氣比神宮 

February 14 [Sat], 2009, 22:57
けひじんぐう 所在地:敦賀市曙町11-68


 
主祭神:伊奢沙別命(いざさわけのみこと)(気比大神)

       仲哀(ちゅうあい)天皇(帯中津彦命) 神功(じんぐう)皇后(息長帯姫命) 日本武尊

     応神天皇(誉田別命) 玉妃(たまひめ)命 武内宿禰(たけのうちのすくね)命

伊奢沙別命は伊古くからこの地方開発の神として尊崇されている

笥飯大神・御食津(みけつ)大神とも称し 二千有余年 天筒の嶺に霊跡を垂れ 現地に降臨

「気比(けひ)」は「食(け)の霊(ひ)」 

古代敦賀から朝廷に贄(にえ)を貢納したため「御食国の神」という意味 

『古事記』でも「御食津大神(みけつおおかみ)」と称さる

神功皇后が誉田別命と武内宿禰を参拝 『日本書紀』

神代よりの鎮座で、当宮に行幸した仲哀天皇が自ら神前に三韓征伐を祈願

 征伐にあたっても皇后に玉妃命・武内宿禰を伴って当宮に戦勝を祈願させ

 気比大神が玉妃命に神懸かりして勝利を予言したという 『気比宮社記』

692年 封戸20戸が増納 『日本書紀』

北陸道総鎮守・越前国一宮

南北朝時代には南朝方に与したため神領地を滅じたが なお24万石を所領

戦国時代に越前朝倉氏についたため 1570年 織田信長により 社殿焼失 社領没収

江戸時代に福井藩祖の結城秀康によって再興

唯一戦災をまぬかれた大鳥居(1645年建立)は国の重要文化財