ヨハネ伝講義〜第二講

August 12 [Fri], 2016, 16:58
(参考 ヨハネ伝講義 谷口雅春著 日本教文社)
第二講

明くる日イエス、ガリラヤに往かんとし、ピリポにあいて言い給う『われに従え』ピリポはアンデレとペテロとの町なるベツサイダの人なり。ピリポ、ナタナエルに遭いて言う『我らはモーセが律法に録(しる)ししところ、預言者たちが録しし所の者に遭えり、ヨセフの子ナザレのイエスなり』ナタナエル言う『ナザレより何の善き者か出ずべき』ピリポいう『来りて見よ』イエス、ナタナエルの己(おの)が許にきたるを見、これを指して言いたまう『視よ、これ真にイスラエル人なり、そのうちに虚偽(いつわり)なし』ナタナエル言う『如何にして我を知り給うか』イエス答えて言いたまう『ピリポの汝を呼ぶまえに、我なんじが無花果(いちじく)の樹の下におるを見たり』ナタナエル答う『ラビ、なんじは神の子なり、汝はイスラエルの王なり』イエス答えて言い給う『われ汝が無花果の樹の下におるを見たりと言いしに因りて信ずるか、汝これよりも更に大いなる事を見ん』また言い給う『まことに誠に汝らに告ぐ、天ひらけて、人の子のうえに神の使いたちの昇り降りするを汝ら見るべし』
(第1章43〜51節)

ここに愚かなるナタナエルという者がイエス・キリストの肉体の姿だけを見ておって、キリストの実相というものが分らなかったという話が書いてあるのであります。ナザレから出て来た大工の息子みたいな者に何の偉い奴が居るものか、とナタナエルは思った。之は「職業」を見、「肉体」を見てそして「実相」を見ないのであります。ところがこういう単純な愚かな人は又一寸した奇蹟を見ると本当に之は神の子であると思って心酔してしまうのであります。
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