ただただ感謝の気持ちでいっぱいです*
January 24 [Tue], 2012, 8:54
新年のご挨拶の日記から随分と経ってしまいましたが、
先週の21日土曜日の早朝に最愛の父が他界しました。
お正月を病院で過ごし、
8日から11日まで一時帰宅を許されましたが、
そのときすでに車椅子生活でトイレに行くのも看護師さん二人ががりでないといけない状態で、
平日は母一人では無理だと一度は諦めました。
ですが主人が、
「これが最後の帰宅になるかもしれないのに、
オレが付きっ切りで看るから連れて帰って来い!」
と、
主人のこの言葉で父は実家に帰ることが出来、
家族みんなで看ることが出来ました。
みんなでテレビ見て、
みんなでお鍋を食べて、
家に帰りたいと言っていた父も喜んでいたと思います。
そして一時帰宅後の再入院してすぐの抗がん剤治療で父の容体は急変し、
息を引き取るまでの約一週間、
たくさんの人が父に会いに来て下さいました。
特に学生時代の父の親友は毎晩来て下さってました。
最期は仕事が忙しくてなかなかゆっくりと会えなかった妹と、
弟が病室に泊まっていて、
息を引き取るその瞬間まで一緒にいることができ、
まるで父は待っているかのようでした。
母も妹も弟も、
主人も私もお別れの言葉を伝えることができ、
後悔はありません。
いつ死んでも悔いはないと父は言ってました。
享年62歳と若いですが、
娘の私から見てもとても内容の濃い人生だったと思います。
父の入院中、何度も心が折れそうになりました。
ですが、
ブログで励ましのコメントをいただいたり、
はんこ友達からお手紙をいただいたり、
たくさんの方から支えられていることを実感し、
自分は一人ではないと、
頑張ることが出来ました。
ただただみなんさんに心より感謝致します*
ありがとうございました。
残された母と、
跡を引き継ぐ主人、
二人を支えるためこれからも、
今まで以上に頑張ります!!
先週の21日土曜日の早朝に最愛の父が他界しました。
お正月を病院で過ごし、
8日から11日まで一時帰宅を許されましたが、
そのときすでに車椅子生活でトイレに行くのも看護師さん二人ががりでないといけない状態で、
平日は母一人では無理だと一度は諦めました。
ですが主人が、
「これが最後の帰宅になるかもしれないのに、
オレが付きっ切りで看るから連れて帰って来い!」
と、
主人のこの言葉で父は実家に帰ることが出来、
家族みんなで看ることが出来ました。
みんなでテレビ見て、
みんなでお鍋を食べて、
家に帰りたいと言っていた父も喜んでいたと思います。
そして一時帰宅後の再入院してすぐの抗がん剤治療で父の容体は急変し、
息を引き取るまでの約一週間、
たくさんの人が父に会いに来て下さいました。
特に学生時代の父の親友は毎晩来て下さってました。
最期は仕事が忙しくてなかなかゆっくりと会えなかった妹と、
弟が病室に泊まっていて、
息を引き取るその瞬間まで一緒にいることができ、
まるで父は待っているかのようでした。
母も妹も弟も、
主人も私もお別れの言葉を伝えることができ、
後悔はありません。
いつ死んでも悔いはないと父は言ってました。
享年62歳と若いですが、
娘の私から見てもとても内容の濃い人生だったと思います。
父の入院中、何度も心が折れそうになりました。
ですが、
ブログで励ましのコメントをいただいたり、
はんこ友達からお手紙をいただいたり、
たくさんの方から支えられていることを実感し、
自分は一人ではないと、
頑張ることが出来ました。
ただただみなんさんに心より感謝致します*
ありがとうございました。
残された母と、
跡を引き継ぐ主人、
二人を支えるためこれからも、
今まで以上に頑張ります!!
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