【女性向け】人斬りと恋する【幕末】 

May 13 [Sun], 2012, 20:42
美しい街並みは夜に呑まれシンと静まり返っていて、自分の草鞋と、砂の擦れ合う音がやけに大きく響く。


<抜き身の刀>


弥生晦日 子の刻。
 俺は御所から程近い、ある寺の境内を歩いていた。暗闇の中、ホウホウと梟か何かが鳴いているのが聞こえる。
もちろんこんな時間であるから回りに俺以外の気配はなく、俺の足音と、たった一つの光源である提灯が寂しげだ。
そもそも、何故こんな時間に俺が一人でこんなところを一人歩かなければいけなくなったのか。その原因は数時間前にさかのぼる。

今夜、とある料亭で大物志士達の会合が開かれている。という事を聞いたのが数刻前。
もちろん佐幕派の者には知れないようにと志士達も随分と気を使い工夫を凝らしたようだが、人の口とは怖いもの。どこからともなく、情報が漏洩してしまったらしい。もちろん志士達は狙われることに慣れた者ばかりであるから、すぐに会合の場所と時間を変更したが、よほど急を要する懸案だったのか、会合の日にちまでは変更することはできなかった。そう、俺は今その会合の行われる料亭に向かっているのだ、たった一人、護衛の為に。

本来ならば共に出向くはずであった河上は、「女に会いに花街に行くから遠慮する」と簡単に仕事を放棄した。いつもこの具合なので今更何とも思わなかったが、「百人の男を斬るより百人の女を喰った方が面白い」という持論は侍としてどうなのか、とかそういった一般的な不満は奴に対して常にもっている。よほど自分よりも腕は立つのに、人間性の方がこれでは。本当に困ったものである。
「戻ったら一杯奢ってもらおう、」
ゆらゆらと揺れる提灯の火を見つめながらあてにならない男の顔を思い出し、俺は呟いた。目的の料亭はすぐそこにあった。


 会合は、滞りなく進んでいるようだった。と言っても酒が入っているからか、皆かなり饒舌でいつ喧嘩になってもおかしくないような雰囲気ではあったけれども。
俺は彼らの座っている座敷から少し離れた窓際に腰を下ろした。ここなら、外の様子を伺いやすいし、酒臭い爺どもからも距離がある。
腰から刀を外して座敷に置くと、障子を少し開けてぼんやり空に浮かぶ満月を眺めた。寒い、と怒られたので、すぐに閉めてしまったが、その日の月は怖いくらいに、赤くて大きく見えた。


それから半刻ほど経ってからだった。酒が効いてきたのか先生方は随分大人しくなって、けれどまだ意見を戦わせあっている。にわかに外の様子が気になって、俺は五寸ほど障子を開けた。下にゆらり、と一つだけ提灯の火が見える。
『誰だ……?』
火はゆらゆらと店の周りを調べるように動いて、それからふ、と消えた。二階から漏れる明かりでこちらに気付いたのかもしれなかった。
俺は床に置いた刀を腰に差しなおすと、先生方、と僅かに声を低くして言った。
「下に怪しげな明かりが一つ。もしかすれば見廻組かもしれませぬ。申し訳御座いませぬが本日はこれで散会していただきたい」
ム、と何人かの志士は唸った。しかし命を落としてしまっては意味がない、と彼らは次々と席を立つ。俺は女将を呼ぶと、外の様子を見るように言った。志士達は次々と、隠し戸から外へ出る。

キャァァアア!!!

と、甲高い悲鳴が聞こえたのは、女将が外へ出て直ぐだった。間違いない、見廻組が来たのである。
「さあ、お早く、」
最後の志士を戸から出すと、俺は隠し戸を隠すように掛け軸を下ろした。
窓を開けて、外を確認するとゆらゆら、とたくさんの提灯の明かりが見えた。
『あんなにおるとは』
チッ、と舌打ちを一つすると、俺は刀を抜いた。すると間もなく数人の足音が階段を駆け上ってくる音がする。
すばやく、壁際に寄って煌々とともる行燈の火を吹き消した。闇につつまれた一室で、俺は白刃を構えたまま息を殺す。

「御用改めである!!」
バタバタ、と隊士が数人部屋へ踏み込んだ。
が、肝心の志士はもうもぬけの殻である。隊士は忌々しげに舌打ちをして、それから真っ暗な部屋が改めやすいように明かりを点けた。
と同時に俺は抜いていた刀をもう一度構え直して、明かりの方へ切り込んだ。暗闇の中で明かりを点けるなど、ここにおります、容赦なくお斬りくだされ。と居場所を知らせていると同じこと。
「き、貴様ッ……!!!」
数人の隊士があわてて刀を構えたが、もう遅い。俺は明かり持ちの隊士の手を斬ると暗い建物の中を出口に向かって走った。

「追え!!!」

前も後ろも、抜刀した敵ばかりで、俺は今度こそ死ぬかもしれぬと思った。
階段は敵の隊士で溢れていたので、適当な部屋の襖を蹴破って入る。障子を開けて、掻巻を外に思い切り放ると、下から「うわぁ!」という悲鳴が聞こえた。
なんだなんだ、何が落ちてきた。と下では落下物の検分をし始め、提灯の火が一箇所に集まりつつある。
『今か、』
後ろから、「いたぞ!斬れ!」という声が掛かるのと同時に俺は明かりの少ない場所へ飛び降りた。それほど高くはないと言っても二階は二階だ。足がジンと痛くなる。
しかし、敵は待ってはくれないのだ。増えた追っ手をなんとか撒こうと俺は必死に走った。隊士が「逃がすか!」と投げた小柄の穂先が運悪く肩に刺さって、じわりと痛みが広がったけれど、それを気にしている暇など俺にはなかった。



しばらく走り、先ほどの寺まで戻った頃には、敵の隊士の姿も見えなくなっていた。
随分走ったから、息は切れて肩の方は痛みを通り越してしまった。しかし、刺さったそれをそのままにしておくわけにもいかない。俺は左肩に刺さった刃を右手でぐ、と引っ張る。
「っく……」
痛みと共に小柄は抜けて、カランと音を立てて石畳の上に転がった。途端にとぽとぽと肩からとめどない血が流れ出し、石畳が赤く染まる。俺は重い体を引きずって手水場へと向かうと、傷口を水に晒した。

「うっ……」

血を嫌うのは神様だったか仏様だったか忘れたが、手水場で水浴びに近いことをしている自分は相当罰当たりだな、とは思った。(でも井戸を探す余裕がなかった…許して欲しい)
傷口を水で流すと、着物から怪我した片腕を抜いて左側の袖の部分を小刀で破いて傷口に巻く。ビリッと布の裂ける音がやけに大きく聞こえる。
とにかく応急処置をしたらこの場を離れなければ、と俺は焦っていた。まだそこら中を見廻組がうろうろしているのだ、ここにいては捕まってしまう。
「よし……」
とりあえず応急処置を終え、俺は周りの様子を伺った。石段の下には明かりが一つ。追っ手だろうか、と目をこらす。
途端、後ろから、足音が聞こえて振り返る。振り返りざまに抜刀し相手の首筋に刀を当てると、相手が持っていた提灯が、石段の上に落ちて消えた。


「……誰だ」
「――、」
女は驚いて声が出ないようだった。
「誰だ」
もう一度問うと、女は小さく呟くような声で、言った。
「ひ、雛、と申します」
「なぜこのような所へおる」
ゆっくりと刀の刃をずらしてやって、けれども瞳は反らさぬまま、震えるその小さな女を見つめると、僅かにその瞳には涙が溜まっていた。
「お、お百度参りを……していて……」
女の手元には、小さな札が握られていて、俺はそれを見てから刀を下ろす。
刀を納めて石段の方を見つめると、ここで時間を取られたのが失敗だったことがよくわかった。追手と思われる提灯が徐々に近づいている。
「誰かに会ったか、と言われても知らぬと言えるか」
「そんな……これから逃げても間に合いません、」
「だが、逃げねば死ぬだけだ」
ここで捕まればもう選択肢は一つだけ。奉行所にかけられて数日中に首をはねられる。俺にはその道しか残されていないのだ。
「……こちらへ、」
女は一歩後ろに下がり、首筋に宛がわれた刃から逃れると、俺の手を握りしめ藪の中へ走った。俺は思いがけぬ彼女の行動に思わず抵抗を忘れその後を追った。そして一度だけ落とした提灯を振りかえり、それからずっと女の手に導かれるまま、境内を走った。


連れてこられたのは、境内のすぐそばにある長屋の一室だった。
「まだ、そこらに追っ手がうろうろしているでしょうから、上がって下さい」
草鞋をぬいで部屋の奥に進み、手桶を持って戻ってきた彼女はそう言った。
その言葉に俺は少し戸惑った。
俺が誰であるか、とか、どういった人間である、とか、そういうことをこの女は知らない。
とはいえ、俺はこの女にすっかり素顔を見られてしまっている。
今後、所謂人斬りという汚い仕事を請け負った際、同業者以外に顔を知っている人間がいるということは、大きな障害になりかねない。京は狭く、人の多い都町。
たった一人の女に顔を見られた。そのことで俺の人相は十人の人間に知られ、百の人の耳に入ることになる。人の口は、それほどまでに恐ろしいものなのだ。
だからこそ、俺は戸惑った。そう、俺の中には一つ、燻っている考えがあったのだ。


『可哀そうだが、殺してしまうか…』

俺は足を拭くための水と手拭を準備する彼女の姿を見つめながら、刀の鍔を親指でそっと持ち上げた。カチャリ、と小さく刀が鳴いた。

「わたしを、殺しますか」
悲しげな瞳を俺の方に向け、彼女は弱々しく笑った。
「……そうだと言ったら、どうなさる」
「……なにも。敵うわけは、ございませんから」
彼女はまだ部屋に上がらずにいる俺の元へ戻ってくると、俺が抜きかけた刀の頭を掌で抑えて、そっと刃を鞘の中に納めさせた。
「私は、貴方が誰であろうとかまいません。でも、」
彼女はむき出しの俺の肩にその小さな手をそっと触れさせた。まだ流れ出している血と、凝固した黒い血がぐちゃぐちゃに混じって、お世辞にもいい状態だとはいえない。
「そんな適当な処置では、腕が駄目になります。お会いしたのも縁でしょうから…、処置くらいさせてください。殺すのは、それからでもいいでしょう?」
「―――……」
俺は観念して草鞋を脱いだ。
部屋に上がると女の部屋らしく、ふわりと小さく花の香りがして、なんだかくすぐったいような居心地の悪い気持ちになった。


彼女の処置は非常に迅速で、鮮やかだった。
血を垂れ流していた患部はもうほとんど痛みもなく、血もすっかり止まっていた。
「ありがたい、随分楽になった」
「いいえ」
薬箱を片す彼女の傍らで、俺は着物を着なおした。左肩の部分は地でドロドロになっていたけれど、夜の闇にまぎれてしまえばさほど目立ちはしないだろう。
大小の刀を腰に差しなおし立ち上がると、彼女は座ったまま視線を俺の方へとやった。
「もう、行かれますか」
「ああ、藩邸にゆけば奴等も手をだせぬゆえ……、そなたの為にも戻らねば」
処置の間に少し話しただけだというのに、俺は彼女を殺す気をすっかり削がれてしまっていた。町娘だというのに物怖じをせず、まるで友人と話すかのようにころころと笑う。俺の手当てをしたことが知れてしまえば、彼女は裁かれ殺されてしまうかもしれないだろう。そう、だから戻らねばならない。
「……それでしたら」
彼女は俺の言葉を聞くと、薬箱の蓋を閉じ、立ち上がった。
「この先の細い路地を抜けるとよろしいかと思います。長屋と長屋の隙間の、本当に小さな道ですが…、そこを抜けて一つ目の辻を左に行かれれば人に会わずに長州の藩邸のある通りに出られます。」
「それは助かる」
俺は草鞋を履くと、火を分けてもらい、提灯に火を灯した。薄暗かった部屋の中で彼女の顔が良く見える。器量のよさそうな年頃の娘は、血が止まり血の気の戻った俺の姿を見て小さく微笑んだ。
「礼はまた、改めて」
俺が頭を下げると彼女は驚いた顔をして、
「とんでもないです、」
と膝に頭がついてしまうのではないかというくらい深く頭を下げた。
「お気をつけて……」
お侍様、と、鈴がなるような声で送りだされ、俺は危うく自分の名前を名乗ってしまいそうになった。
それをぐっと飲み込むと、小道を藩邸に向かって歩く。けして、振り返る事は、せずに。
ざわざわと騒ぐ草木と、遠くから聞こえてくる見周り組の声に、自然と歩くペースは上がっていった。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:きくいち
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1986年
  • アイコン画像 血液型:B型
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