イチローは真のスーパースターだ。

2007年07月11日(水) 21時23分
私はWBCのときの松井や井口の不参加に絶望して、以来メジャーリーグに対する興味とか、彼らのメジャーでの活躍については無関心になった(野茂の復活だけは祈っている)のだが、このニュースには素直に嬉しいし、心から拍手を送りたい。
やったね!
こういう大舞台でMVPを打てるのが、真のスーパースターだ。ありきたりな評論で申し訳ないが、本当にそう思う。
同い年で嫉妬するけど、ここまで凄けりゃ、ベビーブーム世代の誇りと言っても過言ではないよ。
自らの打撃を「作品」とは、イチローはアーティストなんだね。

ブルペンから出られなかった岡島には同情するが、来年も選ばれようぜ!

これでメジャー希望の選手がまた増える・・・
もっとも全盛期に逆輸入して日本でプレーする選手が出てくれればいいのだが・・・

<米球宴>イチローが史上初のランニング本塁打 MVP獲得
(毎日新聞 - 07月11日 11:25)
 【サンフランシスコ平本泰章】米大リーグの第78回オールスター戦は10日(日本時間11日)当地のジャイアンツの本拠地、AT&Tパークで行われ、7年連続出場のイチロー(マリナーズ)はア・リーグの1番・中堅で先発出場。0−1の五回1死一塁、右越えに逆転の2点ランニング本塁打を放ち、最優秀選手(MVP)に輝いた。ランニング本塁打は球宴史上初で、日本人選手が球宴で本塁打を放つのも初めて。イチローは一回から3打席連続安打し、7度目の出場で初めて複数安打をマークした。

 斎藤(ドジャース)は七回に7番手で登板し、1回を無安打に抑えた。岡島(レッドソックス)は出番がなかった。地元ジャイアンツからは、メジャー歴代最多の755本塁打にあと4本と迫っているボンズがただ一人選ばれてナ・リーグの2番・左翼で先発。ひときわ大きな拍手を受けた。

 試合はア・リーグが5−4で勝ち、1引き分けを挟んで10連勝。ワールドシリーズの開幕戦を含む4試合の地元開催権を得た。通算成績はナ・リーグの40勝36敗2分けとなった。

 ▽イチローの話 これまで6年の成果が、ようやく表れてきている自分に喜びを感じるオールスターだった。(3安打とも)投手の手からボールが離れてからのイメージが狂っていなかった。(自分の)「作品」という感じだった。

 ◇また大リーグの歴史に名刻む

 ア・リーグの「1番・中堅」に座ったイチローが、また大リーグの歴史に名を刻んだ。

 1点を追う五回、1死一塁で打席に入ると、初球を振りぬいた。打球は右翼フェンスを直撃。外野手がクッションボールの処理にもたつく間に一気に本塁を駆け抜けた。78回を数える米大リーグオールスターでは史上初のランニング本塁打。ベンチに戻るイチローに、サンフランシスコのファンは割れんばかりのスタンディングオベーションを送った。

 この日は、試合開始からエンジン全開だった。一回の第1打席は、低目の直球を一、二塁間へ運び、球宴では2年ぶりの安打を放つと、三回の第2打席には、外角低目の変化球を左前へ落とし、自身初の球宴での複数安打をマーク。第3打席には球宴では日本人初の本塁打と、7度目のオールスターは記録ずくめとなった

 球宴では過去6試合で15打数3安打の打率2割と苦しんでおり、イチローは前日の会見で「常に数字だけでなく、見ている人に楽しんでもらえることが僕にとって一番大事なこと」と話していた。だが、この日は数字もきっちり残し「うまい具合に表現できてよかった。初めてできたよね。オールスターでは」と笑顔がこぼれた。

 3本のヒットを振り返り、「作品のようだった。過去6年とは違う自分がいる。それを感じられたのがよかった」。イチローの歩みは止まらない。【平本泰章】

 ○…ナ・リーグの先制点をたたき出したのは4番に入った37歳のグリフィーだった。一回、中前打で出塁したレイエスが二盗し、2死二塁で迎えた第1打席。5球目の外角への直球を中前に弾き返し、レイエスを迎え入れた。00年に通算400本塁打を達成した後は相次ぐけがで苦しんだが、ナ・リーグ最多得票で返り咲いた球宴で、ベテランが存在感を見せつけた。

桑田おめでとう!

2007年06月10日(日) 10時37分
今年の野球のキーワードは「復活」の年だ。
楽天・山崎、オリックス・ローズ、日ハム・田中幸雄、ロッテ・渡部俊、サブロー、巨人・谷・・・
そんな中、桑田の夢のメジャーでの活躍は大変楽しみだ。

桑田に対するダーティーなイメージはすでにないし、ラテン人に自らを「Viejo(オッサン)」と呼ばせる彼には親近感をもっている。むしろ桑田の暴露本を書いた中牧の「オッサン」のイメージのほうがダーティーだ。ジニアス事件しかり・・・

Viejoの活躍を見守りたい。


桑田電撃メジャー昇格、松井と対決も
6月10日9時37分配信 日刊スポーツ

 【インディアナポリス(米インディアナ州)9日=高宮憲治】39歳のオールドルーキー桑田真澄投手が、緊急メジャー昇格を果たした。パイレーツ傘下の3Aインディアナポリスで3試合連続無失点の好投を続け、8日の試合後に昇格を知らされた。背番号は巨人時代と同じ「18」。この日にパ軍がヤンキース戦を行っているニューヨークへ移動。10日にも中継ぎでデビューする可能性がある。21年間在籍した巨人を昨季退団し、米球界へ挑戦した右腕が、ついに夢の舞台へ立つ。
 桑田は9日午前6時、スーツに身を包み、インディアナポリス国際空港にいた。「とりあえずニューヨークへ行きます。家族には電話しました。あきらめないで頑張って良かったな。こういう機会を得て信じられないくらいうれしい。チームの一員として頑張る」。前夜に聞いた突然の朗報で、3A初の遠征となるはずだったシャーロットへの便はキャンセルした。背番号は桑田の代名詞といえる「18」だ。
 ヤ軍クレメンスの復帰戦という記念の試合でメジャーに昇格する。この日の登板は難しそうだが、翌10日の試合には中継ぎでの登板が十分あり得る。メジャーデビューがヤンキースタジアム、しかも巨人時代に一緒に汗を流した松井と対戦する期待が高まってきた。
 桑田の実力を認めていた首脳陣が懸念したのは、負傷した右足首の回復具合だった。トレーシー監督は6日に「焦らせることはしない」と話したばかりだったが、7日の登板が転機となった。2回1/3を一塁ゴロでベースカバーに入ること3度。全力疾走をしても、問題なかった。翌日になっても痛みはなく、ゴーサインを出すことに障害はなくなった。1日に3Aに合流したばかり。「いずれメジャーの打者は桑田の力を知ることになる」という指揮官の予告は、予想以上に早く実現することになった。
 パ軍の救援陣は開幕から苦しんできた。守護神はトーリスからキャップスと交代。アーマスは不振のシャコンに代わり先発ローテーションに入った。5月になって元巨人のワズディンは故障者リスト(DL)入り。3Aから上げたロバーツ、シャープレスはまったく期待外れの結果に終わっていた。トーリスが不調でDL入り。代わって白羽の矢が立ったのが桑田だった。
 中継ぎの条件は「ストライクの取れる右腕」だった。桑田は5日の登板で全13球をストライクにしてみせた。3Aでは6日間で3試合に登板し、計4回1/3を無失点。独特の大きく落ちるカーブ「レインボール」をはじめ、制球力がマイナーのレベルではないことは明らかだった。
 3月26日、オープン戦登板時に球審と激突し、右足首のじん帯を断裂した。好投を続け、大リーガーとして1週間後に開幕を迎えることが決まりかけていた時期のアクシデントだった。そこから長くつらいリハビリが始まった。苦しみぬいた末につかんだ夢の舞台。メジャーデビューでは日本人最年長となる桑田が「39歳の奇跡」を実現する。
プロフィール
  • ニックネーム:チャベス
  • 性別:男性
  • 誕生日:1973年7月29日
  • 血液型:O型
  • 現住所:埼玉県
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