禅居庵摩利支天堂 

August 17 [Mon], 2009, 20:50
ぜんきょあんまりしてんどう
所在地 : 京都市東山区大和大路通四条下ル(小松町4丁目146)




建仁寺第23世清拙正澄の塔頭寺院 建立1333年(鎌倉時代)

  塔頭(たっちゅう):元来は高僧の墓のこと 庵を建てて弟子たちが守っていた

  庵が寺として独立することが多く大寺院には多数の寺が存在する

清拙正澄禅師は1326年北条高時の詔により中国から日本へ渡るに際し

「摩利支天像」を袈裟に包んで将来し当地に祀った

摩利支天は陽炎(かげろう)が神格化されたもので三つの顔と六本の腕を持ち

頭には宝冠 身には甲冑を着け 七頭の猪に乗っている姿だとか

語源はサンスクリット語で陽炎を意味するMarici(マリーチ)の音を漢字に写したもの

陽炎は実体がないので 傷付けられない 害されないところから

戦国武将の間に摩利支天信仰が広まった

日本三大摩利支天の1つ(徳大寺(東京) 宝泉寺(金沢))

禅居庵は非公開 12年に1回「亥年」に5日間のみ開帳

『京都にての物語』http://kyoto-monogatari.com/monogatari-24.htmlが

おもしろい 「機を待つ姿こそ隠形の功徳」