単純な事実

April 16 [Wed], 2014, 17:51
被分析者が後に使いこなすことができる言語装置は、以前には話されえなかった経験、決して概念化されないか不完全にしか概念化できない経験を、話すことによって変容させる、それゆえ、アンナは精神分析の繋明期にそれをトーキング・キュアと呼んだのである。ラカンによるリアリティと現実的なものとの区別によって、いくつかの精神分析の形式とラカンの精神分析との、イデオロギー的および倫理的な差異を峻別することができる。人によってリアリティは異なる。文化的・宗教的な集団、サブカルチャ一、家族、友人たちが、それぞれに固有の言葉、表現、イディオムをつくりだすという単純な事実がそのことを示している。そして、あらゆる被分析者のリアリティは、それぞれ、被分析者自身が持っている世界についての観念、人間の本性、神、魔法、ビジネス、教育、音楽などに関する観念によって、脚色され、染められている。そのような観念は、いかなる特定の分析家の観念とも決して一致することがないかもしれない。いくらかの精神分析家たちが、リアリティに関する、患者の考えを正すこと、幅広い主題に関する患者の信念に影響を与えたり、それを変えようとしたりすること、を請け負ってきたのに対して、ラカンは繰り返し、患者のリアリティの見方にではなく患者の現実的なものに介入することが分析家の仕事であると主張するのである。
幸福に変換させる方法



独立して生きるという事

April 14 [Mon], 2014, 15:00
他者には多くの顔やアバターがある。言語としての、すなわちすべてのシニフィアンの集合としての他者。要求としての他者、欲望としての他者、享楽としての他者、そして、要求、欲望、享楽。他者の様々な側面は、完全に分かれていて関係し合わないとみなされるべきではないしそれらの分節は複雑な作業なのである。無意識における言語の機能の検討へと向かおう。言語はいかなる人間主体からも独立して生き、そして呼吸する。話す存在は、単に言語をひとつのツールとして用いるどころか、言語によって用いられもする。すなわち彼らは、言語のおもちゃであり、言語に弄ばれるのである。言語にはそれ自身の生命がある。他者としての言語は、その規則、例外、表現を携えている。言語は時の経過とともにその歴史を展開するが、言語の歴史はそれを話す者たちの歴史と関係している。彼らは、単に言語によって形づくられたり形づくり直されたりするだけでなく、新たな用語、新たな言い回し、新たな構文などを導入することで、言語に対して影響を与えもする。


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