒に行ったことが無かったけど、その場所は私が良く行く場所のひとつだったので、良く知ってる。
私が調子の悪いときには、いつも励ましてくれた。私だけじゃない。他の入院仲間にも同様だ。
いつも励ましてくれたほかにも、彼の元気にしてる姿を目の前にすると、自然にパワーをもらうような気がした。
彼は多趣味で、その中の『絵手紙』も数枚書いてくれた。優しい水彩画。彼の気持ちが絵に現れてるようなそんな作品。
そんな彼が一時退院をしたとき、外来に来ては毎回顔を出してくれた。
ある時、私が外出をしていなかった時は、帰るのを待っててくれ、私の体調を心配してくれたいた。

曲者な付き添い人 

2006年01月17日(火) 12時39分
いつだったか?私の長期入院中にあった出来事。
同室の人のお兄さんの話。
彼女とお兄さんは、年が20歳くらいも離れてたので、お兄さんはスゴク彼女のことを心配してた。
見た目は『お兄さん』というよりは『おじいさん』って言った方が分かりやすいかも?見ため『親子』か『夫婦』のようだし。
彼女は白髪交じりの髪だったので、『夫婦』に見られることもしばしば。
彼女は『腎臓癌』で、数回入退院を繰り返していた。
私も数回の入院の中で何度も同じ時期に入院してたので顔見知りだった。最初の頃は同室にならなかったので
軽く会釈をする程度だったが、同じ部屋になるようになってからは、彼女の兄も私に良く話しかけるようになった。
その兄が曲者だったのだ!どう曲者か?
手にはいつも数冊の医療関係の本を持って、付箋もぎっしり!モチロン薬の効能などが書かれてる本もその中には入ってる。全部、彼女の病気のことを調べ上げた結果(兄の愛)だ。
でも、本だけでは分からない事や、実際本に書かれてることが100%とは言えないと思う。
それまでは、まだいい。問題はその後。
回診で主治医が来たときに、先生の行ってる治療に関してクドクド質問。それに対しての主治医のコメントにも更に質問。
挙句の果てには、主治医の行ってる治療と、自分の読んだ本に書いてる治療が違うので、この治療は違うんじゃないか?などと言う始末・・・誰しもがその本の通りに治療してるわけではないとは思わないんだろうか?
さすがの主治医も言葉を返せないようだった。主治医を信用してない証拠だよね。全く・・・何を言っても仕方のない曲者。
主治医を信用して、分からない事を聞くのは問題ないし、その繰り返しで信頼関係が築かれていくものだと私は思う。
この兄の話では、まだまだ書きたいことがある!

ラジオばあちゃん 

2006年01月10日(火) 11時34分
お題目のとおりである。
当時、同室のオバアチャンは、部屋中の人が聞こえるボリュームでラジオを聴いていた。
どのくらいのボリュームかというと、私がイヤホンをしてTVを見てても、そのラジオの声が聞こえるくらいのボリューム。
何となく、分かってもらえただろうか?
最初、気になって気になってイライラもしたけど、少しでもイライラしないために見方を変えてみた。
『年寄りはラジオ命』
そう思うことにした。命である『ラジオ』を取り上げるわけには行かない。
私も命である愛犬の『エルメス』を取り上げられたら、生きていけないから・・・
全ての年寄りがそうなのか?それは分からないけど、身近では祖母がラジオ好き。
枕元には、必ずラジオがあり、寝るときには子守唄代わりに聴きながら寝てる。
一緒には住んでなかったが、我が家に泊まりに来た時には、案の定ラジオはないか?と聞かれた。
普段ラジオなんて聴くこともないが、一応我が家にもあったので渡した。
早速枕元において、聴き始めた。
どの位経っただろう?祖母が寝てた部屋をソーッと覗いてみると、祖母が寝息を立てて寝ていた。
耳の遠い祖母は、結構な音量でラジオを聴いてたので煩かったから消した。
そしたら、寝てたのにパッ!と目が覚めてしまったこともあった。
話がそれてしまったが、私はその同部屋のオバアチャンが、特に嫌いというわけでもないから我慢が出来ていたのかもしれない。
でも、ラジオって独特な音のような気がする。滅多にラジオを聴かないから、私にはそう聞こえるのだろうか?
何ていうか、雑音のような感じの音が常に入ってる感じがする。それがとても耳障りで仕方がない。
オバアチャンは、TVはちゃんとイヤホンをつけてみてるから、どうせならラジオもそうして欲しいのが本音だ。
他の部屋の住人は、このことをどう感じているんだろう?
何も感じてないのか?
ちなみに、私の母は私と同じ意見だった。
だが、今回初めてラジオの情報の膨大さを教えられたのかもしれないというのは事実かもしれない。

入院生活って大変? 

2006年01月03日(火) 22時04分
病院というトコロは、様々な病気、環境、地域、宗教、性格、クセ、年齢・・・色々な人たちが集まってくる場所だ。
大部屋は特に大変かもしれないが、慣れると楽しいこともある。
私は、これから私の体験してきた様々な入院生活の諸々を他の人にも教えたいので、ダラダラと書き綴っていきます。
辛い治療に耐えてる人が、私の体験談を聞いて少しでも笑顔になれればいいなと思うから。
私は平成8年(当時22歳)から病院とは切っても切れない関係になってしまった。
現在平成18年。 
その間の入院回数長期、短期を含め約40回以上になると思う。
病気は大変だが、その分学んだことや、楽しいことも沢山あった。
ある意味、『病院慣れ』をしてしまってる私がいることは確かだ。
初めて入院したころの、自分は初々しかっただろうな・・・と、ふと思った。
入院生活は、大変と思えば大変だし、楽しもうと思えば楽しめると思う。
とっても具合が悪い時は別だが。。。
家族や身内が大袈裟に騒ぎ立てる場合も少なくない気がする。
本人以上に、病気に関して調べ上げるのはどうだろう?
私個人的には好きじゃない。
そういった家族を数家族見てきたが、そういう家族は他人の病気まで調べ上げドクターでもないのに
色々支持したりする始末。
そんな家族は、ドクターもお手上げだ。
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