最後にサウスゲートへ 

December 25 [Thu], 2003, 16:50
車を売って最後の3日は交通手段はバスだけになってしまった。最後に記念にバスにのってサウスゲート・モールへ行った。
あゆはバスが大好きなので大喜びしていた。

特に目的はなくブラブラ歩いていると、チョコレート屋さんがあった。まーとちょっと入ってウインドーをながめ出て歩き始めたら、まーがお店に戻ろうと手をひっぱったので逆戻り。そしてとても良いお値段のチョコをお買い上げしてしまった。まあ、記念だからいいか・・。

そして最後にクリスマス休暇で混み混みのフードコートでSUKIYSKIのスキヤキ・ビーフとギリシャ料理のスバラキを買って食べた。
本当にこれでモールともお別れ。明日は一日最後の片付けだ。

エドモントンは冬は寒いし、日照時間が異常に短いが(日の出8:30日の入り16:30)、家は全館暖房、モールの中では半そでで歩き回れるなど、長野育ちの私からみれば、むしろ暮らしやすい所だった。もうこんなに長い期間海外に滞在する機会はないだろうが、ここにきて自分の考えが大きく変わる体験が出来たことは本当によかったと思う。日本に住んでいると考えるのではなく、地球上に住んでいる、と考えることで広い視野を持てるような気がする。
今思い出せは楽しい事ばかりだった。またいつか必ずエドモントンを訪れたい。

帰国間近 

December 25 [Thu], 2003, 15:28
なんだかんだでエドモントンでの生活もあと一日。ここのところ、生活用品の始末でいそがしかった。

ずっと日本人との交流を持たなかった私だが、最後になってここに住んでいる日本人の方々と帰国セールの関係で知り合った。今までなぜ交流を持たなかったかというと、日本人が少ないここでは知り合うと「子供連れて遊びに来て」と言われるのを恐れたからだ。子供同士遊ばせておいて、大人はお茶でもしましょう・・・というようなお誘い。

しかしまーは初めてのお宅では全然落ち着いて遊べないし、椅子によじ登ってわたしの背中にしがみついて来たりして、私もお茶なんか飲んでいられない状況が容易に想像できる。たった半年の滞在で、「うちの子こうなの。」と説明しても2度目にお茶する機会もないかもしれないし、説明しても簡単には分かってもらえないだろうし、こっちではまーみたいなのは障害とは言わないようだし・・・。

もうとにかくそういう事を考えるのが面倒で、日本人との付き合いを避けてきた。でも最後の最後になってお付き合いが生じてみると、まーも案外平気だったりして、なんだもっと早く親しくすればよかった、などと勝手なことを思ったりした。

まーがお客さんが来てもわりと平気になったのは、何度もルドニッキーさんが来てくれたからかな。最初は怖がっていたけれど、最後にはルドニッキーさんと遊ぶのが大好きになった。ルドニッキーさんもまーの特性を分かってくれているのでこっちも気が楽だ。以前大きいぬいぐるみの犬をもらったので、それは船便で日本に送った。その話をしたら、「日本に帰ったら生きた犬を飼うと約束してくれ。」と言われた。以前奥様にも言われたなぁ。あの住宅街で犬を飼うのは躊躇する。でも、まーにとってはいい事だと思う。どうしようか・・・とずっと考えている。

デイケアが終わった次の週の月曜日の夕方、ロクサーヌ先生がお別れを言いにうちに寄ってくれた。まーもあゆも大喜び。無邪気に「See you バイバーイ!」と言っていた。もう二度と会えない事を理解していない二人。ロクサーヌ先生は一番私達を理解して気にかけてくれた。
まーが少し大胆になれたのもロクサーヌ先生のおかげといえるだろう。

デイケアの先生は日本の幼稚園の先生に比べたら全然話しかけてくれないんだけど、まーは最初に比べて”Open up”した。ここのデイケアの方針が「教育的なプログラムはありません。この年頃は人と人とのつながりの基礎を作り上げる時期だから」というもので、それがちゃんと効果をあげたと感じた。
とはいえ、最初はこんなに放っておかれて大丈夫なの?と不安だった。他の子供に少しでも関われるようになってほしいと思って入れたのに、勝手に遊ぶだけで「まーちゃんもおいでよ」みたいに誘ってくれる事はないし、まーはぼーっと人のやっている事を見ている事がほとんど。カナダに来たのは大きな間違いだったのか?と思ったりもした。しかし、なぜか先生とはガバッと抱きついたり、今までは恥ずかしくて一歩踏み込めないようなことが出来るようになった。それとともに、知らない人があまり怖くなくなってきたようだ。今ではあのデイケアに入れて本当に良かったと思っている。

車をここの住人でもありハウジングサービスのスタッフでもあるナタンさんに譲った。こっちでは、日本では0円にしかならない車が「売ります買います」で普通に取引されている。18年も経っている車で私達は半年しか乗っていないので今更価値が下がりようもない。買った値段と同じ位で車を売ることが可能だったかもしれないが、売れないと困るので破格の安値でFor saleのアドを出した。(でももともと20万円だったんだけど。)
ナタンさんは福島に一年居たことがあり、日本語が少し話せる。最初日本語で話しかけられた時はびっくりした。故郷はケニア。とても穏やかで誠実な人だ。だからナタンさんが車を買いたいと言った人の中で一番の高値を言ってくれて譲ることが決まった時は嬉しかった。(こちらは提示した金額から値切るのは当たり前なので。)

引渡しの日、6歳のマイケル君を連れてきた。「こんな大金を持っていって何が起こるのか見たいというので連れてきた。」との事。マイケル君は「こんなに大金なのに新車じゃないの?」と何度も言っていたらしい。(夫談)ナタンさんもとても喜んでくれたのでよかった。

ジュリーとスゥヒー 

December 16 [Tue], 2003, 15:42
英語学校で一緒だったジュリーとスゥヒーの家に遊びに行った。
高速を使ってわずか5分のところにあるタウンハウス。
約束の11時をすこしすぎて到着。そしたら二人ともパジャマ?のまま、あわてて出てきたので時間を間違えたかと思ってあせった。
聞いたら作っていた料理の味付けを間違えて作り直していたとの事。わたしも、例によって炊き込みご飯を持参。

いろいろな話をして楽しかった。とっても若く見える2人だけど、実は年は1歳違いだった。年齢の話とか、旦那さんとどこで出会ったかとかの話はやはり盛り上がる。韓国は日本以上に習い事がさかんで、子供は大変だと言っていた。学歴至上主義だった頃の日本みたいだ。それから、韓国人はクリスチャンが多いそうで、ジュリーはローマン・カソリック。スゥーヒーはプロテスタント。ジュリーの結婚記念日はクリスマスなんだそうだ。彼女達はあと一年半(ジュリーはもしかしたら2年半)ここに住む予定。

韓国語と日本語は文法がとても似ているせいか、英語で話すときなぜか通じやすい。発想も似ている。例えば「へーそうなんだ。いいな〜」と会話の途中で言いたい時、わたしがこうかな?と思いつくのと同じ表現を彼女達は使う。「私はあなたが羨ましい」・・・みたいな感じ。
しかし、それ以外の国の人と話すとそういう表現は出てこないし「いいなー」自体出てこない。
全くダメな英会話も韓国の人とだったらちょっと続くかも、という自信が少しついた。

料理はチャプチェと肉じゃがにそっくりな韓国料理を作ってくれた。
それから自家製キムチ!いつか本物のキムチを食べてみたかったので嬉しかった。やっぱり本場物はけっこう辛い。
韓国の箸は金属製なので、重いと言ったら笑われてしまった。
どれもとても美味しかった。話はつきないが、帰国する前に
電話でまた話そうと言って今日は帰ってきた。

デイケア最終週 

December 16 [Tue], 2003, 2:14
デイケアに行ったらパトリシア先生が「いつ日本に帰るの?今月帰るのは知ってるけど、また戻ってくる?」と聞くので戻ってこないと言ったら涙目になって別れを残念がってくれた。
「どうして戻ってこないの?」と言われたので「夫が日本で仕事を持ってるからです。」と言ったら「じゃあ、旦那さんだけ帰ってあなたたちはここに残ればいいわ。いいアイデアでしょう。」と。

そんな冗談も言いあえるようになった人たちとの別れは、さみしいものだ。

コミュニケーション 

December 13 [Sat], 2003, 15:21
最近まーは朝起きるとパジャマを自分でたたむ。教えたわけではないけれど。あゆが脱いだのもたたむ。

赤ちゃんのお人形を抱っこしてお母さんのまねをする。「ねむいねー」「ねちゃったね。」布団をかけたり・・・。

状況を見て覚える事は得意のようだ。言葉で教えられる事に比べたら。目で見て私がいつもやっている事をまねして覚える事はできる。言葉も”こんな場面ではこんな事を言う”っていうのは覚え応用もする。

だけど、言葉で何か教えようとすると極端に理解ができない。本当にこれだけはずっと変わらない。「お名前は?って聞かれたら○○○って言うんだよ。」・・・これも未だに理解できない。いや、一応言えるんだけど、マイクを持ったマネをして「おなまえは?○○○です」と自問自答という形のみ。
あゆがこのやりとりをできるようになったら、それを見てやっと理解できるかも?!・・・これってルバさんの言っていた、”下がしゃべるようになるのを待って一緒に成長していく”ってやつだろうか?

あいかわらず、日本においては『十分に注意して見ていかなくてはいけない子。』でもこっちでは『まだ心配する段階ではない子』
このギャップを日本に帰って受け入れられるだろうか・・・。

プロビンシャル・ミュージアム 

December 02 [Tue], 2003, 15:52
2回目ですが行って来ました。ここは展示の動物がリアルであゆが大コーフンした経歴あり。今回もまた大いに張り切って、先頭きって歩き「ママこっち」と時々振り返って手招きしながらあちこち歩き回ったあゆでした。今回も人が多かったためまーは楽しいというより辛かった様子・・・。

写真に撮ってもなかなかリアル。背景が本当の景色みたいですごい。
そして、こっちの博物館にありがちな、身の毛もよだつ展示もあり。(生きたゴキブリ、ネズミの死骸がどうやって土に還るか拡大模型)
しかしなぜかじーっと見てしまうし、写真も撮ってしまう。

そり遊び2 

December 02 [Tue], 2003, 15:45
また大雪が降ったので裏山でそりをやった。
相当長いコースなのにすっかり2人とも慣れて、一人で乗っている。
日本に帰ってもスキー場で遊べるだろうか?

ここでは普通にみんなデイケアの送り迎えにそりを使っている。
歩道がちゃんとしてるのと、雪が解けないせいだと思うけど実際歩かせるより早くてラクなのよね。

ポットラック・パーティーの中身 

November 28 [Fri], 2003, 17:49
どれもこれもおいしかった。
ちなみに私の作ったのは、「あさりほたてごはん」というレトルトもので作った炊き込みご飯。ジェニーが、「何か海のモノが入っているでしょ?」と言うので「あさりとか入ってるよ」と言ったら、すごい手が込んでる!って感じでびっくりされてしまった。

英語教室 

November 28 [Fri], 2003, 16:28
きょうで私の英語教室が終わった。9月から週に3回(2時間ずつ)3ヶ月間・・・これは私にとってなんとか頑張れる最大の授業時間だったと思う。
きょうはきのうやったテストの答え合わせの後、ポットラック・パーティをやった。ジェニーは12月20日にアメリカに引っ越すそうだ。彼女の旦那さんはIBM勤務。しかしジェニーはアメリカは嫌いだと言っていた。子供達にとってはカナダの方がいいって。分かる気がする。
ジュリーとスーヒーは子供と一緒にあと一年半ここにいるようだ。12月になったら家に遊びに来て、と言ってくれた。
Sueはああみえて、胆の座った人でおもしろい。彼女の持ってきた料理は、韓国料理の春雨とピーマンと牛肉を使った炒め物。持ち帰ったものをまーとあゆが完食・・・おいしかった。
プリシラはあと2ヶ月したら韓国に帰るそうだ。彼女のお姉さんは、韓国からこちらに留学して、一生懸命英語と学校の勉強をして今は高校の数学の先生をしている。そのお姉さんが彼女を呼び寄せたそうだ。(旦那さんは国に残して)プリシラの料理は「キンパッ」(?)・・・と聞こえたんだけど、日本の巻き寿司に見た目そっくりの韓国料理。私がキムチが好きだと言ったら、昨日言ってくれたら今日持ってきたのに〜との事。とりあえず、このクラスに来ている韓国人はみんな自分でキムチをつくっているらしい。
Aja(エイジャ)は旦那さんもこちらにいるから、ずっとこっちに住むのかな?彼女はとても綺麗な人だけど、「ショッピングが嫌い」だったりマウンテンバイクで授業に通ったり、なんかおもしろい人。そしてとっても感じの良いやさしい人だ。
ラウーはまだ17歳でたった一人の男子学生。メキシコから来て、ゴッドファーザーの家に住んでいるらしい。この彼、普段はおとなしくて授業もあまり聞いていないんだけど、「サンタクロースは実在の人物ではありません」と先生が言ったら「えー!サンタクロースがいないなんて〜」とショックを受けた子供の真似を突然したりしてみんなから愛されていた。以前会話の練習で組んだ時、「お父さんとお母さんはカナダに来るの?」と聞いたら「たぶん、いつかは・・・」と答えながらちょっと涙目になっていた。来年から高校に通うそうだ。
リタもまだ若い女の子。彼女はインドネシアから来て、ベビーシッターをやっている。日本語を少し覚えていて「サヨナラ〜」といつも帰りに言ってくれた。「○○(私の名)はまたココに来る事がある?わたしはたぶんずっと住んでいると思うから、来たときは連絡して」と言ってくれた。しかし考えてみれば、おそらく10歳以上年下の子と友達みたいに話せる関係ってなかなかないよな・・・。うれしいかぎりだ。リタの料理はえびと野菜の入った焼きそば。若いのに料理上手。これもまーとあゆによって完食。
レイジアはパキスタン(だったかな?)から来た。わたしより一つ年上。旦那さんは医者。以前、「最近腹を抱えて大笑いした事は何ですか?」という話が授業で出たとき「きのうの夜テレビを見ていたら、夫が寝てしまって、子供達がパパおきてよーと指でお父さんの目を開けようとしていたのを見て、大笑いした」と本当に楽しそうに話していた。年は近いけど文化も歩んできた歴史も全く違う彼女。そういう人と話していると、不思議な気分になってくる。彼女の料理は野菜のフリッターでスパイスが効いていて美味しかった。
ナディラはアフリカのどこかの国からやってきた。いつもニコニコしていて気のいいかわいい人だった。きのう授業が終わって出てきたら、駐車違反の切符切られていたけど大丈夫だっただろうか・・・。
みんなこのクラスに来ていた人は、ちょっとおとなしかったから気が合ったんだと思う。なんだかんだ言って最後には仲間意識みたいなものが出来て住所交換をした。
先生はデビー。おそらく中国系カナディアン。息子が3人いると言っていた。最初の日に日本人にありがちな、テストだけ実力以上にできてしまった私が上のクラスに配属され、行ってみたら全くついていけなくて「下のクラスに変えてください」と言いに行った時「そんなにがっかりしないで。両方出てみて好きなほうに出ればいいのよ」とやさしく言ってくれた。わたしはつい最近までデビーと話すのにちょっと緊張していた。最近やっと普通に話せるようになったのにもう終わりなんて残念だ。デビーは来期も同じ教室で教えるらしい。常識があって、頼りになる先生だった。きょうは最後に一人一人メッセージ付きカードをくれた。
そして私達からもデビーに花束とポストカードを記念にみんなでお金をあつめて買って渡した。(一人2ドルずつ)子供抜きでのこういう付き合いって本当に久しぶりだった。そしてみんな年関係なくファーストネームで呼び合う。こんな事ってもうないだろうな・・・。日本に帰ったらあれは夢だったのか?と思うかもしれない。

・・・というわけで、これも記録目的の日記です。書かなかったらきっと忘れてしまうから。この年になって、こういう体験をできたのは本当にラッキーだったと思う。いつか本当に、またエドモントンを訪れたい。

てるてる坊主 

November 27 [Thu], 2003, 17:44
まーがやっちゃった。すごい数のてるてる坊主。
時々顔の上下をまちがってる。(笑)
P R
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